異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
草薙樵の章「草薙樵と二人の友」
 樵には分からなかった。
 拳児のことである。
 親を殺して、一人の少女を選んだ。そのことを後悔していないという。
「分からねぇ」
 拠点から離れたところにある廃屋の屋根で、樵は寝そべりながらぼやいた。
 由美の考えには共感できるところがあった。しかし拳児のことは理解できない。どうも気を許すことができない。
「何が分からぬ」
 声は頭上から聞こえた。そこに、一人の妖怪翁が立っている。
 周囲を警戒していたので、老人の気配はとっくに察していた。
「てめぇの考えてること。拳児の考えてること。全然分からねぇ」
「ほう。由美のことは分かるか」
「あいつは多分だけど、俺と同じで単純だ。分かりやすい」
「拳児めも大して変わらぬよ」
「……」
 樵は無言で起き上がり、老人を睨み上げた。
「つーか、来るのは半年後じゃなかったのか」
「はて、この年になると物忘れが激しくてな」
「いい加減な爺め。両手両足へし折った挙句、こんなふざけた場所に放置しやがった恨み、忘れちゃいねえぞ」
 樵の双眸が凶悪なものになっていく。以前の仕打ちを考えれば当然だった。
 そんな樵を老人は嘲笑した。
「良いではないか。こうして生き残っている。文句はあるまい」
「本気で言ってるんじゃねぇだろうな」
「本気か冗談かなど、些細なことよ」
 言いながら、老人は自然な動作で杖をひょいと動かした。樵は反応できず、その身体が宙に浮く。遅れて、顎に激痛が走った。
「鈍いのう」
 声はのびやかだったが、その間も杖は絶えまなく動き続けている。そのすべてが樵の身体に、綺麗に叩きこまれていた。
「隙だらけじゃ。そんな体たらくでよく生き延びられたのう」
 ひとしきり樵を叩きのめしてから、老人――古賀里白夜は呆れたように言った。
「い、いきなり殴りつけておいて……それを、言うか」
「何を甘えたことを言うておる。隙を見せれば殺されても文句は言えぬ。貴様が生きていくのはそういう世界ぞ」
「勝手に決めるな!」
「わしが決めたわけではない。貴様の力と土門荒野の力がある以上、他の連中も貴様を放ってはおかぬだろう」
 思いのほか低く恐ろしい声で白夜が言う。その気迫に、樵は黙らざるを得なかった。
「ど、どういうことだよ……」
「貴様の――異法人の力も、土門荒野の力も、未知であり、かつ強大である。興味の対象ともなり得るし、危険だと排除を考える輩も多い」
「……」
「貴様を捕らえて解剖しようとする輩、貴様を純粋に殺そうとする輩が、この世界にはいるということだ。自分の身を守る力、自分の正体を隠す慎重さ、協力し合える仲間――そのいずれかが機能していれば良いが」
 白夜の片目が、そこだけが生きているかのように大きく見開かれる。
「貴様には何もない。頼れる者もおらず、慎重さは欠片もなく、力の使い方も分かっておらぬ。あのままでいたら、一年経たず死んでおったろうな」
 ギリッと樵は歯噛みした。言い返したいが、根拠が分からない。自分が何も分かっていないことを、改めて痛感する。
「おい爺」
「なんじゃ小僧」
「人の馬鹿さ加減を笑うくらいなら、教えて欲しいもんだがな。いろいろと」
「……ほう?」
 口元に手を当て、物珍しげに樵を見下ろす。
「由美に聞けば良いではないか」
「あいつはあんたより世の中のことに詳しいのか?」
 今度は白夜が押し黙った。
「……成程。少しは成長したらしい」
「どういう意味だ」
「すぐ人に尋ねるでない。少しは己で考えよ」
 言って、白夜は踵を返す。
「わしがお前に教えることはない。貴様は阿呆過ぎて、わしの言葉を理解できぬであろうからな」
「ぐっ」
「同レベルで説明上手なのは由美じゃ。あやつからいろいろと学べ」
 どういう原理か。白夜は微動だにしていないのに、少しずつ声が遠ざかっていく。その姿も次第にぼやけてきた。
「いや……そうさな。一つだけ教えてやろう」
「なんだよ」
「拳児がことよ」
 周囲一帯が白くなっていく。霧が広がっていた。
「あやつは単純であり愚直な男。もっとも、度が過ぎるがゆえに誤解を受けやすい。あとは、己で考えよ」
