異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
冬塚涼子と久坂零次の章「冬塚涼子と次の一手」
 土門荒野の正体は、一夜と未了の最初の子。
 つまり、涼子にとっては異父兄弟ということになる。
「……」
 どうにかしなければならない災厄。その意外な正体に、しかし涼子は驚かなかった。どこかで何となく予想していたからだ。
 零次の父のアジトで彼を見たときにも感じた奇妙な感覚。まったく知らない筈のことなのに、なぜか予想がついていた。
 そう、古賀里白夜の話を聞く前から。
 ……常盤は私も異法を持っている、と言っていたけど、これがそうなの?
 実のところ、涼子は自分の異法が正確にはどんなものなのか把握していない。
 常盤はそもそも遥や涼子の力について、大雑把なことしか分かっていなかった。特に涼子は生まれて程なく泉の里が崩壊したこともあって、詳しく調べている時間はほとんどなかったのだという。
 ただ、常盤はこう言っていた。
『優香には他人の過去を見る力があった。遥の力はおそらく他人と魔力のような不可視要素を共有するものだわさ。それを運命は『現在の共有』と称していたのよ』
 過去。現在。それに続く涼子の力は、未来に関するものだ、という。
『そう予測したのは運命よ。あいつは運命を読む力があった。自分の死後のことまでは読めないって言ってたけど……涼子、あんたのことはぎりぎり読むことができた。読んで、あんたの力を、未来を他者に伝える力だと称した』
 だからこそ、この力は危険で、取り扱いが難しい。
『未来というのは不確定であればあるほど良い。運命はそうも言っていた。なまじ自分は先読みが出来過ぎるために、敷かれたレールの上を歩く生き方しか出来なかった、とも言っていた。逆らったのは、未了と結婚したときくらいだって言ってたね』
 未来を知るということは、その未来に捕らわれてしまうということだ。自分がレールの上を走る列車であると認めてしまうのと同じことだ。
 列車がレールを外れるのは難しい。よしんば外れることが出来たとしても、ただ脱線するだけでは大事故になってしまう。
 切り替えポイントを見極めなければならない。そして、切り替える勇気を持たねばならない。この両方がなければ、未来を知ると言うのは不幸でしかない。
 だから、涼子は常盤に異法人としての力を戻してもらわなかった。自らの能力の説明を受けて、咄嗟にその扱い難さと危険性を理解したからだ。
 しかし、今にして思えば不自然なくらいすんなりと理解できた。父の推測を常盤から聞いただけで、そこまで危険性が見えてしまっていた。思えばあのとき既に、力の片鱗は現れていたのかもしれない。常盤の手を借りずとも、遥や涼子の異法は本質を取り戻す可能性があるのだという。
 なぜか、急にそんなことを思った。
「……話の続きは、しないの?」
 先程から、彼と白夜は沈黙を続けている。まだ一夜のその後と、白夜や先程の少年の正体がはっきり掴めていない。
 話は、まだ終わりではないはずなのだ。
「すまないが、少し静かにしてもらえないか」
 彼が、白夜ではなくこちらに声をかけてきた。
 少しむっとしたが、彼の声色には余裕がなかった。よく見ると、彼と向き合っている白夜の表情も、若干険しくなっている。
「……もしかして、話の続きができない状況なの?」
「そうだ。俺たちの内側にいる君には分からんだろうが、この書店は今取り囲まれている。今気配を探っているところだが」
「……五十、というところかの」
 こちらの会話に応じたわけではないだろうが、白夜が静かに言った。
「タイミングが良過ぎる。おそらく先程の小童の仕業であろうが、早い」
「あの子供に、これだけの大人数を動かす権力があると?」
「人間を動かすのに必要なのは権力ではない。理由よ」
 白夜は物音一つ立てずに腰を上げた。
「おそらく武断派の魔術師や退魔士であろう。手強いのは五・六人と見た」
「程々の使い手は三十人前後だ。二人で相手をするのは骨が折れる」
「それに、おぬしは極力戦闘を避けたいのではないかな」
 彼が、ほんの僅か動揺する気配を感じた。
「先程の戦いで傷ついたその胸の傷。それを放置しているのは、おそらく回復したくとも出来ぬからであろう。主からの魔力供給が途絶えた使い魔のように、おぬしは今、主から独立している代わりに、補給が得られない状態にある」
「……」
 彼は答えなかった。しかし、涼子は白夜の推測が正しいことがなんとなく分かった。加えて言うなら、今彼は何かしらの理由で主――この世界の久坂零次の元に戻れない理由があるような気がする。
「ついて来るがいい。この場を潜り抜けるのに協力してやる」
「なぜ?」
「わしも一緒に逃げた方が良さそうだからの。もし取り囲んでいる連中の背後にあの小童がいるのであれば、わしも危ない。簡単に死ねない状況になったからの」
