異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
冬塚涼子と久坂零次の章「冬塚涼子と真泉未了」
 常盤は不眠不休で涼子の能力修正に尽力してくれた。約二日。彼の中では睡眠等が不要になるとは言え、精神的に同じ事柄に取り組み続けるのはさぞかしきつかったのだろう。今は彼の外に出て、ぐーすか眠っている。
 涼子も久々に彼の外に出ていた。改めて向き合ってみると、彼はやはり零次によく似ていた。あの子どもにつけられた傷はまだ残っている。
「どうだ。繋がりそうか」
「……駄目みたい」
 榊原に話を聴こうと思ったのだが、電波が届いていなかった。あちこち動いてみたがどこも駄目だった。泉の里から離れないと連絡を取るのは難しそうだ。
「力の方はどうだ。思った通りに制御できそうか?」
「ええ、問題なさそう。多分こういう形であれば、あなたが危惧しているような問題は起きない」
 様々な事象とその流れを自動的に解析し、未来を極めて正確に予測する。それが涼子の力の本質だ。その力の範囲は広く、何を元にどんな未来を予測しているのかは、力の持ち主である涼子にすら把握できない。
 だから、涼子はその力の範囲を狭めて、自身で把握できるようにしようと考えた。出来ることは大幅に減ったが、その分この力がもたらす悪影響も最小限に抑えられる。
「なら、先に未了たちの話を聴くべきだな」
「いいの? 常盤、まだ寝てるけど」
「構わんさ。彼女自身、自分は寝るからあとはよろしく、と言っていた」
「うーん、まぁそうだけど」
 協力してもらった手前、勝手に話を進めてしまうのは気が引ける。だが、そもそもあまり悠長にしていられる状況ではない。だからこそ常盤にも無理をしてもらったのだ。
「分かった。じゃ、話をさっさと聴いちゃいましょうか。母さんと白夜さん、二人とも里の中にいるのよね」
「ああ。白夜翁は普段里の外れにある池で釣り糸を垂らしている。未了は里の内外を頻繁に出入りしているが、今は中にいるようだ」
「ええ。ここにいますよ」
 部屋の出入り口のところから、未了の顔が見えた。逆行で顔がよく見えないのと、気配をまるで感じなかったのが少し怖い。
「涼子が出てきたのが分かったのでこちらに戻って来たのです。涼子、先程連絡がありました。遥は峠を越したようです」
 未了は携帯電話を掲げて言った。正確には携帯電話を模した連絡用端末で、一般の回線には繋がっていないらしい。同種の端末を持つ相手とだけ交信可能な魔術道具だ。未了は上泉陰綱という護衛役に対してのみこれを渡しているらしい。
 が、未了は手にしていた端末をそのまま涼子に手渡した。掲げたのは見せるためではなかったようだ。
「貴方にもこれを渡しておきます。何かあったときは私か陰綱にすぐ連絡するようにしてください」
「あ、ありがとう」
 改めて手にしてみると、細かい部分が携帯とは異なる。番号のボタンはダミーのようで、押してみてもまったく反応がなかった。
「常盤の様子からすると、涼子の力の修正は無事に完了したのでしょうか?」
「ああ。暴走するようなことはないだろう。準備は整っている」
 彼の返答を受けて、未了は若干物憂げな表情を浮かべた。
「では、話す必要があるということですね」
「……白夜翁がいないから、今のうちに言っておく。我々は白夜翁からある程度の事情は聴いている。が、翁の証言だけだからそれが事実かは分からない」
「古賀里の長老から?」
 未了が訝しげな表情を浮かべた。
「貴方たちが土門荒野の調査を行っていること、その過程であの方を訪ねたということは把握しています。しかしあの方は土門荒野と無関係のはず。魔術同盟や謎の追跡者から逃れるために同行してきただけ……ではないのですか?」
「ああ。我々もあの老人の正体を掴みきっているわけではない。その点を聴き出そうとはしたのだが、魔術同盟のせいで話が中断されてしまった」
 そこから、彼は白夜から聴き出した話の要点を未了に説明した。
 未了の最初の夫、一夜。二人の間に生まれた子ども、晃夜。家族を襲った人間の魔術師たち。三人が迎えた悲劇の結末。
 彼が淡々と説明するのを、未了は眉一つ動かさずに聴いていた。本当なら顔を背けたくなるような話のはずだ。だが、その表情は能面のように動かない。
