異法人の夜-Foreigners night-

-Walk Together-
Walk Together「Walk Alone(2)」
 自分以外の『可能性』を呼びよせるためには、対象のことを最低でも三十秒は観察し続ける必要がある。そうすることで対象の可能性が視えてくるので、その中から目当ての可能性を見つけ出して、招き寄せる。
 あくまで可能性を呼び出すだけで、支配下におけるわけではない。だから呼び出す可能性を選ぶ際は、できるだけ自分の思うように動いてくれるであろう可能性を慎重に丹念に選ぶ必要がある。それは雑然とばらまかれた贋作の山の中から本物を探し出す作業と同等の労苦を伴う。
 おまけに、そうして呼び出した『可能性』も矛盾が発生すればたちどころに消えてしまう。この世界に存在する本物と出会ってしまった場合なんかが分かりやすい。
 後は存在しえない『同じ固有情報を持つ道具』を利用しようとしたケースなども該当する。携帯電話を持った『可能性』がそれを使おうとすると消えてしまうのだ。その携帯電話はありえない、という理由で。
 そんな制限だらけでコストもかかる他者の可能性の呼び出しという能力だが、謀略に使う分にはそれらのデメリットを補って余りある効果を発揮する。自分自身が一切表に出ずに済むし、形跡も一切残らない。呼び出された『可能性』は自分が呼び出されたという自覚を持たず、こちらのことも把握していないから、完全に安全圏にいながら事態を操作することができるのだ。
 大伴百夜という少年として生を受けて、こんな力を得たのは僥倖だったといえる。本来一夜としての役割を全うするはずだった古賀里白夜が一夜との繋がりを断ち切って独自に動き始めたので、それに対抗するための措置として誕生したのが大伴百夜だった。そこでこんな力を得たのは不幸中の幸いと言える。
 自分の力を自覚してから、一夜は計画を慎重に練った。泉家の末裔たちに対する復讐計画だ。
 労力は多大だが、自分の痕跡が一切残らないのである程度失敗しても問題はない。いくらでもやり直しがきく。完璧な計画ではなかったが、最終的には成功するであろう計画という自負はあった。
 古賀里白夜の『可能性』を呼びだして手紙を出させることで、魔術同盟を動かす。その後古賀里白夜を野放しにしておくと厄介なので、折を見て始末する。
 次に草薙樵へ偽の手紙を送り、彼の内部にいる晃夜を刺激させる。多少刺激を与えれば草薙樵の中にいる晃夜がすぐに反応するということは、草薙樵の『可能性』を視ていたので分かっていた。
 そうすれば後は自分が積極的に動かずとも、草薙樵と倉凪梢が殺し合いを始め、倉凪司郎によって分割された晃夜が一つになって復活することになる。その過程で倉凪梢の周囲にいる泉家の残党が死ねばそれで良し。駄目だったとしても晃夜を元の状態に戻すことは可能だ。
 だが――そんな計画がどこからか漏れた。
 本来なら古賀里白夜は魔術同盟に手紙を出さない。それは古賀里白夜の『可能性』を視たから分かる。しかし、実際には自分が『魔術同盟に手紙を出す古賀里白夜』を呼び寄せるよりも前に、魔術同盟に対して古賀里白夜名義の手紙が送りつけられたのだ。
 誰かが偶々自分と同じことを考えていた――そんな風に考えられるほど自分は楽観主義者にはなれない。わざわざそんなことをする理由が、自分以外の誰にあるというのだろうか。
 少なくともこんな状態で計画を進めるわけにはいかない。そう判断して、すぐに調査に取り掛かることにした。
 そんな折、一夜の本体から翼人風土記に関する情報が届いた。その書物に今回の計画に関する懸念事項の正体がある、と。
 半信半疑ながらも草薙樵の『可能性』を使って榊原家を襲撃させ、保管されていた翼人風土記を奪取した。
 一読して、これが恐るべきものだということは分かった。
