異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
冬塚涼子と久坂零次の章「久坂零次と久坂源蔵(後編)」
 久坂源蔵と八島優香の対話記録。
 それは想像していたよりも淡々としたもので――まるでカウンセリングの記録のようだった。
 八島優香は久坂源蔵とその手に連なる者にさらわれ、心身ともにズタボロになって命を落とした。それが、霧島直人から聞かされた真実だ。
 しかし、真実とは見る者によって姿を変える。
 久坂源蔵の所業に複雑なものを感じながらも、涼子は真実の新たな側面にじっと目を通し続けた。

 このレポートは八島優香の観察記録であり対話記録でもある。
 壊滅し、現在はその残滓をかき集めることでしか探れない泉家の魔術。彼女はその貴重な体現者である。
 私は目的を果たすため泉家の魔術を必要としている。そのためのモルモットとして、そして計画の成就の鍵として彼女は必要不可欠だった。
 私はいくつかの研究機関に繋がりを持っているが、彼女は唯一私が直接管理している機関で預かることにした。間接的な繋がりしか持たない機関に預けた場合、どんなことになるか分からないからだ。
 彼女は計画の成就に必要不可欠だ。そのときまでは大事に扱う必要がある。

 ●月×日
 まず私が行ったのは八島優香との対話だった。
 我が計画とその難しさ、そして計画達成のために泉家の魔術が欠かせないこと。それらを私なりの言葉で彼女に伝えた。
 八島優香の同意を得ずに実験を始めても良かったのだが、私としては彼女にも協力者になってもらいたかった。フェアな条件でないことは承知しているし、同意を得られずとも実験は行うつもりである。しかし同意が得られれば、実験及び計画をスムーズに進めることができる。
 八島優香は連れ去られてきた女とは思えないほど落ち着き払っていた。少なくともヒステリックではなかったし、投げやりになっている風でもなかった。
 こちらの話を聞いた彼女の答えは『否』だった。
 泉家の魔術を使って多くの人間の無意識を書き換え、異法人に対する差別意識を取り払う。それは、言ってしまえば洗脳であり、本来必要とすべき過程を完全に捨てているため、いつかは破綻する。そんなことを彼女は語った。
 無論私もそれは承知している。承知してはいるが、もはや待てない。そのためにこの計画を練ったのである。
 彼女の言う過程の中には、多くの犠牲が含まれている。差別にまみれて殺された私の家族のように。

 日誌を読み進めていく。
 久坂源蔵による八島優香の説得は、その後もしばらく続いたようである。
 実験についてもさほど過酷なものは行っていない。霧島の証言や遥の境遇から、優香が悲惨な目にあっていたのだと想像していたが、実際は大分丁寧に扱われていたようである。
 遥の境遇と同じようなものを想像していたが、よくよく考えてみれば久坂源蔵は魔術の知識も持ち合わせているし、遥を捕らえていた者たちと違って異法人の側――言ってしまえば八島優香や遥に近い立場の者だ。意味もなく残酷な真似をする理由はない。
 土門荒野の研究と比べて、この対話記録はより久坂源蔵個人の人となりが滲み出ていた。努めて淡々と書こうとしたのだろうが、ところどころに感情的な記述が混じっている。そういうところは、なんだか零次と似ている気がした。
 冷静なようでいて、実は感情的になりやすい。
 零次を見る。彼はこちらの視線に気づき、目を逸らした。
「すまん、少し外に出てくる」
 そう言って、こちらを見ないままドアの外に出て行ってしまった。
 普段はクールに見えるが、彼の行動は感情によるものが多い。一見すると感情的に見える梢の方が、意外と冷静だったりすることが多い。
 ……それにしても変ね。
 久坂源蔵の思わぬ一面が見えたことは確かだ。しかし、それは零次にとって悪いものではないように思う。
 それとも、この先にそんなショックを受けるような内容があるのか。
 若干嫌な予感を抱きつつ、涼子は頁を進めていった。

