異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
式泉運命の章「式泉運命とシロ」
 式泉運命と真泉未了が祝言を挙げたのは、運命が未了に告白してから一年半経った春の日のことだった。
 未了に返事を貰うだけでも一苦労だったが、そこから村の古老の大反対、更には運命の両親の反対にもあった。
 始祖を相手になんたる不敬、というのが古老たちの決まり文句であり、今はいいが後々後悔するぞ、というのが運命の両親の決まり文句であった。
 運命は一時期、駆け落ちしようと本気で考えた。しかし未了に止められた。
「逃げてしまって、それでいいのでしょうか」
 それはか細い問いかけだった。それだけに運命の心を引いた。きっと強めに言われていたら反発していただろう。
 結局、二人は長い時間をかけて周囲を説得せざるを得なかった。
 最初は反対していた者も、少しずつ理解を示すようになった。
 特に、村のはぐれ者として運命を敵視していた長泉家の長に認められたのが、運命には嬉しかった。
 長泉の長は典型的な保守派で、未了のことを始祖として尊崇していた。最初は運命を門前払いにしていた長だったが、少しずつ話を聞いてくれるようになった。
 あるとき、
「始祖様を幸せにするか」
 と聞いてきた。口数が極端に少ない、恐ろしげな老人だった。
「する」
 余計なことを言うとぶん殴られる。そう思った運命は、ただ一言そう告げて、あとは睨みつけるように長の目を見た。
「違えるなよ」
 それだけ言って、長は奥に引っ込んだ。村一番の頑固者が二人を認めた瞬間だった。
 そんな、一年半である。

 祝言を挙げた夜、運命にとって予想外のことが起きた。
 人々が帰り、二人は寝室へと向かった。
 運命はひどく緊張していた。彼にはまだそういう経験がない。どうしても動きがぎくしゃくとしてしまう。
 しかし、いざその行為に及ぼうとしたとき、不意に力が抜けた。
 未了が怯えを見せたのだ。
 表面に出したわけではない。未了はそういう点、気の毒になるくらい忍ぶ人だった。必要以上に自分を抑えようとするのである。
 しかし運命はそういう人の内情に敏感なところがあった。
 嫌がられていたらショックだったろう。だがそういうわけではない。緊張しているのともまた違う感じがした。
 何かに怯えている。
 運命は、その正体も知れない何かに腹を立てた。それに反比例するように、未了に対する愛しさが増した。
 無理強いはしないようにした。
 二人が男女の関係を結んだのは、祝言から一週間も経ってからのことであった。

 それからしばらくした頃――運命はある朝、妙なことを言い始めた。
「今日は客が来るみたいだ」
 今まで会ったこともない客だという。
 未了は運命のそういう発言に慣れてきていた。家族や家人は尚更である。
 どういう理屈かは分からないが、運命にはそういうことが分かるらしい。
 過去と現在が分かれば未来を予測するのはたやすく、未来と過去が繋がればその真ん中に現在があり、現在から未来への流れを遡れば過去を予測することも簡単だ、というのである。
 時間という流れに点在するものを見ることができるらしい。運命の流れを読むが如きこの力から、自らの魔術名を『運命』としたのだそうだ。
 少し話は逸れるが、『運命』や『未了』というのは戸籍上での名前ではない。魔術師たちは自らの性質をより高めるために、魔術師としての名前を持つ。言霊信仰を起源に持つと考えられるこの思想は、いわゆる武家の『諱』と似て非なる歴史を持ちつつ、今日まで続いてきている。
 閑話休題。
 その朝、運命が読み取った客は夜半過ぎに現れた。
 ちょうど夕食を終えて、運命と未了が二人揃って月見をしていたときのことだ。
「失礼します」
 背後から、まだ幼さの残る声が聞こえてきた。
 運命はなんとなく気づいていたものの、さすがにぎょっとした。物音一つないこの田舎道で、背後に人が来たことにまるで気付かなかったのだ。
