異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
倉凪梢と榊原遥の章「榊原遥と泉の里(中編)」
 イヤな感じが消えない。
 こういう感覚は初めてだった。
 父が死んだときや母が死んだときは悲しかった。
 幼年期、虐待を受け続けているときは何も考えないようにしていた。
 命がけの危機に瀕したときも、危機感はあったが嫌悪感はなかった。
 しかしこの場所には、自分の犯した間違いに直面したかのような――生理的嫌悪感がある。
 ここに来るのは初めてなのに。
 何か、視界が霞んで、別のものが見えてきそうだ。
「梢、大丈夫?」
 背負っていた郁奈の声で我に返る。一緒に歩いていた天夜も怪訝そうな表情を浮かべていた。
「悪い。少しぼーっとしてた。二人は平気か?」
「俺は全然。特に嫌な気配もないし」
「私も。梢、もしかして気分悪いの?」
「そうかな。……そうかもな。どうも落ち着かない」
「少し休もうか?」
 天夜の申し出に、梢は頭を振って答えた。
「じっとしてるのも落ち着かない。何か妙なところがないか一通り見てみよう。結界に穴があれば儲けものだ」
「結界に穴があったら、それはそれでヤバイ気もするけどな」
「なんで?」
「分かりやすい入口があれば、誰だってそこから侵入しようとする。それを逆手に取るってのはよくあることだと思う」
「ああ……そこから入ったら罠がてんこもりってか。魔術師ってのは面倒だな。どうにもやりにくい」
「魔術師側からしたら、極力やり合いたくないから、そうやって頭を巡らせるんだけどね。結局のところ、相当の使い手でもないと魔術師は一般人に毛の生えたようなものなんだし」
「そういうもんか?」
 郁奈は「そりゃそうだよ」と言った。
「そもそも魔術師は荒事のために魔術を身につけるわけじゃないもの。あ、まぁ一部に例外はいるけど。でも基本的には学問的探究心が行動原理って人の方が多いの」
 学問的探究心。今時の小学生は難しい言葉を使うものだ。
 ただ、言いたいことは分かる。すぐ荒事に持っていこうとするこちらの発想の方が、危ないということだろう。
 しかし、そういう経験を何度か経てしまうと、どうしてもそっち方面のことが気にかかる。
「……何かあるな」
 天夜が結界とは反対の方向を見て言った。かなり離れたところに家屋が一つある。結界の外側とは言え、こんなところに家があるのは妙だった。
「一応様子を見ておくか。泉の里とそれなりに近いし、何か関係があるかも」
 郁奈を背負ったまま、木々の合間を潜り抜けて進んでいく。
 ……何か、イヤなんだけどな。
 さっきより嫌悪感が増している。あの家屋には近づきたくない。しかし行かなければならないような気もする。
 相反する感情がない交ぜになったまま、その家の前に辿り着いた。
 門のところがぐちゃぐちゃに壊されている。一目見て、ここが何者かの襲撃を受けたのだということが分かった。
 ただ、見たところ襲撃があったのはかなり昔のように見える。少なくとも昨日今日の話ではない。
 ――三人の親子が。
 家に人の気配はない。しかし、なぜかここには三人の親子がいたはずだ、という確信が湧き上がって来た。変な言い方かもしれないが、そうとしか言いようがない感覚だった。
「入ってみよう」
 二人が返事をする前に、梢は長いこと使われていなかったであろう扉を、ゆっくりと開けた。

 ついといで――それだけ言って常盤は歩き始めた。遥と涼子はそれに従う形で後を歩いている。
 泉の里は、時代劇の農村がそのまま現存しているような感じだった。空気が現代のものではない。時間を忘れてしまった秘境といったところか。
「あの、常盤さん」
 涼子が緊張した様子で声をかけた。常盤は足こそ止めなかったが、わずかに後ろを向いてくれた。
「あの結界は、常盤さんが?」
「常盤でいいよ。実年齢はともかく、感覚的な年齢はあんたたちとそう変わらないわけだしね」
「は、はあ」
 意味はよく分からなかったが、とりあえず頷いておく。
「あの結界はもう何百年も前からあるそうだわよ。と言っても、十年単位で修繕してたらしいから、あんまり古臭くはない」
