ユグドラシル聖戦記

軍師ショウ外伝
その魂、不滅なり(前編)
 ——————————/稽古のあと

 それは、テンルウとの稽古の最中のことだった。
「お前ってさ」
「はい?」
 素振りをするショウに、テンルウは首を傾げながら言った。
「変な奴だよなあ」
「いきなりなんですか」
 ショウは口を尖らせた。それでも素振りはやめない。
「同年代の連中はそれなりに戦う術を持ってるけど、お前に限って微妙だし」
「うっ、それはまあ事実ですけど」
 ショウの脳裏に、カンピナスやヨウスケといった同年代の姿が浮かび上がる。彼らは皆、己の力で戦う術を持っていた。ショウだけ弱いのはどうしようもないくらいの事実である。
 そもそも、こうしてショウの稽古をつけているテンルウにしても、そう年が離れているわけではない。師匠という立場のテンルウではあったが、ショウにしてみれば『兄貴分』のような感じがする程度である。しかし、その剣腕は大陸随一のものだった。
「聖騎士の血筋引いてるのになぜか剣技は駄目。それって不思議なんだよな。俺なんか剣の鍛錬は相当力を入れて叩き込まれたもんだが」
「僕の興味関心は軍学に向いてたんですよ」
「というのは建前で、本当は単に運動嫌いなガキだったんだろ?」
「いちいち的確すぎる推測しないでくれませんかねぇっ!?」
 図星なので反論は出来ない。軍学志向が強かったのは確かだが、運動嫌いだったのも本当のことである。
「二人とも、頑張ってますわね」
 と、そこにシオンがやって来た。コウヘイとユーリも一緒である。
「お、シオン。子供たちは?」
「ルカに預けてきましたわ。たまにはお茶会でもどうかと思って」
「そうだな、んじゃ今日の鍛錬はこれぐらいにしとくか」
「はい、分かりました」
 ちょうど五百回目だったので、そこで素振りを終える。全身汗だくで気持ち悪かった。
「ちょっと汗流してから行きますね。場所は中庭の?」
「ええ、いつものところ」
「分かりました。それでは失礼します」
 そう言って、ショウは駈け出したのだった。

「ふぅ……」
 一足先にお茶会の席についた一同。あまりこういう席は落ち着かないのか、コウヘイは複雑そうな表情を浮かべている。
「ユーリに誘われたから来てはみたが、どうも馴染みにくいな」
「お前は酒場で飲んでる方が似合いそうだよな」
「それはお前も一緒だろ。お茶会なんて柄でもないくせに」
「シオンがお茶するなら俺も同席する。当然のことだろ?」
「……」
 喜々として語るテンルウと、呆れ顔のコウヘイ。そんな男二人を見て、シオンとユーリはおかしそうに笑う。
「そういえばテンルウ様、最近ショウはどうですか?」
「大分身体の方は出来上がってきたな。ま、もともとが駄目駄目だったから、ようやく半人前に近づいたって感じだけど」
「それでも随分と成長した方ですよ。昔は本当に酷かったし。テンルウ様の指導の賜物かしら」
 ユーリが感心して言った。彼女やシオンは昔のショウを知っている。だから、ショウの変化というものがよく分かるのだった。
「あいつってガキの頃はどんなんだったんだ?」
 コウヘイがお菓子をつまみながら尋ねる。
「一時期、カルディナ公爵家を継ぐに相応しくないとされて追い出されたことがあったわ」
「……マジ?」
 ユーリがあっけらかんと言った内容に、テンルウやコウヘイが絶句する。王侯貴族にとって、家から追い出されるなどというのは穏やかな話ではない。コウヘイはその経験者だが、彼の場合、大臣ワイアットの陰謀が働いていたという事情がある。そういう事情があるにしろないにしろ、只事でないのは確かだった。
「違いますわ、テンルウ様。それはプリウス公の……ってこのこと、話してもいいのかしら」
 言いかけて、シオンは迷う素振りを見せた。
「なんだ王女、言いかけてやめるなよ。気になるだろ」
「えーと、でも……勝手に言っていいのかしら」
「シオン様が言ったのであれば、ショウに文句はないと思いますよ?」