 久坂源蔵は慎重に実験を続けていた。八島優香は、傍流とは言え泉家の魔術の結晶である。迂闊なことで壊れてしまわないよう、慎重に扱った。
 だから、八島優香が身籠っていたことが発覚した際は、出産が済むまで実験を凍結することにした。専任の女医をつけたり、ストレスが溜まらないよう多少の外出許可さえ与えた。
 これに対し久坂源蔵の共犯者は懐疑的だったらしいが、源蔵は黙らせたようだ。計画を必ず成就させるため、ときには遠回りも必要だ。そう言うと共犯者は奇妙な笑みを浮かべて立ち去ったという。以後、この件について共犯者と揉めたという記録はない。
 出産に至るまでの間、源蔵は生まれてくる子供をどのように扱うかかなり悩んだらしい。母親と同じように実験対象とするのか、普通の子供として施設に預けるか。他にも選択肢は数多くあったようだが、生まれてきた子供――郁奈が異法人だったことから、源蔵は自身の手で引き取ることにしたらしい。
 その決定に優香は意外にも反対しなかったという。自身の境遇から逆らうだけ無駄だと思っていたのかもしれない。しかし、源蔵はこう記している。
『彼女はよろしくお願いしますと私に頭を下げた。この母子を帰してやりたい。そんな思いが胸中湧き上がったことを、私は否定できない』
 それ以上のことは記されていない。他に書きようがなかったのかもしれない。
 そうして郁奈を引き取った後も、実験は粛々と続けられた。しばらくは淡々と記録が綴られている。
 様子が変わったのは、数年してからのことだった。
 ある日、優香が突然源蔵を見て恐慌状態に陥ったのだという。しばらく様子を見て、彼女が怯えているのは源蔵個人ではなく、男性全般だということが分かった。
 暴行を受けたのではないかと危惧した源蔵は、優香の周りにいた研究員たちを取り調べた。しかしそういった事実はまったく出て来なかった。
 一週間が経過し、優香はようやく落ち着きを取り戻した。そして彼女は、
『恐ろしい夢を見た』
 と語った。
 まるで子供が言うような言葉だが、『他人の過去を夢で見る力』を持つ優香の場合、この言葉の意味合いはまるで異なってくる。
 源蔵は出産時に優香につけていた女医を経由して話を聞いた。優香の見た夢の内容を要約すると、『誰かが攫われた』『大勢の男たちが何かに群がっていた』『男たちはいつしか皆死んだ』『多くの子供たちが残された』というものだった。
 断片的な夢だったので優香にも全容は分からなかったらしい。ただ、その映像があまりに生々しく気持ち悪いものだったため、しばらくの間男性不審に陥ったという。
 それまでも遥の置かれている状況を夢で見ることはあったが、それについて優香はいつも『痛ましい』と語っていたらしい。この夢は、それとはまったく別種のおぞましさがあったという。
 次いで見たのは、廃墟の町の夢だった。
 どこかで火の手が上がり、周囲には瓦礫と死体が満ちている。空は曇天、大地には亀裂が走り、誰かが一人立ち尽くしている。
 その夢を、優香は何度も見た。
 毎回、細部が微妙に異なっていたらしい。だが、この夢については『同じもの』を見ているという確信があったという。
 気付いたのは何度目か。
 瓦礫の中に自分そっくりの姿を見つけた。一目で、それが幼い頃に生き分かれた遥の姿だと理解した。
 遥は命を落としていた。誰がどう見ても死んでいると分かるような、惨い死に様だったという。
 この情報を確認して、源蔵は急遽共犯者を呼びつけた。このとき既に源蔵は遥の居場所を把握していたが、彼女については共犯者に一任していたのだ。
『決して死なせるな』
 と厳命してはいるが、共犯者である男は源蔵の支配下にあるわけではない。また、素直に言うことを聞くような性格でもなかった。
 共犯者は源蔵の話した内容には興味を示したようだが、遥については『生きている』とだけ答えた。念のため源蔵は自ら遥のいる研究施設に出向いて確認したが、確かに彼女は生きていた。
 だが、と源蔵は疑問を抱く。
 これまでの実験結果から、優香の力は『他人の過去を夢で見る』ということが分かっている。しかし、遥が生きている以上、彼女が死ぬのは『未来』ということになる。
 この矛盾への回答は、すぐに出た。
 数日後、話したいことがあると言って優香に呼び出された源蔵は、そこで信じ難い説明を受けた。
『私が見ているのは、別の世界でかつて起きた出来事です』