 そして、最後まで聴いて未了は頷いた。
「その話はすべて本当です。ただ、土門荒野が晃夜だという点については、確証がありません。そうではないかと薄々感じてはいましたが」
「回答、感謝する。……となると、ますます白夜翁の正体が気にかかるところだな」
「本人は何か仰っていたのですか?」
「一夜の魂から生み出されたものと語っていた。しかもそれは白夜翁一人ではないらしい。我々を襲撃した正体不明の追跡者も、一夜の魂から生み出されたものだと言っていたな」
 一夜の経験を自分のことのように語っていたのも、その出自が関係しているのかもしれない。
「……そうですか。一夜の」
 未了の表情は晴れない。式泉運命という夫を迎え、そして失った。そんな今の彼女にとって、最初の夫である一夜はどういう存在なのだろう。遠い存在なのか。それとも今尚心に色濃く残っている存在なのか。
「ちなみに、母さんの方で土門荒野について他に掴んでることってない?」
「確証はありませんが、土門荒野の目的は魔術師の殲滅だと考えています。過去に土門荒野が現れたのは、魔術師の里やその近辺がほとんどでしたから」
「白夜さんと同じ意見ということね」
 それも、土門荒野が晃夜だと仮定すれば納得がいく。自分の面倒を見てくれた冬塚の叔父叔母が未了や一夜のような目に遭ったら、涼子とて復讐せずにはいられないかもしれない。
 未了はそれ以外の情報を持ち合わせていないようだった。この点については、むしろあまり知らないということに安堵した。何か決定的な情報を持ちつつ黙っていたのだとしたら、父があまりに気の毒だ。
 未了は土門荒野について何か隠していたわけではなく、確かなことが分からなかったから、はぐらかすことしかできなかったのだろう。
「では、やはり白夜翁の話を聴く必要があるな。翁の言葉が出鱈目ではないことは証明できたわけだし」
「母さん、白夜さんは見た?」
「姿は見ていません。結界の内外を出入りしていた様子はないので、里の中にはいると思います」
「なら、いつものように釣り糸を垂らしているのだろう」
 彼と未了の三人で、里の外れにある池まで歩く。彼が先を歩き、涼子は未了と並んで歩くことになった。
「……ねえ、母さん」
「なんでしょう」
「母さんは、その……泉の里のこと、恨んでたりする?」
 夫と子どもから引き離され、筆舌し難い恥辱を味わわされた。泉家はそういう泥水の中から生まれた家だ。始祖と崇め奉られながら、未了は千年以上の間、どういう気持ちで彼らと共に過ごしてきたのだろう。
 ほとんどそういう意識はないが、自分も泉家に連なる者だ。母の憎しみの延長に自分もいるのだろうか。そう思うと、少し不安になる。
 だが、未了は頭を振ってそれを否定した。
「確かにあの経験は私にとって辛いものでした。今でも当時のことを思い返すと身体が震えてしまいます。でも、それでも生まれてきた子どもたちに罪はありません」
 笑みこそ浮かべていなかったが、未了の表情は穏やかなものだった。無理をして言っているようには見えない。
「私を辱めた魔術師たちのことは当然恨んでいます。しかし、泉家は私にとって大切な子です。望んで生んだ子どもたちではありませんでしたが、その存在に救われたこともあった。すべてを失った私がこうしていられるのは、泉家があったからこそです」
「……そっか」
 少し安心した。何に安心したのかと言われると答えにくいが。
 目的地の池まであと少しというところで、彼が足を止めた。未了も表情を険しくして立ち止まり、周囲に視線を走らせる。
「どうしたの?」
「結界に反応がありました」
「誰かが入り込んできたようだ。……いや、誰かという規模ではない」
「ええ。およそ五十というところでしょう。いずれもかなりの使い手のようです」
 魔術同盟がここを嗅ぎつけたのだろうか。
「さて、どうするか。未了さん、貴方は彼らに顔は利くのか?」
「あまり馴染みはありません。同盟とはつかず離れずの付き合いでしたので。これまでは私の立場を尊重してくれることも多かったのですが、ここに突入してきた以上、私の言葉で彼らを止めることはできないでしょう」
「見て」
 涼子たちの正面に、何人かの男女が立ち塞がった。サラリーマン風の男や学生服を着た女子等、見た目に統一感がない。ただ一点共通しているのは、まるで隙がないということだ。
