異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
Walk Together「草薙樵」
 ――どれほど歩いただろう。
 自らが歩んできた道のりも、費やしてきた時間も、何もかもが曖昧で不透明だ。
 森はいつの間にか消えて、周囲は見渡す限り荒野で埋め尽くされている。
 荒野にはところどころ柱のようなものが見えた。それが墓なのだと分かったのは、ある柱に近づき、そこに名前が彫られているのを確認したからだ。
『長泉新』
 柱は追いかけてくる。近づくことはできるが、一定の距離を越えて離れることはできない。どこまでもついてくる。決して逃がしてはくれない。
「なんなんだ」
 たまりかねて、とうとう声を上げる。
「どこまで行ってもきりがない。この道は正しいのか? 正しいならいつまで歩けば良い? 誰か答えを知ってるなら――教えてくれ!」
 応える声はない。
 柱はただそこにあるだけだ。何もしてくれない。
 荒野に、他のものはない。誰もいない。
 一人きり。砂塵の荒野で立ち尽くす。
 疲れて、座り込んだ。
 ――戯れに、土くれを使って泥人形を作ってみた。
 自分しかいないこの場所に、他の誰かが欲しかったのだ。
 泥人形は二体作った。一体だけでは寂しいだろうと思ったからだ。自分には泥人形の心情など分からない。だから、互いのことが理解し合えるような相手を用意してやったのだ。
 そんな思いが通じたのか――作られた泥人形は自分の意志を持っていた。言葉は持たないが、こちらの意志とは関係なく動く。
 再び歩みを再開したとき、泥人形たちはさも当然であるかのようについてきた。

 熱い。そして、痛い。
 自分の状況が分からない。
 目の前には、心配そうにこちらを覗き込む二人の男女の姿があった。
「夕観……フィスト……か……?」
 何度も口にした名前だ。間違えるはずもない。
 そこでようやく自身が置かれている状況を把握する。一言で言ってしまうと重体だ。
 道理で熱くて痛いわけだ。全身が危機的状況に対して悲鳴を上げているのだ。
 心配そうな二人の表情が、一転して呆れ顔になる。
「その調子なら大丈夫そうね」
「相変わらず無茶ばかりするな。お前、自殺願望でもあるのか」
「そこまで考えてないでしょ。何も考えずに突っ込んでいっただけよ」
「……うるせ」
 喉の奥がひりひりする。内臓まで燃やされたような感覚だ。
 だが、身体の痛みとは裏腹に心はどこか清々しかった。草薙樵の身体がなぜこんな有様なのかは分からないが、彼はこの痛みを受け入れているようだった。
「でも、真面目な話」
 夕観が目を細めて、樵の鼻先に指を突き付ける。
「あんたのやり方は危なっかし過ぎるわ。何をそんなに生き急いでいるの? いや、死に急いでると言った方がいいのかしら」
「なんだよ、大袈裟だな。いつものことだろうがよ」
「いつもそうだから言ってるのよ」
 夕観の目はいつになく真剣だ。フィストも表情には出さないが、どこか険しい雰囲気を醸し出している。
「……まあ、否定はしねえさ。俺にはそういうところがあるのかもしれねえ」
 そろそろ黙っているのも限界かもしれない。
 二人にははっきりと伝えていなかったこと。自分の中にいる土門荒野のことを、そろそろ伝えておいた方が良いだろう。
 樵はなるべく感情を抑えつつ、幼い日のことを語った。古賀里白夜によって連れ出され、古賀里の村で二人に出会うまでのことを。
 自分の中には土門荒野という得体のしれない爆弾があるということ。もしそれが起爆したら自分を保てなくなり、いつか死ぬであろうこと。それは、今この瞬間に起きてもおかしくないということ。
「一つ誤解しないでおいてもらいたいんだがよ」
 そこまで話して、樵は補足した。こう言っておかないと、いろいろ言われそうな気がしたからだ。
「俺は自分のこういう境遇に対して――いつ死ぬか分からない状況に対してやけっぱちになっているわけじゃあない。そこは、誤解しねーでおいてくれ」
