言葉と資格

 それは、いつかどこかであった話。
 
 あるところに、小さな国があった。
 その国では、言葉に責任を求めてはならない、という法律があった。
 かつて、あらゆる言葉から責任を追及しようとした時代があった。人々は責任を恐れて言葉を発しなくなり、国は死んだように静まった。
 そんな状況をどうにかしようと、当時の王が策定したのが、この『発言無責任法案』であった。
 重苦しさから解放された人々は口を開くようになった。また、筆を取るようになった。言論の自由を叫ぶ声が国中を包み、王を称える歌が作られた。
 街角では、愛を語る男女、過去の武勇譚を肴に盛り上がる老人、独特の言葉を作って遊ぶ子どもたちの姿が多く見られるようになった。
 他国の者が訪れれば、その国の人々の言葉が巧みであることに驚かされた。語彙は豊富、識字率も高く、作られる詩は皆素晴らしい。
 そうしていつしかその国は、人々から『言葉の国』と呼ばれるようになった。

 言葉の国に、とても無口な男がいた。
「あいつは言葉の良さが分からない、不粋者さ」
 周囲からそんな風に言われても、不粋者は気にしなかった。
 ただ日々の仕事をそつなくこなし、家に帰って本を読む。そういう平凡な日々に十分満足していた。
 そんな不粋者だから、ほとんど皆から相手にされなかった。
 一人だけ不粋者に絡む男がいた。派手好みの格好、人をあっと驚かせる言動から、その男はばさら者と呼ばれていた。
 このばさら者、とにかく不粋者が気に入らなかった。明るい男なので特に陰湿な真似はしなかったが、不粋者の話題になると機嫌を損ねる。
「不粋なのは駄目だねえ」
 さて、そんな二人がひょんなことから食事の席で隣同士になった。
 周囲の人間は「さてどうなることやら」と興味深そうに両者を見比べている。
「よう、あんたが巷で噂の不粋者かい」
 からかうような口振りでばさら者が語りかける。不粋者はというと、箸を進めながら軽く頷くのみ。まるで愛想がない。
「なんでもあんた、必要なこと以外は口にしないそうだが」
「ああ」
「それで人生楽しいのかい」
「さあ」
 ばさら者は言葉が明確なのに対し、不粋者は曖昧に頷いたりして、食事に集中しきっている。これにはばさら者も興醒めしたと見え、「そうかい、分からないかい」と言って、会話を打ち切ってしまった。

