異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
草薙樵の章「草薙樵と古賀里の大老」
 手足の骨を折られた樵は、老人に担ぎ上げられて廃墟と化した街に連れてこられた。
「まったく、あやつやり過ぎだのう。小僧とは言え、人を担いで歩くのは堪えるわ」
 言いながらも、老人の足取りは終始軽やかだった。樵と同程度の身長しかない老人なのに、どこにそんな力があるのか。
 もっとも、堪えるのは樵の方も一緒だった。両の手足が折られたままの状態で袋にすっぽりと突っ込まれ、そのまま乱暴に運ばれたのである。応急手当も何もない。おかげで、とうに手足の感覚はなくなっていた。
 ……俺をものか何かと思ってやがる、この爺。
 今すぐ喉笛を噛みちぎってやりたかったが、老人には隙がなかった。仮に樵が万全の状態でも、倒せるかどうか分からない。
 袋から引きずり出された樵は周囲に目をやった。あちこちに、風化して崩れかけた家屋がある。長い歴史の中で朽ち果てたゴーストタウン。そう形容するのがもっとも適切だろう。
「なんなんだよ、ここは」
「ここは五年前に壊滅した村だ。古賀里の本家があったということ以外は、何の変哲もない田舎の村であったよ」
「……よく分かんないけど、古賀里って何か特別なものなのかよ」
「まあな。日本にある魔術の家々の中でも五指に入る名家とされておった。今はもう滅びたも同然だが」
 言って、老人――白夜はそのまま踵を返す。
「とりあえずお前に目標を与えてやる。ここで半年生き残れ。その頃にまた来る」
「なっ……!?」
 樵は文句を言おうと顔を上げた。しかし、そのときにはもう白夜の姿は消え失せていた。
「ちくしょう。身動きできない子供をこんなところに置き去りにしやがって……!」
 手足は依然折れたままだ。
 ……やべえ。これ、放っておけば自然治癒とかするもんなのかな。
 それ以前に、身動きができなければ食事も何もできない。這って進むしかないのか――そんなことを考えたときだった。
「ああん? こんなところにガキんちょがいるぜぇ、兄貴」
「どうれ? おお、本当だ。しかも身動き取れないようだな弟よ」
 見るからに軽薄そうな格好をした二人組が、こちらに近づいてきた。
「またご隠居の酔狂かね」
「どうだろうな。ともあれ、この村で生きている奴を見かけたら、することは一つだけだ――」
 物騒な雰囲気を醸し出しながら近づいてくる二人組に、樵は本能的な恐れを抱いた。
 ……おいおいおいおい。
 じんわりと冷や汗が滲み出る。
 はたして、樵の目の前に現れた二人組の男は、当然のような口ぶりで言った。
「よう、小僧。悪いが――ぶっ壊させてもらうぜ」
「この村では……仲間以外は『破壊』するという掟なんでな」
 片方の男が手を上げる。その指先に、見るからに危険そうな魔力が集っていく。
「ちょ、待っ……!」
「怨むならあの爺を怨め」
 殺傷のための魔力――魔弾が、樵に向けて放たれる。
 その瞬間、世界が歪んだ。
 ……おい。
 迫りくる魔弾をゆっくりと眺めながら、樵は考えた。
 ……俺はこれで死ぬのか?