「だったら、なんであんな無茶すんのよ」
「……いつ死ぬか分からないなら、常に後悔しない生き方をする。俺はそう決めてるんだ。今温存しても、俺には先があるかどうかの保証が何もない。だから、俺は常に今にすべてを賭けてる。それが結果的に無茶になっちまってるのかもしれねえな」
 両側が切り立った崖になっている細い道。下手に足を止めて左右どちらかにぶれてしまえば、それで終わりだ。だから、ぶれる暇もないくらいの速さで進んでいく。
 両親を失い、倉凪司郎と出会い、古賀里白夜に連れ出され、そこで人を殺めた。
 あの地獄のような一連の流れの中で、樵は子どもなりに自分がどう生きるべきかを必死に考えたのだ。そうして、この結論に辿り着いた。
 夕観もフィストも、何も言わなかった。
 樵がここまでのものを抱えているとは思っていなかったのだろう。何を言えばいいのか分からないと、顔にそう書いてある。
「まあ、気にするなよ。いつ死ぬか分からない、なんてのは突き詰めていけば誰だって同じだ。俺は他人より少しそれに近いってだけだ。俺たちがやるべきことは、これまでと変わらない」
 三人で魔術同盟に認められて、古賀里家を復興する。
 夕観が果たそうとしている責任に、フィストと一緒に付き合うと決めた。自分の命はそのために使おうと決めたのだ。
 しかし、夕観は頭を振った。
「これまでと変わらない? 馬鹿言ってんじゃないよ、樵」
「あ? せっかく人が真面目に語ってやったのに馬鹿たぁなんだ馬鹿たぁ!」
「いや、馬鹿だな」
 フィストも夕観に同調する。
「変わらないわけないでしょ。そんな話を聞かされたらさ。やること、一つ追加よ。あんたの抱えてる土門荒野を――どうにかする」
 夕観はさも当然のように言う。
「お、お前こそ馬鹿か!? さっき俺言ったろうが、土門荒野については全然さっぱり訳が分からないんだって! どうにかなるわけねえだろうが!」
「分からないなら、どうにもならないって証明もされてないわけでしょ。だったら、やってみる価値はあるんじゃないの?」
「にしたって、それは俺の問題だ。お前にはやらなきゃならない大事なことがあるだろうがよ!」
「……やっぱあんた馬鹿だわ」
 はあ、と溜息をつかれる。
「大事なことって、大方古賀里の再興のことでしょ? 悪いけど、私はそれ自体にはそこまで拘りはないわ。やらなきゃって責任感はあるけど、あんたやフィストを失ってまで果たすべきことだとは思ってない」
「優先順位で言えば、お前が抱えている問題をどうにかする方が上だな」
 フィストも相槌を打つ。
「そんなんで良いのかよっ。散々苦労して果たそうとしてる目標じゃねえか!」
 納得がいかず、傷が痛むのも構わずに上半身を起こす。
 そんな樵を宥めるように、夕観はそっと彼の肩を押さえた。
「私が本当に果たしたい目標は、そんなんじゃないわよ」
「じゃあ、なんだよ」
「……それは、まあ」
 夕観が口淀んだ。渋い顔つきで視線を逸らす。
「……私たちの、居場所を作ることよ」
 いつもより少し小さい、しかしはっきりとした声で言った。
「私たちは、言ってしまえば道を踏み外した生き方をしてきた。人としても魔術師としても、人に誇れるような境遇じゃない。だけど、ずっとそんなんじゃ嫌でしょ」
 だから作ると決めた、と彼女は言った。
「だから、私はまず居場所を作る。古賀里家再興はそのための手段。新しい古賀里家から、私たちの新しい人生がスタートするのよ」
 古賀里家の復興はただの使命。てっきり夕観はそう考えているものと思っていた。だが、彼女はそんな言われたことをただ遵守するだけの人間ではなかった。使命を自分のやりたいことに昇華している。
「私はさ、古賀里家の復興が終わったら大学行ってみたいのよね」
「……は?」
「大学よ。私たちってまともに学校行ったことないじゃない。だから、一度行ってみたいのよ。学校生活っていうのがどんなものか、体験してみたい」
