異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
木の枝のように――これからも
 二次会への準備で体育館は大忙しだった。
 零次や藤田、斎藤らは皆準備を手伝っている。
 準備を指揮しているのは、二次会を主催している新規生徒会のメンバーだった。
 梢はその手伝いには参加していない。
 彼は今、人の少なくなった中庭へと来ていた。
 中庭には一つ、大きな木が植えられている。
 元々学校建設前からあったものらしく、立派で頼もしく、見る者に神聖なものという印象を与える。
 その木の下に、数人の男女が集まっている。
 梢も顔は知っている。
 別のクラスだが、同学年だった。
 いずれも、高校生活への名残惜しさからか、浮かない表情をしている。
(違うな)
 彼らを視界に入れながら、梢は断定した。
 卒業してこの学校に別れを告げるから浮かない表情をしている、というわけではない。
 いや、ある意味ではそうなのかもしれない。
 ただ、彼らの心に引っかかっているのは『母校への別れ』という抽象的なものではないのだ。
 もっと具体的な心残り。
 それは。
「――――よう、元演劇部」
 梢は内心とは裏腹に、なんとも気楽に声をかけた。
 ……木の下に埋もれる芽の出ぬ種たちに、一輪の花を咲かせるため。

 脚本は志乃が書いた。
 メンバーが少ないため既存の脚本だといまいち良いものがなかったこと。
 そして、志乃自身が強く希望したことが理由だった。
 それは、二人の学生の物語。
 学校が嫌いな女の子と。
 学校が好きな女の子。
 二人は偶然出会い、偶然お互いを知って、やがて友達になっていく。
「こじんまりとした話になっちゃいました」
 脚本を書き終えて学校に持ってきたとき、志乃はこの話をそう評した。
 読んでみた美緒や亨もそう思った。
 遥や涼子も同じだった。
 誰もが口を揃えてこう言った。
 こじんまりとしてるけど、とても良い話だ――――と。
 この話に、志乃はタイトルをつけられなかった。
 何日か考えてみたが、どうにもしっくりこない。
 決めたのは遥だった。
 志乃は数日悩んだ後、部活でタイトルのことを皆に相談してみた。
 そして、その日一日ずっと考えて。
 遥がぽつりと呟いたその名前が、不思議としっくりきて。
 全員が賛成して、その名前になった。
「志乃は、なんでこの話にしたの?」
 本番を前にして、涼子は今更ながらそんなことを尋ねてみた。
 少しでも話をして、志乃のの緊張をほぐしておこうと思ったからだった。
 遥と同じ衣装に着替えた志乃は、体育館を見渡した。
 準備はほとんど終わり、既に多くの人々が席についている。
「この演劇は、三年生の皆さんに見ていただきたいと。……そう思っていましたから」
「そっか。それなら、確かにこれが一番だよね」
「はいっ」
 今更迷うことはない。
 志乃も先ほどまでとは打って変わって、大分落ち着いているようだった。
「でも」
「ん?」
「一つ、残念なことがあるんです」
 体育館内の人々から視線を逸らし、志乃は舞台を見た。
 今は誰もいない舞台。
 今から志乃たちが立つ舞台。
 そして――――かつては、多くの人が立った舞台。
「最後ですから。せめて、見に来て欲しかったです」
 そう言って寂しそうに笑う志乃にかける言葉を、涼子は持ち合わせていなかった。
 だからただ黙って、軽く肩を叩く。
「頑張ろう。先輩たちに悔いを残させるくらい、悔いのない演劇見せよう」
 志乃は力強く頷いてみせた。
『皆さん長らくお待たせしましたっ!』
 マイクを手にした、新生徒会長の声が館内に響き渡る。
 二次会が始まろうとしていた。
 間もなく、開演の時間である。

