異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
Walk Together「晃夜」
 大きな力が身体の内側から溢れ出す。それは自分の感情が形となったものだ。
 千年以上も前から蓄え続けてきた負の感情。恨み。怒り。憎しみ。それが、氾濫した河川の如き勢いを以て溢れ出て来る。
 濁流が目に見えるすべてのものを呑み込んでいく。何も見たくない。何も聴きたくない。すべてを流し去ってしまえ――。そんな思いを実現するだけの力が、自分には備わっていた。
 何もかもが憎い。それは言語化された理屈では言い表せない感情だった。そもそも、理屈をこねられるほどの理性がなかった。
 多少なりとも理性が戻って来たのは、すべてを流し尽くした後だった。
 そのとき、ようやく周囲の状況を知覚した。
 広大な森。どこか不思議な感覚の場所だ。しかし、森の木々はすべて自分が発した力の波によって薙ぎ倒されている。土砂災害で崩れ落ちた山の森のようだ。
「……ぁっ、はあっ」
 何か聞こえる。呻くような、喘ぐような声。
 自分の声だと気付くのに随分と時間を要した。
 なにしろ、自分で声を出すことなど久しくなかったのだから。
 いや、それ以前に自分の身体があるということ自体、異常ではあった。
 この身は随分と前に滅んだはずだ。そこから先の記憶は明瞭ではない。ただ一つ確かなのは、自分の中の怒りがまだ風化していないということだ。
「変わらんな」
 薙ぎ倒された木々の中から声がした。
 知っている。自分はこの声を知っている。
 木をどかしながら、いくつかの人影が姿を見せた。
 先頭に立っているのは鞘を構えたスーツ姿の男。この男が身を盾にして他の者たちを守ったらしい。その男自身も大した傷は負っていないようだった。
 だが、声を発したのはそいつではない。そのすぐ後ろにいる、コートを着込んだ双銃の男だ。
「くら、なぎ……しろ……!」
「どうやら運命の中にいたときの記憶はきちんとあるようだな。自己紹介の手間は省けたよ」
 その男は、今回の前、自分を殺した相手だった。さほど強くもなさそうなのに、一切無駄がない動きと、こちらの行動を無効化する妙な技を駆使して、こちらを一方的に殺し尽くした。容赦のない男だ。
「なぜ、ここ……いる! おまえ、死んだ!」
 それは草薙樵の中にいるときに聞いた情報だ。直接確かめたわけではないが、草薙樵も倉凪司郎の死については認めているような節があった。
 その疑問は他の者たちにもあったようだ。
 問うような眼差しが、倉凪司郎に集中する。
 司郎は鞘の男の前に出て、真っ直ぐにこちらを見据えた。
「まともな会話も出来そうだな。なら教えよう、俺は厳密に言えば死んでいない。ただ……死んだも同然の状態ではある」
「どういうことだ、司郎」
 鞘の男が鋭く問いかける。
 司郎は若干罰が悪そうに、鞘の男たちがいる方を振り返った。
「まあ、俺は俺で少しやり過ぎてな。敵を増やし過ぎたんだ。そういう自覚はあったから気をつけてはいたんだが、つまらないところでドジを踏んで致命傷を負った」
 そう言って、司郎はコートを脱いだ。その下にはスーツを着込んでいたが、左脇腹が大きく抉り取られている。
「まあ、こういう有様だ。普通にしてたら間違いなく死ぬ。だけど死ぬわけにはいかなかったんだ。まだ――運命から託された案件が済んでなかったからな」
 そう言って、再びこちらを見る。
「だから俺は、俺の魔法……『契約破綻』を使って、俺と俺自身の死を切り離すことにした。その結果、俺は死なずに済んだ。ただ、『死』は世界に存在するすべてのものが背負う共通規約だ。それを取っ払った俺は、もう世界にとっての異物ということになったんだろう。世界から追い出された。具体的には、あの世界の誰にも知覚・干渉されなくなったし、出来なくなった」
「……だから、ここで姿を現したのか。ここは異界。世界にとって異物のお前でも、居ることが許される」