 白夜は手にした杖で、本棚の隙間を突いた。すると、音もなく一部の畳が開き、地下に降りる梯子が見えた。
「こういうときのために作っておいた脱出口よ。中は迷路になっているうえに結界や罠が張り巡らされておる。わしから離れるでないぞ」
 言いながら、白夜はすたすたと降りていく。老人の身のこなしとは思えなかった。
「ねえ」
 後に続こうとする彼に、涼子は話しかけた。
「これから先のことだけど、零次のところに戻るのは難しいの?」
「……まるで、戻れないことを知っているかのような聞き方だな」
「いや、まぁなんとなく、なんだけど」
「未来を察したか」
 ぎくりとした。
 彼は、異なる世界の記憶を持っている。もしかしたら、涼子の力について知っているのかもしれない。
 涼子の動揺を察したのだろう。彼は続けた。
「君の力は概ね把握している。未来に関する力だ。ただ、それがどのように現れるものなのかは分からない。世界によって、君の力の形は微妙に異なっている」
「え、そうなの?」
「どの世界でも、冬塚涼子が生まれてから式泉運命が土門荒野に喰われるまで、時間がなかった。おそらく式泉運命は、冬塚涼子の力の本質を理解しつつ、どう制御すればいいか決断しかねているのだ。どの世界でもな。あまり熟考の余地がなかったせいで、冬塚涼子は優香や遥ほど安定した『異法の制御術式』を埋め込まれていないのだろう」
「……私をここに閉じ込めているのは、私の力がどういう形か分からないから?」
「そうだ。厄介なことに、冬塚涼子の力は一度発現すると取り返しがつかなくなるようなパターンもある。発現させないのが一番良い。異法そのものである俺たちの内側にいれば、ある程度その可能性も薄くなると思っていたのだがな……」
 残念そうに言う。しかし、涼子も好きで発現させようとしているのではない。責められたってどうしようもない。不可抗力というやつだ。
「あと、最初の質問だが――君の予測通り、今久坂零次の元に戻るのは厳しい。戻れば俺は再び奴の中に取り込まれる。そうなると、今みたいな形で君をここに置いておけなくなる」
「戻った場合、私はどうなるの?」
「俺たちの中から弾き出される。久坂零次の近くに、だろうな。そして、今はそうなると非常にまずい」
「今は? 零次たちの身に何か起きてるのね」
「ああ。こちらと同様、向こうも何者かに追われているようだ。本人はまだ気絶したままのようだが――おそらく、これは郁奈と幸町かな。二人が側にいるようだ。……む、起きたようだ」
 呑気な奴め、と毒づく。自分と同じ存在だからだろう。言い方がきつい。
「……ただ、これで希望が見えてきたな」
「そうね。どの世界でも死んでいた古賀里白夜さんを助けることができた」
「倉凪梢を救うことも、夢ではないな」
 先程とは違い、口調が優しげだった。もしかしたら、気を使ってくれているのかもしれない。
 ……苦労したのかな。
 少なくとも、今の零次では、こういった気配りは期待できそうにない。そういった不器用なところも、零次らしくて良いと思うこともあるのだが。
 少しだけ気が楽になったので、涼子も明るめの口調で言う。
「助けるのは先輩だけじゃないわ。草薙樵も、他の皆も」
 運命を変えるくらいの覚悟がいる。以前自分が遥に言ったことだ。
「――土門荒野も、全部まとめて助けるのよ」

「……はい。十分に気を付けてください」
 電話を切る。榊原は冷静だったが、美緒は大分弱っているようだった。
 振り返ると、幸町と眼が合った。そのすぐ隣では、郁奈が寝息を立てている。
「どうかしたのかい、少し表情が強張っているようだけど」
「倉凪が姿を消したそうなんです。遥も、俺たちと別れてから行方が知れないらしく」
「……なるほど。それはまずいね」
「ただ、榊原さんと美緒は安全な場所に避難できたそうです。しばらくは亨が警護するらしいので、まず一安心だと思います」
「遥君は草薙樵に会いに行ったんだったか」
「はい。亨宛に、ホテルの予約をしたという連絡があったそうですが、それきり。亨はそのことを倉凪に聞かれたと言ってましたので、おそらく遥を探しに出たのだと思います」
「調査を中断して彼らの捜索に行く――というのは駄目だよ?」
 幸町に釘を刺された。その点については、言われなくても分かっている。
「涼子と同じ理由ですね。手掛かりがなく、時間もない。なら、俺たちは俺たちが確実に出来ることから片付けていかなくてはならない」
「そういうこと」
 言いながら、幸町はベランダに出た。ここはホテルの一室だ。近くには、零次の父のアジトが一つある。
 眼下にはそれなりに数の光が見えた。都会と言うわけではないが、それなりの人々が暮らしているようだ。
 この町は魔術師たちの匂いが薄い。万一追いつかれたとしても逃げやすいのだ。特定の魔術師が要塞みたいに加工した都市や、魔術の媒介になる自然物だらけの山中などと比べれば、ある程度人のいる都会の方が安全なのである。
「煙草、吸われるんですね」