『さぁ、それではまず演劇部の演劇をどうぞお楽しみくださいませ!』
 生徒会長の声と共に、館内に拍手の音が広がっていく。
 館内の電気が消え、真っ暗になる。
 壇上に小柄な影が一つ。
 スポットライトを当てられ、その影は舞台の中央まで進み出た。
 影は少女だった。
 少女は澄んだ声で語り始める。
「はぁ……今日から高校生か。嫌だなぁ」
 それは志乃だった。
「友達なんて出来っこないし、勉強難しそうだし。大学受験も嫌だし」
 文句を言いながら、彼女は舞台の端へと姿を消す。
 やがて幕が開き、そこに学校が姿を現した。
 再び志乃が脇から姿を現す。
 学校を見上げながら、彼女は大袈裟に溜息をついた。
「嫌だな。帰ろうかな」
 学校を見上げたり、視線を逸らしたり、落ち着かない様子である。
 何度もその動作を繰り返すうち、始業のチャイムが鳴ってしまった。
「あーあ、鳴っちゃった。仕方ない、帰ろう」
 肩を落とし、彼女はまた舞台の端へと姿を消そうとする。
 するとそこから、 もう一人少女が走り出てきた。
 おずおずと歩いていた志乃は下を見ていて、そのことに気づかない。
 走る少女の方は気づいたらしいが、もう止まれそうにもなかった。
「うわっ、どいてどいてー!」
「えっ?」
 志乃が顔を上げた瞬間、走ってきた少女――遥が転び、志乃と激突した。
 遥の勢いによって志乃もバランスを崩し、二人揃って倒れこむ。
 しばらく二人とも動かず、やや時間を置いてから遥が起き上がった。
「うーん、遅刻しちゃうよ。ってあれ、誰か倒れてる?」
「……」
「おーい」
 志乃を抱え起こすも、反応がない。
 どうやら気絶しているようだった。
 遥は二、三度頭を捻ってから、
「遅刻仲間かな。とりあえず、保健室まで連れて行こ」
 そのままズルズルと志乃を引っ張り、遥は舞台の端へと姿を消した。
 舞台は暗転し、その間亨が大忙しで大道具を変えていく。
 亨の尋常ならざる力もあって、大道具変更は三十秒ほどで終わった。
 舞台に光が照らされる。
 夕焼け色の光が保健室となった舞台を照らし出していた。
 いつのまにか用意されていたベッドに志乃が寝ている。
 ガラガラとドアを開けて、遥がやって来た。
「まだ寝てる?」
「……」
「打ち所悪かったかな」
 少し不安そうに呟く。
 が、志乃はすぐに目を覚ました。
「……あれ、ここは?」
「学校の保健室だよ」
「学校……」
 呟き、志乃は胸に手を当てた。
「来るつもりじゃ、なかったんだけどなぁ」
「そうなの?」
「うん」
「それなら、なんで校門のところにいたの?」
「それは、親が行けっていうから……」
「ふーん」
 遥は志乃の言葉に関心がないのか、そのまま踵を返した。
「とりあえず大丈夫みたいだね」
「あ、はい」
「それじゃ、一緒に帰ろ」
「……え?」
「あんまり遅くなると危ないでしょ」
「あ、は、はぁ……いえ、はい」
 思わず頷いてしまう志乃。
 そんな彼女に、遥は手を差し伸べた。
 志乃はいきなり差し出された手に驚きつつ……しっかりと、その手を掴んだ。
 それが二人の出会い。
 初めて出来た、友達だった。

 その後も劇は続いていく。
 遥は二年生で、志乃は一年生。
 だから、あまり会う機会が多いわけではない。
 それでも友達として触れ合い、同じ時を過ごしていく。
 時には食堂で一緒に昼食を取ったり。
 時には廊下でばったり会って、何気ない話に花を咲かせたり。
 劇の内容は志乃が言った通り、実にこじんまりとしたものだった。
 学校での日常生活を、二人の女生徒を通して描いているに過ぎない。
 それでも、会場の観客はじっと劇に見入っている。
 観客を飽きさせないように、会話や仕草に工夫を入れているからかもしれない。
 志乃はこの点大分苦労したようで、とにかく観客に『共感』してもらえるような話を書き上げた。
 見るのは、この日卒業する三年生がメインである。
 志乃としては、彼らの思い出を引き出すような、そんな話を書き上げたつもりだった。
 だがそれ以上に凄かったのは、志乃の演技だった。
「……凄いな、笹川は」
 舞台の上を眩しそうに見つめながら、零次は感嘆の声を漏らした。
 零次はお世辞やおべっかを言ったり、適当な感想を口にする男ではない。
 彼は純粋に、志乃の演技を凄いと評価したのだった。
 零次の近くに座っている藤田や雅たちも同様の意見らしい。
 小さく、だが確かに頷いて同意を示した。
 観客たちは志乃の演技に、この学校で過ごしていた自分自身を見ていたのである。
 たった二人の学園生活。
 それでも、舞台の上の二人は生き生きと輝いているように見えた。
 ……やがて月日は過ぎ、遥が卒業する日が近づく。
 ――――そこで、異変が起きた。