「真泉未了殿ですね」
 先頭に立った男がよく通る声を張り上げた。まだ若いようだが、一団の代表らしい。
「私は安倍家に属する川島という者です。魔術同盟の意向により、貴方たちを迎えに参りました」
「人の拠点に無断で立ち入るとは、穏やかではありませんね。ここがどういう場所か、貴方たちはご存知と思いますが」
「非礼は重々承知しております。しかし事態はそれだけ重いのです」
「……同盟は何用で私たちを呼んでいるのです? いえ、まず誰が私たちの捕縛を命じたのですか」
「捕縛など」
「周囲を囲んで無理矢理同行を求めようとしている。これが捕縛でないと?」
「……」
 川島と名乗った男は僅かに視線を逸らした。どうやら彼はあまりこの任務に気乗りがしないらしい。だが、投げ出すつもりもないようだ。頭を振って未了に向き直る。
「誰が、という点については我らも知らされておりません。同盟がそういう組織構造だということは貴方もご存知のはずでしょう。ただ、理由は聞かされております」
「理由とは」
「土門荒野を復活させようとしている。その疑いがかけられているのです」
 未了は怪訝そうな表情を浮かべた。
「私が? 土門荒野は私にとって夫・式泉運命の仇とも言うべき相手です。それをなぜ復活させなければならないのですか」
「詳しい理由までは聞かされていません。しかし日本中の魔術師の家々にその情報が出回っている。これ以上捨て置くことはできない、と上の方々も判断したのでしょう。実際、草薙樵や倉凪梢の同行はここ最近になってよく分からなくなっている。それと同時期に貴方も同盟から急に距離を置くようになった」
「それは……」
 言いかけて未了は口をつぐんだ。
 眼前にいるのは川島をはじめとして、皆組織の末端に位置する人々のようだ。彼ら相手にいくら話したところで効果は薄い。
 川島と未了が話している間、涼子はじっと川島や周囲の人々を注視していた。
 問答無用で捕らえようとしないところを見ると、川島はまだ話が通じる。周囲の人間も川島の話に割り込もうとはしない。同じ家――安倍家の所属なのかもしれない。
 この状況で採り得る選択肢は三つだ。戦うか、逃げるか、大人しく同行するか。
 それぞれの選択肢を思い浮かべた途端、自身の内側で何かが動くのを感じた。
 脳裏に浮かぶのは三つの道筋。その先に移るのは、それぞれの結末。
 戦ってこの場を切り抜けることは可能だが、彼が力尽きてしまう。残った涼子と未了は、そのうち魔術同盟に追い詰められる。逃げた場合、彼が力尽きることはないが、大量の魔術師に追われることになる、という点は変わらない。逃げている間に時間は過ぎていき、すべてが手遅れになる。
 これは涼子の推測ではない。涼子の力が見せる極めて正確な未来予知だ。
「母さん、ここは一旦彼らに同行しましょう」
 話しながら、周囲の反応を用心深く見つめながら、涼子は言葉を重ねていく。
 ただ同行するだけでは駄目だ。魔術同盟を利用してこちらの動きを封じ込めようとする何者かの思惑通りになってしまう。
「ただし、あの川島さんという人の安倍家預かりという形で。あの人たちは直接こちらに害意があるわけじゃないみたいだから、話せば分かってもらえるかもしれない」
 選択肢を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。今のところ問題のある未来は視えてこない。決して良い状況ではないが、思ったほど酷い状況というわけでもないようだ。
 未了は一瞬何かを言おうとしたが、涼子が何かを視ていることに気付いたのか、やや逡巡した後に頷いた。
「川島と言いましたね。承知しました、同行しましょう」
 未了が急に態度を変えたことに、川島は困惑しつつも安堵した様子を見せた。
「ただし、我々としても近頃の同盟の動きには不安があります。魔術同盟の魔術師に同行するのではなく、安倍家の魔術師に同行する、というのがこちらの条件です」
「……つまり、他の家が貴方の身柄を求めても応じるな、と?」
「はい。もし安倍家が引き渡しに応じるような素振りを見せれば、私は安倍家に信義なしと判断し、相応の手段を取らさせていただきます」
 未了がどういう手段を取ろうと考えているのかは分からない。ただ、その言葉を受けて魔術師たちは微かに怯みを見せた。
