異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
倉凪梢と榊原遥の章「倉凪梢と緋河天夜」
 父はよく語る男だった。そのすべてを覚えているわけではないが、梢にとって父との会話は印象深いものが多かった。
 今にして思えば、父は不安だったのかもしれない。
 自分の子が本当に自分の子なのか、それとも土門荒野なのか。万一土門荒野だったとしたら、その力が悪用されぬよう律さなければならない――そう思っていたのではないだろうか。
 仮にそうだとすると、父の推察は見事当たっていたと言える。
 自分は倉凪梢ではなく土門荒野であり、父の遺した教えによって、これまでまともに生きて来られたのだから。
 ホテルの一室で夜の街並みを見下ろしながら、梢は静かにカップを置いた。
 部屋には他に誰もいない。一人きりだ。
 ……親父。
 泉の里を訪れて以来、父に対する感情に今までとは別のものが混じるようになった。
 それは畏怖だ。
 これまでは単純な憧れの対象だった。多少変なところはあったが、あんな風になりたいと思い続けていた。
 しかし、今は違う。父のことを考えると、怖くなる。そんな覚えはないはずなのに、父に銃口を向けられる光景が脳裡に浮かぶのだ。
 かつて遥たちの父――式泉運命を乗っ取った土門荒野は、父によって討たれたと常盤は言っていた。ならばこれはそのときの記憶なのだろう。
 他にも、覚えがない記憶がときどき浮かび上がることがある。忘れていた土門荒野としての記憶が、あの亡霊たちに会ったことで蘇りつつあるのだろう。
 この記憶がただの錯覚で、常盤や自分が何か勘違いをしているのでは――と思ったことは、一度や二度ではない。
 しかしその都度、それを否定するかのように様々な光景な脳裏に浮かぶ。あまりに生々しく、錆のような血の臭いが漂ってくるような光景だ。
 置いたカップに力を軽く込める。簡単に亀裂が走った。
 自分は異法人として尋常ならざる力を持つ。その力をこれまで人のために使い続けてきたのは、それが父の教えであり、正しいと信じていたからである。
 ……この力は、そう使わなきゃいけない。
 だから、痛いときも苦しいときも辛いときも、自分のためだけにこの力を使うことはしなかった。もしそのルールを破れば、自分は皆と一緒にいられなくなる。その瞬間、自分は人間として生きられなくなる。そう堅く信じていた。
 この力を振るったことで、感謝されたことはほとんどない。人知れず振るうことが多かったし、目にした人からは大抵恐れや忌避の眼差しを向けられた。
 それでも誰かの役に立っていると信じて、犯罪者や性質の悪い人間を懲らしめるときなどに力を振るった。
 それが正しいことだと――正義なのだと。
 使える力があるのに使わないのは卑怯だと思って。
 しかし、本当にそうだったのだろうか。
 名目上の正しさに酔って、ただ力を振るいたかっただけじゃないのか。
 二年前。
 遥のためにと無茶を繰り返したあのときも、本当は彼女を助けたかったのではなく、ただ暴れたかっただけではないのか。
 コンコンと扉を叩く音で、梢は自問から解放された。
 やや急ぎ足で向かい乱暴に扉を開けると、そこには驚いた顔の美緒と涼子がいた。
「なんだ、お前たちか。どうした、こんな時間に」
「こんな時間にわざわざ来させないで欲しいんだけど。起きてるなら電話出てよ」
「は、電話?」
 美緒に指摘されて、梢はベッド横の台に置きっぱなしにしていた携帯を取った。美緒だけでなく遥や涼子からも何度か着信が来ている。マナーモードにしていたせいだ。
「悪い。どうしたんだ、急な用か?」
「まね。涼子ちゃんが話があるって」
「榊原さんの家を襲った犯人が分かりそうなんです」
「本当か」
 泉の里から戻ってきた梢たちを出迎えたのは、半壊した榊原邸と、玄関前で煙草をふかしている榊原幻だった。