「郁奈が見たのと同じ……!」
 思わぬ記述に、涼子は急いで頁をめくった。

 数多の平行世界で起きる惨劇。優香はそれを『いつか来る惨劇』と評した。
 惨劇の舞台は秋風市。それは、彼女が夢の中の瓦礫で何度か見覚えのあるもの――朝月学園や行きつけの喫茶店等――を目にしたことではっきりした。
 惨劇の被害者は、同市に住む数多の人々。その中には、遥・涼子も含まれている。遥は時折生きている姿を見ることもあったらしいが、涼子はいつも死んでいた。
 そして、源蔵にとって無視できなかったのは、その惨劇の渦中に子息・零次がいるということだった。
 零次はその惨劇で死ぬことはない。しかし、惨劇の最後に重い十字架を背負うことが約束されている。
 土門荒野の継承。
 惨劇は土門荒野の覚醒に始まり、土門荒野討伐を以て終わりを迎える。
 土門荒野の宿主である倉凪梢と草薙樵の死――そしてその後の新たな宿主となる久坂零次。その流れだけは、何度『夢』を見ても変わらない。
 あらゆる平行世界で約束された運命そのもの。
 何を犠牲にしても救おうと誓った我が子を待ち受ける、救いのない未来。

 その記述を見て、涼子は息を呑んだ。
 土門荒野に関する悲劇については、郁奈から聞いていた。だからというわけではないが、ある程度覚悟はしていた。
 しかし、その先に待ち受けているものについては考えていなかった。
 否。
 薄々そうではないかと不安に思ったことはある。
 ……仮に先輩たちが死んでしまったら、その内側にいた土門荒野はどうなる?
 郁奈や常盤の話では、土門荒野は宿主が死んでも消えることはない。ただ次の宿主の元に移り、新たに覚醒するための力を養っていく、らしい。
 ならば。
 秋風市での惨劇のあと、土門荒野が次の宿主として選ぶのは誰か。
 土門荒野の宿主になる条件は『異法人であること』だけ。それならば亨もいるし、遥や涼子とて本質は異法人らしいから、可能性はあるかもしれない。
 しかし、そのとき涼子は確信を持った。選ばれるのは零次だ、という確信を。そのときは、根拠がないと思考を打ち消した。それ以来、考えないようにしていたのだ。
 だが、それなら。
 あのとき、同じように根拠なく確信してしまったあの事柄は、どうなのだろうか。
 涼子は震える手で頁をめくる。
 その先にある記述を予測しながら。

 数多の世界で土門荒野の宿主に選ばれた零次は、惨劇を繰り返さぬよう旅に出る。
 土門荒野の問題を解決する方法を探す旅。そして、もし解決できないようなら、だれにも迷惑をかけず、自身の始末をつけるための旅。
 しかし、どこを巡っても土門荒野の問題を解決する糸口は掴めない。
 やがて彼は力尽き、草薙樵や倉凪梢と同じように命を落とす。
 ただ、彼は死してなお諦めなかった。救いがまったく見えない絶望的な結末に、肉体が滅びたあとも抗い続けた。
 絶望的な現実を否定し、希望ある嘘を求めた。
 その一念が、彼の魂を世界という枠から解き放った。
 彼の魂は、終わってしまった世界を捨てて、希望ある世界――すなわち土門荒野の惨劇がまだ起こっていない世界に移動したのだという。
 しかし、別の世界への移動は魂に相当の負荷がかかるらしい。その影響で、零次の魂は原型を失い、断片的な念が繋ぎ合わさった異形のものに変わってしまった。
 自身が何者なのか、なぜここにいるのか――それすら忘れてしまったその異形は、自身がこのまま朽ちてしまわぬよう、最後の力を振り絞って、ある場所に辿り着く。
 まだ生まれて間もない、その世界の久坂零次の元に。
 以上が、優香の見た『夢』の顛末だった。