 ユーリが後押しする。それで、ようやくシオンはその出来事について話し出したのだった。
「あれは、ショウが士官学校に入る少し前のことなんですけど————」



 ——————————/ケルト村

 カルディナ公国領内の外れ、ケルト村にて。
「よし、いいかショウ。今から俺が言うことをしっかりとやれ」
「今度は何さ……」
「おう。教会の屋根の上に帽子あるだろ、あれ見えるか」
 言われて、ショウは視線を上げた。教会は村一番の大きな建物で、屋根の高さは相当のものだった。そこに、麦藁帽子が引っ掛かっている。
「うん。確かに帽子だね。それで?」
「取ってこい」
「無茶言わないでよ、ダイス……」
 うんざりした様子で、ショウは隣に立つ男に文句を言う。しかし、ダイスと呼ばれた男は胸を張って言った。
「馬鹿野郎! あれはなあ、道具屋のばあちゃんが、死んだじいちゃんから贈られたもんなんだぞ!?」
「だから何さ」
「何さ、じゃねえ! 今のエピソード聞いたら黙って取りに行くだろ! それが男ってもんだろうが!」
「じゃあダイスが取りに行けばいいじゃない」
 ショウはため息をつく。なにしろ彼はまだ子供だ。あんなところに物を取りに行けるわけがない。それに対して、ダイスは立派な大人だ。自信満々な態度からして、簡単に取ってこれるのだろう。
「馬鹿、これはお前を男にするための試練の一つだ! お前がやらなきゃ意味はねえ!」
「僕帰るね」
「あ、こらちょっと待て!」
 踵を返すショウを、ダイスが無理矢理引き留める。
「ったくしゃあねぇなぁ。んじゃちょっと見てろ」
 そう言ってダイスは教会の壁にしがみつき、虫のようにすいすいと屋根に向かっていった。。レンガ造りで所々凸凹になっているから、それを利用して上っているのである。ただし、危険であることに変わりはない。
 あっさりと屋根に到着すると、ダイスは帽子を拾って仁王立ちした。
「ショウ、ここは眺めがいいぞ。お前も来いよ」
「いいよ、僕は。先に帰って本でも読む。じゃあね」
 今度こそショウは踵を返し、家に向かうことにした。後ろでダイスが叫んでいるが、気にしないでおくことにする。
「はぁ……。そもそも、なんで僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ」
 ————事の発端は、数日前に遡る。

 その日、ショウはいつものようにお気に入りの書斎で本を読んでいた。軍学の本、哲学の本、過去の偉大なる英雄たちの物語。読みたい本はいっぱいあった。
 元々運動神経が鈍かったこともあって、ショウは身体を動かすことを嫌うようになった。そのため、こうして読書ばかりする日々が続いていたのである。
 また、運動神経がないことで劣等感を抱くようになっていたからか、ショウはあまり人と接しようともしなくなっていった。馬鹿にされるのが怖かったのだ。
 そんな事情もあってか、気づけばショウは、引きこもってばかりの子供になっていた。
 それでもいいと思っていた。頭の良さには自信がある。自分はその分野で成功すればいい。そんな風に、考えていたのである。
 しかし、父であるプリウスは放っておかなかった。
「ショウ、また稽古をさぼったそうだな」
「……その分、こうして勉強してます」
「それだけではいかんのだ。分からないのか、ショウ……」
 プリウスは嘆息した後、残念そうに言った。
「ショウ、今のままのお前に、カルディナ公爵家は継がせられん。よって、一旦お前を他所に預けようと思う」

 そうして城を追い出され、連れて来られたのがこのケルト村である。そして、ここでショウの教育役に任されたのがダイスという若者だった。
 本当はダイウスという退役騎士が世話役のはずだったのだが、ショウが到着する数日前に亡くなってしまった。そのため、孫のダイスが急遽代役を務めることになったのである。ダイスはまだ二十五歳だった。