 幻は仕事中、自宅付近で凄まじい物音がしたとの通報を受けて急行したらしい。到着したとき、既に家は半ば壊れていたという。
 地震等は一切なかったのに何故――と秋風署では大騒ぎになったらしい。しかし情報がほとんどないため調査は難航しているという話だった。
 現場に普段感じることのない魔力が残されていたことから、梢たちはこれを何者かの襲撃と見ている。微かに残された魔力を頼りに、遥が調査していたはずだ。
「姉さんから電話があって。犯人は市街を超えて南の方に移動してたみたいで、工業地区分かります?」
「ああ」
「あの辺に行き着いたんですって。で、そこで怪我人を拾ったと」
「怪我人?」
「ええ。幸町先生のとこに運び込んだそうです。幸い命に別状はなくて、意識も戻っていろいろ話を聞いてみると、犯人を追いかけてたって言うんですよ」
「ほう」
 そいつは確かに有力な手掛かりだ。しかし涼子は若干戸惑いの表情を浮かべている。
「どうしたんだ、浮かない顔だな。何か問題でもあるのか?」
「ええ、まあ。なんというか……その怪我人、小学生みたいで」

 大伴百夜(ももや)と少年は名乗った。
 小学一年生らしい。実際、背丈もその程度だ。
 ただ、おそろしく利発そうである。ベッドに寝たままの少年は、とても子供とは思えないような話しぶりをする。
「僕は退魔の家系の一員でして、危険な男を追っていたのです」
 淀みなく、すらすらとそう言った。子供特有の作り話ではない証拠に――と軽度な魔術を使って窓辺の花を枯らせてみせた。
 工業地帯で強い魔力の気配を感じた遥は、そっと気配を殺してその場所に近づいた。百夜はそこに倒れていたのである。
「さすがに年少の身で無茶をしました。相手が見逃してくれたのが不幸中の幸いです」
「……ええと」
「詳しい事情を伺いたいのですね、お姉さん。ですが恩人とは言え僕もみだりに事情を話すわけにはいきません。あなたがあの場所を訪れたことを含め、そちらの事情を教えていただければ判断できるのですが」
 演説家のような饒舌さだ。郁奈も大人びたところはあるが、彼女はまだ年相応のかわいげが残っている。百夜は姿形を除けば大人そのものに見える。
 遥は手短に、自分たちの家が襲撃されたらしいこと、その犯人を追っているうちに百夜を見つけたことを話した。
「なるほど、そういう事情でしたか。確かに僕は、奴が一軒家を破壊しているところを見ています。僕の気配を察して逃げたようですが」
「その、犯人は……?」
「逃げられてしまいました。お姉さんは異法人を知っていますか?」
「うん。知ってるよ」
「奴はその異法人です。名は――何と言えばいいのかな」
 そこで初めて、百夜は言葉を止めた。少し考えてから、
「土門荒野、と名乗っておきましょう」
 思わず目を大きく見開きそうになった。ぎりぎりのところで平静を装えたのが不思議なくらいの衝撃だ。
「土門荒野……?」
「おや、お姉さんも御存知ですか」
「うん。まあ、私も魔術師の端くれだから」
「なるほど。同盟もしくは連盟の所属なのですね。それならば知っていても不思議ではない」
 同盟というのは魔術同盟のことだろう。世界各国の魔術師が所属している、非常に大規模な組織だ。連盟というのはよく分からない。冷夏に聞いたような気もするが、忘れてしまった。
 遥はどちらにも所属していないのだが、その辺をわざわざ説明するのも面倒なので、訂正はしないでおいた。
 しかし、土門荒野の名前が出てくるとは思わなかった。涼子が推察したところの『運命』のような流れを感じずにはいられない。
 もう、梢の死へと向かう流れが出来つつあるのか。そんな焦燥感を抱いてしまう。
「でも、なんで百夜君のような子が、土門荒野なんて危険なものを追ってるの?」
「両親を殺されたんです」
 さらりと。
 小学一年生は、凄まじいことを言った。