 志乃と遥が舞台から出て暗転。
 いよいよクライマックスになった、というときのこと。
「……あれ?」
 照明器具を操作していた五樹の眉が、ぴくりと動いた。
 やがて、その表情が驚愕に変わっていく。
「おい、なんだよ」
 カチカチと、スイッチを押す。
 しかし舞台に明かりがつくことはなく、暗闇のまま。
 観客たちの間にも、ざわめきが生じつつある。
「どうしたんだ?」
「さっきので終わりか?」
「おいおい、どうしたんだよ」
(……そんなのこっちが知りてぇよ!)
 聞こえてくる戸惑いの声に、胸中叫び返したくなる。
 だが五樹はどうにか自制し、器具をもう一回見直した。
 だが何度見直しても、壊れている様子はない。
 スポットライトを操作していた美緒と、音響を担当していた睦美が駆け寄ってくる。
「ちょっと、どうしたのよ五樹!」
「動かないんだよ、これ!」
「えぇっ!?」
 最初は五樹のミスだと思っていた睦美も、どうやらそうではないことが分かってきた。
「故障か何かかな……」
「くそったれ、こんなときにかよ!?」
「いっちー、むっちー、落ち着いて」
 美緒は意外にも冷静な声で、二人をなだめる。
 かと言って、彼女に何か考えがあるわけではない。
「どう落ち着けってんだ、この一番大事な時にぶっ壊れやがったんだぞ!」
「壊れたとは限らないじゃん」
「じゃあ俺のミスだってのか!? 家とかでもこれと同タイプの照明器具の使い方練習したんだぞ!」
 怒鳴り散らす五樹の声が観客席にも響き渡る。
 客席の動揺も広がっていき、今ではざわめき声が館内を支配しつつあった。
「くそったれ、どうするどうするどうするどうする!?」
「……今までコレ、あんま使ったことなかったのか?」
「あ? そりゃ、あんまねぇよっ。学校側の許可得なくちゃ使えないんだから、今まで二回くらいしか使ってない……」
 言いかけて、五樹は目を見開いた。
 いつのまにか、彼の周囲には何人もの学生が集まっていたのである。
 しかも、それは――――元演劇部の三年生たちだった。

「お前ら、これでいいのか?」
 演劇が始まる前。
 梢は中庭に集まる元演劇部と向き合っていた。
 彼らは梢と視線を合わせようとしない。
 ただ拗ねた風に、明後日の方を向くばかりだった。
「今更、どうしろってんだよ」
 彼らのうち、一人の少年が口を尖らせる。
 梢がなぜここに来ているのか、およそ見当はついているようだった。
 なぜなら、彼らの前に梢が現れるのは今日が初めてではない。
 これまで、何度も梢は彼らを訪ねている。
「もう今日は本番だ。今更俺らに出来ることなんてねぇよ」
「そうそう。笹川ちゃんたちが頑張ってるんでしょ」
「俺らに何が出来るってんだ……」
 揃いも揃って覇気がない。
 だがその原因を知っているだけに、梢は五樹のような怒りを感じなかった。
「ま、気持ちは分からなくもないさ。あんなことがあったんじゃな」
 ――――志乃がまだ一年生だった頃。
 演劇部は、学校の体育館を使って大規模な公演を行った。
 一般市民などにも公開する、とびきりの演劇。
 全てが順調だった。
 だが、最後の最後で問題が発生した。
 ……照明器具が動かなくなり、舞台を照らせなくなったのである。
 彼らは混乱に陥り、やがて客席からはどよめき声が聞こえてきた。
 事態を収拾することに失敗し、客席のどよめき声はブーイングへと変わっていく。
 そして、無念の中断。
 そのことが学校でも噂になり、演劇部は見る見るうちに覇気を失くしていったのだった。
「でも、志乃は頑張ってるぞ」
「それは、あの子が凄いからでしょ……」
「んな台詞で、納得いくのかお前らは」
「納得は、いかないけどさ……俺ら追い出された身だし」
「演劇好きなら、追い出されようがなんだろうが頑張り続けられるだろ。本当はやりたいと思うもんだろ」
「俺らは出来なかったんだよ!」
 元演劇部の一人が梢に掴みかかる。
 だが梢は気にも止めず、ただ黙って彼の眼を見た。
「だったらすっぱり諦めりゃ良かったんだ。だってのに、なんで半端なとこでうろうろしてたんだ」
「……っ」
 梢の眼力に気おされて、彼は梢から手を離す。
 そのまま梢は踵を返した。
「これ以上後悔したくないんだったら動けよ。意味ないかもしれないけど、動けよ。動かないことの辛さは、もう身に沁みて分かってるだろ」
 それだけを言い捨てて、倉凪梢は彼らの前から姿を消した。
 後に残された元演劇部のメンバーは、項垂れたままぴくりともしなくなっている。
 ……そんな彼らが、体育館内へとやって来たのだった。