 白夜の姿が溶けるようにして消える。
 十六夜の月が、夜を密やかに照らしていた。

 この村での生活は、割合静かなものだった。
 ただ、この場合静かであること即ち平穏である、ということにはならない。むしろ、敵に発見されないよう上手く気配を殺さなければならない。
 樵は強さの基準をよく知らない。ただ、由美や拳児は自分たちの実力を「大したものではない」と規定していて、接敵を極力避ける方針でいる。
 子供が大人と同じ条件で生き残るなら、それは無難な選択と言えた。実際、二人はこれまで敵とほとんど接触したことがなく、接触したとしてもすぐ逃げていたらしい。
「一回だけ戦って勝ったことが、あるんだけどね……」
 由美が神妙な顔で言う。
「その相手ってのは、拳児の親か」
 問う樵は、人差し指を立てている。その上には、土くれがふわふわと浮いていた。どうも自分には土をどうこうする力があるらしい、と気付いた樵が、上手くその力を扱えるよう練習しているのだ。
 由美は魔力の扱いに長けているので、樵の監督役をやっている。
 樵の力――異法も、原動力となるのは能力者の魔力である。それは司郎から教わっていたが、具体的な使い方はあまり聞いていない。この際だからきちんと覚えておこうと由美に頼んだのである。
「拳児の親よ」
 由美は険しい表情を浮かべた。話題を嫌がっているようにも見える。
 話題を変えるべきかどうか迷っていると、
「あんた、拳児と何かあったでしょ」
 逆に問いかけが来た。
「べ、別に何もないぜ?」
「とぼけても無駄よ。あんた、傍から見てると不自然なくらい拳児のこと避けてるじゃないのよ」
「そんなことねえよ」
「……まあ、あんた単細胞だけど自分から喧嘩吹っ掛けるようには見えないし。大方拳児の方が妙なこと言って、あんたがそれに戸惑ってる……って感じかしら」
「ぐっ……古賀里ってのは、心読むのが得意なのかよ」
「心の専門家は泉の家よ。少し前、最後の里が壊滅的な打撃を受けたって聞くけど」
「ふーん」
「で、拳児のやつ何を言ったのよ」
 話を逸らそうとしたが、由美には通用しなかった。面倒臭い、と思いながら、樵は渋々事情を説明する。
「俺はお前と違って、あいつとの付き合いが浅い。もしあいつが本当に親御さんを殺すような奴なら……ここで仲間として信じていいかどうか分からねぇんだ」
「そういうことか。私の場合、物心ついた頃から一緒だったから、全然疑問に思ったことないのよね」
 それはうらやましい、と口には出さず、思う。
 樵はそういう友人がいない。そこそこ仲の良かった友達は何人かいたが、異法人としての目覚めの前後、疎遠になった。
 由美や拳児のことも、そこまで信用しているわけではない。自分に害は加えないだろうという程度の見方をしているだけだ。
 おそらく、ここでの生活が終われば、それきりだろう。
 ――貴様には頼れる者がいない。
 白夜の言葉を思い出し、気分が沈む。
「どうしたのよ、暗い顔して。土も落ちてるよ」
「ああ……」
 再び意識を土くれに集中させる。指先の魔力を土くれに向けて動かし、同調させ、力を加えて持ち上げる――イメージ。
 魔術師に言わせると、この中の同調が相当難しいらしいのだが、それがすんなりとできるのは、樵が土を扱う固有能力を持っているから、らしい。逆に、土くれ以外はまったく扱えなかった。
「でもさ」
「ん?」
「友達としてあいつの擁護しとくとさ。……あいつ、まぁ親御さんを倒したのは本当だけどさ」
「ああ」
「敵対したくてしたわけじゃないのよ。現にあいつ、泣いてたし」
「泣いたのか?」
 むっつりと険しい表情ばかり浮かべている拳児だ。泣いているところなど想像がつかない。樵は思わず首をかしげた。
「泣くぐらいなら、なんでそんな」
「つまり、それだけの事情があったんだよ」
 と、そこで由美は顔を背けた。どことなく声に刺がある。
「その事情って、なんだよ」
「それはあいつに直接聞いて。私が言うわけにはいかないもの」
「ふうん」
 これ以上聞いても仕方ない。
 その話題はそれきりになった。

 しかし、拳児に事の次第を尋ねる機会はなかなか訪れなかった。
 ……というか、気軽に聞けることでもねえよな。
