異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
プロローグ「泉と姫」
 遠い遠い昔のこと。
 あるところに、山で暮らす男がいた。
 男は毎日山を歩いては、面白そうなものを拾い集めて過ごしていた。
 その日も、男はいつものように山の中を歩き回っていたという。

 山の中にある泉にさしかかったとき、男はとても美しい女性が水浴びをしているのを見つけた。これは天女に違いない。一目見て、男はそう確信した。
 すぐ側の木には、その女のものらしき衣がかけられていた。
 男は少し悩んだ末に、それを隠してしまうことにした。

 水浴びを終えた天女は衣が失くなっていることに気づき、ひどく心細く思った。そこに、何食わぬ顔で男がやって来て、あたかも親切な風を装い、自分の手持ちの衣を与えてやった。
 女は感謝したが、なおも自分の衣の行方を気にした。あれはただの衣ではなく、天に帰るために必要な衣なのだと、正直に男に話したのである。
 やはり天女だったかと男は内心喜んだが、顔にはおくびにも出さず、気の毒がって、しばらく家にいるといいと女を家に案内した。

 それから何年もの時間が経った。
 男と女は夫婦となり、何人もの子どもに恵まれて過ごしていた。
 それでも女は時折衣探して外に出ることがあったが、結局は家に戻って溜息をつくばかりであったという。
 男は内心不安な気持ちで女を見ていたが、結局何も言えなかった。天女を手放したくないという思いが、男の口を固くした。
 子どもたちは何も知らず、父や母の元で幸せな日々を過ごしていた。

 そんなある日のこと。
 男の家の周りに、もくもくと雲が集まり、何度も雷が近くに落ちてきた。不安に思った男が外に出てみると、そこには天人と思しき者が怒りの形相で仁王立ちしていた。
 天人は男の行いを見通し、かつ責め立てた。男は大いに恐れ、儚くなってしまった。
 さらに天人は男の子どもを引き出して、すべて成敗しようとした。
 そこで女が天人の前に進み出て、我が子の命をお救け下さいと嘆願した。男に罪はあったのかもしれないが、この子たちに罪はない。女は必死にそう訴えた。
 天人は女の訴えを退けようとした。しかしそのとき、男が隠していた衣がひとりでに動き出し、天人の口を塞いでしまった。
 口を塞がれてはしようがない。
 天人は諦めて姿を消してしまった。

 残された女は、それからも子どもたちに愛情を惜しみなく与え続けた。母の愛をめいっぱい受けた子どもたちは、澄んだ心の持ち主として成長した。
 子どもたちは、やがて親たちが出会った泉の周りに集落を作り、そこで家族仲良く暮らすようになった。賑やかなその集落の中心には、暖かな眼差しで子々孫々をいつまでも見守り続ける天女の姿があったという。

 それから長い長いときが経った。
 子どもたちは集落を離れ、様々な場所に広がっていった。
 しかし昔のことを忘れないよう、二つのものを大切にし続けた。
 始祖の出会いし泉は、その姓に残し続けた。
 そして、一族をずっと見守り続けてくれた母なる天女は、姫と呼ばれ、畏れられ、敬われ、慕われ、崇め奉られ続けた。

 泉家に代々伝わる――御伽話である。