「運命から、託されたというのは」
 と。
 司郎たちの後方から、女の声が聞こえた。
 知っている。自分はこの声を知っている。
 心が、酷くざわついた。
「晃夜のことですか」
「ああ。未了さん、その口振りやさっきの様子だと、あなたはあいつと何か関わりがあるようだな」
 未了。その名前は、知らない。
「……運命やあなたたちを騙すつもりはなかったんです。私自身、先日涼子と話して初めて確信を得られたのですから」
 声が近づく。
 女が、姿を見せた。
 こちらを痛ましげに、そして愛おしげに見つめてくる。
「あの子は、土門荒野などという名ではありません。あの子は晃夜。私の最初の子。最初の夫、一夜との間に設けた――最初の娘です」
 だが。
 その言葉を、自分は。
「ウソだ」
 ――受け入れられない。
「わたしのかあさまは、みりょうなんて名じゃない」
 目の前にいる女は、母などではない。
「おまえは、ちがう。にせものだ――」
「……晃夜」
 こちらを見つめる女の表情が歪んだ。今にも泣き出しそうな、脆い顔だ。
 だが。
「にせものじゃなければ――裏切りものだッ!」
 言葉と同時に、腕を女に向けて突き出す。距離があるため届かない。しかし、自分の腕から伸びた何かが、そのまま女の胸を貫いた。
 女が、口から血を吐き出す。
「貴様ッ!」
 鞘から刀を抜きかけた男に向けて腕を振るう。そちらに対しても何かが伸びて、男の身体を弾き飛ばした。
「かあさまなものか。わたしととおさまがずっとずっとさがしたかあさまは、おまえなんかじゃあないッ!」
「……晃夜ッ!」
「うるさいッ! うるさいうるさいうるさいうるさい!」
 腕を無茶苦茶に振るう。その度に放たれる何かが、周囲を――女の身体をずたずたに切り裂いた。
「おまえは、わたしやとおさまではなくあのにんげんどもをえらんだ。わたしやとおさまだってひどいめにあったのに! おまえはそれより、にんげんどもをかばったんだ。にんげんどもをえらんだんだ!」
 忘れられない光景がある。
 人間どもによって嬲られ続ける女の姿。その醜悪な所業によって産まれた呪われし子ら。あの女は、迎えに来た自分や父よりも、その呪われし子らを選んだのだ。
 人間どもを許せず根絶やしにしようとした。当然、その呪われた汚らわしい子らもまとめて消すつもりだった。それくらいしなければ怒りが収まらなかった。それくらいするだけの理由がこちらにはあった。
 だが、あの女はそこでその子らを庇い、死ぬことを選んだ。なぜ今生きているかは分からないが、あの女はあのとき、自分の命と引き換えにあの人間どもの子どもを守ることを選んだのだ。
 それは、人間どもから母を救い出そうとすべてを犠牲にしてきた父や自分に対する背信行為にしか見えなかった。
 許せなかったのだ。
 あれはもう、母ではない。
 そう思わないと、心の均衡が保てない。
「おまえは――きえろ――!」
 思い切り腕を振り上げ、叩きつけるように落とす。腕の先から伸びた岩色の何かが、そのまま女の身体を叩き潰す――はずだった。
 それを、誰かが受け止めた。
 司郎ではない。鞘の男でもない。
 鋭い目つきをした満身創痍の男。その男が、両腕で大岩の槌を止めた。
 知っている。そいつが何者か、自分はよく知っている。
「なぜ、じゃまをする……おまえが……!」
「なぜだと? つまらんことを聞くんじゃねえ。親子喧嘩だろうと、手を上げるのは駄目だろうが」
 ぎろりと刺すような眼光がこちらに向けられる。
「おまえは、くやしくないのか!」
「生憎こっちはそちらほど明確に残ってないんでな。お前ほど悔しさは感じない」
 そいつごとあの女を潰してやるつもりで力を込める。しかし潰せない。びくともしない。
「けど、まったく何もないとは言わねえ。この人やお前、ついでにそこの親父を見たせいかいろいろ見えてきたっつーか、思いだした。だからお前は何に怒ってるのかは知ってる」