「その頃にはお前おばさ……ぶごっ」
 言いかけて殴られた。いかに夕観とは言え、そういうデリカシーのないことを言われると頭に来るらしい。
「あんたは、夢ないの?」
「ゆ、夢?」
「将来の夢。古賀里家の再興に付き合ってくれるってのは聞いたけどさ。その後に何かやりたいことはないの?」
「そんなもの――」
 あるはずがない。
 古賀里家の再興とて、最後まで見届けられないと思っていたのだ。その後なんて考えたことはない。それだけを考えて生きてきたのだ。
 しかし、そう言おうとした矢先、見舞い品のリンゴを口に突っ込まれた。
「あるわけない、考えてない、なんて答えは口にするんじゃないわよ」
 夕観はそう言って踵を返す。
「私の夢は、私たちの居場所を作って、私たちの新しい人生をスタートさせること。だからあんたも、きちんと将来の夢を考えておきなさい」
 そのまま病室から出ていく夕観を、リンゴをかじりながら見送る。
「……あいつ、いつも怪我人の扱い悪くないか」
「そりゃ、お前が一山越える度に怪我人になってるせいだろ」
 部屋に残ったフィストが呆れ顔で「おかげで俺が怪我したときの扱いまで悪くなっている」とぼやいた。
「だが、大したものだな夕観は。正直、あんな風に考えてるとは思わなかった」
「なんだ、お前も分かってなかったのか?」
「多分、誰かに口にすること自体はじめてだったんじゃないか」
 夕観の目標。今までフィストすら知らなかったそれを口にさせたのは、自分のこうした投げやりな有様なのだろう。そう考えると、どうにも情けない。
「なあ樵」
 フィストが窓の外を見ながら声をかけてきた。
「今日は天気もいい。少し中庭で話さないか」

 自慢にならないが、この病院には通い慣れている。入院する度に看護師さんから「またですか」的な顔をされるくらいの常連だ。一応それらしい言い訳をしているが、入院回数が多いのでそろそろ怪しまれてもおかしくはない。
 それだけの常連なので、病院内も歩き慣れている。この時間帯、中庭は人通りが少なく、落ち着いて話をするにはちょうどいい場所だった。
 ベンチに男二人で腰掛ける。遠くでは、車椅子の老人と付添の女性が歩いていた。
「正直、俺もお前と同じだ」
 フィストが眩しそうに老人たちを見ながら言った。
「将来の夢とか、まともに考えたことなんてない。生きるとか死ぬとかは気にしたこともなかったが……なんだろうな。自分の夢というものがどうしても思い浮かばない」
「そりゃあな。急に言われても思いつくはずねえよ、あんな質問」
「ああ」
 それきりフィストは押し黙ってしまった。だが、彼は今何かを言おうとして、懸命に言葉を選ぼうとしている。それが分かったから、樵は待った。
「思い出すんだ」
「何を」
「親父とお袋のことさ。前に話したろ、俺がやったって」
「ああ――」
 出会った頃にその話をした。実の両親を手にかけて、そのことを後悔していないと言い放ったフィストのことを、樵はなんとなく信用しかねた。
「俺の親は、夕観の家に仕えていたんだ。元々は古賀里の分家で夕観の家ともそんなに違いがないくらいの家柄だったらしいんだが、昭和前期の頃にへまをして没落したらしい。そこを夕観の家に拾われて、仕えることにしたんだそうだ」
「へえ。初耳だな」
「古賀里のことに関するごたごたを、あまりお前の耳に入れたくはなかった。俺も夕観もそう考えていたんだ」
 だが、今は話そうとしている。おそらく、この話は単なる『古賀里のごたごた』ではないのだろう。
「普通なら、拾ってもらった恩を感じるところだったんだろう。けど、うちの両親は表向き夕観の家に従う振りをしながら、裏では反旗を翻すことを企てていた。あの頃はよく分からなかったが、今にして思えば劣等感から来る反抗心だったんだろう」
 フィストは自身の右拳を握りしめながら言った。
「そういう両親の思惑を背負って――俺は夕観の付き人にされたんだ」