「今は常盤が?」
「まあね。本来あたしはここの住民じゃないから妙な感じだけどねえ」
「やっぱり、私たちが通ったことって分かったりするんですか?」
「ええ。それくらい分からなきゃ結界の意味がないわさ」
「へぇ……」
 何のために質問しているのだろうと思っていたが、涼子の顔を見て分かった。おそらく単純な好奇心だ。
 彼女は医者志望で、魔術に関しては遥に付き合う形で学び始めた。そのくせいざ勉強が始まると遥以上に乗り気だった。おそらくジャンル問わず学ぶこと自体が好きなのだろう。
「ほら、ついたよ」
 ある家屋の前で常盤は足を止めた。
 他の家とそう大きな違いはない。人の生活している気配もなく、部分的に損壊している。ただ、そこの表札には見覚えのある姓が刻まれていた。
「式泉……」
「そうさ。ここがあんたらの目的地だろ?」
「え、でも」
「私たち式泉って名乗ってませんよね」
「ああ――それなら簡単なことさ。さっき言ったあたしの友人ってのが、式泉運命という男でねぇ。その娘が遥と涼子って名前だったのを、覚えてたからさ」
「と、父さんの?」
 思いがけない返答に戸惑う遥を見て、常盤はけらけらとおかしそうに笑う。
「あんたたちは覚えてないだろうけど、あたしは赤ん坊のあんたたちと会ったことがあるからね。知ってて当然っちゃ当然なのさ」
 一応確認もさせてもらったし、間違いないと分かったからね――と常盤は言う。
 その言葉の意味を問う前に、常盤の胸元に一枚の紙切れが現れた。
「さっきあたしは魔法使いと言ったろう。あたしの魔法は情報の視覚化っていう、役に立つんだか立たないんだか微妙なものでね」
 言いながら紙を手渡してくる。涼子と二人で覗き込んでみたが、すぐに頭が痛くなってきた。
 紙切れに描かれているのは、見たことのない文字だった。否、文字というよりは絵と言った方が近い。形や大きさも整っていないし、何を意味しているのか察することすら至難の業だ。
「あの。これ……」
「ああ、意味分からないだろ。それは遥、あんたの情報を視覚化した結果さ。でも視覚化されても、そんな調子だからね。あまり意味分からないのよ。あたしにも」
 それは確かに、使えるんだか使えないんだか微妙だ。
 一般的に魔法というのは、世界を構成する普遍的な法を局所的ながら変えてしまう、凄まじい能力と言われている。魔術は技術だから努力次第である程度どうにかなるが、魔法に関しては才能がすべてだ。どれだけ努力しても会得できない人はできないし、何の努力もなく目覚める人もいる。
「魔法と一口に言ってもピンからキリ。あたしも当初は随分この魔法を怨んだものだわさ。六十年くらいかけて、今じゃ結構解析できるようになってきたけど」
「……この力を使って、私たちが式泉運命の娘であることを確認したんですね」
 六十年という言葉はひとまず流しておく。年のことを聞くのは野暮だ。
「まね。言ってしまえば個人情報覗かせてもらった形になるわけだけど――まあそこは留守番役として侵入者かどうか判断する必要があったからね。勘弁してちょうだい」
 それより中に入ろう、と促される。
 式泉家――実感はないが自分たちの実家だ――に足を踏み入れる。記憶にはないが、やはりどことなく懐かしい感じがする。
 玄関口から大きく通路が二つに分かれている。直進するルートと、左折するルート。もっとも、左側は派手に破壊されていて、とてもそのまま通れそうな感じがしない。
「あの。ここってずっとこのままなんですか?」
「ああ。あたしはあくまで留守番役だからね。住民じゃないから、家屋の手入れまではやったりしないよ」
 このままにしておいた方が記憶も褪せないしね――と、常盤は少し寂しげに言う。
 直進すると、割合広めのリビングがあった。常盤に勧められるまま、空いていた席に腰を下ろす。
「悪いねえ。ここはこんな調子だから茶も出せないけど」
「いえ、お構いなく」
「はは。どっちがこの家の主か分からないねえ」
 言いながら常盤も腰を下ろす。
「それで、今回は里帰り――ってところかい?」
「ええ、まあ。そんな大した目的があるわけではないんですけど……」
「あ、私はいくつか気になってることがあります」