 両親の顔や司郎の顔が思い浮かぶ。
 ……父さんや母さんの正しさも、司郎の強さもまだ掴みきれてないのに――。
 怒りが、瞬間的に沸騰する。
「――ざけんじゃねえ!」
 樵が咆哮すると同時に、周囲の大地が唐突に隆起した。まるで、地面から大量の槍が生えてきたかのように。
「が――っ!?」
 隆起した大地が盾の役割を果たし、魔弾を弾く。同時に二人組の男たちは槍によって串刺しにされた。
 ぴちゃりと、数滴の血痕が樵の頬に飛んできた。
「て、め……」
 男の片割れが、身体をひくひくと痙攣させながら樵を凝視する。しかしその身体は、ほんの数秒で崩れ落ちた。
 呆気なく、命が終わった。
「う、うわああああ!」
 遅れてその事実に気付き、樵は絶叫した。
 父と母が殺されてから、異常な境遇に置かれていることは自覚していた。
 理解しているつもりでいた。
 だが、人を殺めたことはなかった。殺すつもりもなかった。
 ただここで死にたくないと願った――それだけだったのだ。
 その結果が、少年の前に無残な形で示されている。
「し、しし、死……」
 うろたえるたびに、折られた骨が悲鳴を上げる。逃げたいがそれもままならない。
 隆起した大地が引っ込む様子もない。本能的に自分が何かして、大地がそれに反応したのは分かるが、どうすれば元に戻せるのかが分からなかった。
 身動きできず。死体を片づけることもできない。
「お、おれは、い、いいいや」
 虚ろな死骸と向き合い続けなければならない。それに気付いて、樵は目を閉じた。死体を――自分が殺した相手を直視し続けるのは精神的にきついものがある。
 しかし同じことだった。目を閉じたところで、鮮明に焼きついた光景は消えない。瞼の裏の闇に、ぼんやりと、しかし気味悪い現実感を持って、その光景は展開する。
 誰かが助けにきてくれる様子もない。
 樵の心に、じわじわと絶望感が広がっていった。

 三日経った。
 客観的に言えば、である。
 三日間、ずっと痛みと死体に向き合い続けた少年にとって、それは永劫とも言える長さだった。
 想像の中の現実に耐えきれず、瞼を開ける。
 死体は五つになっていた。
 最初の殺しはやはりというか――大いに目立った。そのせいで何人か足を向けてくる者がいたのだ。
 樵は助けを求めようとしたのだが、その都度相手は樵を殺そうとした。
 どうも、ここはそういう場所であるらしい。
 だから、殺される前に殺した。
 正当防衛なのか過剰防衛なのか。しばらくそんなことばかり考えていたが、やがて虚しくなった。
 正当も過剰もない。自分が人を死に至らしめた事実には変わりがない。
 それは、相手にとって許されざる悪であり――同時に、樵にとっては生きるために必要な善でもある。
 間違ったことをしたつもりはない。
 善悪で割り切れないものもある。少年はそれを学んだ。
 一種の敗北感に打ちのめされながら。
「……あー」
 ちなみに死体は、既に大半が原型を留めていない。腐臭が漂い始めると、鴉たちが群がって喰っていくのだ。樵も間違われて喰われそうになったが、これは吠えることでなんとか撃退している。
 そんな三日間だ。もう時間の感覚は失せている。
 もっとも、空腹感だけは未だに正常だった。健全な音が腹から聞こえてくる。
 当然だが、三日で折れた骨は回復しない。どうすればいいのかも分からないので、なるべくまっすぐに伸ばすような形にしているだけだ。
 そういう境地に達すると、樵は生死について考えるようになった。
 ……なんで俺、生きてるんだろう。
 深い意図があったわけではない。理由なくそう考えるようになっただけだ。当然、その思考は埒が明かない。
 ただ、樵の意識を凄惨な現実から遠ざける効果はあった。
 空想の中に心を移すことで、樵は休むことができた。
 次に気付いたとき、目の前の光景は変わっていた。
 串刺しにされた崩れかけの死骸はない。また、空も見当たらなかった。
 あるのは、今にも崩れ落ちそうなぼろぼろの天井。
 感じたのは暖かさだった。どうも自分は布団に寝かされているらしい。
 ……ここは?
 上体を起こし、自分の腕を確認する。そこにはギブスがされていた。足の方も同様らしい。
 視線をめぐらすと、部屋の入り口に女の子の姿が見えた。ちょうど入ってこようとしたところらしい。
「あら、ようやく起きたみたいね」
「……お前は?」
 警戒心から、口調がつい堅くなる。
 少女は口を尖らせながら、肩を竦めてみせた。
 セミロングに利発そうな双眸の、勝気な印象の少女だった。身なりは若干汚いが、どことなく気品もある。
「せっかく助けてやったのに『お前』とはご挨拶ね。初対面の人間には礼儀正しくって教わらなかったの?」
「教わったよ。けど、いろいろ……よく分からなくなった」