「私の一存では確たることをお約束できかねます」
「できなければ、この場で相応の手段を取るだけです」
 未了の言葉には妙な凄味があった。一歩も譲らない。神聖不可侵の泉の姫君。そういう自分の立場を自覚した振る舞いだろう。少し怖い。
 川島は苦い表情を浮かべていた。確かに彼の立場ではそうはっきりしたことは言えないのかもしれない。それでも言わねば、ここが修羅場になりかねない。立場上相対しているものの、少し気の毒だった。
「……承知致しました。この川島孝弘。泉の姫君に誓いましょう」
「ありがとうございます」
 礼を言われて、川島はますます渋い顔をした。そんな彼の元に別の魔術師らしき人が駆け寄って、何かを耳打ちした。川島はとうとう頭を抱えてしまう。
「どうかされたのですか」
「ああ、ええ。……隠しても仕方ないので正直に白状しますが」
 川島は半ば投げやり気味に耳打ちされたことを伝えた。
「同様にご同行いただこうと考えていた古賀里の翁に、逃げられたようです」

「……土門荒野復活を目論んでいる疑いか」
 トラックの荷台で紙片を手にしながら、零次は嘆息した。
 別行動を取っていた幸町が何らかの方法で送って来た紙飛行機型の使い魔だ。そこには幸町が調べてくれた魔術同盟の動向が簡潔に記されていた。
 十月半ば頃。零次たちが泉の里に行った前後から、魔術同盟では土門荒野に関する噂が急速に広まっていった。当初これは古賀里白夜の報告がきっかけだと考えていたが、白夜本人はこの点を否定しており、自分を騙る何者かの仕業だと言っていた。
 そして、十月下旬。榊原邸が何者かの襲撃を受けて零次たちが動き出した頃、魔術同盟の間では榊原家の面々や真泉未了らが土門荒野を復活させようとしている、という噂が広がった。魔術同盟は魔術の『家』が緩やかに繋がっており、それぞれの結び付きはさほど強くない。そのうえ『家』は血族主義で排他的なため、噂の出所を探ることはできそうにない――と書かれている。
 無論噂だけで動くような組織ではない。だが、その前後に遥が行方不明、梢もいずこかへ姿を消したという。真泉未了とその護衛である上泉陰綱までもがしばらく消息を断っている。
「杞憂ならそれでいいが、無視しておくことはできない……そう判断したわけか」
 零次たちからすれば、姿をくらましているのは元々榊原邸を襲撃した何者かに備えてのことだったが、裏目に出てしまったようだ。黒幕はそこまで見越して榊原邸を襲撃したのではないかと勘繰ってしまう。
「それで、孝也はどうするって?」
「冷夏さんと合流を試みるそうだ。どうも冷夏さんは俺たちに近しいという理由で飛鳥井本家に勾留されているようだが、本家にもそれなりに冷夏さんの味方はいるらしい。脱出できる算段はあると書いてある」
「まあ、孝也がいるなら大丈夫でしょ。戦いに関してはからきしだけど、何かを企むことにかけては天才だから」
「それ、褒め言葉だよな……?」
 ただの紙片となったそれを粉々に千切りながら、零次は空を見上げた。
「土門荒野の復活を目論んでいるのは、黒幕の方だ。俺たちに魔術同盟を差し向けたのは、おそらく俺たちが邪魔だからだろう。となると――黒幕は倉凪や草薙の近くにいると考えるべきだ」
「なんで?」
「魔術同盟が追っているのは俺たちだけじゃない。倉凪や草薙のことも追っている。しかし土門荒野復活を目論む立場として考えると、同盟に倉凪たちの身柄を押さえられるのはいかにも都合が悪い。同盟の目を倉凪たちから逸らして俺たちに向けるよう、今もどこかで暗躍してるんじゃないか」
 そして零次たちの身柄を同盟が押さえたタイミングで、倉凪や草薙に何かしらのアクションを起こし、土門荒野復活にこぎつける。それが黒幕のプランのはずだ。
「でも、それじゃあの子どもは違うの? わざわざ九州まで追いかけてきたら、梢たちからは相当離れちゃうよね」
「違う可能性もあるが、あの子どもが黒幕の可能性もある。あのとき俺たちを襲ったのがすべて分身という可能性があるだろ」
 黒幕の正体を断定するのはまだ早い。だが、今すべきことはだいたい見えてきた。
「榊原さんや美緒のことは任せて大丈夫だ。俺たちは倉凪もしくは草薙の行方を追うことを第一に考えよう。おそらく――そのまわりに黒幕は潜んでいる」