 そんな不粋者だが、仕事はよくやった。
 もっとも、地味で堅実な働きぶりだから、人々の話題にあがることはない。
 対するばさら者だが、彼もまた仕事はよくやった。ただしこちらは、成功したり失敗したりと忙しかった。不粋者が平坦な道なら、ばさら者は山あり谷ありの仕事ぶりであった。
 不粋者だけなら目立つこともなかったろうが、とても目立つばさら者と好対照だったこともあって、人々はそれぞれの仕事ぶりを比較した。
「ばさら者の仕事ぶりはあれ、英雄型というやつだよ。え、だってそうだろう。失敗を恐れず前へ前へと進もうとする気概が感じられるよ。実に天晴れだ。それに比べて不粋者の働きぶりは官僚的で良くないね。言われたことだけやって、それでしまいさ」
「不粋者は人の上に立つ器じゃないねえ。あれは自分の意志で何かをやろうという気合がない。ばさら者もちょっと落ち着きが足りない意よねえ。大将になるなら、もっと貫禄が欲しいところだよ」
 そんな風にあれこれ評論しているところに、一人の老婆がやって来た。彼女はあれこれ言っている評論家たちを見て、
「呆れたもんだね」
 と呟いた。
「あんたたちは人のことああだこうだ言ってるけど、まず自分自身はどうなんだい。何を言うのも自由かもしれないがね、言葉ってのは上っ面だけじゃ意味ないんだよ」
「なんだい婆さん、俺たちが二人のことを評価するのに文句あるのかい」
「文句はないよ。好きなだけお言いなさいな。けど、自分じゃ何もしない奴が口先だけいっちょまえにして格好つけた言葉を並べたところで、意味はないんじゃないかね。空しいもんだと思うよ、私は」
 そこまで言われちゃ、評論家気取りの連中も立つ瀬がない。あまりに悔しいものだから、あの婆さんの鼻を明かしてやろうということになった。
 まず婆さんが何者か調べよう、ということになった。
 数日して、一人が街でたまたま婆さんを見かけた。こっそり後をつけて行くと、婆さん、不粋者とばさら者の仕事場に入っていく。
「こりゃどうしたことだ?」
 訝しみながら窓から中を覗くと、なんと婆さん、不粋者とばさら者を叱りつけている。
 不粋者に対しては、
「あんたはもう少し自分で物事考えてやってみな。いつまでも人の指示に従ってばかりじゃ意味ないよ。もう新人じゃないんだから、ちっとは自分で動いてみな!」
 ばさら者に対しては、
「どうしていつもあんたは騒動ばかり起こすんだい。え、格好つけたいのかい。何かやるなら、その前に深呼吸してちったぁ物事考えなさいな。ガキ大将にゃ任せておけないよ!」
 言われた二人はおとなしく項垂れている。不粋者もそうだが、ばさら者も妙にしおらしくなっていた。
 これを見た評論家気取りの男は、すぐさま仲間のところに駆け戻った。
「なんだ、婆さんも何だかんだで俺たちと同じこと言ってるじゃないか」
「なら俺たちがどう言ってもいいじゃないか。なあ」
 そう思った評論家気取りたちは、前と同じようにあれこれと人の噂話をして過ごすようになった。
 ところがある日、不粋者とばさら者の話をしていたとき、当の本人たちとばったり出くわした。
 彼らの話を聞いたばさら者は、数日前のしおらしさはどこへ行ったのか、恐ろしい剣幕で、
「よくもまあ、散々人のことを好き勝手言ってくれたじゃないか」
 と大声で威嚇する。
「な、何を言っても別にいいじゃないか」
 評論家気取りたちは弁明するが、ばさら者は静まる様子を見せない。困り果てていると、脇にいた不粋者がこう言った。
「ばさら者、何を言うのも自由というのは彼らの言う通りだ。好きに言わせておけばいい」
「しかしお前、こんな好き勝手言われてもいいのか」
「不愉快だが仕方がない。そういうのは相手にしなければいいのさ」
 そう言って不粋者は去っていく。ばさら者も、不粋者の話を聞いて思うところがあったのか、鼻を鳴らして去って行った。
 残された評論家気取りたちは、お喋りを再開した。
 何を言うのも自由な国である。彼らはいつまでも、とめどなく話し続けた。

 月日は流れて十数年。
 あれからばさら者は何回もの失敗を乗り越えて、国中に名を知られる実業家になっていた。
 ある日、彼が大通りを歩いていると、前から懐かしい顔がやって来る。
「おい、どこぞの不粋者じゃないか」
「ああ」
 相変わらずの無口ぶりだったが、そんな不粋者も、今では王国一の詩人として名を知られている。
「懐かしいな。互いに婆さんに叱られてたときのことを思い出す」
「あの人の言葉には説得力があったな」
 実は件の婆さん、この二人の上司であった。世の中の酸いも甘いも噛み分けた女傑であり、不粋者もばさら者も彼女のことは尊敬していた。
「そういや、俺たちのことを好き勝手に言ってた奴らもいたな。言ってることは婆さんと同じだったが、ありゃ腹が立った」
「彼らの言葉には説得力がなかったな。そういうのは適当にあしらっておけばいいのさ」
 それから二、三の言葉を交わして二人は別れた。
 かつての不粋者とばさら者は、その後も国中で評判の仕事ぶりを発揮し、歴史に名を残すほどになった。
 評論家気取りの男たちがあれからどうなったのかは、誰も知らない。