識人の捜し物

第一話「捜し屋」
 涼宮町の駅前広場はいつも活気に満ち溢れていた。
 多くの娯楽施設が揃っていること、小銭を稼ごうとする露天商たちが景気のいい声を張り上げていることなどが主な原因である。この辺りには他に遊んだり買い物をしたりする場所がないので、自然と人が集まってくるのだ。
 そんな中、彰は周囲の喧騒から一人取り残されたように立っていた。
 ある一点を除けばさほど特徴のない風貌である。しかし、その一点がかなり際立っていた。
 前髪の右側だけが異様に長いのである。顔の右半分を全て覆い隠してしまうほどの長さで、左右非対称という形容がぴったりの髪型だった。さらに、風で揺れ動く前髪の内には、右眼を覆い隠す眼帯が見える。
 彰が立っているのは広場の片隅にある掲示板の前だった。十年前、駅が改装したときに作られたものである。何のために設置されたのかは不明だが、今のところ利用しているのは彰ぐらいしかいない。
 そこには大きな字でこう書かれていた。

 貴方が見失ったもの、一緒に捜します――。

 それが、不瞳彰の掲げるキャッチコピーだった。
 もっとも、そのことに気づく人間はほとんどいない。
 掲示板があるのは駅に入る階段の脇である。いつも賑わうこの駅前広場において、例外的に人の目が届かない場所だった。
 掲示板そのものが気づかれにくいのに、そこに書かれていることに気づく人間など滅多にいるはずがない。まして、その言葉の意味まで分かる者は極少数だろう。
 もっとも、彰としては狙い通りなのだが。
「この商売、表でやるにしてはちょっと変わってるからな」
 目立たせる必要はない。この言葉は目印に過ぎないのだから。
 彰はただ、客が来るのを待っていれば良かった。来なければ来ないで問題はない。問題なのは、客が来たときの方である。
「っと、客かな」
 人込みを抜けて、真っ直ぐに彰の方へやって来る男がいた。
 ぼさぼさ頭にくたびれたコート、よれよれのスーツを着込んだ冴えない風体。力なく垂れ下がった双眸は、手負いの草食動物を連想させた。
 男は彰の前までやって来ると、不安そうに彰と掲示板を交互に見比べる。
 やがて弱々しい声で、
「貴方が、捜し屋さんですか?」
「はい。私が捜し屋、不瞳彰です」
 彰は力強い笑みを浮かべ、男に名刺を差し出した。
 客を安心させるためにわざわざ作ったもので、そこには彰の名前やメールアドレスなどが記載されている。そして、名前の横には一際大きく『捜し屋』とある。
 捜し屋とは、文字通り捜すことを専門とする仕事である。
 取り扱うのは依頼人が見失ったものである。普通の落し物から大切な宝物、行方不明になった家族を捜すよう頼まれたこともあった。
 彰がこの奇妙な商売を始めたのは、今からおよそ一年前。大学に入学してからのことである。
 自分が持つ奇妙な力に慣れること、そしてその力を上手く扱えるようになること。それが捜し屋を始めるきっかけだった。
「それで、何をお捜しなんですか?」
「は、はい。えっとですね、とても大切な物なんです。しかし、この町で盗まれてしまいまして。警察にも言ったんですが、やはりすぐ見つかるというわけにはいかないようでして」
「つまり、出来るだけ早くそれを見つけたいんですね?」
「ええ、そうです」
 男は落ち着きのない様子で頷く。
 ……無理もないか。こんなところに来るぐらいだから、よほど切羽詰ってるんだろう。
 初めての客だから、彰に対する不信感もあるはずである。彰自身、捜し屋などという奇妙な輩など、そう簡単に信用は出来ないだろうと思っている。
「あの。それでですね、急いでいるんだと言ったら、通りかかった刑事さんがこちらのことを教えてくださったんです。ですから、その……よろしくお願いします」
 商売を始めて既に一年。その間、何度か不穏な事件に巻き込まれたこともある。そのとき何人かの刑事とも知り合っているから、最近ではこの男のように警察経由で客が来ることも多い。
 こうして紹介されるということは、それだけ自分が信頼されているということである。
 ……その信頼を裏切るような真似は、出来ないな。
「分かりました。その刑事さんの顔に泥を塗らないよう、しっかりとお手伝いさせていただきます」
 彰は握り拳で胸を叩き、力強く答えた。

 彰は依頼人から詳しい話を聞きながら、人影の少ない住宅街を歩いている。
 住宅街は、駅前広場とは打って変わった静けさだった。