 夕観には兄弟姉妹がいない。そのため彼女は早くから跡取りとして育てられていた。その跡取りの寝首をかけるように差し向けられた埋伏の毒。それがフィストだった。
 幼少期のフィストは両親の言葉が絶対だった。だから夕観の家は極悪非道で、自分の主となる少女も悪い奴だと思い込んで向かった。
 しかし、その思い込みは夕観に会ってすぐに砕かれることになった。
「両親にとって俺は便利な道具でしかなかった。魔術の才に秀でていたわけでもないから、それはもうろくな扱いじゃなかった。毎日毎日酷使されていてな。友達なんて、できるはずもない」
 そんなフィストにできた最初の友達。それが夕観だった。
「俺は、はじめて迷った」
 両親と夕観。自分の支配者と自分の友達のどちらが正しいのかを。
 フィストが両者の間で揺れている間にも状況は変わっていく。
 フィストの両親が、夕観の家を貶める計略を実行に移そうとしたのだ。
「計略を実行に移す前夜、俺は両親に呼び出されて命じられた。夕観を殺せと。俺はそのときになってもまだ迷っていた。両親に従うべきか、友達を守るために動くべきか。……結局、俺はどちらも取れなかった」
 夕観を殺すことはできない。しかし、両親の企みを告白することもできなかった。
 結果、古賀里家全土を巻き込む大きな事件が発生。夕観の家はおろか、古賀里家全体がほぼ壊滅状態に陥る大惨事となった。
「夕観の家族もその事件のせいで皆命を落とした。俺の両親が首謀者だということに気付いても、夕観は俺に何も言わなかったよ。ただ――歯を食い縛ってた」
 その後、古賀里家は軽い冷戦状態になった。本家が事件の際に滅んでしまったので、生き残った者たちが次の主導権を握ろうと画策し始めたのだ。
「両親には夕観を殺さなかったことを責められたが、必死に頭を下げてこれまで通り夕観の側につくことを認めてもらったよ。今度こそ必ず仕留めるとか言って、そんなつもりはもうなかったのにな」
「……そのときから、夕観につこうと決めていたのか」
「いいや。俺はどちらも捨てられなかった。良い思い出は一つもないが、それでも実の親だ。捨てきれないものがあった。だから、そうだな……どこかで、夕観と両親が和解してくれれば良いなんて思っていた」
 それは土台無理な話だ。フィストの両親にとって夕観は邪魔者でしかない。夕観にとっても、フィストの両親は家族の仇だ。
 それでも、フィストはその起こり得ない理想にすがろうとした。
「結局その状態にしびれを切らした有力者たちが、長老である白夜様の元に出向いて会議を行った。そこで何が決まったかはお前も知っての通りだ」
「生き残った奴が次の当主になる、だったか」
「ああ。当然、うちの両親はまず夕観を狙いに来たよ」
 事前に、使い魔で連絡を寄越してきた。合図をしたら夕観を殺せと。
 そのときが来なければ良いと願った。だが、そんな甘えた幻想は通用しない。
「今でもよく思い出す。ここと同じような、陽のあたる暖かな広場だった」
 最初に父が草むらの陰から躍りかかって来た。合図もあった。殺せと。
 そのとき、夕観はただ黙ってフィストと父の間に入った。まるで、フィストのことを庇うように。
 夕観がどんな表情だったかは見えなかった。父は何か妙なものを見ているかのような顔をしていた。だが、その手に握られた凶器は夕観の頭蓋へと向けられていた。
「両親を裏切ろうと思ったわけじゃない。夕観を選ぼうと明確に決めたわけじゃない。何の覚悟もできていなかった。ただ、咄嗟に身体が動いた」
 夕観を押しのけて、フィストは父の顔面に拳を叩き込んだ。
 触れたものを脆くして、砕きやすくする魔術。たった一つの得意分野。それを、実の父に叩き込んだ。
 不意を喰らったせいか、父は何の防御もできず、顔面が壊れた。おそらくあれは即死だったのだろう。
 何かを叫びながら、母がやって来た。怖い顔をしていた。自分を殺すつもりなのだと直感した。
 死にたくない。
 ただその一心で、今度は母を壊した。