 両親のことを思い出して、その死が脳裏に浮かぶ。
 前ほど悲しいと思わなくなった分、自分への嫌悪感が増している。
「まあ、その気持ちも分からなくはないわ。まったく、長老も困ったもんね」
「長老?」
「古賀里白夜よ。あなたも、あの人に連れられて来たんじゃないの?」
「……ああ。あの糞爺か」
 その後の記憶のせいで忘れかけていた怒りが、ふつふつと湧き上がってきた。
 樵の表情を見て少女は「やっぱりか……」とため息をついた。
「この村は、あなたと同じ境遇の人間がいる場所なのよ。古賀里白夜の箱庭……といったところかしら」
「箱庭ね。何を育ててるんだか」
「古賀里の後継者。あなた、知らないの?」
「知らないね。いきなり放り出されたんだ、古賀里ってのが何なのかもよく知らない」
「嘘。本当に……?」
「そんなんで嘘ついてどうすんだよ。俺は……」
 自分の境遇を説明しようとして、言葉に詰まる。どこから言えばいいかよく分からないし、この少女の正体もよく分からない。
「……巻き込まれただけだ」
 結局、そんな言葉しか出てこなかった。
 少女は樵の曖昧な説明を受けて「ふーん?」と首を傾げてみせた。だが、特に追求してくる様子はない。
 樵には、他に気になることがあった。
「なあ、良ければ教えてくれ。なんで俺は襲われたんだ」
「んー、そうね。説明もないのはアンフェアだし、教えてあげるわ」
 少女はさばさばとした口調で応じてくれた。敵か味方かは分からないが、どうやら嫌な奴ではないらしい。
「まず最初に名乗っておこうかしら。私は若里由美。古賀里に連なる魔術師よ」
「へえ。魔術師か」
 そういえば、司郎も確かそんな風に名乗っていた。自分のことを指して、出来損ないの魔術師であり、ろくでなしの魔法使いだと評していた。だから、魔術師という言葉を聞いても抵抗はない。
「古賀里本家は私が生まれる前後に滅びちまってね。まあ、御家としては滅びても、属してた人間は残ってるんだ。だからまあ揉め事が起きたわけよ」
「揉め事?」
「そう。誰が古賀里本家の後を継いで、復興を果たすのか――って。あほくさい話よ」
 うんざりしたように由美は肩を竦める。樵にはその心境は分からなかった。境遇が違うし、他人事である。
 同意も否定もしないでいると、由美は得心したように頷いてみせた。
「ま、他人から見たら何と言っていいのやら、ってとこでしょうね。私も似たようなもんだわ」
「おま……いや、若里は興味ねーのか? その、後継者ってのに」
「他になる人がいないなら継いでもいいかな、という程度ね。だって生まれる前後に滅びてるのよ、古賀里。どんだけ凄かったのか聞かされても、実感湧かないし、正直思い入れもそんなにないもの」
 でも巻き込まれたのよね、とぼやく。
「生き残った連中が揉めに揉めて、とうとう長老のところに押しかけたのよ。後継者に相応しいのは誰だと思う、って。そしたら長老はこう言ったそうよ。『もっとも優秀な人間が継げば良い。選定はわしがやってやる』って」
 あまり似てない物真似だった。
 しかし、少し意外な気もした。あの老人なら、自分で生き残りの連中を掌握して、何か悪事でもやりそうなものだが。
「で、その選定の場に選ばれたのがこの街。ここで半年間生き残れたら後継者として認定しよう――そう言って、なんか知らないけど私までここに放り込まれたのよ。逃げたくても結界貼られてるせいで外に出れないし、他の連中殺気立ってるしでやってられないったらありゃしないわ!」
 よほど鬱憤がたまっていたのだろう。言いながら腹が立ってきたのか、由美はその場で地団太を踏んだ。
 が、冷めやすい性質なのか、さっぱりしているのか、怒りはすぐに静まったようだった。「で」とこちらを向いて、
「そういうわけよ」
 と言った。
「は?」
「この街のルール。あと、あの連中があなたに襲いかかった理由。ついでに言うと、私があなたを助けた理由にもなるわね」
「前半は分かるけど、後半よく分からん」
「私はこういう茶番じみたことには反対なのよ。だいたい殺し合い制した人間が一番優秀なんて限らないじゃない。だから私は生き残ることだけ考えてる。誰かを襲ったりはしない。……まあ実際は、守りに徹するのが精一杯ってのもあるんだけどね」
「少なくとも俺の敵にはならないってことか」
「そ。話に聞く限りじゃ巻き込まれた者同士、協力できるんじゃないかしら」
 樵は少し考えた。
 彼女の話が本当かどうか判断する材料はほとんどない。ただ、自分に襲いかかってきた男たちの行動に納得がいく程度だ。
 寄る辺のない立場にいることを改めて実感する。誰が敵で誰が味方か分からない。何が正しいのか間違っているのかも分からない。すべて、自分で考え、決めなければならない。
『自分で決めたことには責任を持て。筋を通すんだ、樵』
