異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
郁奈の章「郁奈と父」
 榊原家。夢の中で何度か見たことはあるが、実際に訪れるのは初めてだった。
 梢に手を引かれるまま、門を潜る。印象としては武家屋敷といった感じだが、細かいところは改修しているようだった。武骨な印象はあるが、古い感じはしない。
「ただいまー」
「お邪魔します……」
 玄関には一人分の靴があった。
「あれ、美緒以外皆帰ってきてないのか。どこほっつき歩いてるんだか……」
 梢のぼやきから、何人かが戻ってきてないことが分かる。
 榊原家で暮らしているのは居候ばかりだ。家主の榊原幻以外、全員榊原の家の人間ではない。
 居候としてもっとも長くこの家にいるのは、倉凪梢と妹の美緒だ。他には幻の養女である遥、それから久坂零次、矢崎亨がいる。彼らは今年になってからこの家の厄介になったばかりのはずである。
 低確率で久坂零次と矢崎亨は榊原家の居候にならない場合もある。ただ、梢の言葉を素直に受け取るなら、この世界でも二人は榊原家の一員になっていると見てよさそうだった。
 テレビの音が聞こえてきた。居間に行くと、そこに一人の少女が寝転がっている。
「ただいま。皆帰ってきてないのか?」
「おかえりー。皆は店長のところで遊んでるよ」
「またか」
「久坂さんなんか凄いハマりようだからねぇ。真面目人間ほど一度ハマると抜けないって言うけど……およ?」
 そこで彼女は郁奈のことに気付いたようだった。梢と郁奈を交互に見比べて、ぽつりと呟く。
「……誘拐?」
「違うわ馬鹿たれ」
「やだな、もう。冗談だよ」
「ったく。知り合いから預かったんだよ、三日くらい」
「そうなんだ」
 と、彼女は郁奈の前でしゃがみこんだ。
「私、倉凪美緒! よろしくねっ!」
「……郁奈です。宜しくお願いします」
 美緒のことはよく知らなかった。毎晩見る悪夢の中で、彼女の存在はさして重要なものではないらしく、滅多に出てくることがない。
 想像していたよりもずっと明るく元気がいい。その勢いに呑まれそうになる。
「しょっぱなからでかい声出すな。怯えさせてどうする」
「べ、別に怯えてないもん」
 驚いただけだ。断じて怯えてなどいない。
「ほら、怯えてないって」
「はいはい。俺、飯作るから。しばらくこの子見ててくれないか」
「おっけー。郁奈ちゃん、何して遊ぶ?」
 美緒に手を引かれる形で、居間の真ん中に連れて来られる。
 梢は台所へ行ってしまった。美緒も「ちょっと待ってて」と居間から離れる。
 待っている間、郁奈は居間を見渡した。飛鳥井の屋敷と似た感じの家だが、開放的な造りだ。あちらは外敵に攻められたときのことを想定しているから、どことなく物々しい。
「おっ待たせぇ」
 美緒が何か手にして戻って来た。
「郁奈ちゃんトランプ分かる?」
「知ってる」
 そこまで詳しいわけではないが、七並べやポーカー、ババ抜き(ジジ抜き)、ブラックジャックくらいなら分かる。冷夏はこの手の遊びは苦手なので、もっぱら相手は孝也だった。
「よーし、それじゃポーカーやろう!」
「ちょっと待って」
 突っ込まざるを得なかった。
「ん? どうしたん?」
「いや、幼稚園児相手にポーカーっておかしいでしょ!」
「おっ、でもその様子じゃ知ってるみたいじゃん。ポーカー」
「ぐっ!?」
「いやぁ、何か知ってそうなふいんきだったからさー」
 ふいんきじゃなくて雰囲気だ。
 いや、そうじゃない。
 かまをかけられたということだ。そして自分は見事に引っかかってしまった。
「しかもその様子だとそれなりに出来るみたいじゃん。近頃の園児は怖いわ……」
 わざとらしく遠い目をしながら美緒が言う。
「というわけで手加減しないからよろしくねっ」
「……よろしく」
 なんだかペースが乱れる。これ以上美緒のペースに振り回されたくはなかった。

 三十分後。