「あ、あんたら……今更何しに来やがった!」
「こいつはよ」
 五樹の怒声を鬱陶しそうに聞き流しながら、元演劇部の少年は淡々と告げる。
「随分古いんだ。接触不良でたまに反応しなくなっちまうんだよ」
「は?」
「……俺らも、そのせいで散々ひどい目にあったっけな」
 元演劇部のメンバーは、なにやら照明器具の様子を調べている。
 その様子を呆然と見ている五樹と睦美。
 彼らは二人に視線を合わせることなく、手を振って、
「そこにいても邪魔だ。あっち行ってろ」
「は……!? いや、どういうつもりだよ!」
 五樹は苛立ちに身を任せ、掴みかかろうとした。
 瞬間……ピアノの旋律が、会場に流れ始めた。
 その曲は、今日卒業式で使われた曲。
 五樹たちはこの曲を用意していない。
 使うのは別の曲の予定だった。
「ど、どういうことだってんだ……!」
「いちいち詮索すんじゃねぇよ坊主」
「別に邪魔しようってつもりで来たんじゃねぇ」
「ここは俺たちに任せて、別のとこ行ってろ」
 いかにも鬱陶しそうに、あっちへ行け、と手を振った。
「いっちー、むっちー、行くよ」
 納得しかねる様子の五樹と睦美を、美緒が引っ張っていく。
 やがて、三人の姿が舞台の方へと消えていく頃には、照明器具の接触不良も直っているようだった。
 ピアノの効果もあってか、客席のざわめきも少し落ち着いてきている。
「俺らってさ」
 メンバーの一人が自嘲気味に口を開く。
「最高に格好悪いな」
「ああ」
「同感」
「でもよ――――ちょっと、すっきりした」
 やがて舞台が照らし出され――最終章が始まろうとしていた。

 照らし出される舞台。
 そこに立つ二人の少女。
 学校が嫌いだった少女は、学校が好きだった少女のおかげで、学校を好きになれた。
 だが、学校を好きだった少女は卒業する。
 行かないで欲しい、と志乃は願う。
 そんな願いが叶うはずもないと知りながら。
 遥は答える。
 自分がいなくても、もう志乃は学校を嫌ったりすることはない。
 そこには、もう沢山の思い出が詰まっているのだから。
「その思い出を、今度は貴方が誰かに伝えてあげて」
「……はい」
「そうすれば、学校はきっとずっと続いていくよ。私たちが大好きだった形のまま」
「……はいっ」
「うん。――――楽しかったね、本当に」
 実感のこもった呟き。
 そして遥は、舞台中央から降りて、客席の前までやって来た。
「広い校庭、賑やかな食堂、落ち着ける図書室、風の気持ちいい屋上、皆と話した教室――――それに、この体育館」
 くるりとその場で回り、舞台の上にいる志乃を見上げる。
「志乃ちゃん、これでバイバイだね」
「そう、ですね……」
「うん」
 遥はそのまま客席を通り抜け、体育館の出口まで行ってしまう。
 その動きをスポットライトが追っていく。
 遥が出口の扉を開けた瞬間、スポットライトの光は消えた。
 そこから僅かに見えるのは、赤い空の光。
 沈みかけの、夕闇の空。
「先輩……今日まで、本当にありがとうございましたっ」
「うん。それじゃ、バイバイ――――また今度ね」
 そう言い残して、遥の姿は扉の向こうへと消えていく。
 体育館から出て行く遥。
 そして、残された志乃。
 二人は別れて――――劇は、そこで終わりを迎えた。
 幕が閉じ、館内にはエンディングテーマが流れる。
 待っていたのは、以前のようなブーイングではない。
 館内は、拍手で満たされていった。