 手紙の一件に限らず、こちらが考えていた計画のすべてが記されていたのだ。まるで未来の自分が書いたかのようだった。更に恐ろしいのは、翼人風土記をこうして大伴百夜となった一夜が読むことまで記してあったという点だ。
 そのうえ、何者かに計画を読まれていると知った百夜が考えるであろう今後の展開――計画の修正案についても数パターン記されている。
 百夜は一転窮地に立たされた。安全性の高い計画はすべて何者かに読まれている。この翼人風土記に記されていることは実行するべきではない。
 翼人風土記には百夜自身が前面に出るような計画は記されていなかった。ならば多少リスクはあっても、表に出て事を成すしかない――。
 それすらも読まれている可能性はあるが、だからと言って計画を――復讐を止めることはできなかった。復讐だけが、今こうして自分がここに存在している理由なのだ。

 草薙樵、古賀里夕観、フィスト。その三人を相手にしながらも、晃夜はまったく引く様子を見せなかった。むしろ三人を相手にしながらも圧倒している。
 晃夜が持つ大地を操る力は樵が同じ能力で相殺することで事実上封じている。そうなると純粋な肉弾戦が中心になるのだが、見た目に反して晃夜の身体能力は極めて高かった。
 樵は全体的な身体能力が高く、フィストはその魔術によって拳による一撃が必殺の威力を持っている。そんな二人を相手に、避け、いなし、反撃する。
 樵たちも長年日常的に戦いを繰り返してきただけあって簡単にやられはしないが、思うように攻めることができないまま少しずつ疲労を重ねていた。
「チィッ……なんだなんだ一体! まるで俺たちが素人同然じゃねえか!」
「確かに、まるで当たらないな。こっちの動きが全部読まれているようだ」
 夕観も遠距離から何度か奇襲を仕掛けているが、それも晃夜は紙一重で避ける。
「冬塚、何か手はありそうか」
 いつでも三人のフォローに回れる態勢を維持しながら、梢が耳元についた式神を通して涼子に声を送る。この式神は未了の手によるもので、言ってしまえば簡易携帯電話のような機能を持つ。
『……駄目ですね。いくつかの未来を視てみましたが、状況は改善しません。このまま後数分撃ち合えば、草薙さんたちに隙が出来てやられる可能性が高くなりそうです』
「俺がサポートに出ても変わらないか」
『むしろ三人の連携を乱すことになります。先輩は先輩の役割があるんです。辛抱してください』
 涼子は少しきつめの口調で言った。
 梢はこれまで身体を張って前線で戦うスタンスでやってきた。今回の戦いではそれができないので、その点が少し歯がゆい。
「なあ冬塚。一点気になることがあるんだが」
『なんです?』
「晃夜のやつ、もしかして運命さんの異法使ってるんじゃないのか」
『……その可能性は私も考慮しました』
 式泉運命の異法は、運命の流れを読む力だ。未了に聞いたところによると運命本人も性質を正確に把握できているわけではなかったらしいが、過去に起きたことをかなり高い精度で推察したり、現在他所で何が起きているかなんとなく把握したり、この先何が起きるかなんとなく予測がついたりする力だったようだ。
 仮に晃夜が草薙樵の力同様運命の異法を使いこなすことができるとしたら、これは相当な驚異だった。樵の異法は樵が相殺することができる。しかし運命の異法に関してはぱっと思い浮かぶ対策がない。
 こちらの単純な動きはすべて読まれてしまうだろうし、何か対策を打とうとしても、それすら読まれてしまうことになる。
「異法である以上少なからず魔力は消費するはずだ。魔力切れを狙った場合はどうなるか分かるか?」
『駄目ですね。持久戦に持ち込もうとしたら、晃夜は即座に猛攻を仕掛けてきます。私たちはそれに耐えきれない。……やるとしたら、危険な賭けではありますが、先輩と姉さんの協力でなんとかなるかもしれません』
「遥はまだ来てないぞ」
『今、母さんとこちらに向かってます。どれくらいで着くかは、私の行動の影響の外なので、ちょっと未来視でも分からないですが……』