 見事に振り回され続ける郁奈がいた。
 ……一回も勝てない。
 孝也相手に何度も遊んで、それなりに出来るつもりになっていたのだが、美緒には全然通用しない。ツキが相手に吸い寄せられているかのようだった。
「く、クイーンとキングのツーペア」
「あ、私の勝ちだね。キングとエースのツーペア」
「……」
 これで通算二十七敗目。
 鍛えられた動体視力で美緒の手の動きを注意深く観察してみたが、不審点はない。いかさまをしかけているわけではなさそうだった。
「ふっふっふ、なぜ勝てないのか。そんな疑問が脳裏を駆け巡っているって顔してるぜベイビーちゃん」
「……なんで?」
「まぁ種明かしするとだ。微妙な折り目とか汚れとか見れば、裏面だけでもカードの特定できたりするわけよ」
「それだけでポーカーに勝てるとは思えないんだけど」
 山のカードは一番上しか見えないわけだし。
「まぁ万能ではないよ。でも自分の手持ちのカードで五枚。いーちゃんのも五枚。山のカード一枚。それに捨てられたカードを見れば、無理な組合せ、いけそうな組合せはある程度絞り込めるし」
 園児相手にここまで本気でポーカーする大人がいるのだろうか。
 あといーちゃんはやめてほしい。なんだか不吉っぽい。
「……うーん」
 このまま負けっ放しというのは気に入らない。しかし、カードの裏面からある程度情報を得られるというのは、大多数のゲームで相当有利になる。
 七並べは駄目。そもそも二人でやるものではない。ババ抜きジジ抜きも同様。ブラックジャックも駄目だ。ダウトとかやろうものなら悲惨なことになる。
「スピードやらない?」
「バスで爆走するの?」
「それは映画……」
 なぜ園児が知っている、と突っ込まれたが、適当に首を傾げてごまかした。というか園児相手にそんなネタ振りをするなと言いたい。
 ちなみにこのネタを知っているのは、冷夏が洋画マニアでしょっちゅう見ているからだ。郁奈自身はそんなに興味ないのだが、同居人が詳しければ自然と知識も身に着こうというものである。
 そのとき電話が鳴った。家の電話ではなく、梢の携帯のようだ。台所から、彼の愚痴るような声が聞こえてくる。
「はぁ? もう夕飯作っちまったぞ。……ああ。うん。……ったく、しゃあねぇな」
 やがてエプロン姿の梢が顔を覗かせる。
「あいつら、冬塚ん家で食ってくるってよ」
「ありゃ。向こうは向こうで盛り上がってんのかな」
「もう少し早めに連絡よこせっての。ああ、無駄に作り過ぎちまった……。取っておけばいいんだが、なんかもったいない気がしちまう」
 ぶつぶつとぼやきながら台所の奥に引っ込む梢。おそろしい人相に反して仕草は所帯じみていた。
「……お兄さんって、料理上手?」
「ん? ああ、上手だと思うよ。毎日食べてる身としては普通に感じるけど、下手なとこで外食するよりは良い味なんじゃないかな」
 意外だった。
 考えてみれば、郁奈は夢を通してしかこの家の人々を知らない。土門荒野という姿の見えない怪物に抗う、そういう姿しか知らないのだ。
「お姉さんは?」
「あー、美緒でいいよ。お姉さんて柄じゃないし、他にもこの家お姉ちゃんいるし。ただし私もくなっちって呼ぶね」
「く、くなっち?」
「郁奈のくな」
「……」
 どういうセンスをしているのだろう。
 そこはかとなく「えー」という顔をしてみせたが、美緒は一向に気にしていない。
「それでくなっち。トランプ飽きたから次はこれやろうぜっ!」
 どん、と背中の方に隠してあったそれをテーブルの上に乗せる。
「こ、これは……ジェンガ!」
 郁奈にとっては最悪のチョイスだ。五歳児ながら、異法人として郁奈は大人顔負けの力を持つ。しかしその分繊細な作業は苦手なのだ。
 幼稚園でうっかり喧嘩になったとき、積み木を粉砕してまわりにどん引きされたのは未だにトラウマである。そのときはどうにか積み木が古くなっていたということで誤魔化したが。
 ……まさか私が異法人だって気付いてるんじゃないでしょうね。