 部屋を出た零次は、暮れの空を見上げながら溜息をついた。
 自分は何も分かっていなかった。
 二年前、涼子との間にあったわだかりを解消し、自分自身の抱えていた問題も打ち払うことが出来た。そう信じていた。
 しかし、実際はどうだ。
 父の思いも、自身の中に眠る『異形の悪魔』の正体も知らずにいた。
 いや、知らなかったことが問題なのではない。こうして直面して、零次は自分がそれらの事柄から逃げていたのだと痛感した。
 いろいろと理由をつけて、結局はすべての責を父に押しつけていた。自分が直接何かしたわけではない。ただ、加害者の家族として自分にも責任の一端はある――。
 そんな考えが偽善に過ぎないことを、零次は思い知らされた。
 優香の話を聞いて、父は焦ったのだろう。
 解決の糸口を見出そうとしたのだろう。
 そのために、久坂源蔵は薬を使った。優香の力を無理矢理引き出すための薬だ。
 何度も優香に『夢』を見させた。救いのない夢を延々と見せ続けた。そこから何かしらの手がかりを掴もうと、何度も彼女に薬を投与した。
 源蔵が優香の異変に気付いたとき、彼女の身体は病魔に蝕まれていた。
 当然だ。数多の世界で繰り返されてきた、死臭漂う救いなき『夢』たち。それを何度も強制的に見せられて、無事でいられるはずがない。
 優香の魔力泉はずたずたに裂かれ、彼女の内側に構築された魔力式は彼女自身を傷つけるようになった。無理な能力の乱用が、優香の身体を壊していったのだ。
 生きるために必要な最低限の魔力すら、身体に留めておくことが難しくなった。そこを病魔に付け込まれたのだ。
 事態に気付いた源蔵は懸命に動いたが、もう手遅れだった。
 言ってしまえば、優香を殺したのは久坂源蔵の執念と、この身に宿る悪魔だ。そしてそれは、どちらも零次に繋がっている。
 知らなかった、では済まされない。優香を死に至らしめたのは自分だ。
「お前は、何で来たんだ」
 胸を抑えながら呟く。答えはなかった。
 別の世界の自分。自らの現実を受け入れず、別の世界にまでやって来た愚か者。
 この悪魔が来なければ零次たち一家は迫害されることもなかった。父が狂気に走ることもなくなり、優香だって死なずに済んだだろう。
「俺は、お前のようにはならんぞ」
 零次は自分に言い聞かせる。
「俺は、お前とは違う。これ以上死なせないし、現実を否定したりもしない。だからせいぜい力を貸せ。そのためにこの世界にまで来たんだろう。これで役に立たないようなら、俺はお前を絶対に許さんぞ……!」
 そのときだった。
 零次の声に応えるかのように、どくんと鼓動が鳴り響く。
 それは心臓の鼓動のようでいて、まったく違うものだ。自分の存在自体が鼓動となって何かを鳴り響かせているような感覚に、囚われそうになる。
 ……応えているのか、お前が。
 自分の中に眠る悪魔。土門荒野を宿した別世界の久坂零次。
 それが、今更何に応えようと言うのか。
 ぐにゃりと、世界が歪んだような気がした。