 かつて父から言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
『どうすればいいか分からなくとも、決断が必要なときがある。そんなときは覚悟を決めればいい。自分の選択を背負う覚悟があれば進むことができる』
 以前、司郎から聞いた言葉を思い出す。
 熟考の末、樵は由美に頭を下げた。
「悪かった。失礼な態度は改める。……助けてくれてありがとう」
「別にいいわよ。それより、その様子なら――私の考えに賛同してくれるってことでいいのかしら」
「正確にはちと違うけどな」
 一旦謝ると、またすぐに口調が戻ってしまった。だが、今度は少女にその点を注意されなかった。
「由美が言ったことが本当かどうか、正しいかどうかは分からない。だから賛成も反対もない。ただ、今は俺を助けてくれた由美を信じる。そう決めた。そう決めた俺を――俺は信じるぜ」
「……変わってるわね、あなた」
 由美は苦笑を浮かべる。
 そのとき、不意に全身傷だらけの少年が姿を見せた。
 あまりの気配の薄さに樵は一瞬警戒心を出したが、由美が笑ってそれを制した。
「おかえり、拳児」
「……は」
 陰気そうな少年は、樵に見向きもせず、由美の頭を垂れた。ぼろを身にまとった乞食のような風体だと思ったところで、今の自分も大差ない状態だということに気づく。
「紹介するわ、彼は拳児。私の味方――まあ要するにあなたの味方でもあるわ」
 紹介されて、拳児と呼ばれた少年は樵に視線を向けてくる。よく見ると碧眼だった。髪の色素も薄い。ぼろぼろの身なりであまり目立たないが、少し日本人離れした少年である。
「信用できるのか?」
「まーね。生まれて間もない頃からの仲だから」
「そうか。……ああ、そういや俺はきちんと名乗ってなかったっけ。俺は草薙樵っていうんだ。よろしくな」

「呆れた快復力の早さだわね」
「褒めても何もねえぜ」
 言って、樵は腕をぐるぐると回し、その場で飛び跳ねてみたりした。
 由美たちと出会って二週間。それで骨折が完治してしまった。
「異法人てのはみんなこんな規格外なのかしら」
「さあな。俺は俺以外の異法人なんて知らないから、よく分からないぜ」
 正確に言えば一人知っているのだが、あれはもう異法人とすら呼べない存在だったので、除外している。
「それより、何か手伝わせろよ。助けられてばっかだと気持ち悪くて仕方がない」
「お願いなんだか命令なんだか。まあ、やってもらうことはそう多くないわ。基本的に拠点防衛と食料確保をしてればいいから」
 他の者たちと戦わない方針の由美たちは、自分たちが生き残りさえすればいい。そのため、寝床の確保と食料調達ができれば問題はない。これまでは由美と拳児が交代でその任務をこなしていたが、今後は樵もサポートに加わることになる。
「とりあえず今日は私がここ守ってるから。あんたら二人で調達お願いね」
 そう言って、尻を叩かれるように拠点から出発する。
 道中、樵と拳児は無言だった。拳児は必要なことしか喋らないという無口ぶりだったし、樵はそういう手合いが苦手でもあった。
「草薙樵」
 視線を逸らしながら歩いていると、意外にも拳児の方から声をかけてきた。
「この際だから言っておきたい」
「な、なんだよ?」
 どことなく不穏な出だしだ。樵が若干の警戒心を抱きながら応じると、拳児はまっすぐにこちらを見据えて、
「俺にとって一番は由美様だ。それは承知しておいてもらいたい」
 と、己の罪を告白するような面持ちで言った。
「……は、はあ?」
 言っていることの意味は分かるが、ここで自分に言ってくる意図が分からない。樵は素っ頓狂な声を上げた。
「そんなの言われなくても分かってるよ」
「そうか」
 拳児は真剣な表情だった。
「仮にお前と由美様が死にそうになっていたとする。俺は迷わず由美様を先に助ける。そういう意味だが――問題ないか」
「問題ないも何も……俺とお前は会って少ししか経ってない。それに対して、お前と由美は随分長い付き合いなんだろ」
 拳児の立場なら、由美を助けるのが当たり前だ。少なくとも樵が拳児の立場ならそうする。
 だが、拳児は眉間にしわを寄せて、樵も驚くようなことを言った。
「……俺は、両親と由美様で由美様を選んだ。結果、両親は死んだ。だがそのことについて、一切後悔はしていない」
「――――」
 ここに至って、ようやく樵は拳児が何を言いたいのかが分かった。
 当たり前のことをわざわざ言っているのではない。その『当たり前』を通して、拳児は自分の人となりを語っている。
 そしてそれは、普通ではなかった。
「親を、見殺しにしたのか」
「見殺しじゃない」
 そこで拳児は口を閉ざした。その様子が、彼と両親の顛末を物語っていた。
 親殺し。
 両親を慕い、そして殺害された樵にとって――それは受け入れがたいものだった。