 振り返ると、そこにはまだ幼さが残る顔立ちの少年がいた。文次郎と同じくらいの年頃だろう。どこか茫洋とした表情の子どもだ。
 ただ、異様に希薄な気配は尋常ではない。
「……誰だい、少年」
「はあ。名前はありません」
 だぼだぼの服を着た少年は、丁寧な口調ながら、ポケットに手を突っ込んでいた。ただそれだけにしては、やや膨らみ方が大きい。何かを持っているに違いなかった。
「名前がない?」
「ええ。いらんと言われてます。それより、用件ですが」
 少年はすっと未了を指して、
「その人を、いい加減連れ戻して来いと言われてるんです」
 と言った。
 途端、未了の顔色が急速に悪くなっていった。強張った表情で少年を睨みつける。こんな彼女は、これまで見たことがなかった。
「……あなたは、泉家の者ではありませんね」
「ええ。あなたの故郷から迎えに来ました」
 淡々と言う。運命には事情がよく分からなかったが――この少年は、未了が泉家に来る前にいた場所から来たのだということは分かった。
「申し訳ありませんが、私は帰るつもりはありません」
 未了はきっぱりと言った。そして運命の腕を掴んだ。運命もその手に触れた。
 少年はそんな二人をぼんやりと眺めながら、一歩後ろに下がった。
「出さない方がいいぜ」
 運命は短く忠告した。
「ポケットの中身のことさ」
 言われて、少年はふっと肩の力を抜いた。そして両手を挙げて見せた。だぶだぶの裾から見える手には、何も握られていない。
 次の瞬間、少年が腕を下ろすと同時に、裾の中に隠していた銃を取り出し、銃口を運命に向けた。
 ――と思いきや、銃口が運命を捉える寸前、少年の手から銃は弾き飛ばされていた。運命が銃を叩き飛ばしたのである。
 異法人としての身体能力と、『流れ』を読む運命固有の力によるものだった。
 その不自然さを少年はすぐに察した。
 彼が腕を振り下ろす前、既に運命は動いていた。まるで少年の行動を完全に予測しているかのような、迷いのない動きだった。
「まだやるかい、少年。言っとくけど、俺も未了さんを離すつもりはないよ」
「……だったら、あなたも一緒に来ればいい」
 意外にも、少年は妥協案を示してきた。
「別に連れがいちゃ駄目だとは言われてない。要はそこの人を連れ戻せればいいんだ」
「ですが……なぜ今になって?」
 未了が疑問の声を上げる。
 伝承を信じるなら――未了の過去について、運命はあまり詮索しないようにしている――彼女が故郷を離れたのは千年以上前のはずだ。確かに、なぜ今更、と思う。
 少年は肩を竦めた。
「そんなの僕は知らない。ただ言われたことをしているだけだ」
「……」
 未了は少し悩む素振りを見せたが、やがて頭を振った。
「行くのはやめましょう、運命。この子の言っている場所は、あなたを受け入れてはくれない」
「……」
 どんなところなんだ……。そう尋ねたくなる心を、運命は必死に抑えた。長く生きていれば、良い思い出も悪い思い出も人の何倍もあるはずだ。それを無闇に突っついちゃいけない――彼女を娶るとき、そう誓ったのだ。
 ただ、彼女は自分と一緒にいることを選んでくれた。それだけで今は十分だ。
 運命は少年に向かって笑いかけた。
「そういうわけだ。悪いが俺の嫁さんは渡せないな」
「……腕ずくでも連れて帰れ、と言われてるけど」
 そう言って少年は右手を前に出して見せた。ぷらぷらと手を振ると、ありえない方向に動く。
「その腕が使い物にならない。……容赦ないね。子ども相手に」
「まあな」
「仕方ないから、今日は帰ります」
 そう言って少年は山の方へと向かっていく。
「あなたにも興味が湧きました。また会いに来ます。そのときはお手柔らかに」
 立ち止まらず、少年はそのまま姿を消した。
 二人はしばらくその場に立ち尽くしていたが――やがていつものように腰を下ろし、黙って月を見ることにした。

 それから数日後。
 所用で外に出ていた運命が家に戻って来ると、庭先で妙な光景に出くわした。
