魔法使いの旅

死んだ人の話
 あるところに、一人の若者がいました。
 別段特別なところなどない、極めて普通の人でした。

 若者は夜の町を歩いていました。
 特に用事もなく、ぶらぶらと散歩をしていたのです。

 若者は路地裏で一つの死体を見つけました。
 特に驚くことはありません。
 この町ではよくあることだからです。

 死体の傍には無関心な人がいました。
 若者はちょっとこの死体について、
「貴方はどう思いますか?」
 と尋ねてみました。
 無関心な人は若者を見て、
「私がどう思おうが、君には関係ないだろう」
 そう言い残して、どこかに去っていきました。
 若者は一人残されて、しばらくその場に立ち尽くしていました。

 すると今度は綺麗な女の人がやって来ました。
 若者は先ほどと同じように、死体について、
「貴方はどう思いますか?」
 と尋ねてみました。
 しかし女の人は答えません。
 死体を見るなり、
「何これ」
 と言ってすぐさまその場から立ち去ってしまいました。
 再び、若者は取り残されてしまいました。

 次にやって来たのは小さな子供でした。
 子供は死体を見ると、最初は驚いて逃げていきました。
 しかしすぐにその場に戻ってきて、死体のことをじろじろと眺め始めたのです。
 それを奇妙に思った若者は、
「君はこの死体についてどう思う?」
 と尋ねてみました。
 すると子供はニヤリと笑って、
「変なの」
 と言って、その場から立ち去ってしまいました。
 若者には、子供がなぜ変と言ったのか理解できません。

 今度は神父がやって来ました。
 神父は死体を見るなり、哀れむような眼で十字架を取り出しました。
 若者は神父にも同じ質問を繰り返しました。
 神父はやや考えて、
「とても哀れだと思います」
 という言葉から、長い長い話を始めました。
 若者は退屈で仕方がありません。
 結局、途中で神父を追い返してしまいました。

 次にやって来たのは殺人鬼でした。
 殺人鬼は死体をじろじろと眺めています。
 若者はこいつならば、と思い、
「貴方はこの死体についてどう思いますか?」
 と尋ねました。
 殺人鬼は死体を蹴りながら、
「悪だ」
 と答えました。
 若者は、
「では正義とは?」
 と尋ねると、殺人鬼は
「俺のことさ」
 とだけ言い残して、その場を去ってしまいました。
 若者には殺人鬼の言いたいことがよく分かりません。

 最後にやって来たのは一人の青年と一冊の本でした。
 彼らは意外にも死体のことなど全く意に介さない様子で、そのまま立ち去ろうとしています。
 慌てて若者は彼らを引き止めて、
「貴方はこの死体についてどう思いますか?」
 と尋ねました。
 すると青年は意外そうに周囲を見回して、苦笑しました。
「ここには死体なんてありませんよ」
 驚いて若者が死体のほうを振り向くと、そこにはちゃんと死体がありました。
「ありますよ」
 と言うと、青年はちょっとため息をついて、
「それでは貴方はどう思っているのですか?」
 と聞き返してきました。
 若者は悩みました。
 特に思うところはありません。
 どう思うか、などと聞かれても困るのです。
「なるほど」
 若者の様子だけで納得したのか、青年はふむ、と頷くとまた歩き出しました。
 少しだけ振り返って、
「魔法使いからの忠告です。貴方は死体(それ) から早く離れたほうがいい」
 そう言い残して青年は去ってしまいました。

 全てが去った後、夜明けが近づいてきました。
 若者もそろそろ帰ろうかな、と思い荷物を手に取りました。
 しかしその瞬間、彼の胸から刃物が顔を覗かせていました。
「あれ?」
 振り返ると、そこには死体が眼を見開いて立っています。
「お前は何のために俺のことを、あれこれと尋ねまわっていた?」
 死体であったはずの者が、そう口を開いたときには若者は既に息を引き取っていました。

「あの男はどうなっただろうな」
「殺されてないことを祈るばかりだね」
 飛鳥井秋人は町の出口とも言うべき場所で、相棒と語り合っていました。
「自分で物を考えようとしない人は、いつだって自分が危険な位置にいることを知らないからね」
 そこに、死体だった男がやって来ました。
「よう、魔法使い。一つ尋ねたいんだが、なんであんたは俺が生きていると分かった?」
「目ですよ」
「目?」
「目が生きていましたから、貴方は。逆にあっちの彼は目が死んでるようでしたね」
「なるほどな」
 それだけを聞いて死体だった男は再び立ち去ろうとしました。
 ふと気になったので秋人は、
「どちらへ?」
 と尋ねました。
「殺人鬼と、決着をつけてくる」
 そう言い残して、今度こそ男は去っていきました。
「やれやれ。お前だって殺人鬼だろうが」
 その姿が彼方へと消え去ってから、うんざりとした口調で魔法使いの相棒は言いました。
「あはは。それを言えば僕やナナシだって同じさ。人は常に、この瞬間に何かを殺し続けているんだよ」
「ほう、例えば」
「自分。家族。友人。他人。動物。植物。意思。認識。価値観。概念。他にもたくさん」
「随分と多いな」
「仕方ないよ。生きるということは殺すこと。無関係な者なんて誰一人いないのだから」
 秋人はそれだけを告げて、町から出て行きました。