「先程も言いましたが、我が家は退魔の家系なのです。両親は退魔士として、危険な魔である土門荒野を討とうとし、返り討ちにあった。だから別に恨みはありません」
 両親は責務を果たそうとしただけであり、土門荒野は正当防衛をしたに過ぎない。だから恨みはありません――と百夜は言う。
「ただ、両親が亡くなった以上、僕が後を継がねばなりません。大伴家の当主として僕は土門荒野という危険な魔を討つ必要がある、と判断しました」
「その、手伝ってくれる人とかは……?」
「家の者は皆死にました。残っているのは僕一人です」
 淡々と言う。皆死んだと、静かに言う。
「他の家の協力も期待できません。我が家の実情を知れば、取り込もうとしてくる。それは認めるわけにはいきませんので」
 頑なだった。
 家の事情というのはよく分からないが、要するにこの少年は望んで無謀な戦いを挑もうとしているらしい。
 止めようかと思ったが、やめておいた。それこそ、事情をよく知らない人間がどうこう言えることではない。人にはそれぞれの事情がある。踏み込んでいい場所とそうでない場所がある。
「土門荒野退治って……どうするの?」
「殺します。宿主ごと」
 簡潔にして明瞭な答えだ。
 この少年が追っているのは梢とは別のもう一人――草薙樵の方だろう。しかし梢のことを知れば、この少年は梢も殺そうとするだろう。
 百夜の実力はよく分からないが、自分を殺そうとする者が目の前に現れる、ということ自体が今の梢には良くない。まだきちんと話せていないが、梢の様子が悪い意味でおかしいのは一目瞭然だ。
 彼に話を聞く前に涼子に電話しておいたが、まずかったかもしれない。特に伝えろとは言わなかったが、涼子は当然梢や零次たちにも伝えるだろう。梢が今ここに来て百夜と鉢合わせになったら、きっと良くないことが起きる。
「僕はここを出ます」
 遥の内心を読み取ったかのように、百夜は上半身を起こした。
「ま、まだ安静にしてた方がいいんじゃないかな」
「そういうわけにもいきません。あとは自己治癒強化でどうにかなりますし、もたもたしてると先を越されますからね」
 百夜は遥が制止するより早く、ベッドから飛び降りた。流れるような動きで上着を着込みながら、彼は言う。
「実は僕と同様、土門荒野を狙ってこの町に来ている退魔士がいまして。別に敵というわけではないのですが、先を越されたくないのです」
「退魔士が――他にも?」
 ざわ、と背筋が震えた。
 嫌な予感がしたからだ。
「それって」
「もしかしたら御存知でしょうか。緋河家という、まあ退魔士の大手なのですけど。そこの一人息子が、既にこの辺りに来ているのです」
 硬直した遥の方を見ずに、百夜は淡々と言う。
「名前は緋河天夜。右腕に包帯巻いた、炎の使い手です」

「梢さん」
 幸町診療所に行こうとエレベーターで一階に下りると、ロビーで天夜に呼び止められた。彼は元々このホテルに泊まっていたのだ。
「少し話があるんだ。いいかな」
 そう言って天夜は、涼子と美緒に視線を向けた。どうやら一対一で話したいことがあるらしい。
「悪い、先に行っててくれ」
「分かりました。あとでちゃんと来てくださいよ?」
 なぜか涼子は念を押した。
 こちらが無気力なのがバレているのかもしれない。
 家を襲った犯人は気になるが、正直今は何をする気にもなれなかった。
 何をすべきで、何をすべきでないのか。
 いろいろなことがよく分からない。
「分かりました?」
「あ、ああ」
 適当に頷いておく。怒らせると涼子は怖い。美緒は放っておいてもうるさいだけなのだが、涼子はがつがつ責めてくるから厄介だ。
 二人を見送ってから、梢と天夜は連れ立ってホテルの外に出た。すぐに夜の街並みが眼前に広がる。仕事帰りのサラリーマンの姿が目立つ。
 天夜は何も言わず先を歩く。こちらも何か話そうという気分ではなかったので、黙ってついていくことにした。
 緋河天夜。退魔士。厳密には退魔士とは少し違うと言われたような気もするが、細かいことは別にいい。