 遥は暴走した樵によって一度死を迎えた。その後梢が生み出した異界の力で再生したが、しばらくは意識が戻らず未了が安全な場所で看病をしていた。
「遥を危険に晒すような策じゃないだろうな」
『……正直、かなり危険です。相当酷い目に遭うかもしれません。私としてもできれば避けたいです。けど、他の方法は――』
「――」
 涼子が言葉を止めた。
 梢もそれを質したりはしなかった。
 周囲に新たな気配が増えつつある。一人や二人ではない。もっと多くの気配が周囲一帯に集まりつつある。
「思ったより早かったな」
 魔術師同盟の魔術師たちだった。

「やれやれ、ようやく追いついた。人騒がせな坊主だな、あの倉凪梢というのは」
 年嵩の魔術師に言われて、天夜は苦笑いを浮かべた。
 夕観たちと行動を共にしていた天夜が梢たちに合流したとき、既に魔術師たちは遅れていた。そこで梢は天夜に魔術師たちと合流して現場まで連れてくるよう頼んだのだ。別に天夜がいなくても魔術師たちは合流できたのだろうが、完全に置き去りにするのは決まりが悪かったのだろう。
「俺もそこまで付き合いが深いわけじゃないが、自分の大事なものを守ろうとするためにはいろいろと向う見ずになるところはあるようだ」
「まったく驚いたぞ。なにせ飛鳥井家にいきなり二人の若造が乗り込んで来たのだからな。彼奴らは土門荒野として危険視されていた身。敵対するつもりがないにしても、よくぞ来たものだと皆呆れておった」
 晃夜が完全復活を遂げた後、樵と合流して状況を把握した梢は即座に魔術師同盟の説得を決めたらしい。所在を樵から聴き出すと、その足で直接飛鳥井家に乗り込んだのだという。あまりに急なことで、飛鳥井家としても乗り込まれる前に迎撃することはできなかったらしい。
「だが話を聞いてみると要求は存外まともだった。土門荒野が完全な状態で復活した。自分たちだけで対処するのは無理がある。ザッハークのときと同様力添えを願いたい。なるほど、それはそうだろう、と。未了殿からの連絡で言っていることの裏付けが取れるまでは大人しくしておったし」
「お喋りはそこまでにしておきましょう。着きましたよ」
 魔術師たちの先頭を走っていた女性――飛鳥井冷夏が年嵩の魔術師を窘めた。
 彼女は今、飛鳥井家の当主代行という立場でこの『軍勢』を率いている。それは即ち日本の魔術師の総大将代理ということでもあった。
「ここの周囲一帯はゴーストタウンのようですが、人がいる可能性もあります。清原家と鮭延家は周囲の被害を抑えるよう動いてください。やり方は任せます。飛鳥井本隊は私とともに倉凪梢の支援を行います。緋河天夜、貴方も同行してください」
「我々はどうしましょう?」
 訪ねたのは、飛鳥井家の支流である朱鳥家の当主だった。穏やかそうな表情を浮かべた壮年の女性だが、見た目に反して飛鳥井一族きっての武断派でもある。
「お鷹さんたちは『第三者』の介入に意識を向けておいてください」
「第三者? 誰かがこの戦いを引っ掻き回す可能性があるのでしょうか」
「どういう立ち位置かは不明ですが、可能性はあります。魔術同盟に手紙を出した何者かが、今もこの状況を見ているかもしれません」
「あれは古賀里さんが出したんじゃありませんでしたっけ。いや、古賀里さんのふりをした一夜とかいう人が出していたんでしたっけ」
「倉凪梢が久坂零次たちから聞いた話だと一夜が出したようです。……ただ、それにしても少し腑に落ちない点があります。半分直感のようなものですが、パズルの最後のピースがどこかに行ったまま見つからないような気がするのです」
「直感ですか」
「まあ、そうです」
 冷夏は若干歯切れ悪く言った。それに対しお鷹さんと呼ばれた女性はにこやかに頷いてみせる。
「今回は冷夏様の直感を信じてみましょう」
 そう言って朱鳥家の者たちは散開した。
「飛鳥井家を束ねるってのも大変そうだな」