「ダイウスが生きててくれたら、もうちょっとましだったのかなぁ」
 思わずそんな言葉が出てしまう。内向的で大人しいショウは、外交的で暑苦しいダイスが苦手だった。
「だいたい父上もおかしいんだ。僕がカルディナ継ぐのなんてまだまだ先じゃないか。なんで今追い出されるんだよ……」
「ショウ、ちょっと待て!」
 と、後方からダイスが走って来た。手に帽子は持っていない。もう返してきたらしい。
「相変わらず無駄に早いね……」
「言うことはそれだけか?」
 追いついたダイスは、ショウの前で仁王立ちになった。眉がつり上がっている。どうやら、先ほどのショウの態度を怒っているようだった。
「だって、あんなの取れるわけないよ……」
「やる前から諦めてどうする! 男だったらまず動け。それで失敗したなら、成功するまで動き続けろ!」
 拳を握り締めて力説するダイス。黙っていれば美青年なのに、いちいち言動が暑苦しいので、あまりそういう印象がない。
「よし、それじゃ特訓の続きだ。今度はあそこにいる女を口説くぞ」
「ねえ、僕子供なんだけど。口説くとかって無茶言わないでよ」
 ショウの話を聞いているのかいないのか、ダイスは軽快な足取りで村娘たちに声をかけていた。
「ようロザンナ、ケイト。今日も元気そうじゃねえか」
「あ、ダイスおっはよ〜。あんたこそ、相変わらず元気そうね」
「今日も爽やかで素敵よ。村の警備、頑張ってね!」
「あたぼうよ。この村は俺がいる限り、未来永劫平和だぜ! あ、今度デート行かね?」
「いいわよー。その代わり牛の乳搾り、また手伝ってよね」
「私は羊の毛刈りお願いしてもいい?」
「オーケーオーケー。任せとけ。それじゃな!」
 ピッと手を上げながら、ダイスはこちらに戻ってくる。
「どうだ」
「今の、デートの申込になってたのかな……」
 とは言え、成功したのは間違いない。ダイスの人徳というものだろうか。
「ほれ、ぐだぐだ言ってないでお前も行ってこい」
「え、でも……」
 及び腰のショウの背中を、ダイスが勢いよく押す。その勢いに負けて、ショウは村娘たちの前に放り出された。
「あ、あの……」
「あれ、ダイスのところの子じゃない。えーと、ショウ君だっけ」
「は、はい。……その、おはようございます」
「うん。おはよ」
 相手は普通に接してくれるのだが、ショウはオロオロしてしまう。最近はあまり人と接することもなかったので、極度の人見知りになっていたのである。
「え、えっと。その、ですね」
「ん? どうしたの、ダイスに苛められた?」
「そうじゃなくって。えっと、今度……その」
 相手と目が合わせられない。そんなショウの様子が気になったのか、ロザンナと呼ばれた方の女性が覗き込んできた。
「どうしたの? 可愛い顔が台無しだよ?」
「か、かわ……」
 そこでショウの頭はパンクした。もうどうにでもなれ、と開き直る。
「こ、ここ今度、デートしませんかっ!?」
 言った瞬間、物凄く後悔した。何をしてるんだろう、という思いが胸をよぎる。
 ところが、村娘たちの反応は意外なものだった。
「お、なかなか度胸あるじゃない。どうしよっか、ケイト」
「いいんじゃない? この子結構可愛いし。それで、どこに行くの?」
「え、いいんですか……?」
 予想外の答えにショウが気を良くした瞬間、ダイスが現れて、その首根っこを掴まえた。
「おう、二人とも悪いな。こいつ、俺と一緒に警備してる途中なんだよ。それじゃまたな!」
「え、ダイス……!?」
 ショウが反論する間もなく、ダイスは駆け足でその場を離れてしまった。

「まあ、あれだな。異性を誘うのなんざ出来て当然よ。人間としては自然な形だからな」
「……僕が成功したのが気に入らなかったんじゃないの?」
 疑惑の眼差しを向けるが、ダイスは肩を竦めて頭を振った。
「馬鹿野郎。んなわけあるか。あのまま放っておいたら、お前そのままデートに行ってたろ。俺たちは巡回の途中じゃなかったか?」
