夕暮れの帰り道

 ————その日もいつもと同じだった。
 俺たち三人の、食堂での会話。
 俺は聞く役。
 他の二人は話す役。
 それがいつものお約束。
 出会って数ヶ月経つうちに、自然とこういうスタイルになった。
「でさー、あそこのボスが倒せないんだよ。お前どうやって倒した?」
「レベルが足りないんだよ、最低でもあと5は上げろ」
「うわマジかよ、きっつ」
 落胆する高嶋は、俺が貸したゲームの話をする。
 正直なところ、やったのは大分前のことなので、いろいろと思い出すのに苦労する。
 その間、横の古雅沢は黙っている。
 しばらくして、高嶋の話がひとまず終わった。
 するとそれまで黙っていた古雅沢が話し出す。
「そういえば、昨日久々にあれ見たんだ」
「ほう、例のやつか。面白かったか?」
「ああ。いきなりあそこで叫びだすとは思ってなかったんだけど……」
 古雅沢はロボットアニメの話を始めた。
 俺もある程度の知識はあるので、話にはなんとかついていける。
 分からなかったら聞いたりもするのだが。
 その間、今度は高嶋が黙る。
 この二人、得意とする話のネタがまるで噛み合わないのである。
 当初はメジャーなゲームやアニメの話で盛り上がっていた。
 が、付き合ううちに段々と話題がコアなものになっていき、次第にズレが表面化してきた。
 毎日のこととはいえ、この気まずさは耐え難い。
 片方と話をしていると、もう片方が無言の圧力をかけてくるような気がするのだ。
 今では三人同時に会話をするということはほとんどない。
 だいたいが俺を間に挟んでの会話になる。
 試しに俺の好きな小説関係のネタを振ってみたこともあったが、どちらもほとんど反応しなかった。
 これでは俺は、否応なく聞き役に徹するしかないだろう。
 こいつらは個人でならいい奴なのだが、このように組み合わせによって非常に困った相手になる。
「話分かんねぇなー」
 古雅沢と俺が会話をしていると、高嶋が不服そうに呟いた。
 いつもながら、こいつは露骨だ。
 感情が表に出やすいというのは、ある意味正直なのだとも取れる。
 だがある程度の配慮が出来ていなければ、単に露骨なだけだ。
「……」
 当然そんなことを言われてもどうしようもない。
 古雅沢は話を中断されて不機嫌そうに黙り込み、俺は困ったように笑うしかない。
 この中では俺が一番滑稽な役回りだろう。
「……でさ」
 結局古雅沢は再び笑顔を作って話を再開する。
 露骨過ぎる高嶋もそうだが、古雅沢ももう少し配慮というものはないのだろうか。
 あるいは既に諦めているのか。
 なんにせよ高嶋と古雅沢。
 間に挟まれる俺という構図は、こんな調子だった。

「うぃっす」
 ある日の夕方。
 学校からの帰り道を一人で歩いていると、後ろから古雅沢が駆け寄ってきた。
「おーう、今日も一日お疲れさん」
「相変わらず親父臭いなぁ」
「ほっとけ」
 性分だ。
「今日も面倒な一日だったよなぁ」
「そうだな。特に高嶋がちょっとな」
 と、古雅沢はいつになく不快感を露わにして口を尖らせた。
 薄々感づいてはいたが、こうまで仲が悪くなっていたのか。
「やっぱお前高嶋苦手派か?」
「うーん、そうだな。人が話してるときにああいう態度取られるとな」
「ああ、そりゃ分かる。もうちょい大人になれ、とは思うな」
「だろ。あれ、お前も高嶋苦手なの?」
「いんや。俺、ああいうタイプとは付き合い長いから慣れてるんよ。だからまぁ——こんなもんか、って」
 個々人に対する対応なんてのはそんなものだ。
 人の欠点を嫌うよりは、折り合いをつける方が面倒くさくない。
 いちいちいがみあったり嫌いあったりするのは厄介だし面倒だしと、いいことなんて一つもないように思える。
 俺は「俺は俺、人は人」というポリシーを持っているため、人にそのことを強要したりはしないのだが。
 しかしいがみ合ってばかりの連中を見ると、どうにも虚しくなるのも事実だった。
「これから何年か付きまとわれると思うとちょっとアレだよなぁ」
 古雅沢ははっきりとは言わない。
 嫌いだとはっきり言うことに抵抗を感じるのだろう。
 聞かされている方としては少々鬱陶しいのだが、古雅沢の気持ちも分かるので黙っておく。