 想像していた通りの内容だった。
 そのことが、涼子に軽い戸惑いを覚えさせる。
 久坂源蔵の遺した資料はいずれも驚くべき内容のものだった。
 理屈の上では、そう思っている。
 しかし実際のところ、涼子は正直ほとんど驚いていなかった。否、驚きはある。
 これら一連の資料を見て、ああやっぱりな、と思う自分自身にだ。
 知らなかったはずの情報を、涼子は途中から予測していた。普通なら予測できないようなことさえ、予測できるようになっている。
 何かがおかしいと思ったのは、資料を読み終えてからだった。
 予測していた。しかしそれはいつ予測したものだっただろう。
 随分前からしていたような気もするが、ついさっきのような気もする。自分の中で時系列がちぐはぐになっているような、奇妙極まりない感覚だった。
 こういう人世から切り離された場所に居続けたせいかもしれない。何か、自分によくないことが起きている、ということは分かる。
 見るものは見たし、外にいる零次に声をかけて早く帰ろう。
 そう思って立ち上がった涼子の正面に、いつのまにか人影があった。
 驚きはなかった。「やっぱりな」と思うだけだった。
 人影は、ついさっきまで外に出ていた零次だ。
 涼子は彼を正面から睨みつけて、言った。
「あなた――誰?」

 突然目が覚めた。
 目覚めはいつも突然だが――このとき零次はそう感じた。
 ぐにゃりと世界が歪んだような気がして、ふと気付けば、自分は横になっていた。
 車の中だ。涼子が運転してきた車の後部座席で、眠っていたらしい。
「あ、起きた」
 その声に零次は困惑した。それは涼子の声ではなかったからだ。
「……郁奈?」
「うん」
「僕もいるよ」
 運転席から男の声がした。見ると、それは幸町孝也だった。
「……幸町さん。なぜ、ここに?」
「郁奈から呼び出されたんだよ」
「郁奈が……?」
 見ると、郁奈は若干ばつが悪そうに顔を逸らした。
「何でも郁奈、君たちのことが心配でこっそりトランクの中に忍び込んでたみたいなんだよね」
「何っ……?」
 ずっといたのか。トランクの中に。
 問い詰めるような視線を向けると、郁奈は頬を膨らませた。
「だって心配なんだもん。考えなしの遥に無鉄砲の涼子にへたれのお兄ちゃんじゃ」
「散々な言いようだな」
 まさかへたれ扱いされる日が来るとは思わなかった。
 正直、今となっては否定できないが。
「……ところで、涼子は?」
 車の中に姿が見えない。どこにいるのかと視線を巡らせたが、どこにもいなかった。
「涼子は消えたわ」
 郁奈が真剣な面持ちで言った。
「私、二人が車を離れてからこっそりトランク出て、様子を見てたの。アパートの部屋に入ってって、しばらくしたらお兄ちゃんが出てきた。で、何かぶつぶつ呟いてたと思ったら突然倒れて……」
「その後は?」
「びっくりして、お兄ちゃんのこと起こそうとしたの。でも全然反応ないから、涼子呼ぼうと思って部屋に入ったんだけど、そのときはもう誰もいなかった」
「……」
 どういうことだ。
 郁奈が嘘を言っているようには見えない。しかし、それだと涼子は突然消えたということになる。
「妙な気配とかはしなかったのか? その……何かぐにゃりと歪むような」
「歪むような……という感じではなかったけど、少し変な感じはしたよ」
「変な感じ?」
「うん。なんて言うか、こう……」
 郁奈は両手を一旦合わせて、それを少しずらしてみせた。
「こんな風に、お兄ちゃんが二重に見えた感じ」
「俺が、二重に……?」
「うん。一瞬だったし、見間違えかとも思ったんだけど……見間違えかな」
「いや」
 見間違えではないかもしれない。
 零次は嫌な予感を抱いていた。
 一瞬だが、零次が二重に見えた。
 二人の零次がいたように見えた、ということだ。
「……」
 声には出さず、零次は静かに『悪魔』の力を解放しようとした。
 しかし、出ない。
 うまく制御できない、という感じではなかった。
 大元の力そのものが――『悪魔』の力自体がなくなっている。
「間違いない」
 零次は苦り切った表情で言った。
「涼子はさらわれたんだ。もう一人の俺に……」