 それを言われると反論出来ない。ダイスはこの村の警備団なのである。ショウも彼と一緒に巡回中なのだった。
「目先のことに惑わされて目的を見失うなってことさ。そんなだから、こんなとこに連れて来させられるんだよ」
「……そんなこと言われても。こっちだって、なんでこんなとこに来させられたのかよく分かんないんだよ。父上が僕を追い出したのが悪いんだ」
 口を尖らせるショウに、ダイスは「ほらよ」と牛乳を放り投げた。
「違えよ。プリウス公は、お前のそういう性根を叩き直すために、俺に預けたんだ」
「なんでさ。僕、間違ったことなんかしてないよ」
 牛乳を飲みながら、ショウはぐちぐちと文句を言い続けた。しばらくはそれを黙って聞いてたダイスも、やがて大きく溜息をついた。
「今のお前、すっげぇカッコ悪いぜ」
「じゃあカッコイイって何なのさ。全然分かんないよ」
「んなもん決まってるだろ」
 そう言ってダイスは拳を握りしめた。
「異性を惚れさせられる奴は、普通にカッコイイ奴だ。けどな、本当の意味でカッコイイ奴ってのは、それに加えて同性をも惚れさせられる奴のことを言う!」
「ホモになれと?」
「どっからそんな言葉覚えてくるんだこのマセガキは……」
 ショウの淡々としたツッコミに冷や汗をかきながらも、ダイスはそれを否定する。
「俺が言ってるのはそういうことじゃねぇ。惚れるってのは恋愛感情とはまた別物だ。こいつのためなら命賭けられる。そういう思いが、惚れるってことだ」
「別に、そんな風に思われなくてもいいよ。どうせ僕はカッコ悪いんだし」
「うだうだ言ってんじゃねぇ!」
「うわぁっ!」
 突然の一喝にショウは怯み、尻持ちをついてしまう。
 ダイスはそんな彼を見下ろして、びしっと指差した。
「どうせとか言ってる場合か! お前、いつか公爵家を継いで戦争でも起きたらどうする。持ち前の頭の良さだけでどうにかなると思ってんのか?」
「な、なるよ……。そのために僕は勉強してるんだ」
「経験者として言わせてもらうが、頭だけでどうにかなる戦争なんざない。だいたい考えてもみろ、お前、どんな指揮官が一番怖いよ。勇猛な奴か? 頭の良い奴か? 違う。本当に怖いのは、兵士全員を惚れさせられる指揮官だ。そういう指揮官の率いる軍勢は超強ぇぞ。加えて頭も良くて勇気もあれば、そいつの率いる軍勢は絶対無敵ってもんだ」
 ダイスの言葉には、説得力があった。確かにショウも、知識だけで何でも出来るとは思っていない。勉強への傾倒が逃げであることは、分かっている。
「けど、どうすればいいのか分かんないよ。いっつも馬鹿にされて、笑われて。そんなの嫌なんだ」
「そういう弱腰なのが良くねえんだよ。お前、まさか全世界で自分だけが笑い者にされてるなんて思ってないだろうな」
 ショウは答えなかった。時々悲観的になると、そういう風に考えてしまうこともあるのだ。
「……安心しろよ、お前だけじゃない。人間、生きてりゃ皆どこかで笑われる。馬鹿にされる」
 ダイスは、そんなショウを助け起こして頭をがしがしと撫でた。
「けどな。そこで、もう嫌だって閉じこもってたら、いつまで経っても変わらないぜ? 馬鹿にされようと笑われようと、男なら進み続けろ。いつか、周囲から認められるようになるまでな」
 ダイスは簡単そうに言うが、きっとそれはとても大変なことだ。ショウだって努力をしてこなかったわけではない。それでも、認められたことなどほとんどなかった。
「認められるようにって、どれぐらいかかるんだよ……」
「それはお前の魂にかかってる」
「魂?」
「おうよ。高潔な魂を持ってる奴は、必ずどこかで認められる。だからお前も、己が魂を磨き続けろ」
 ダイスは拳で自分の胸を思い切り叩いた。
「理解されることを怠るな。理解することを忘れるな。楽しむことを怠るな。楽しませることを忘れるな。己を律しろ。他を律しろ。高潔な魂ってのは、そういうもんだ」