 やがて幕の前に姿を現したのは、役としての志乃ではなく――笹川志乃だった。
「えっと、本日は皆様ご卒業おめでとうございます。
 今回は、私たちの演劇を見て頂き本当にありがとうございました」
 志乃がお辞儀をすると、客席からは拍手が送られてきた。
「この劇は、本当に沢山の人の協力があって出来上がりました。
 前生徒会、新生徒会の皆さんのおかげでこの場に立つことが出来ました。本当にありがとうございます」
 スポットライトの方を見ると、涼子がなにやら照れているようだった。
 はにかんだ笑みを見せながら、手を振っている。
「それと、部員不足の私たちを助けてくれた倉凪美緒さん、矢崎亨さん、冬塚涼子さん……そして、今日卒業された榊原遥さん。
 この方々には感謝の気持ちでいっぱいです」
 そして、照明の方を見る。
 そこには罰の悪そうな顔をした、元演劇部のメンバーが揃っていた。
「そして、先ほどのトラブル。その解決に協力してくれた、演劇部の先輩方。
 ご卒業おめでとうございます――――そして、助けていただき、ありがとうございましたっ」
 礼を言われて、彼らは頭を下げてきた。
 それは感謝の意を示しているのか、それとも謝罪のつもりなのか。
 ……あるいは、その両方かもしれない。
「そして、今日まで私たちを助けてくれた先輩方。
その全ての人への感謝の気持ちを込めて、この『school life』を書かせて頂きました。
改めて、皆様にお礼を述べたいと思います」
 最後に顔を上げたとき。
 なぜか極自然に、梢の姿が見えた。
「――――――――ありがとう、ございましたっ」

 校門前。
 二次会も終わり、学校にはほとんど人が残っていない。
 そんな時間帯に、梢たちは集まっていた。
「長かったなぁ」
「全くだ」
 梢と零次が口を揃えて言う。
 確かにこの一日は、やけに長かった。
 それは、名残惜しさゆえなのか。
「……ん? 何してんだ遥」
 梢の横では遥が学校へ向けて頭を下げている。
「今日までありがとうございました……って」
「あー、お礼言ってんのか」
 なるほど、と納得する。
 すると、いつのまにか零次も頭を下げていた。
 つられるようにして、藤田、斎藤、雅、沙耶、由梨たちも頭を下げていく。
 傍から見ると奇妙な光景だが、梢はこれを笑うつもりにはなれなかった。
 少し迷って、梢も母校に頭を下げた。
「――――――今日まで、ありがとうございましたっ!」
 梢が大声で叫ぶ。
 すると今度は梢につられて、皆が口々に礼を言い始めた。
 ……やがて、それも終わって。
 ――――――。
「志乃、今日はありがとな」
「い、いえっ……私の方こそ、今日までいろいろとありがとうございましたっ」
 ――――――。
「斎藤と綾瀬は二日後に行くのか」
「ああ。久坂、悪いが僕の代わりに藤田を頼む。彼にはツッコミが必要だ」
「ってどういう頼み方だよオイッ」
 ――――――。
「んじゃ、由梨の見送りってことで二日後は駅集合な」
「んに、了解だよっ」
「何か料理作って持っていくね」
「……ああ、すまん。いや、ありがとう、と言うべきかな」
 ――――――。
「さて、行くか」
「……ああ」
 榊原の声で、一同はそれぞれ歩き始める。
 最後にもう一度だけ、校舎を振り返って。
 そして、笑いながら別れを告げて。
 月に照らされた朝月学園は、そんな彼らを静かに見守っていた。

 忘れられないさよならと、とても大切なありがとう。
 そして、数え切れない思い出。
 旅立つ一歩は、まだまだ見えないゴールを目指していた。