 彼は二年前にこの町を訪れて、一年近く滞在していた。町を離れたあとも、何度か厄介事に巻き込まれる形で戻って来ることがあった。
 そういえば。
 今回、彼は何をしに戻ってきたのか――それをまだ聞いていない。
「天夜。お前、何を狩りに来た」
 雑踏の中で尋ねる。狩るなんて物騒な言葉だが、周囲の人間は気にする様子もない。ゲームか何かの話だと思ってるのか、単に無関心なだけか。
「土門荒野」
 歩みを止めず、天夜は答えた。
 予想通りの答えだ。
「ただ、狩ると決めたわけじゃない」
 言いながら、天夜は廃ビルの非常階段を昇り始める。当然、こちらもそれに続く。
「俺は迷ってる。率直に言って、梢さんを狩るべきかどうか分からない」
「狩れよ。俺はそもそも倉凪梢じゃない」
 天夜がぴくりと歩みを止めた。微かに振り返り、視線を投げかけてくる。
「いつから?」
「生まれて間もなくだ。倉凪梢は赤ん坊の頃、土門荒野に乗っ取られて死んだ。今ここにいる俺は土門荒野だ。いや……土門荒野の紛い物だよ」
 天夜はしばらくこちらを睨んでいたが、ふっと殺気を解いて、歩みを再開した。
「狩らないのか?」
「分からない。少なくとも狩るべきだって根拠はない」
 廃ビルの屋上に到着した。よくこんな場所を知っているものだ。ここは夜のパトロールの息抜き場所として秘密にしていたのに。
「梢さんは退魔士が何で魔を狩るか知ってるか?」
「さあな。人それぞれじゃないのか」
「ああ。家によって事情が違う。別に正義のためとか、悪い奴から皆を守ろうとか、そんな立派な理由があるわけじゃない」
 それはそうだろう。
 正義のためとか皆を守ろうとか、普通じゃない。
 何かしらの打算的な理由がある方が人間らしくて安心する。
「緋河家は俺みたいに『異端者』と呼ばれる能力者が多い。時の権力者たちはこの『異端者』を魔として危険視した。それはそうだろう、使い方次第では物騒極まりない」
 異端者。天夜のように人外の能力を有する存在のことだと聞いている。
 異法人の身で言えたことではないが、確かに物騒極まりない。お偉方が危険視するのも当然と言えば当然の話だ。
「緋河家には二つの道があった。時の権力者と戦うか走狗になるか。前者はさすがに無謀と思ったんだろう――結局は後者を選んだ。自分たちの身を守るため、同類を殺す道を選んだってわけだ」
 そう語る天夜の表情からは、嫌悪感が見て取れた。
 狩ると言わず殺すと言ったのも、何か思うところがあってのことだろう。
「けど、俺はそういう理由で殺すのは嫌だ。保身のために後悔を繰り返すような生き方はしたくないんだよ」
「保身は考えろよ。自分の身がなきゃどうにもならない」
「あんたに言われたくはない」
 そう言われると、何も言い返せない。
「俺がここに来たのは、この町が放っておけなかったからだ。もし話に聞く通り土門荒野が危険な奴なら、どんな手を使っても殺す必要がある」
「……なら迷うなよ。俺が暴れ出したらやばいぞ、多分」
「暴れたら、だろ。……さっきの話を聞いて、俺は余計に迷ったよ。俺は最初、梢さんが土門荒野に乗っ取られそうかどうかで迷ってたんだ。乗っ取られそうにないなら、別に殺す必要なんてない」
「とっくに乗っ取られてるぞ」
「だからだよ。とっくに乗っ取られてるなら、もう乗っ取られようもない。草薙樵の方は分からないけど、梢さんに関しては問題ないんじゃないか」
「どうかな。俺は土門荒野としても紛い物だ。いつ元の危険な土門荒野に戻るか分からないんだぜ」
 乗っ取られる心配はないが、元に戻る可能性はある。
 自分さえしっかりしてれば問題ないと常盤は言っていたが――その『自分』がよく分からないのだ。こんな調子では、いつ昔の土門荒野に戻るか知れたものではない。
「……今はまだ結論は出せないな。本当は白黒はっきりつけようと思って、こうして呼び出したんだが」