 なぜ親殺しに至ったのか。後悔はしていないと本人は言ったが、由美は泣いていたと言っていた。そんな相手にこんな問いかけをするのは酷ではないか。
 そんなことを考えながら拳児と接するようになった。どこか引っかかるものは残っていたが、普通に話すことはできるようになってきている。
 今は二人で組み手稽古を終え、横になっているところだった。
「凄いな」
 拳児の言葉には、悔しそうな響きが入り混じっていた。
 樵の上達ぶりのことである。
 樵は異法人だ。異法人は身体能力が通常の人間よりも優れている。対する拳児は魔術師だ。魔術師は身体的には普通の人間と同程度でしかない。
 それでも拳児には、これまで鍛え上げてきた戦闘技術があった。樵はその手の技術はないから、組み手稽古を始めた直後は拳児にボコボコにされていた。
 だが、一ヶ月経つ頃には拳児の攻撃をほぼ防げるようになった。二ヶ月経つ頃には反撃できるようになった。三ヶ月経つ頃には――完全に攻守逆転した。
 樵はそのための努力をした。だが、拳児がしてきた努力と比べたら微々たるものだろう。拳児が悔しがるのも無理はないな、と樵は考えている。
 そう考えること自体、恵まれた者の傲慢さだと思っている。だから決して口には出さない。
「拳児は物心ついてから、ずっと訓練に明け暮れてたのか?」
「ああ。俺は若里家の雇用人の子だったから、由美様をお守りするよう、いろいろなことを叩きこまれた」
「よくそんな環境に耐えられたな……」
「まあ、俺にとってはそれが当たり前だったからな」
 拳児から時折感じるズレは、その環境が影響しているのかもしれない。どうも彼は由美や白夜と違う意味で浮いている。
「不思議なもんだな。物心ついたとき、もう由美の言うことには絶対服従だったってのか? 俺だったらグレるぜ」
「さすがにそれはない。主従関係と言っても、きちんと拒否権がある。無条件に従属する奴隷ではない」
「それでも嫌だろ、同年代の奴が自分の上にいるっての」
「……まあ、そうだな」
 意外にも、拳児は首肯した。てっきり否定してくるものと思っていた樵は、ぽかんと気を抜いてしまう。
「え、あるのか。お前、由美を嫌だって思うこと」
「まったくないとは言わん。お前が来てからも何度か本気で喧嘩したことがある」
「……意外だ」
 だが、よく考えてみると樵は由美と拳児が会話しているところを、ほとんど見たことがなかった。拳児や由美のキャラクターから、二人の関係を勝手に想像していた。
 ……そういや、一人はいつも見張りだからな。話をするときは一対一で、三人揃って話なんかしたことねえや。
 ここでの生活は常に緊張感を伴う。ただ生きることに必死になり過ぎて、気付いて然るべきことにも気付けなかった。
 それに気付くだけ、最初よりは余裕が出てきたのかもしれない。
 改めて振り返ると、樵は二人のことをよく知らない。知らないなりに、なんとなく気を許し始めている。
 二人のことが、気になった。
「なあ」
「なんだ」
「お前や由美って、この件が片付いたらどうすんだ?」
「さあ。無事に生き残れたら……古賀里の復興、ということになるのかな」
「由美はあんま乗り気じゃないみたいだったぜ」
「まあな。面倒くさがりなんだ、意外と。ただ、妙な責任感もあるから……やらなきゃいけないと思うことは、なんだかんだでやるんだ、由美様は」
 確かにそういう面はある。しかし、言われるまで明確にそう思ったことはない。
「お前はそれに付き合うのか?」
「ああ。彼女がどうするにしても、俺は付き合っていくって決めたんだ」
 羨ましいと思った。
 樵にはやりたいことがない。無理に探そうとも思わないが、今の自分の在り方に一抹の不安を覚えることはある。
 普通なら、学校に通って、教師からいろいろなことを学び、同学年の友人たちと過ごしながら、少しずつ自分の生き方を模索していくのだろう。
 樵にとって、もうその選択肢はない。
 かと言って他の生き方もよく分からない。
 ……なんだよ。これじゃ、俺だけ一人で迷子になってるみてぇじゃねえか。
 なんだか、己の足場を失ったような孤独を感じた。

「まあ、今日まで生き延びて来られたんだから、もう大丈夫でしょ」