 ダイスとの巡回を終えたショウは、へとへとになっていた。村自体はそう大きくないので巡回そのものは楽なのだが、ダイスの"課題"がきついのである。
「どうしたどうした、そんなんでどうする。情けないぞショウ!」
「情けなくていいです……」
 そんな二人を、村人たちはおかしそうに見ていた。ショウの身分はダイス以外には隠してあるので、村人たちはショウを『ダイスの家の居候』としか見ていないのだった。
 元々、プリウスも今回の沙汰を表向きにするつもりはないようだった。ショウの経歴に傷がつくことを配慮したのだろう。後々ショウが公爵家を継いだとき、このことが問題にならないようにと考えたのである。ショウのためでもあるが、国の安定も考慮してのことである。国内で揉め事が起きて一番被害を被るのは市民なのである。
 子供のくせにそういうところでショウは聡い。今回の"絶縁"は一時期的なもので、そのうちきっと迎えが来る、と考えていた。
 ……うん。それまでの辛抱だ。
 そのとき、近くで指笛の音がした。
「おっと、また盗賊の類か。ショウ、危ないからお前は先に戻ってろ」
 そう言ってダイスは駆け出していった。他にも村の男たちが、斧を片手にかけていく。巡回はダイスの担当だが、警備団は村の成人男性全員で構成されている。有事の際は皆で事に当たるのである。
 ショウは疲れていたが、大人しく家に帰りはしなかった。こっそり男たちの後を追いかけて行く。
 やがて村の外れに到着した。そこでは、賊とダイスたちが対峙している。
「やいやいやいやい、てめえら、性懲りもなくまた現れやがったな!? だが、このダイス様がいる限り、ケルト村には手出しさせねぇぜ!」
 ダイスは啖呵を切りながら、二本の刀を抜き放った。大陸でも珍しい二刀流である。
「うわぁ……」
 それから繰り広げられた一方的な戦いに、ショウは感嘆の声を漏らした。押しまくっているのはダイスたちだった。
 ダイスの力量は他と比べても抜きんでている。二本の刀を振り回しながら、縦横無尽に敵を蹴散らしていく。
 普段のダイスは暑苦しくて苦手だったが、こういうときの彼はたまらなくカッコ良かった。
「僕も、あんな風になれたらなぁ……」
 無論、それが夢物語だということは分かっている。自分があの場にいたとしても、役には立たない。脅えて縮こまっていることだろう。ダイスのようになるなど、夢のまた夢だった。
「ちくしょう、覚えてろ!」
 お決まりの負け台詞を残して、賊たちは逃げ去っていった。村を守りきった男たちは、ダイスを中心に歓声を上げていた。
 それを物陰に隠れて見ている自分が、無性にむなしくなった。
「……本当、こんなところで何やってんだ、僕は」
 何をしようともせず、ただ隠れて、羨ましがって。
 それでは何も変わらないと、自分でも分かっているはずなのに。

 数日経った頃、ショウが世話になっているダイスの家に、意外な客が訪れた。
 その日もショウは、ダイスと一緒に巡回をしていた。相変わらず無茶な課題を出してくるダイスに辟易しながらの帰宅であった。
「……あれ?」
 ダイスの家の前に立つ人影を見て、ショウは目をこすった。最初は幻だと思ったのだ。
 その人は、こんなところにいるはずの人ではなかった。
「ん、どうしたよ兄弟」
「誰が兄弟だよ。そうじゃなくて、あれ……」
 と、そのときだった。
「あ、ショウ〜っ」
 可憐な声で手を振る美しい少女。
 それは、この村を領するカルディナ公爵家の主筋、グランビア王家の現王女——シオンだった。
「な、なんでシオン様が——ふがっ」
 慌てて駆け寄ったショウの口を、シオンの指がそっと塞いだ。訳も分からず、ショウは硬直してしまう。
「ってショウ、私のことは眼中にないのね……まあいいけど」
 と、シオンの後ろからもう一人の女性が姿を見せた。ナディア公爵家の公女ユーリである。
「あ、ユーリ。なんだいたの」
「……」
「い、痛い痛い痛いよっ」
 無言で頬をつねるユーリから逃れ、ショウはシオンの後ろに隠れてしまった。