「……何やってんの?」
 怪訝そうな表情で問いかけながら、向かい合っていた二人の少年の間に立つ。
 一人は上泉文次郎。
 もう一人は先日の少年だった。
 文次郎は手にした木刀を少年の喉元に突きつけており、少年の方はポケットに手を突っこんだまま、この間と同じような茫洋とした表情で対面の相手を見ている。
「えーと」
 何から確認すればいいのか分からない。
「……文次郎。これはどういうことだ?」
「僕は運命様に用があって来たんですが」
 と、そこでぎろりと迫力のある視線を向けられた。どうせまた怒られるような用件なんだろうと思いつつ、運命は先を促す。
「……見慣れぬ子供を見つけたので素性を問いただしたのです。するとこやつ、未了様をさらいに来たなどとのたまって!」
「さらいに来たんじゃない。連れ帰せと言われてきたんだ」
「何をぬかすか! 未了様は我らが泉の始祖にして、式泉家の御台様だぞ!」
「文次郎、お前いつの時代の人間だよ」
 小声の突っ込みを無視して、文次郎は少年に対して一歩前に出た。
「そんなわけで、この狼藉者をとっちめようとしていたところです」
「じゃあ、早くとっちめないのか」
「ぬっ!?」
 少年にそれを指摘されて、文次郎は額に脂汗を浮かべた。
 文次郎は割とビビり屋なので、おそらく少年の雰囲気に圧されてしまっていたのだろう。
 運命はそこで考えるのをやめて、わざとらしく盛大な溜息をついた。
「文次郎、とりあえず木刀しまえ。こいつは敵じゃないよ」
「しかし……」
「それにこいつ右手折れてるから、実際お前の敵じゃないんだよ」
「なっ!?」
 言われて、文次郎は顔を真っ赤にした。右手が折れてる相手に木刀を突きつけて圧されていたのだから無理もない。
「お、お前! 嵌めたな!」
 木刀をしまって、代わりに指を突きつける文次郎。それを無視して、少年は縁側に上がっていた。
「こんな早くにまた来るとはな」
「無駄と分かっていても定期的にやらないとうるさいんです。上が」
 言って、少年は運命に尋ねた。
「……ところで、おいしい茶菓子はまだですか?」
 真顔で言われて、運命はもう一度盛大な溜息をつくはめになった。

 それからも、何度かその少年は村に姿を現した。
 不意打ちはしない。必ず最初に話しかけてきた。
 こちらの返事はいつも同じだったので、そのうち挨拶みたいになっていった。
 ありがたい客ではなかったが、不思議と運命はこの少年のことが嫌いではなかった。
 そんなことが何度か繰り返された後のことである。
「こんばんは」
 その日も、少年は二人が揃っているときに姿を見せた。強引な手段を取るなら未了一人のときに来ればよさそうなものなのだが、そういうことはしない。律儀なのか別の意図があるのかは、よく分からなかった。
 ただ、その日の少年は、最初から満身創痍だった。片足は折れ、左右の拳は無残なまでに潰されている。よく見ると爪もすべて剥がれていた。
「おいおい、大丈夫か少年」
「ええ、お気になさらず。放っておいても問題ありません」
「いや、問題大ありに見えるんだけど」
「問題ありません。……本日はお別れに参りました」
 あっ、と運命は声を上げそうになった。
 ……こいつ、死ぬ気だ。
 詳しい事情を聞かなくても分かる。この少年の目は完全に死んでいた。最初から死んだも同然の目つきだったが、目的を果たそうという意志だけは感じ取れた。今はそれすらない。
「未了さん」
「ええ」
 未了も少年の考えを察した。二人は、何か言おうとする少年を、問答無用でひっ捕まえて自宅に連れ帰った。
 式泉家の生業は医者である。両親は共に、世紀の医療免許を所有する村唯一の医者だった。
 事情を説明して、運命は両親にこの少年を預けた。助けはいらないなどと抵抗したので、無理矢理眠らせて治療することになった。
 翌朝、治療が一通り終わったと言って出てきた父親は、不気味なくらい良い顔をしていた。