「いくら話題がないからってな。人が話してるときにああいう場が冷めるようなことは言うべきじゃないと思うんだよ」
「そうだなぁ、ありゃさすがにおかしいわ」
 俺は、嘘はつかない。
 その基準を守りながら、適当に相槌を打つ。
 人が話をしてるときに無理矢理割り込んできたり、話を引き裂くような行為は誉められたものではない。
 しかも、俺の経験上そういう奴は大概自分が話したいだけであって、人の話は聞かないケースが多い。
 それがたまらなくうざったいのも事実だった。
「でもまぁ分かりやすい性格ってのはある意味プラスでもあるわな」
「……そうか?」
 俺の言葉に古雅沢は訝しげに眉を潜めた。
 その“分かりやすい性格”故に会話の妨害などを行ったりするのだから、古雅沢が面白くないのも分かる。
 だが、
「下手に裏でいろいろと悪評立てられたりとか、そういう陰湿さはないだろ」
「あー、それはそうかもしれないけどな」
「少し大人になって対応すればいいんだよ。むきになって不愉快な思いするよか、そっちのが楽だぞ」
「……ふーむ」
 いまいち腑に落ちてない様子だった。
 俺は俺で、少し説教臭くなった、と後悔した。
 この手のことを言われて面白いはずもなく、逆に古雅沢に対して高嶋の弁護をしていると思われがちだ。
 それはまっぴらゴメンである。
「ま、俺の方からもさり気なく言っとくわ。お前いい加減にしとけっ! って」
「それ、全然さり気なくじゃないだろ」
 と、古雅沢の表情が少し和らいだ。
 俺がふざけた調子で言ったからである。
 その後は特に不快な話はなく、古雅沢得意のアニメ話で盛り上がった。
 時折俺は古雅沢の話を聞き流しながら、夕陽を飛ぶ鴉を見ていた。
 連中はこんな面倒なことなんてないんだろう。
 道端のゴミ漁りながら生きるのと、人間関係に気を配りながら生きるのでは、どちらが楽なんだろうか。
 そんなことを思った。

「よーう!」
 ある日の夕方。
 学校からの帰り道を歩いていると、後ろから高嶋が駆け寄ってきた。
「おーう、今日も一日お疲れさん」
「相変わらず親父臭いなぁ」
「ほっとけ」
 こいつ、古雅沢と全く同じことを言ってやがる。
 話題のネタさえ掴めば仲良くなれるんじゃないのかこいつら。
「今日も面倒な一日だったよなぁ」
「ああ。そういや古雅ちゃん、今日は一緒じゃねーの?」
「俺は基本的に一人。知り合いと顔あわせれば一緒に帰るって程度」
 帰りの電車でゆっくりと小説を読みたいからだ。
 誰かと一緒に帰ると、性分から聞き役に徹せねばならなくなり、本が読めない。
 それだけの理由で、と自分でも思うのだが。
 性格改善は何回か試みたが、無理だ。
 どうも人間というのは訓練ではどうにもならないものを持っているらしい。
 結局どこまでも俺は聞き役に徹することになりそうだ。
 ……面倒な。
 対する高嶋はどこまでも話し役だ。
 この手の奴は知り合いに何人かいるが、まず話し始めると止まらない。
 自分に関連性のない、あるいは興味のない話はとにかく聞かない。
 つーか人の話を聞かない。
 などと、合わない人間には徹底的に嫌われる性格である。
 だが行動力が豊富であり、統率力もあり、リーダー気質に満ち溢れていることが多い。
 何事にも率先してやるタイプだからだ。
 引っ張っていく力は人並以上にあり、行事などには大活躍する。
 人間というのは本当に、短所があれば長所もあるものだ。
「古雅ちゃんさぁ、最近態度冷たくねー?」
「……まるで彼氏が彼女に言うような台詞だな」
「余計なツッコミ入れるなっての。でもどうよ」
「そら、お前が聞き下手だからだろ」
 とりあえず古雅沢に言った手前、一応注意しておく。
 さすがに高嶋の普段の態度は配慮がないにも程がある。
 ここらで注意しとかないと、こいつのためにもよくないだろう。
「人の話を聞かないはいいにしても、邪魔するのはいかんぞ」
「いや、でもよ。俺が分からないって言わなきゃ古雅ちゃんずっと話しやめないだろ」
 それはそうだ。
 古雅沢はあくまでも自分の話にこだわっている。
 だから高嶋は面白くないのだろう。
 もっとも、だからと言っても邪魔するのはどうかと思うのだが。
「それに、俺邪魔なんてしてねーだろ」
 ————自覚してなかったか。
「お前……」
「な、なんだよー」