 由美の言葉を、樵や拳児は否定しなかった。
 この日、樵たちは珍しいことに三人で向き合って食事を取っていた。なぜなら今日が白夜の定めた期間満了の日だからである。
 小さな――ささやかなお祝い会だった。
 ただ、この日まで生きて来られたことを、三人だけで祝う会。それでも、三人の表情にはそれぞれ達成感があった。
「でもよ、この後どうなるんだ?」
「さあ。長老はそこまで言ってなかったけど……今日の終わり頃に終了のサインでも出すんじゃない?」
 ちなみに今は既に夕刻。陽は沈みかけており、三人は廃屋の中で円を描くように座っていた。
「あっという間だったな。いろいろあったような気もするし、ただがむしゃらになってただけだった気もするぜ」
 焼いた魚をかじりながら、樵が感慨深げに言う。
 大変な日々だった。終わりかけの一ヶ月になってからは、少し由美たちと馬鹿話をするようにもなったが。
「改めて言っとくけどさ」
「なんだよ」
「あんたと会えて結構楽しかったよ。随分助けられたし。ありがとう」
 由美はにぃっと笑いながら礼を言った。気持ちのいい笑い方だった。
 こんな風に感謝されたのは、はじめてかもしれない。悪い気はしなかった。
「お、俺の方も助けられたぜ。今更だけど、ありがとよ」
「なんだ、樵。照れてるのか」
「うるせぇよ拳児」
 茶々を入れてきた拳児を威嚇する。が、すぐにぷっと吹き出して笑い合った。
 特にきっかけがあったわけではない。ただ一緒にいた。そのうち笑い合えるようになった。そのありがたみが、今になって分かった気がする。
「そういえばさ」
「ん?」
「樵、あんたはこれからどうすんの?」
「……あー。そうだな」
 魚の骨を捨て、樵は視線を由美から逸らした。
 どう答えたものか。何も決めてない、というのは格好がつかない。
 これから先も二人に付き合う、ということも考えたが、すぐにその考えを打ち消す。
 ……こいつらは気持ちのいいやつらだ。けど、あくまで協力関係だしな。
 この異常な場所で生き残るための共闘者。二人との関係はそういうもののはずだ。
 適当なこと言ってごまかそうか――そんな思いが浮かび上がったが、それはすぐに打ち消されることになった。
 誰かの足音。
 そちらに向けられる三人の視線。
 その先に立っていた一人の男。
 男の哄笑と共に放たれた、大量の礫。
 ……敵!?
 咄嗟に樵は前に出て、礫から由美と拳児を守った。
 だが。
「見つけた、見つけた……!」
 男の哄笑は――礫は止むことを知らない。弾数無限の散弾銃を撃つが如き勢いだ。
「い、っ……!?」
 しかも威力が少しずつ増してきている。皮膚がところどころ裂け、あちこちから血が滲み出て来た。
 不意に寒気がした。
 時間にしたら一瞬のことだろう。
 正面の男の気配が一変し、何か致命的なものが来る予感がした。
「お前たちで最後だ――」
 その言葉と同時に、周囲が真っ白になったような気がした。
 ……あ。俺、死ぬ?
 ついさっきまで呑気に焼き魚を喰っていたのに。
 また。
 また、理不尽に奪われるのか。
 こんな唐突に。
 何もできないまま――。
 だが、実際には死ななかった。
 気付けば周囲は元の廃墟に戻っていて。
 男は既に倒されていた。
「……なに?」
 状況がよく分からない。分からないまま視線を泳がせると、男のすぐ側で仰向けに倒れている拳児の姿があった。
 あちこち火傷しているように見える。出会ったときから傷の多い奴だったが、より一層ひどい有様になっていた。
「な、なにがどうなったんだ……?」
「はぁっ……あんたが馬鹿で、はぁ、拳児はもっと馬鹿ってことよ……」
 見ると、息を荒くした由美が側に立っていた。
 事態を飲み込めず、樵がきょとんとしていると、
「幼稚な連携じゃのぅ」
 聞くだけで苛々するよう声がした。
「爺……っ!」
 問題の男の奥の方から、ゆるりと妖怪爺が姿を見せた。
「お前が馬鹿の木偶の坊だったゆえ、この男は好機と見て必勝の一撃を撃とうとした。それを察した拳児が突撃してこの男を倒したのじゃが、既に放たれる寸前だった一撃はその場で暴発、由美がそれを魔弾で弾き飛ばし、間一髪で拳児を救った」
「説明どうも」
 腹立たしげに由美が礼を言う。