「知っていて止めるのか! お前は――もう一人の私だろう!」
「悪いがそいつは外れだ。俺は――倉凪梢だよ。晃夜でもあるが、その前に倉凪梢だ。だから晃夜としてお前の怒りは知っているが……倉凪梢として理解はできないし、同意もしない。悪いが、止めさせてもらう」
 明確な敵対の言葉に心が竦んだ。
 もう一人の自分とも言うべき者が、なぜ自分と相対するのか。自分と奴で何が違うのか理解できない。それが怖かった。
 その戸惑いからか、大岩の槌が霧散した。
 周囲を覆っていた緊迫感がにわかに途切れる。
 真正面にはこちらを睨み据える倉凪梢。その足元には傷だらけの――だが少しずつ復元しつつあるあの女。二人の両脇を固める形で、倉凪司郎と鞘の男。鞘の男はあの女によく似た少女を抱きかかえていた。
「俺は正直お前とやり合うつもりはない。前回ので懲りてるからな」
 司郎が両手の銃をしまいながら言った。警戒を解いたわけではない。隙はまったく見当たらなかった。
「お前の前の宿主、式泉運命が望んでいたのはお前との対話だ。司郎はお前の正体まで分かっていたわけではないだろうが……ただの怪物だとは思ってなかった。何か辛いことがあって我を忘れているだけで、話し合うこともできるんじゃないか。そう言っていたよ」
「……しきずみ、さだめ」
 覚えている。一つ、二つ前の宿主のことならまだ覚えている。理屈よりも直観で動くような男だった。そして、あの女の夫だった。
「よけいなお世話、だ……! 私は、お前たちと話すことなど、ない……!」
「そうつれないことを言うなよ。仮にお前が俺たちを殺す気だとしても、この世界じゃ誰も殺せない。話すことくらいしかやることはないぞ」
「なに?」
「ここは『再生』がルールだ。お前が俺たちを殺しても必ず生き返る。つまり、ここでは殺し合いは出来ない」
 今更ながら、自分がこういう形で蘇った理由に思いを巡らせた。
 この形は、自分の生前の姿形だ。だがその身はとうの昔に滅んだはず。それ以降の自分は、言ってしまえば亡霊のようなものだった。
 それがこうして実体を再び得るに至った。それは、この場所が持つという『再生』のルールによるものなのか。
「なあ、土門荒野……いや晃夜。聞かせてくれないか。お前が何に対してそんな怒りを抱いてるのか」
 司郎は静かな眼差しを向けてきた。
「俺の友人の命を呑み込んだ程の怒りが何なのか、聞かせてくれないか。この場にいる俺たちは、皆それを聞く権利がある」
 怒りの正体。
 一瞬、過去の情景が脳裏に浮かび上がる。あのおぞましい光景。現世の地獄としか言いようのない穢れた光景に――思わず吐き気がしてきた。
「……思い出したくもない」
「だが、忘れられないんだろう。忘れられないから、未だお前は怒っている」
「そいつに聞けばいい。そいつも、私と同じだ」
 倉凪梢と名乗ったもう一人の自分を指す。だが、そいつは頭を振った。
「言ったろ。俺は晃夜である前に倉凪梢だ。俺から話したんじゃ、それは晃夜の言葉にならない。晃夜が抱いている怒りは伝わらない」
「……」
「お前が晃夜だというなら、その怒りにはお前が向き合わなきゃいけない。それは晃夜の怒りだからだ。怒りから目を背けてばかりじゃ――進むことはできない」
 倉凪梢の眼差しがこちらを射る。まるで鏡に映った自分に責め立てられているような気分だ。苛立ちが募る。
「貴様らに話すことなど、何もない!」
 吠える。
 対話は要らない。
「私がやりたいのは単純なことだ! 私たち家族の幸せを壊した連中を、その血族を根絶やしにしてやる! 邪魔する奴も同じだ!」
「……だとしたら、それは認めるわけにはいかねえな」
 倉凪梢の左腕が翠玉の篭手に包まれた。
「梢」
「この場所ならやり合う必要はないってんだろ? だけど、あいつは話をするつもりがない。戦うことしか考えてない。だったら戦ってやる。もういいやってなるまで」
 自分の半身だった者が、構えた。
「――付き合うまでだ」
 その気迫に呑まれそうになる。