「悪いな。曖昧で」
 倉凪梢の紛い物。
 土門荒野の紛い物。
 白黒どころか、グレーかどうかも怪しい。
「天夜。せっかくだ、頼まれてくれるか」
「……内容による」
「なに、警戒すんな。そんな難しい話じゃないさ。俺がもし凶暴になりそうだったら、迷わず狩ってくれよ」
 それは、かつて父が頼まれたことだ。
「まあ出来るなら自決するけど、出来ないかもしれないからな。そのときは頼む」
「なんでだ?」
「なんでって、遥や久坂たちには頼めないからな。あいつら、絶対反対するし」
「そうじゃない」
 なんであんたは、そう簡単に自分の命を投げ捨てるように物を言えるんだ――。
 それは本気で苛立っている声だった。
「別にそんなつもりはない。俺だって命は惜しい」
 紛い物だって、命は惜しい。
 ただ、場合によっては捨てるしかないと思っているだけだ。
 どうしようもないときは諦める。それだけだ。
 紛い物の命を惜しんで、皆に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。どちらが尊いかなんて、確認するまでもないだろう。
「皆の方が大事なだけだ」
 天夜は怒りをあらわにしながらも、何も言わなかった。
 しばらくの間ギリギリと歯を噛み締めていたが、
「……分かった」
 様々な感情を押し殺しながら、首肯した。
「なあ、梢さん」
「なんだ?」
「あんた、なんでそんなにまわりの人を大切に思えるんだ。自分の命より大事なんて、何かおかしいだろ」
「……かもなあ。昔の土門荒野の罪滅ぼしのつもりなのかもな」
 そうだ。それが一番しっくりくる。
 誰かを助ける度に充足感が得られた。だがそれは『やらなきゃいけないことを無事できた』という喜びだったようにも思う。
「多分土門荒野も気付いたんだろ、自分がいかにひでぇことしてきたか。罪滅ぼしせにゃならんと思ったんだ。だから、俺はこんな風になったんじゃないのかな」
 そうだ。
 本当は、一度も『誰かを助けたい』なんて思ったことはない。いつも『誰かを助けないといけない』と思いながら、この力を振るい続けてきた。
 ただ暴れたいだけだったというよりは、そっちの方が納得できる。
 罪滅ぼしが、紛い物である自分の本質なのだ。
 自己満足の答えかもしれないが。
「ありがとな、天夜。お前と話して、少しすっきりした」
「こっちは気分が悪くなったよ。……言っとくが、安易に死のうとか思うなよ」
 死なれたら本当に最悪の気分になる。
 そう言い残して、天夜は去った。
 ちょうどそのタイミングで、梢の携帯電話が鳴る。遥からだ。
 少し億劫だったが取ることにする。
「もしもし」
『あ、梢君! 大丈夫だった?』
「大丈夫って、何が」
『え。えーと、その』
 目を泳がせている遥の姿が脳裏に浮かぶ。
「天夜のことなら心配いらねぇ。今は俺を殺す気ないとよ」
『そうなんだ。良かった……って、何で分かったの?』
「何でだろうな」
 適当に流しておく。いちいち説明するほどのものではないだろう。
「それより、小学生から話は聞けたのか?」
『うん。でも犯人の足取りや目的は掴めてない。あの子も出て行っちゃったし……』
「振り出しか。ま、慌てても仕方ないだろ。犯人が俺たちの中の誰かを狙ってるなら、そのうちまた現れるだろうし」
『それは怖いな……。でも、慌てても仕方ないのは確かだね。地道に調べていくよ』
「おう」
『……梢君、大丈夫?』
 不意の問いかけだった。
「何がだ」
『いや、何ってわけじゃないけど。元気なさそうだから』
「……はは、変なことを言う奴だな。大丈夫大丈夫。お前こそ無理するなよ。じゃ」
『えっ、ちょっ――』
 何か言いかけていた遥を無視して、電話を切る。
 あのまま話していたら、遥の好意に甘えてしまいそうな気がした。それは嫌だ。
 遥の好意は優しくて心地よい。それだけに――ときどき無性に辛くなる。