 と、涼子が声をあげる。
「常盤さんは冬塚夫妻ってご存知ですか?」
「ああ。運命の友達だろ。当人たちは従者だとか言ってたけど、運命はそういうの嫌がってたからねえ」
「その冬塚夫妻が私の育ての親で、いろいろ書物とか遺してたんですけど……」
 どうも妙な空白部分がある、と涼子は言う。
「この里が滅びたときのことが書いてないんです。なんでここがこんな風になってしまったのか、まったく触れられていなくて」
「おや。知らないのかい?」
「はい」
 どうも冷夏辺りは何か知っていそうだったのだが、何度尋ねてもはぐらかされてしまい、結局今日に至るまで、泉の里がなぜ滅びたのかは分からないままだ。
「そういう意味で言うと……私たちの母親のことも書かれてなかったよね」
 父親のことも名前くらいしか知らないが、母親に至っては名前すら不明だ。
「常盤さん。あなたは父の友人だと仰いました。何かご存知であれば、教えていただけませんか」
「うーん。言ってもいいけど……あたしが言ってもいいのかどうか」
 やはり常盤は知っているようだった。だが、どうも返答が煮え切らない。
「あの。それって、私たちが知ったらまずいことなんでしょうか」
「まずくはないと思う。あんたたちがあたしの子だったら、あたしはさっさと言ってるところだけど――よその家庭の事情だしねえ。あんたたちの母親に怒られそうだわ」
 どうしようかねえ。ひとしきり唸った常盤は、渋い顔つきのまま言った。
「さっきの通路ぶっ壊れてた先は、運命の研究室だったのよ。そこに行けば、あいつの遺した資料とかがいっぱいある。何か分かるかもね」
 知りたいなら自分で調べろ――ということだろう。
「なるほど。すぐ答えを教えてもらおうっていうのも、甘過ぎるか……」
 涼子は頷いた。遥としても特に異存はない。ただ一点気になることがあった。
「あの、常盤さん。父の資料って結構ありますか?」
「それなりにあるわさ。いくつかはあんたたちの母親が持ち出してたりもするけど」
「ってことは調べるのにも時間かかりますよね……。実は結界の外に友達待たせてるんですけど、入れてもらうわけにはいきませんか?」
「ん。別にいいよ。ここの住民に招待されれば誰でも入れる。あんたたちが迎えに行って招待すればいい」
 むしろさっさと迎えにいかないと危ないかもね――と常盤は付け足した。
「危ない……ですか?」
「ここは普通の場所とは違う。里の中は安全だけど、まわりはやばい。異界に近い場所なんだよ」
「異界――ですか」
「大袈裟に言ってしまえばね。本当の異界はもっと桁違いなんだけど……。とにかくこの里のまわりには魔が集まりやすいから」
 妙なものに遭遇するかもしれない――という呟きが、やけに重く響いた。

 いきなり深海に落ちたような感覚。家屋の中に足を踏み入れた途端、それくらい雰囲気ががらりと変わった。
「そもそも、なんでこんな場所に家があるんだろうな」
 天夜が今更な疑問を口にする。確かにここは立地条件が悪過ぎる。そもそも、この家の周りには道らしい道すらなかった。別荘か何かだとしても不自然だ。
「二人とも、俺から離れるなよ」
 いざとなったら、身を盾にして二人を守らなければならない。
 玄関から少し進むと、背後で扉が勢いよく閉じる音がした。それと同時に、窓などから差し込んでいたであろう光が一斉に消える。辺りは完全な闇に覆われた。
 眼前に火の玉が現れ、ほんのりと周囲を照らし出す。
「火事になったらまずいから、これぐらいの出力だけど」
「十分だ。ありがとな緋河」
 緋河天夜は異法人とは別の、異端者と呼ばれる特殊能力者だ。右腕から火を放つ能力を持っている。
 天夜の火が照らし出した辺りの様子は、先程までのものとまったく違っていた。
「何か……綺麗だな」
 ぼろぼろに朽ちた廃屋という感じだったはずなのに、今は妙に真新しく見える。
「これ、まずいかもしれないわ」
 背中の郁奈が険しい口調で言った。
「私たち、結界の中に取り込まれたかもしれない。それも異空間型のやつの中に」
「異空間型?」
「漫画とかにあるでしょ。マンションの一室の中に大草原が広がってる、みたいな。本来ありえない空間を無理矢理作り上げるタイプの結界があるのよ。それが異空間型」