 自分の怒りに匹敵するだけの何かを、この男は持っている。
 なんだというのだ。そんなものがあるものか。
「黙らせてやる……」
「やってみろよ、お嬢さん」
 両足に力を込めて跳んだ。腕を大きく振り上げて、ずたずたに引き裂いてやるつもりで振り下ろす。
 それを倉凪梢は両腕で受けた。何かが砕けるような感触。骨を折った。だが、それもこの場所ではすぐに再生してしまう。
 だったら、再生できなくなるまで壊してやればいい。
「壊せる、と思ってるんだろ」
 梢が笑った。
「壊れねえよ。約束があるからな」

 梢と晃夜の戦いが始まると同時に、司郎は遥と未了を陰綱に託した。
「旧交を温めたいところだが、そうも言ってられない。詳細は分からないがあの子は泉家を皆殺しにする気らしい。つまりお前や遥ちゃんはここにいたらやばい。さっきの様子だと未了さんも無事では済まないだろう。さっさとここから逃げろ」
「……一応確認しておくが、ここにいた方がむしろ安全ということはないのか?」
 この場所なら最悪『死』に至ることはない。陰綱が言っているのはそういうことだろう。いかに晃夜がこちらを殺すつもりだとしても、この『異界』でそれは叶わない。
 だが、司郎は頭を振った。
「お前、運命の研究成果には目を通してあるんだろう。だったら知ってるはずだ、異界はいつまでも維持出来るわけじゃない」
 この異界は文字通り世界にとっては異物そのものだ。存在自体が許されない。それを顕現させ続けるためには膨大な魔力が必要になる。
「運命自身は異界を作れたわけじゃないからあくまで仮説だったが、異界というのは膨大な魔力を絶え間なく送り続けないと世界のルールに則って消されてしまう……というやつだな。今は梢と遥ちゃん二人分の魔力でどうにか持たせているが、いつまで維持出来るかは分からない」
 司郎が苦い顔つきで視線を逸らす。その先では大量の枯れ葉が舞っていた。
「……多分、もう長いことは持たない。異界が消えたときこの場に残っているよりは、さっさと逃げた方が安全だろう。お前一人ならともかく、二人を守りながらだときついはずだ」
「……」
 陰綱は肯定も否定もしなかった。出来ないとは言わない。だが、出来るか分からないことを出来ると言えるほど無責任でもなかった。
「司郎。お前はどうする」
「俺は異界の中でしか出てこれないからな。一緒には行けない」
 それに、と一人で晃夜の攻撃を耐え続ける梢の姿を見て、言った。
「親らしいこと、少しでもしてやらないとさ。沙羅さんに怒られる」
 これまで、梢にはろくなことをしてこなかった。
「……俺と運命の賭けだった。梢の異法なら土門荒野を上手い具合に抑えられるんじゃないかって思った。対話までこぎつけられるんじゃないかと期待した。だからあの日、梢を泉の里の近くまで連れてきてたんだ。次の宿主にさせるために」
「……お前」
「けど、途中で異変に気付いた。梢を置いて泉の里に急行したら、既に大半の人間が殺されてた。皆の無事を確認する間もなく奴を見つけて……後はお前も知っての通りだ」
 梢に土門荒野を移植したのは草薙樵を助けるためではない。最初から、成功するかどうかも分からない賭けのために、我が子を生贄に捧げると決めていたのだ。
 賭けだということは妻にも言わなかった。言えば反対するに決まっている。だから、梢なら確実に助かると偽って説明した。
 常盤やボンにも黙っていた。常盤には協力してもらいたかったが、彼女は――本人は否定するだろうが――情の深いところがある。こんな話を持ちかけたら断固反対されるに決まっていた。
 そして、それが普通の反応なのだ。まして親なら。
「酷い親だろう? 息子の命を分の悪い賭けに使ったんだ。沙羅さんに打ち明けたかった。でも彼女は真っ当な親だったんだ。俺と違って真っ当な人間だった。言えなかったよ。最後まで、言えなかった」
 そこまで言ったところで、頬に陰綱も拳が叩き込まれた。
 久々に、痛いと思えた。