「貴方もそのうち分かるときが来るかもしれませんよ、緋河天夜」
 言われて天夜は決まりの悪そうな表情を浮かべた。
 だがそれも一瞬のことだ。今はそんなやり取りをしている余裕はない。
 先行していた梢たちは既に戦いを始めているようだったが、どうにも攻めあぐねているようだった。今のところは一進一退という風に見えるが、かなり空気は張り詰めている。
 冷夏と天夜は、揃って樵たちと戦う晃夜の元に向かった。

 敵が増えてきた。
 状況は次第に悪化しつつある。
 全力で晃夜自身の異法――力の強化を行えばどんな相手だろうと倒せる自信はある。しかしやり過ぎると身体がもたない。ここで死んでは目的を達成することができない。それは困る。
 一旦撤退すべきかどうか考えたが、それはすぐにやめた。この機を逃せば奇襲を仕掛けるのは難しくなるだろう。数で劣る自分たちにとっては致命的な問題だ。それに父にあとどれくらいの時間が残っているのかも分からない。
 ……この戦いが最後だ。
 千年以上続いてきた、自分たち親子と日本の魔術師たちとの戦い。その最後の舞台は今この場所だ。
 逃げるという選択肢はない。と言って無茶をすることもできない。
 魔術師たちの加勢により豪雨の如く降り注ぐようになった攻撃に耐えながら、晃夜は数秒考えた。
 考えた末に、晃夜はまず眼前にいる草薙樵の側頭部に一撃を入れた。倒すことを目的とした一撃ではない。ほんの僅かな間、樵の意識をぐらつかせることができればそれで良い。
 目論み通り樵の動きが止まった。
 その瞬間、晃夜は大地を操る力を発動させた。周囲一帯が凄まじい揺れに覆われる。意識を戻した樵がすかさず相殺しようとしてきたが、もう遅い。
 これまで温存していた力の強化を、身体が壊れないぎりぎりのところまで行い、樵が動く前に彼の腹部をぶち抜いた。
 少し強化具合を下げる。あまり長時間無理をすると身体への負担がかかるからだ。
 無理に強化せずとも、後は大地を操る力とそこそこの強化でどうにかなる。
 どうすべきかは、運命の異法のおかげでもう分かっていた。

 形勢が逆転したのはほんの一瞬のことだった。
 瞬きをしている間に樵が一撃で沈み、次いで周囲の魔術師たちが蹴散らされた。何か特別なことをしたようには見えなかった。単純にそれぞれの隙を突いて、最短で無駄のない一撃を入れ続けている、ということなのだろう。
 状況の変化を悟った魔術師たちは一斉に距離を取った。樵もフィストに抱えられる形で後方に下げられている。相当重い一撃だったらしく、今もぐったりしていた。意識はおそらくないのだろう。
「……倉凪梢」
 こちらの攻勢が止まったのを確認して、晃夜はこちらに視線を向けてきた。
「私たちは生半可なことでは諦めん。これが最後の戦いだ。無駄に人を死なせたくなければ邪魔をしないことだ」
「……そういうことをわざわざ言うってことは、少なからずお前も疲弊はしてるってことかな」
「好きに取れば良い」
 晃夜の周囲には今の僅かな間のやり取りで瀕死の重傷を負った魔術師たちが倒れている。もうやるしかなさそうだ。
「――遥」
 先程到着したばかりの遥に声をかける。
 涼子との通信を終えた遥は、梢の横に並び立った。彼女の姿を見つけた晃夜から、先程までとは比べ物にならない殺気を感じる。
「大丈夫」
 遥はただ短くそう答えると、梢の手を握り締めた。
「やって、梢君」
「……面倒をかけるな」
 晃夜がこちらに迫ってくる。遥を――泉家の者を殺そうと。一心不乱に迫りくる。
 だが、梢の異界が展開する方が早かった。
「――『永久に滅びぬ我が世界(ユグドラシル・オリジン)』」
 晃夜によって荒らされていた周囲が緑に包まれていく。
 晃夜はそれでも止まらない。異界が展開しつつある中、遥めがけて突っ込んでくる。
 遥はそれに対して真っ向から迎え撃つ姿勢を見せた。
「これが最後だって言うなら――私が付き合うよ、晃夜さん」