「あの少年、面白いな」
 運命の父親は倫理観より好奇心を優先する性質の研究者だった。運命の母がうまく手綱を取っているからいいものの、一歩間違えばマッドサイエンティストになりかねない男である。
 運命も、自身が――異法人がどういう存在か調査するとき、この父親に力を借りて酷い目にあった。解剖される一歩手前までいったのだ。実の息子相手に無茶苦茶な話である。
「助かりそうでしょうか」
 未了が尋ねると、父は軽く咳払いをして居住まいを正した。
「そうですな、命に別条はありません」
 千年以上生きているという未了は父にとって非常に興味深い存在のはずだが、そんな素振りはまったく見せず、義父という立場になった今でも謙虚な姿勢で接している。それだけ未了の存在は、泉の人間にとって重いのである。
「それより、何が面白いんだ、親父」
「これを見ろ」
 父が取り出したのは、砂時計だった。ただし中身は普通の砂ではない。周囲の『特殊な法』に反応するという砂で、異法人に関する研究でも利用された代物である。
 運命が近付くと、中身の砂は磁石の対極同士を近づけたときのように離れていった。それは以前の研究で見た反応だから、驚くに値しない。
 ただ、その砂の色が妙だった。以前は普通の砂と同じような岩っぽい色だったのに、今は赤と青が入り混じったような状態になっている。
「……その砂は『特殊な法』に反応するのですね」
「ええ。無論、静的な法には反応しません。運命のように独自の『法』を持っていると反発されるようです。黒魔術の反応が近い場合も同様。逆に白魔術の反応を感知すると引き寄せられるように動きます」
「では――魔法にはどう反応するのでしょうね」
 魔法とは、普遍的に存在する『法』を変えてしまう力である。法を利用するだけの魔術、独自性を保ちつつ普遍的な法とも共存できる異法と違って、魔法は法を根本から変えてしまう危険性を孕んでいる。
 魔術が技術、異法が才能だとするなら、魔法は奇跡と言うべきものであった。
「法に反応する砂が色を変えた。……まさか」
「そのまさかではないでしょうか」
 未了は運命の父に問うような視線を向けた。父は大きく頷いた。
「確証は持てませんが、今までにない反応であることは確かです」
「それなら分かる気がします」
 未了が小さな声で呟く。
「分かる? 何が……」
「あの少年は、きっと追放されたのです。いえ……始末されそうになったところを、どうにか逃げてきたのでしょう」
 なんとも物騒な話だった。

「まあ、だいたいそんな感じです」
 気を取り戻した少年は、運命の質問攻めにあって、どこか投げやりな返事をした。
「ほ、本当に始末されそうになったのか? 未了さんを連れ戻さなかったせいで」
「いや、それとはまた違いますよ。僕が始末されそうになったのは、魔法に目覚めたからです」
 魔法に目覚める。
 さらりと出た言葉に、運命は驚いた。未了と父のやり取りから半ば予想はしていたものの、魔法使いが目の前にいることが信じられなかった。
 魔術師と魔法使いは次元が異なる。魔法は誰でも秘めているものらしいが、それを使えるようになる確率は極めて低い。魔法が使えるようになることを目覚めるというのだが、それは言葉通りの意味で、あるときいきなり使えるようになる。
 努力も何も関係ない。
 身も蓋もない言い方をすれば、魔法に目覚めるのは宝くじの一等に当たるようなものだった。
「魔法……か」
「ええ。僕の故郷の長たちはこれを禁忌としてましたから。慣習に基づいて僕を始末しようとしたんです。どうにか逃げることはできましたが」
「命の危機に晒されたにしちゃ、落ち着いてるな」
「そういう教育を受けてましたから。本当なら黙って殺されるつもりだったんですが」
 そこで少年は難しい顔をした。
「なんで逃げたのか、未だによく分からないんですよ。生きてやりたいこともないんですけど」
 心底不思議そうな顔だった。それが少しおかしい。
「それで、どうするんだ少年」