 この町は駅前を中心に、周囲を住宅街が囲んでいるような形になっている。
 駅前に近づけば近づくほど、デパートやゲームセンター、カラオケなどの施設の数が増えていく。そのため町の中心部は活気に満ち溢れている。逆に外側の方は面白味のあるものがほとんどないため、自然と人気はなくなっていく。
「私は斑目良助と申します。盗まれたのは私の鞄でして……」
「鞄ですか。その中身は教えていただけますか?」
 何か危険な代物だった場合、彰としても何か手を打っておく必要がある。
 以前似たような依頼を受けて、ドラッグの密売騒動に巻き込まれたことがある。一歩間違えれば悪事に加担するところだった。そんなことは絶対に避けたい。
 斑目はちらちらと彰に視線を向けながら小声で話す。
「えっと、仕事の書類とか、あとは小物ですね。帰りの切符とかも入っているので、ないと困るんです」
「貴方は出張か何かでこちらに?」
「そんなところです。あれがないと仕事にならないし、明日までには出向かないといけないしで、あまり時間がなくて……」
 ぼそぼそとした、曖昧な話し方だった。彰は何気なく歩調を緩め、そっと眼帯をずらす。そして、露わになった右眼で斑目の背中を見た。
 そこには、一本の『線』があった。
 その『線』は斑目の背中から彰の胸元へと伸びている。かなり細く、今にも千切れそうだった。
 風が吹いているわけでもないのに、絶え間なく揺れ動いている。
 ……細すぎて、嘘をついてるかどうか判断しにくいな。
 あまりじっと見ていては不審に思われる。眼帯はずらしたままにして、彰は視線を斑目から逸らした。
 前髪によって隠れているため、右眼のことに気づかれる心配はない。
「この辺りです」
 しばらく歩いた末に到着したのは、何の変哲もない住宅街の道だった。
「今日ここで歩いていたらバイク乗りが二人、急に襲いかかってきたんです。私も取られまいと頑張ったのですが……」
「厄介な手合ですね。バイクに乗っていたとなると、遠くに逃げられた可能性もある」
「……」
「でも大丈夫。盗まれたものがこの世から消えたりしない限り、きっと見つかります」
 落ち込む斑目を励ましながら、彰は右眼で斑目を凝視していた。『線』の変化を見逃さないためである。
「斑目さん。とりあえずは歩きましょう。じっとしていても始まりません」
「そうですね。でもどこから捜せばいいんでしょうか……」
「これを使います」
 そう言って彰は、ポケットからガラス玉を取り出した。掌に収まる程度の大きさである。
「占いとかで水晶を使ったりするでしょう? これは、それを持ち運びしやすいよう改良したものです。信じられないかもしれませんが、私はこれを使って今までいくつもの捜し物を見つけ出してきました。まずはこれを手持ってください」
「は、はぁ……」
 斑目は促されるままにガラス玉を手に取った。胡散臭そうにじっと見ている。いきなりオカルトチックな道具を持ち出されて戸惑っているようだった。
 ちなみに、ガラス玉には特別な力などない。
 彰が何かを捜す方法はかなり変わっていて、それは人に説明出来るようなものではなかった。話したところで信じてもらえないだろう。
 ……というか、あんまり言い触らせることじゃないしな。
 自分の右眼が異常だということはよく理解している。そのせいで多くの苦労を背負うはめになった。進んで話したいとは思わない。むしろ、全力で隠したいところである。
 そのため、客を納得させるために適当な方便が必要になってくる。ガラス玉はその一つに過ぎない。
「それで、どうすればいいんでしょうか……」
「その鞄に関することを、何でもいいのでお聞かせください。些細なことでも構いませんので、よく思い出してください」
「はぁ……えっと、手提げ鞄なんですよ、黒い皮製の。大きさは、まぁ普通でしょうか」
 彰に促され、斑目はぽつぽつと鞄の特徴を挙げ始めた。しかし、その内容はさして重要ではない。彰にとって重要なのは、斑目が捜したいものを強く意識することなのである。
 斑目が話し始めると同時に、『線』に変化が訪れた。
 彰に向かって伸びていた『線』は消え、新たな『線』がどこかへと伸びていく。
「斑目さん。そのままでいいので私について来てください。ガラス玉は離さず、捜したいものを強く思い浮かべながら」
「分かりました。でも、本当にこれで見つかるんでしょうか……」