「えーと。すまん、それってどれくらいやばい?」
「ものによってピンからキリだって聞いてるし、私も遭遇したのなんてはじめてだからよく分かんないけど……」
「少なくとも簡単に帰してくれるわけじゃなさそうだな」
 がちゃがちゃとドアノブを回しながら天夜が言った。どうやら扉は開かないらしく、彼は頭を振ってみせた。
「下手すりゃ一生ここにいるハメになるってか。そいつはぞっとしないな」
 ようやく事態の深刻さが理解できた。であれば一刻も早く脱出しなければならない。
 僅かな明かりを頼りに足を進めていく。そこかしこから、生き物ではない何かの気配を感じた。生き物の気配なら、僅かな息遣いや空気の質でだいたいのことは読める。だがこういう手合いは何も読めない。
 通路の突きあたりに扉があった。先に進むしかないならと、扉を開ける。
 そこには、二つの影がいた。
 人間の大人くらいの大きさをしたシルエットが、覚束ない足取りで室内をふらふらと歩いている。
「……いない」
「あの子は」
「どこ」
「私たちの」
「あの子は」
「どこ」
 背中の郁奈が、力強く梢にしがみついてきた。
「郁奈、あれ……」
 あれはなんだと聞こうとしたのが――どうしようもないミスだった。
 梢の声に、二つの影は敏感に反応した。それまでのゆったりした動きから一転、早送りのような動きで顔らしきものをこちらに向けてくる。
「いた」
「私たちの」
「あの子が」
「でも」
「お前は」
「殺した」
「私たちを」
「殺した――」
 やばい。あるのかないのか分からない第六感が警鐘を鳴らしている。
「お前が」
「私たちを――!」
 影のほそぼそとした声に明確な怒気を感じ取って、梢は咄嗟に天夜を抱えて後ろに引いた。そのまま勢いよく部屋の扉を閉める。
「梢さん、今の――」
「知るか、言っとくが俺は知らん!」
 押さえたドアノブがガチャガチャと音を立てる。向こう側から開けようとしているのだろう。
「郁奈、何かいい手は!?」
「わ、分かんない……! だって、こんなの魔術とも違うもん! あれ、怨霊だもん、それなら退魔士に聞かないと」
 視線を天夜に投げかける。天夜の実家・緋河家は退魔の家系だと以前本人から聞いたような記憶がある。だが彼は頭を振った。
「俺も知らない! 退魔って言ってもいろいろだし、うちは怨霊の相手なんぞ専門外だから」
 言っている間に、ドアノブにかかる力が消えた。諦めたのか――そう思った矢先、扉から無数の腕が生えてきた。
 腕の一つが梢の手を見つけると、一斉に梢を掴もうと他の腕も伸びてくる。
「梢!」
「ちぃっ……!」
 腕の力は想像以上のものだった。異法人としての腕力をフル稼働させても、引き摺りこまれてしまうほどに。
「お前が殺したんだ」
「私たちを」
「ただ普通に暮らしていただけなのに」
「あの日突然やって来て」
「この人殺し」
「人でなし」
「ち、違うっ!」
 こんな場所に来たことはない。この怨霊の相手にも心当たりはない。そもそも自分は誰かを無意味に傷つけるため、この力を――人ならざる力を振るったことはない。
 それは絶対に絶対だ。
 だというのに。
 ――私が殺した。
 頭の中で、自分以外の何かが囁く。
 ――普通に暮らしているから。
 羨望と嫉妬が入り混じったような声。
 ――なんで、私は普通じゃなかったんだろうって。
 怨むような、悔やむような、あるいは言い訳するような声。
 ――だから殺した。壊したくなったから。
 違うと理性で否定しようとした瞬間だった。
 自分に伸びてくる無数の腕が視界から消え、どこにでもあるような三人家族の風景が目の前に広がる。
 頑固そうな父親に、生真面目そうな母親。そして負けん気の強そうな少年。
 特別仲が良さそうには見えないが、悪いわけでもない。探せばその辺にいそうな感じの、ありふれた家庭。
 それをどうしようもなく壊したくなって、自分にはそれをできるだけの力があって、だから腕を振るって、あっさり大人たちはミンチになって――。
「梢!」
 郁奈の声で、幻覚は吹き飛んだ。視界は相変わらず無数の腕で埋め尽くされている。
 ……今のは何だ?