「……いや。お前はある意味幸せだよな」
 知らぬが仏とはこういう奴に相応しいのではないかと勝手に思えてきた。
「もしかして古雅ちゃんに嫌われてる? なんかそれっぽいこと言ってた?」
 訂正。
 こいつはこいつなりに薄々感づいていたらしい。
「さぁな。嫌いとは聞いてないぞ」
 聞いてないが、今の状態では間違いなく嫌われているだろう。
「それならいいんだけどな。古雅ちゃんの態度がちと気になってたからよ」
「ふむ。本人に直接聞いてみたらどうだ?」
「それがさぁ、なんか避けられてる気がするんだよね」
「まぁ、お前ら話が噛み合わないしな」
「そうなんだけどさー、古雅ちゃんしつこいよな、話が」
「んー、まぁそういうとこもあるわな」
 それは高嶋だけでなく、古雅沢にも言える問題だった。
 どちらも相手の話のネタを理解しない。
 理解できないのではなく、理解しようとする姿勢を示さないのである。
 俺なんかはっきり言ってどちらの話題に関しても無知であることが多い。
 連中が巨大な線であるのなら、さしずめ俺は点を知っているに過ぎない。
 それでも俺がどうにかついていけるのは、とにかく聞くことで知ろうとしたからだ。
 ところがこの二人は、お互いの領域を保持することしか考えてないのか、まるで相手の話を聞こうとしない。
 分からないから、と高嶋は言う。
 おそらく古雅沢も同じように言うだろう。
 だがそれなら、俺はいったいなんなのだ。
「でよ、そこで全滅しちまってさ」
「お前死にすぎな」
 既に高嶋は得意のゲーム話に夢中だ。
 ちなみに今こいつが話してるゲームは、俺はこいつから聞いたことしか知らない。
「お前、○○やったことある?」
「いや、俺は知らんけど」
 という会話が最初にあったのだが、それでもこいつは話す。
 古雅沢もその点では同じである。
 高嶋の話を適当に聞き流しながら、俺は夕焼け空を見上げた。
 流れ行く雲が、どこか寂しげだった。
 二度と戻ってこないのだろうかと、無意味に感傷的な気分になる。
 そんなことを思った。

 そしてまたある日の帰り道。
 今日は高嶋とも古雅沢とも会っていない。
 別に珍しいことではない。
 ふと、最近は二人についての批評を内心密かに行ってきたが、果たして俺自身はどうなのかという疑問を抱いた。
 無論自分が見た自分というものは多分にひいきしている可能性もある。
 だが一応検証してみた。
 俺はこれまで二人に対して、もっと適当に折り合いをつけてみたらどうだと言って来た。
 要するに相手の欠点に対して妥協しろということである。
 だが連中からすれば、そんなことをしなければならない義務はない。
 嫌なものは嫌なのであり、お互いが会話をしなくても全く困らない。
 困るのは、はっきり言ってしまえば俺だけだ。
 要するに俺が二人に「妥協しろ」と言うのは利己的な行為なのである。
 我ながら身勝手なものだ、と思えてくる。
 もしかすると俺は二人に嫌われているのかもしれない。
 ここまで思い至って、さらに厄介なことに気づいた。
 俺は二人に嫌われても別にいいか、と思ってしまっているのである。
 自分が嫌われることには、子供の頃から慣れていたせいかもしれない。
 しかしなんと妙なことか。
 人がいがみ合うことで自分が気まずくなるのは面倒だというのに、自分が嫌われるのは別にいいかと思っているなどと。
 嫌われるのは当然好きではない。
 面倒なことだとも思う。
 だが俺は、誰かを嫌う権利は誰にだってあるだろうと、妥協してしまえるのだ。
 もしかしたら二人も同じなのかもしれない。
 自分が嫌われるのは、別にそういうこともあるだろうと、妥協しているのかもしれない。
 もしも俺が古雅沢か高嶋と険悪な仲になれば、残った方は非常に迷惑に思うに違いない。
 まったく、二人とも個人としてみれば面白い奴らだというのに。
 “関係”というものが混入されると、ひどく厄介になる。
 人は一人では生きていけないとよく聞く。
 そして人生は辛く厳しいものだと聞く。
 いろんな意味で納得できるような気がした。
 人間関係とは実におかしなものだ。
 今後、誰かと険悪な仲になった場合。
 まず真っ先に、相手ではなく周囲の人々を見てみようと、
 そんなことを思った。