「雑念が入ると分かりにくくなります。集中してください」
 これは本当だった。彰が見ることの出来る『線』の数は、一人一本が限界なのである。その人が今一番強く意識しているものに対する『線』だけが見えるのだった。
 人が何かに対して向けた意識を、様々な形をした『線』として認識する。それが不瞳彰の右眼に備わった力だった。
 より強く意識されれば、見える『線』はより明確に形を作る。
 意識される側がどこにあろうとも、する側が強い意思で思い描けば『線』は現れる。
 そのため、今回のように依頼人が強く意識すれば、どこかにあるはずの捜し物へと『線』が繋がる。後はそれを追っていけば捜し物に辿り着く。
 これまでも、そうやって捜し屋の仕事をこなしてきた。
 多くの『線』を見ることは自分の力を使いこなすための修行になるし、小遣い稼ぎにもなる。
 ……それにこうしていれば、いつかは俺の捜し物も見つかるかもしれないからな。
 彰には昔から、何かを捜さねばならないという漠然とした思いがあった。しかし、それが何なのかは分からない。だから、今はとりあえず他の人々の捜し物を手伝っている。いつか、その捜し物が見つかることを期待しながら。
 彰は斑目から発する線を辿っていく。やがて、二人は意外な場所に辿り着いた。
「……学校?」
 古ぼけた校門に、数年前改装したばかりの綺麗な校舎。そして、それらを結びつける並木道。彰にとっては、懐かしい場所。
 私立涼宮高等学校。彰が通っていた高校だった。
 斑目の『線』は間違いなく学校の中へと伸びている。それも、屋上の方へと。
 なぜバイク乗りに盗まれたものが学校などにあるのかと、彰は首を捻った。
 盗人がアジトにするにはリスクが高すぎる。
 夕方とは言え部活動をやっている生徒たちもいるし、教師たちもまだ残っているだろう。
 外部の人間が入れば否応なく目立ってしまう。
 斑目の話を信じるならば、鞄が盗まれたのは今日である。今より前の時間帯ならば、余計人目につくだろう。仮に学校関係者の仕業だとしても、盗んだものを置いておく場所としては相応しくない。
「あの、どうかしましたか?」
 校門前で急に立ち止まった彰に、斑目が不審の目を向ける。彰は慌てて、
「なんでもありません。行きましょう」
 と、足早に校門から立ち去った。
 既に卒業した自分がぶらぶらしているのも不自然だし、勝手に校舎に入るのもまずい。
 本当に斑目の捜し物がここにあるとしても、今は確認出来そうにない。夜になるまで、どこかで時間を潰す必要がある。
 また後で来ようと思い、彰は一度だけ校門の方を振り返った。
 ――――そこに、一人の少女が立っていた。
「……え?」
 校門から離れ、振り返るまでほんの数秒。
 その間に、どこからともなく少女は現れていた。
 左右に跳ねた前髪と、やや吊り上がった双眸が特徴的な少女だった。端正な顔立ちにバランスの取れた身体つきで、見た目はかなり可愛い部類に入る。しかし鋭い双眸のせいで、やや近寄りがたい雰囲気があった。
 その鋭い視線が形となり、まっすぐにこちらへと向けられていた。
 形となった『線』は、明確な敵意を表している。
 ……なんだ、あの子?
 制服を着て鞄を手にしていることから、これから帰宅する生徒なのだろう。それはいい。
 問題は、彼女がどこから現れたのか、という点である。
 校舎から校門までは真っ直ぐな一本道になっている。校門から校舎の方を見れば、当然彼女の姿を確認出来ていたはずだ。
 だがほんの数秒前に見たとき、一本道に彼女の姿はなかった。それは間違いない。彰が見たときには、一本道を歩いている生徒など一人もいなかったのだから。
 では、彼女は一体どこから現れたというのか。
「……不瞳さん?」
 先行していた斑目が、再び不審そうに視線を送ってきた。
 彰は慌ててぎこちない笑みを浮かべる。
「あ、いや……なんでもないです」
「そうですか。それじゃ行きましょう。早く見つけないといけませんからね」
「分かっています、ご安心ください」
 営業用の笑顔を斑目に向けながら、彰は視線だけを校門の方に戻した。しかし、少し目を離した隙に少女の姿は完全に消えてしまっていた。
 まるで、最初から誰もいなかったかのように。
 敵意のことを除いても、不思議と印象に残る少女だった。
 ……何者だったんだ?
 斑目の後を追いながらも、彰の脳裏には少女の姿ばかりが浮かんでいた。