 心だけがまだ幻覚の中にいる。あまりに生々しく、その割にはどこか他人事のようなあの幻覚の中に。
「梢さん!」
 天夜の声も重なり、ようやく心も現実に引き戻された。
 そうだ。あの幻覚はどうあれ、今が危機的状況にあることに変わりはない。自分一人ならともかく、郁奈や天夜は助けなければならない。
 右腕のスイッチを入れる。これが効くかどうかは知らないが、他に手立てがない以上試してみるしかない。
「ヘイムダル――!」
 魔を払う光が、梢の右腕から溢れ出す。それに触れた怨霊の腕が、次々と塵芥になっていく。
 だが、それでも怨霊はこちらに迫って来る。
「私たちの子……」
「どこにいる……?」
「返して」
「返してくれ」
 我が身を省みず、一心不乱に何かを求め続ける。その在り方を前にして、梢は抱くはずのない罪悪感を抱いた。
「俺じゃない」
 返せと言われても、何も奪っていない。
 だというのに、なぜこんなにも動揺するのか。
「俺じゃない! 俺は何も」
 何も奪っちゃいない――。
 その言葉は、相手に届いたのかどうか。
 梢がそれを口にする前に、ヘイムダルの光に呑まれて、怨霊たちは完全に消滅した。同時に、周囲を覆い尽くしていた闇も払われていく。
 気付けば、あの廃屋などはどこにもなく、三人は森の中に立ちつくしていた。
 解放された。そのはずなのに、心がずしりと重くなる。
 ……私が殺した。
 何かの声がする。
 ……私が奪った。
 悔いるように言ってくる。それは自分の声ではない。そう言い聞かせようとしても、どこかで引っかかる。いくら拭いても落ちない染みを見つけてしまったような、何とも言い難い不快感だ。
「梢、大丈夫?」
 背中から降りた郁奈が顔を覗き込んでくる。正直気分は最悪だったが、二人に心配をかけるわけにもいかない。
「ああ。大丈夫だ。全然平気」
 無理に笑ってみせる。ぎこちない笑い方だと、自分の中の何かが言った。

「多分それは、ここが滅びたときに巻き添えになった人間たちの霊だわね」
 一通り話を聞いた常盤は、梢たちが遭遇した怪異について結論を出した。
 遥たちは一旦結界の外に出て、零次たちから梢たちが戻って来ないという説明を受けた。すぐ探しに行こうと言った遥を涼子が抑え、十分ほど待ったところ、天夜に肩を借りながら梢が戻って来た。
 話を聞くと、正体不明の怨霊に襲われたという。説明をしてくれたのは主に天夜で、梢はその間ずっと頭を押さえて黙っていた。
 今もそうだ。常盤の話を聞きながら、梢は片手で頭を押さえている。顔色はかなり悪い。重病人のようだ。
 常盤も常盤で様子がおかしかった。遥が梢たちのことを紹介した頃から、顔つきが険しくなっている。時折梢に鋭い眼差しを向けているが、梢は気付いていない。
「一つ確認したいんだけど。えーと、倉凪梢」
「……ん?」
「あんたの父親って、倉凪司郎で間違いない?」
 常盤が突然妙なことを尋ねた。なぜここで梢の父親の名前が出てくるのだろう。
 梢はどこか茫洋とした様子で常盤を見ていたが、ゆっくりと頷いた。
「常盤さん、ウチの親父とも知り合いなのか?」
「まあね。妙な因果だこと」
 言いながら常盤は辺り一帯を――この場に揃った面子を見渡した。
「うん。予定変更。変に誤解しないよう、あたしが説明した方が良さそうだわね」
「説明って?」
「もちろん、ここが滅びたときのことさね」
「え、でも……」
 さっきは自分で調べろと言っていたはずなのに。
 問うような視線を向けると、常盤は頭を振った。
「まあ聞きなさいな。ここが滅びたときのことを」
 式泉運命と倉凪司郎、そして土門荒野の話をね――。