「そのときは無我夢中で、自分が何をしているのかもよく分かっていなかった。我に返ったのは、すべてが終わって、夕観に張り倒されてからだ」
 夕観は泣いていた。泣きながら怒鳴った。自分が何をしたのか分かっているのかと。フィストの両親の亡骸を指し示して、そう言った。
 言われて、ようやくフィストは自分が何をしたのか理解した。
 覚悟もないまま、決められないまま行動を起こしてしまった。もう後戻りできないところまで来てしまった。
「三日ぐらい、俺と夕観は口を利かなかったな。二人して黙って。そのとき夕観が何を考えていたのかは、今もよく分からない。聞いても教えてくれないだろう。ただ、俺はその間ずっと覚悟と向き合っていた」
 もう後戻りはできない。道を選ぶことはできない。可能性の一つを、自らの手で潰してしまった。
 自分にできることはもう一つだけだ。夕観を支えていく。それ以外の道は残されていない。そう思いつつ、その道を踏み出すことに恐れがあった。
「……覚悟が決まったのはそれからだ。どれだけ目を背けても向き合わなきゃいけないものがあると痛感した。そこで初めて俺は決めたんだ。夕観と一緒に生きることを。古賀里家の復興を支えると。それが――罪滅ぼしになると思ったんだ」
「……両親を手にかけたこと、後悔してないってのは本当なのか?」
「今はな」
 一度も後悔しなかったわけではないのだろう。ただ、覚悟をしたときから後悔しなくなった。そういうことなのだと樵は思った。
「なあ、樵」
「なんだ」
「さっき夕観は将来の夢について語ってたよな」
「ああ」
「俺にそれを見る資格はあると思うか?」
「あるだろ」
 間髪入れず答えた。フィストは驚いた顔をしている。
「あるか」
「両親のこととか、夕観の家のこととか色々気にしてるんだろうけどよ」
 頭を掻きながら言葉をまとめようとする。しかし、上手い具合にまとまらない。
「理屈っぽいことは苦手だから俺の主観で言うけど。……お前、悪い奴じゃねえし」
「……なんだそりゃ」
「だから、理屈じゃねえよ。単に、俺がそう思ってるってことだ。お前は良い奴だ。だから夢でも何でも持って、そいつを叶えて幸せになりゃあいい。少なくとも、俺はそうなったら祝ってやる」
 自分で言って、不意に気付いた。
 ……なんだ、あるじゃねえか。将来の夢。
 掛け替えのない仲間たちの将来の夢を見届ける。自分自身の夢としてはやや半端な感はあるが、これだって立派な夢だ。
 急に笑い出した樵に、フィストは怪訝そうな表情を浮かべていたが、つられて笑みをこぼした。
「なんだかお前話してると、いろいろ馬鹿らしくなってくるな」
「失礼な野郎だな」
「悪い悪い。おかげで大分楽になった」
「だったら、とっとと将来の夢見つけやがれ。ちなみに俺はもう見つけたからな」
「何!? おい、もう見つけたのか? 適当なこと言ってるんじゃないだろうな」
「いやいや立派な夢だぜ。一人で叶えるにはちと難しいがな」
 フィストの肩を叩きながら言う。
「お前らがいてくれれば、叶えられる夢だ」

 だが。
 その夢は、叶わなくなった。

 樵が少し席をはずしている間に、拠点が襲われた。
 異変に気付いて駆け戻った樵が見たのは、息絶えた夕観とフィスト。そして、エメラルドの輝きを放つ篭手を身に付けた、どこか自分と似た男の姿だった。
 男の姿はよく見えない。瞬きをした僅かな隙に、姿を消していた。
 倒れている二人の元に駆け寄る。どちらも息をしていない。心臓も止まっている。脈も――ない。
「おい……嘘だろ」
 いくら揺さぶっても、二人は目を覚まさない。
「起きろよ、夕観。フィスト。……おい、由美! 拳児!」
 いくら呼んでも、二人は動かなかった。
「嘘だろ……。こんな、こんなクソったれな人生、お前らがいなくなったらどうすりゃいいんだよ。お前らが、お前らが俺の夢だったんだぞ! 勝手に死んでんじゃねえ。自分勝手は俺の専売特許だろうが!」
 樵の叫びが虚しく響く。
「……誰だ」
 誰がやった。あの男だ。あいつは誰だ。
 ……あいつは、誰だ!