「一応言っておく。殴って欲しそうだから殴ってやった」
「……痛えな」
 救われる。この痛みはそういうものだ。
「一応聞いておく。なぜ俺に話した」
「梢には怖くて話せない。未了さんたちにだって、運命がこんなこと考えてたなんて言えるか。でも、誰かに言っておきたかった」
「それで、俺か」
「悪い」
 ふん、と陰綱は鼻を鳴らした。
「一応、一つだけ訂正しておいてやる。お前は確かにろくでなしだ。最低の親だ。だがそれを誰にも言えなかったというのは真っ当な人間らしい」
 そう言ってもらえて、胸に溜まっていたものがすっと流れ落ちたような気がした。
「行け、走れ。異界は無限に広がっているわけじゃないから端がある。そこまで行けば梢が出してくれる」
 陰綱は黙って頷き、ぼろぼろの未了と遥を抱えて走り出した。
 またこうして会える機会があれば、次は一献酌み交わしたい。そんな風に思った。

 まったく、難問だ。
 晃夜の攻撃を凌ぎながら、梢は舌打ちしていた。
 遥を少し小柄にしたような華奢な身体つきなのに、その身体能力は異常だった。基本スペックで言えばあのザッハーク以上かもしれない。この異界でなければ、今頃こちらの四肢はぐしゃぐしゃに潰されて再起不能になっているだろう。
 次々に再生するとは言え、痛みはある。ついでに言うと再生の方も普通ではありえない感覚で非常に気持ち悪い。
 遥たちの気配が遠ざかっていき、異界の端へと近づいた。どうやらあの厳つい顔をした男が逃がしてくれるらしい。そう判断して、梢は異界の出口を少しだけ開いた。
 その隙をついて、晃夜の頭突きが顔面に飛んできた。顔が陥没しそうになるくらい痛い。思わず体勢が崩れた。伸し掛かられる。身動きが取れない。
「壊せるかどうか……試してやる」
 拳が次々と振る舞われる。たまらなく痛い。本当に壊されそうだ。
 ……やばい、もう異界の維持が限界だ。
 遥に貰った魔力を使ってようやく顕現させることが出来た異界も、既に崩壊しつつある。おそらく異界が消えればこちらの魔力はほぼ尽きてしまうことになるだろう。魔力はあらゆる行動に必要な活力と同義だ。それが尽きてしまえば身動きが取れなくなる。
 復活当初は赤子のように喚いているだけだったが、少しずつ理性を取り戻したのだろう。そのせいか、今の晃夜からは単純な怒りとは別のもの――言葉にするなら殺気というやつなのだろう――が感じられる。
 異界が消えたら終わりだ。再生もできず身動きも取れない。確実に殺される。
 遥たちの気配は消えた。ここから逃げたのだろう。
 少し前までの自分ならこれで良しとしていたのかもしれない。だが、美緒たちに必ず帰ると約束した。それに、さっきの告白の返事をまだ聞いていない。遥に聞こえていたかどうかも分からない。そんな半端なままで死ぬわけにはいかない。
「梢!」
 父の声がしたかと思うと、晃夜が身を仰け反らせた。両肩を何かで撃ち抜かれたらしい。その隙に梢は彼女を突き飛ばし、体勢を元に戻した。
「大丈夫か、梢」
「ふん、大丈夫だよ」
 駆けつけてきた父に対する言葉には刺があった。この父にはいろいろと思うところがあり過ぎて、どう接するべきなのかがよく分からないのだ。
 父の手には黒と白の銃が握られていた。あの炎銃ヴィー、水銃ヴェーをよく似た形状のものだ。それで晃夜の両肩を撃ち抜いたらしい。
 晃夜は梢に突き飛ばされて倒れたままだ。起き上がろうともがいているが、思うように身体が動かないらしい。
「魔銃オーディン。こいつで撃たれると一定時間相手の動きを支配することが出来る。魔力量が上の相手には微々たる効果しか得られないのと、支配のために必要な魔力量が多過ぎるのが難点だがな」
「き、さ、ま」
 晃夜が呻く。
 梢から見ると魔力量に関しては晃夜の方が圧倒的に多そうに見えた。それでも彼女の動きはかなり鈍っている。
「ここは俺が足止めしておく。今のうちにお前は逃げろ」
 白の魔銃を構えながら、父が言った。