 じと目で睨んでみるが、美緒は呑気そうな笑みを浮かべるのみ。よくよく考えてみると、さっきから美緒はずっとこんな調子だ。ある種のポーカーフェイスなのかもしれない。
「美緒。私、これやだ」
「むーん。ならテレビゲームにする? くなっちテレビゲームできる?」
「それなりには」
 実際は大の得意だ。ああ見えて冷夏はゲームも結構やる。暇なときはよく対戦しているのだが、冷夏は容赦がないのでこちらも技術を積まざるを得なかった。
「……その顔は、得意そうな顔だねぇ」
 にやりと笑って美緒が言う。
 もしかすると、自分は意外と考えていることが顔に出やすいのかもしれない。
「おーい、ご飯だぞー」
 と、そこで待ったがかかった。
 勝負はお預け。郁奈は美緒と一緒に居間へと向かった。

 食事を終えて一緒に風呂に入り、今はゲームの真っ最中。大分美緒との距離が縮まっていることに、郁奈は少しばかり戸惑っていた。
 大きな液晶テレビ画面では、ところせましとジョイメカたちが暴れまわっている。郁奈はこのゲームの経験がなかったので、終始美緒に振り回されている形だ。
 何度目かの対戦でようやくコツを掴み始めた頃、玄関の戸が開く音がした。つい反応してしまい、その隙を美緒に突かれてボコボコにされる。
「ただいま」
 帰って来たのは、零次や遥ではなかった。あまり見覚えのない顔。おそらく榊原幻だろう。どこか凄味を感じさせる雰囲気の持ち主だ。
 彼は通りがかりに、ちらりと郁奈に目を向けた。
「……榊原幻だ」
「い、郁奈です」
「ああ。飛鳥井のお嬢から話は聞いた。自分の家だと思ってゆっくりしていくといい」
 引き締まった恐ろしげな表情が、一瞬和らいだ。どうやら見た目ほど怖い人ではないようだ。
「美緒。他の奴らはどうした?」
「お兄ちゃんは今お風呂だよ。他の皆はもうすぐ帰って来るんじゃないかな」
「随分と遅い帰りだな」
「涼子ちゃん家でご飯食べてくるんだってさ」
「そうか」
 榊原は一旦部屋に行ったあと、私服――妙に様になっている甚兵衛姿――で戻って来た。ラップをはがして夕食に手をつける。
「今日は何か変わったことあった?」
「特にないな。最近この辺りで引ったくりが増えてるって話くらいだ。お前なんかは狙われやすそうだし、特に気をつけとけよ」
「大丈夫だよー。私、引ったくりにあったことないもん」
「そういう奴が狙われるんだ。とにかく注意しとけ」
 普通の会話だ。郁奈が普段冷夏としているような話と大差ない。
 それもそうだ。冷夏にしろこの家の人々にしろ、少し普通ではない力を持っているという以外は、一般人なのだ。
 世を破滅させようとする極悪人でもなければ、世界征服を目論む悪の組織の一員でもない。
 ただ二年後に破滅するだけの、普通の家庭だ。
「ん、どうした」
 無意識に榊原のことをじっと見てしまっていたらしく、首を傾げられた。
「おじさんは、冷のこと知ってるの?」
 苦し紛れに適当な話題をあげてみる。
「冷……ああ、冷夏のことか。知ってるぞ。あのお嬢がまだ高校生の頃だな、最初に会ったのは」
「冷夏さんて?」
 美緒が興味を示したらしく、話に乗ってきた。
「私の保護者」
「この町における飛鳥井家の代表でもある。飛鳥井家については知ってるな?」
「魔術の家系だっけ」
「日本においては魔術師の最大勢力でもある。夏の事件のときもいろいろ骨を折ってもらうことになった……と言ってもお前には分からんか」
「正直さっぱりだ!」
 胸を張って開き直る美緒。「大変遺憾である」という台詞が似合いそうな顔だ。
「ま、そうだろうな。ただ、冷夏お嬢は飛鳥井家ってのを抜きに考えても、うちと多少繋がりがある」
「そうなの?」
「ああ。……幸町とか霧島とか、あと八島優香の友人だったんだよ。ついでに言うと、幸町とは婚姻関係にある」
「えっ、そうなの? 直兄、優香さんと幸町さん以外にも友達いたんだ」
「酷ぇ言い草だな」