「まあ、要約すると、拳児がおらねば貴様は死んでおったわけだ。そして由美がおらねば拳児も死んでおった」
「……樵がいなければ、私も拳児も最初のでやられてました」
「うむ。それゆえ幼稚と言うたのじゃ」
 侮蔑の眼差しを向けてくる老人は、足元に倒れている男を見下ろした。
「こやつも愚かじゃのぅ」
 言いながら――ひどく緩慢な動作で――杖を男の頭部に突き刺す。
 あまりに自然な動作だったので、樵は一瞬何が行われたか気付かなかった。
 一瞬遅れてそれに気付き、今更ながら、老人に恐れを抱く。
 この老人は――人を道具としてしか見ていない。
 不要と断ずれば、ゴミを捨てるのと同じ感覚で人を殺す。
 そんな老人が、こちらに侮蔑の眼差しを向けている。ゴミを見るかのようなその視線に、樵の全身が凍りついた。
 だが。
 そんな老人に、面と向かって喰ってかかる影が二つ。
「察するに――その男、長老様がけしかけたようですね」
「それで文句まで言われてたんじゃ、たまったもんじゃない」
 由美と拳児は――樵よりずっと老人の恐ろしさを知っているはずの二人は――毅然とした態度で立っていた。
「不満か」
「ええ。危うく死にかけたんですけど」
「自業自得じゃ。経緯や積極性の有無はどうあれ、おぬしらも結局はこの場におることを選択した身。下手をすれば死ぬことくらい――」
「長老様。私たちが言いたいのは樵のことです」
 由美は、言いながら指先を白夜に向ける。
「無理矢理ここに連れて来て、こんなことに巻き込んで。挙句刺客をわざとけしかけて文句まであれこれ垂れて。どういうつもりですか」
「別に、ぬしらには関係なかろう」
「関係あります」
 だって、と由美は樵の方を振り返る。
「彼がどう思ってるかは知りませんが――私は彼を仲間だと思ってます。仲間をいいようにやられたら、そりゃ腹も立ちます」
「ふん」
 由美の言葉を打ち消すように、白夜は杖をカンと突く。途端、空気が揺れ、由美の身体が遥か後方に吹き飛ばされていく。
「由美様っ!」
 激昂した拳児が白夜に飛びかかる。白夜はそんな彼の胸部を、杖で軽く突き、横に振りはらった。まるで巨人に投げ飛ばされたかのような勢いで、拳児の身体が壁に叩きつけられる。
「最後まで生き残ったことで増長しておるのではないか? 生き残ったこと自体は評価してやるが……わしに挑むなど千年早いわ」
 辺りに静寂が訪れる。
 吹けば飛びそうな老人が、すべてを吹き飛ばした。
 怖い。
 足が竦んで動かない。
 一瞬先のことが分からない。
 土門荒野に襲われたときと同じだ。
 何もできず――大事な相手を失ってしまう。
 ……ああ。
 そこで――樵は気付いた。
 ……俺、あいつらのこと好きなんじゃねえか。
 協力関係、という言葉では括りきれないくらい。
 何も考えず、咄嗟に二人を助けようと思うくらい。
 絶対敵わないと分かりきってる相手に、文句を言いたくなるくらい。
 ……ちっ。変に理屈こねてんじゃねえよ、俺。
 このいかれた場所で生死を共にし、生活を共にし、いつしか一緒にいるのが当たり前のように感じていた。それでも、相手がどう思っているか分からなかったから、協力関係という枠で捉えようとしていた。
 本当に大事なのは、そういうことじゃない。
「……なんじゃ、貴様も来る気か」
 白夜が呆れ声を上げた。
「言っておくがな。異法人たる貴様でも――わしには遠く及ばぬぞ」
「知るか。糞爺」
 全身が熱い。心の臓のエンジンが活性化しているような感覚だ。
「てめぇがどうとか、あいつらがどうとかってのは関係ねえ。ああそうだ、そう考えれば、簡単なことなんだ。……おい、由美、拳児。聞いてるか」
 返事はない。だが、樵は勝手に続ける。
「仲間たぁ他人行儀で水臭いぜ。俺はお前らをマブダチだと思ってるのによ――」
 一歩。
 言葉と共に歩みを進める。
 引きつった笑み。双眸は次第に凶悪なものになっていく。
「そんなマブダチをよぉ……虚仮にしてくれちゃってよぉー」
 拳を握りしめる。
「殺すぞ、糞爺」
 白夜の目の前に立ち、拳を思い切り振り上げる。
 そんな彼を見て、白夜は笑った。
「ふん。たわけが」
 電源コードが抜けるように、樵の意識が途絶えた。