 全身から湧き上がる力が、そのまま樵の力になっていく。
 怒りが全身を焦がす。この感覚を、自分はよく知っていた――。

 熱い。
 無人の荒野は太陽の熱気によって地獄と化していた。
 身を焦がすこの熱はなんだ。苦しい。どうして自分はこんなところにいる。
 足元を見る。
 泥人形たちが崩れ落ちていた。否、壊されていた。
 こんなことをしたのは誰だ。問い詰めようにも、応えてくれる相手がいない。
 そっと抱き上げる。崩れ落ちた泥人形は、この熱気の中にあっても冷たかった。
 また、自分は一人になってしまった。
 寂しい。だが、それ以上に熱い。
 すべての感情が、この熱さによって押し流されていく。
 ……これは怒りだ。
 そう。自分は知っている。この熱さの正体を。
 大切なものを奪われた悲しみと、それを大きく上回る怒り。
 我が身と、周囲と、すべて焼き尽くさんとする熱気。
 ……思い知らせてやれ。
 誰かが言う。
 ……理不尽に呑まれた者の怨みを。
 誰かが囁く。
 ……不条理を撒き散らす奴らに!
 誰かが叫ぶ。
 そうだ。
 ようやく思い出した。
 自分がなぜこんな荒野を歩いているのかを。
 荒野を生み出したのは自分自身だ。
 世界という不条理を破壊するために。すべてを荒野に変えてしまうために。
「……思い知れ」

 倉凪梢が生み出した異界の中。
 倉凪司郎と梢の対面の直後に、それは起こった。
 司郎によって射殺された樵。その額の傷から、何か黒いものが出てきた。
 最初に気付いたのは司郎だ。
「……やはりか」
 呟きながら、司郎は両手に銃を構えた。
「司郎、貴方は……」
「今は下がっててください」
 何かを問いかけた未了を省みず、司郎は他の全員を庇うように樵の前に立った。
 ばりばりと、樵の傷が開いていく。そこから、人間の手が出てきた。
「ど、どうなってるんだ。親父! 全然訳分からないぞ!」
 遥を抱きかかえながら梢が叫ぶ。
「梢。お前の異法の本質は『再生』だ」
「は?」
「植物の力の根源にあるのは生命。生命は繰り返されるもの。循環するもの。その本質を突き詰めていくと『再生』に行き着く」
「何を言ってんだよ、親父!」
「この異界では、生命が終わりを迎えても再生する。さっきのお前がいい例だ。何度も死んだが、生き返った。遥ちゃんも、生き返ってるはずだ」
 言われて、梢は遥の胸元に耳を当てた。確かに僅かながら心臓の動く音がする。脈もある。司郎の言う通り――遥は生き返っていた。
「草薙君も少し待てば生き返る。生き返るが――彼は一回死んだ。それが何を意味するか、お前も分かるだろう」
「……まさか」
 樵の顔がぱっくりと割れた。真っ暗な闇がそこにある。その中から"誰か"が出て来ようとしている。
「土門荒野は異法人に取りつく。そして"死ぬまで離れない"。条件は満たされた」
「けど、それじゃあまた誰かに――」
「言ったろう、この異界で終わった生命は再生すると。魂だけの状態になることが死だとするなら、奴自身も再生の条件を満たしたことになる」
 手が。腕が。そして、長い髪が。ずるずると、樵の中から這い出て来る。
「本当の意味での――土門荒野の復活だ」
 全身が出てきた。ぼろぼろの着物を身にまとった長髪の子ども。
 すべてを呪わんとするような暗い眼差しの――少女。
「変わらんな。目覚めの気分はどうだ、土門荒野」
「……晃夜」
 かつて自分を滅ぼした宿敵と自分の母。
 彼らを見て、土門荒野と呼ばれる少女は、ただこう言った。
「――思い知れ」
 力の奔流が、その場にいた全員に襲いかかった。