 美緒と榊原の間で、冷夏まわりの話が盛り上がっていく。
「……」
 その話の中に出てきた霧島直人と八島優香という名前を、つい意識してしまう。
 ほとんど会ったこともなく、人となりもろくに知らないと言うのに。
 郁奈にとって、その二人の名前は、忘れ難いものだった。

 霧島郁奈。それが郁奈のフルネームだ。
 もっとも、彼女の境遇が複雑であること、彼女がまだ幼いことから、周囲の人間はいつも『郁奈』とだけ呼ぶ。
 両親は霧島直人と八島優香。郁奈が生まれる前に、二人の仲は終わりを迎えている。八島優香の誘拐という形で。
 誘拐されたとき、優香は既に郁奈のことを身籠っていた。郁奈は、誘拐された先で生まれたのである。
 生まれた直後、誘拐犯は郁奈を優香から引き離した。誘拐犯は優香の持つ『力』に目をつけ、彼女を徹底的に『研究対象』として扱ったのである。それは決して人道的なものではなかったようだ。
 誘拐の主犯は久坂源蔵。榊原家に住む久坂零次の実父である。
 彼は優香に対して非人道的な行いをしたが、郁奈に対しては厳しくも優しく接した。後に彼の所業を知ってからも、郁奈は久坂源蔵を『もう一人の父』としか見られなかったほどだ。
 郁奈という名前は、霧島でも優香でもなく源蔵が名付けたものだ。彼がかつて亡くした娘――零次にとっては妹にあたる子が、郁奈という名だったらしい。それは一度だけ見た久坂源蔵の『夢』で知ったことだった。
 母を研究対象として扱う一方、その娘に父のように接していた彼の胸中は、今となっては分からない。彼はこの間、黄泉路へと旅立ってしまった。
 ただ、源蔵と過ごした時間もそう長くはなかった。霧島が優香・郁奈のいた施設に奇襲をしかけてきたからだ。優香は度重なる実験によって心身ともに限界を迎えていたようで、霧島と少し言葉を交わしただけで息を引き取った。
 郁奈が見たのは、既に息絶えた母と、それを抱きかかえる見知らぬ実父の姿だけ。母の記憶すらほとんどなかったから、悲しみはなく、ただ戸惑った。
 そのときのことは、今でも鮮明に思い出せる。
『……よう』
 薄汚れた男が、どこか懐かしい雰囲気の女性を抱きかかえている。
『名前は?』
『……いくな』
『――そうか』
 それだけ言うと、彼は有無を言わさず郁奈を抱きかかえ、施設を後にした。その後、冷夏の元に預けられた。その間、父と交わした言葉は数えるほどしかない。
 それっきり、父と会うこともなかった。
 思い出せるのは、母の手の冷たい感触と、錆びついた鉄のような父の匂いだけ。父のあれは、おそらく血の匂いだったのだろう。
 郁奈にとって両親は遠い存在だった。それに比べれば源蔵はまだ近しいと言えたが、彼ともそんなに多くの時間を共に過ごしたわけではないし、何より物心がつくようになる前後のことだから、記憶が曖昧だ。
 飛鳥井家――というより冷夏のおかげでようやく人心地ついたのだ。
 もっとも、それすらも二年後に破綻するのが約束されているのだが。

 どうやらぼーっとしていたらしい。
 いつの間にか薄暗い部屋の中、一人布団に寝かされていた。普段は寝たくても寝られないというのに。
 時計を見ると、午前一時だった。周囲はとても静かで、虫の鳴き声以外は何も聞こえてこない。
 遥や零次と顔を合わせずに済んで、少しほっとする。
 零次は育ての親の子で、勝手ながら兄のような相手だと思っている。遥に至っては叔母と姪の関係だ。
 土門荒野に関わる『夢』においても、二人はよく出てきた。『夢』の中の郁奈を助けてくれることもあれば、敵対することもあった。まだ現実では会っていないものの、二人の人となりはよく知っているつもりだ。
 だからこそ、顔を合わせにくい。どんな風に接していいか分からない。
 よく知らない相手に対しては、少しずつ手探りで接していけばいい。しかし、よく知る相手に対しては、いろいろと気を使う。特に、相手は二年後に破滅を迎えることが約束されている。