「どうしましょうね。絶対やりたくないことは二つあるんですが」
「その二つは?」
「故居に戻ること。さすがに今から殺されに戻るのは嫌です。みっともないし。それからもう一つは、ここにこのまま残ることですかね」
 言って、少年はベッドから起き上がった。ふらふらだったはずなのに、もう平時の状態同然の身のこなしだった。
「ここには元々挨拶に来ただけですから」
「……なんで?」
「さあ。それもよく分かりません」
 ただ、死ぬかもしれないと思ったとき、運命と未了の顔が脳裏に浮かんだ。よく分からないが、死ぬなら死ぬであの二人に挨拶くらいはしないと――。そう思ったらしい。
「そっか」
 運命は、何か言いたかった。だが何も言わなかった。互いに境遇が違いすぎる。こちらが良かれと思って言ったことが、相手にとっても良いものだとは限らない。
「……止めないのですか?」
 と。
 少し意外そうに少年が言った。
「止めて欲しいのか?」
「止めたら全力で突破するつもりです」
「じゃ、いいじゃないか」
「そうなんですが。なんだか、いつもと違いますね」
 そう言って、少年は初めて笑った。少なくとも、運命はこのとき初めて、この少年が笑うところを見た。
「まあ、止めないのなら好都合です。では――」
「ああ。待たな、シロ」
 少年が動きを止めた。半目で運命をじろりと睨む。
「待たな、ではありません」
「なんだよ。また来いよ。もうお前、未了さんを連れ戻したりはしないんだろ」
「しませんよ。だから、ここに来る理由もなくなりました」
「理由ならあるさ。俺が気になる。未了さんも多分気にするぞ。たまには顔を出して安否を報告しろ。それが止めない条件だ」
 少年は心底不服そうに運命を見た。
 しかしやがて溜息をつき、
「邪魔されたらずっとここにいるはめになりそうですね」
 そう言って首肯した。
「たまにですよ」
「ああ。それでいい。待たな、シロ」
 少年は答えなかった。
 ただ面倒そうに肩を竦め、次の瞬間には窓から身を乗り出して、颯爽と出て行ってしまう。
 それを見送る運命の後ろで、ドアの開く音が聞こえた。
「行きましたか」
「うん。未了さんは良かったのかい?」
「ええ。似たような境遇として、あの少年のことは気になりますが……道は人それぞれです。あの少年なら、きっとなんとかするでしょう」
 言いながら、未了は運命の肩に手を伸ばした。なんとなく気持ちがいい。
「それにしても……シロってなんです?」
「ん? ああ、あいつ犬っぽいじゃん」
「……そんな理由で名付けたんですか」
 未了は呆れ顔で嘆息した。運命はときに発想が子どもっぽくなる。
「でもさ、いつまでも『少年』じゃ言いにくいでしょ?」
「それはそうですけど……」
「あいつも文句言ってなかったし」
「多分、それが自分の呼び名だと分かってなかったんじゃないでしょうか」
 十中八九そうだ。
 今まで名前がなかったのだ。前触れもなく急に『シロ』だなどと呼ばれて、その意味が分かるはずもない。
「そうですね……」
 未了は部屋の片隅にあったメモ帳と万年筆を手にした。
 少し考えて、万年筆を動かす。やがて書き終えた紙を運命に差し出した。
「せめて、こういうのはいかがでしょう」
「そうだね。俺の発想と未了さんのセンスがミックスされた、いい名前だと思う」
「そんな大層なものではないと思うんですが……」
「はは。あーあ、早くあいつ来ないかな。さっさと教えてやりたいよ」
「今出て行ったばかりですよ。それに、本当にここに来るかどうかも分かりません」
 そう言った未了に対し、運命はふふんと得意げに、
「いや、来るよ。あいつ妙なところで律儀だし。来ないはずがない」
 と、未了に渡された紙を見る。
 そこには丁寧な字で、『司郎』と書かれていた。

 式泉運命と真泉未了。
 二人は様々な出会いを重ねながら――少しずつ、そのときへと近づいている。
 やがて訪れる、幸せの終わり。
 土門荒野と呼ばれる怪物が現れる、そのときへと――。