 幸町は、ゆっくりと煙を吐き出して頷いた。
「常用はしてないけどね。冷夏が嫌がるんだ。久坂君も、冬塚君が嫌がることはしないよう注意するといいよ。それが、楽しく長く付き合っていくポイントだ」
「はあ」
「やるならばれないように。そして、必ず理由を持っておくこと」
 幸町はもう一度煙を吐き出した。
「気分が、落ち着くんだ。いろいろあったとき、夜に高いところで夜景を見下ろしながら一服するんだ。そうすると、頭が冴えてくる」
「そういえば、霧島もたまに吸ってました」
「あいつはポリシーも何もない。気が向いたら吸うって感じだった。それじゃいけないといつも反対してたんだけどね」
 備え付けの灰皿に煙草を入れて、幸町は少し寂しげに笑った。
「なんというかね。郁奈を前にすると、僕も冷夏も何も言えなくなっちゃうんだ」
「……何も?」
「僕らにとって、君の父親は仇敵で、直人は親友だった。けど、郁奈は僕らと違う。君の父を実の父のように思っているようだったし、直人や優香さんのことはどこか遠い存在だと思っているようだった。だから、どちらの話も出来なかった。本当は、いろいろ聞きたいんだろうけどね、あの子も」
 郁奈は『夢』の影響か、かなり大人びた精神を持っているようだった。
 自分と冷夏や幸町たちの違いを察して、親の話題は避けるようにしていたのかもしれない。冷夏や幸町も、そんな彼女のことを思って、その話題に触れずにいた。
「そういう意味では、君が羨ましい、と正直思う」
「俺が、ですか?」
「君は直人とも親しかったんだろうけど、お父さんのことも一概に悪いとは思ってないはずだ。別にそれを責めるつもりはないんだ。ただ、君と郁奈の視点はとても近い」
「……」
「同じ目線で語れる。親子であれ兄弟であれ友達であれ恋人であれ、そういう相手がいるということは、それだけで幸せだと思う。ただ、僕や冷夏では郁奈のそういう相手になれない。人っていうのは、難しいものだね」
「でも、郁奈は幸町先生や冷夏さんのこと、とても大事に思ってるんじゃないですか。俺には、そう見えます」
 ありがとう、と幸町は言った。
 その日、郁奈はずっと眠ったままだった。

 白夜の地下道を抜けた二人(涼子も含めると三人)は、その足で涼子の部屋までやって来ていた。
「ここはまだ張られてなかったようだの」
 周囲を見渡して白夜が言う。彼も頷いた。
「やはり、先程のは白夜翁、あなたが狙いだったのだろう。俺たちが標的だとするなら早過ぎる。自分であなたを始末し損ねた場合の保険だ」
「現時点で判断するのは早計だと思うがな……。さて、わしはここで待っている。必要なものがあれば取って来るが良い」
 涼子たちがここに戻って来たのは、常盤から貰い受けた式泉運命の資料を回収するためだ。特に必要ないと思って置いていたのだが、零次たちまで何者かに追われているという状況を考慮すると、このまま置いておくのは危険な気がする。
 それに、白夜から聞いた話を元に洗い直せば、有力な手掛かりを掴めるかもしれなかった。
 涼子の部屋は、出かける前と同じ状態のようだった。
「左手に寝室があるから、そこに入って。四段ラックの上から二段目に、まとめて置いてるわ」
「……いいのか?」
「寝室に入ること? 別にいいわよ、見られて困るようなの出してないし」
 整理整頓は割とまめにやるのだ。友達を家に呼ぶことも多いから、自然と片付けるのが習慣になったのである。
 二年前なんか、どこぞの誰か(一応義兄という扱いになる)が無遠慮に何度も入り込んでいたのだ。今更気にするようなことでもない。
 ファイルはすぐに見つかった。彼はそのまま部屋を出ようとする。
「あ、待って。書き置きお願いしていい? もしかしたら、零次たちもここに来るかもしれないし」
「ああ、分かった。君の無事を書けばいいんだな?」
「それもあるけど――さっきの子供のこと。白夜さんの話も書きとめておきたいけど、さすがに長いから。子供に気をつけろって、書いておいた方がいいでしょ」
「なるほど、確かにそうだな。あの子供の能力は未だ不明だ。迂闊に近づくと大変なことになりかねん」
 彼は涼子の机にあったペンで、こちらの現状を簡単に書きとめた。これを零次たちが目にするかは分からないが、何もしないよりはいいだろう。
 外に出ると、白夜は先程と変わらない姿勢で待っていた。
「資料は?」
「彼女と同じように俺の中に入れておいた。今は彼女が読み漁っている」
「左様か。それで、これからどうするかアテはあるのか」
「ああ。白夜翁、悪いがご同道願えるだろうか」
「場所にもよるな。魔術師どもが多い場所は御免だが」
「その点は安心してくれ。人間の魔術師は、一人いるかいないかという程度だ」
 そこは、涼子が提案した場所だった。白夜の話を聞くのに都合が良く、運が良ければもう一つの目的も果たせるであろう場所。
「次の目的地は泉の里。そこで――あなたの話を最後まで聞かせてもらおう」