 ……でも、明日は会わないと駄目なんだよね。
 最初はなんて話しかけよう。そんなことばかりを考え続けている。
「よう。起きちまったのか」
 縁側に出て夜空をぼんやりと眺めていたら、不意に背中から声をかけられた。
 振り返ると、ジャケットを着込んだ梢が立っている。この時間帯の格好としては不自然だ。
「……うん。お兄さんは、お出かけ?」
「あー、うん。そんなところだ」
「もしかして、正義の味方のパトロール?」
 最初に会ったときのことを思い出して、少しからかってみた。
 梢は照れ臭そうに頬を掻きながら、
「ま、そんなところだ」
 と、意外にも肯定した。
「寝られないなら、郁奈も来てみるか?」
「え?」
 誘われたのは意外だった。普通なら早く寝なさいと言うところではないか。
「いいの?」
「ああ。あ、でも冷夏さんには内緒だぜ?」
 言って、梢は郁奈の身体を肩に乗せた。思わず彼の頭にしがみつく。
「よし、落ちないように気をつけろよ」
「え……!?」
 まさか。
 そう思う間もなく、梢は一気に跳躍した。
 全身に風を感じながら、視界がどんどん開けていく。天上の光が微かに近くなり、地上の光を見下ろす形になった。
「う、うわ……っ」
 突然のことに情けない声を上げてしまう。郁奈も異法人として並外れた力はあるが、それでもここまでの跳躍はできない。この辺りはさすがに大人と子供の差なのだろう。
 最初は驚いたが、慣れてくると悪くない。全身に浴びる秋の夜風と、見下ろす町の風景はとても爽快だ。
「気持ちいい!」
「ははっ。そうかい」
「すごい。こんなに高く跳べるなんて!」
「……なに。嬢ちゃんだってそのうち跳べるようになるさ」
 梢の言葉は優しげだったが、その内容は郁奈の興奮を一瞬で冷ました。
「な、なんで?」
「嬢ちゃんが俺と同類だからさ」
 言って、梢は足を止めた。どこかのビルの屋上だ。町の中心からは少し離れている。
「嬢ちゃん、他の子と比べて妙に力持ちだったりしねーか?」
「そ、そんなことない。私、非力だもん。か弱い女の子だもん」
 言った途端、若干憐れみのこもった目で見られた。
「嘘こけ。さっき俺にしがみついてきたときの力、とても五歳児のもんじゃなかったじゃねーか」
「わ、分かってて聞いたの!? ずるい! 誘導尋問だ!」
「はっはっは。これからはもっと上手く力を隠すことだ」
 梢に指摘されると何か妙に悔しかった。だいたいさっきのは不意打ちに近かったではないか。あれでは思わず力も入ろうというものだ。
「梢だって隠してなかったじゃん」
「嬢ちゃんには隠さなくてもいいって思ったんだよ。同類だって確信してたからな」
「……なんで分かったの?」
「嬢ちゃんも感じなかったか? 心臓の辺りが、こう、ドクンと。異法人同士の共鳴ってやつらしいんだが、嬢ちゃんと二人でいるとき、それがあったからな」
 梢には主に悪い意味で驚かされてばかりいるから、そちらに意識が向かなかった。迂闊だったと後悔する。
 異法人相手に、自分が異法人であることを隠すのは無理らしい。
「ま、嬢ちゃんも妙な力を持っていろいろと大変そうだろうけど、何かあったら相談してくれ。異法人の先輩として、アドバイスくらいならしてやれると思う」
「べ、別にいいよ。そんなに困ってないし」
「そっか。それなら、良かった」
 穏やかな声と共に、頭をぽんぽんと軽く叩かれた。見上げると、そこには優しそうな顔があった。
 不思議だった。そのときの梢に、一度会っただけの父の姿が重なって見える。
 もし父と母が健在だったら、こんな風に笑いかけてくれていたのだろうか。柄にもなく、そんなことを思ってしまった。
「よし。それじゃ、続き行こうぜ」
 もう一度担ぎ上げられる。ぶすっとしながらも、彼にしがみつく。油断すると口元が緩みそうなのが癪だった。
 あのとき、母の亡骸と自分を抱えた父は、どんな表情をしていたのだろう。そんなことが、今更ながら気になった。