「まあまあユーリ。それぐらいにしてあげて、ね?」
「シオン様がそう仰るなら……」
「今はお忍び中なんだから、様はつけなくてもいいわよ」
「こ、こっそりやって来たんですか?」
「うん。ショウが大変なことになってるって聞いて、少し気になって」
「し、シオン様ぁ……ありがとうございますぅ〜」
 情けない声をあげるショウ。そんな彼の首根っこを、追いついてきたダイスが掴み上げた。
「なんだ、この嬢ちゃんたち? お前の友達か?」
「ダ、ダイスっ。違うよ、二人は……ふがっ」
 王女と公女だ、と言おうとしたショウの口は、再びシオンの手によって塞がれていた。
「私たちはこの子の従姉ですわ」
「ああ、そうなの。そんじゃこんなところで立たせとくのも悪いな。汚い家だが、中に入ってくれよ」
 片手でショウをぶら下げながらドアを開け、女性二人を案内する。
「お邪魔します」
「ただいまーっと」
 シオンたちに続いて家に入ると、ダイスは「適当にくつろいでてくれ」と言って自室に行ってしまった。巡回時の制服から部屋着に着替えるのだろう。ショウは制服など着ていないので、着替えの必要はない。
「シオン様、なんで僕の口を塞ぐんですか」
「お忍び中だから、なるべく正体は隠した方がいいかな、と思ったの」
「はあ」
 そういう問題なのだろうか。
「ところで、ユーリはなんでここに?」
「シオン様一人だと何かあったら大変でしょ?」
「ユーリだって戦えるわけじゃないんだから、二人でも大変だと思うんだけど……」
「まあ、近くまでルカやクリシュナに送ってきてもらったから」
「迎えはどうするんだよ……」
 はあ、とショウは溜息をつく。一緒になってユーリも溜息をついた。
「それで、どう? 大変じゃない? 大丈夫?」
 シオンは弟を心配する姉のように尋ねてくる。彼女にとって、ショウはあくまで弟なのだろう。そのことが、最近少し歯がゆい。
 二人のことはもっと幼い頃から知っている。しかし、引きこもりがちになってからは多少疎遠になっていた。それでも、ショウが家を追い出されたと聞いて駆けつけてくれた。そのことは嬉しい。しかし、なぜか素直に喜びきれない。
 ここでの生活は大変だった。ダイスの暑苦しい性格、貧しい食事など、全てがうんざりするような環境だった。そう、いつも思っていた。
 しかし、口から出たのは、そんな普段の思いとは異なるものだった。
「まあ、大変ですけど……それなりに楽しい、かもしれません」
 それを聞いて、シオンはほっと胸をなでおろす。本当に心配していたのだろう。
 そのとき、ダイスが戻って来た。器用にも、四つのカップを持っている。
「おう待たせたなお客人。俺特製のコーヒーだ。口に合うかどうか分からんが、試しに飲んでみてくれや」
「……ダイス、それはいいけどさ、敬語使おうよ」
 ダイスは敬語を一切使わない。さすがにシオン相手にため口なのはどうかと思って、注意を促す。
 だが、ダイスは笑い飛ばした。
「ああ、お前の親戚ってことは公爵家に連なる人なんだっけ? だったら気を悪くしないでくれや。俺、敬語なんか教わらなかったからよ」
「別に気にしてませんわ。ね、ユーリ?」
「……ええ、まあ」
 本当はシオンに対してため口のダイスに腹を立てているのだろうが、ユーリは大人しく頷いた。身分を隠すというシオンの指示に従うつもりなのだろう。
 ショウとしては胃が痛くなる。
「それにしたって、もうちょっと敬う姿勢とか見せればいいのに。一応僕、公爵家の跡取りなんだけど」
「何馬鹿なこと言ってやがる。敬うに値する人間には、ちゃんとそういう姿勢で接してるぜ? プリウス公とか」
「僕に対してはそういう素振りないじゃない」
「それはお前が敬うに値しないからだ」
「随分はっきり言ってくれるね……」
 がっくりと肩を落として、ダイスのコーヒーを飲む。美味い。粗野な印象が強いため誤解されやすいが、ダイスはこういうことも得意なのだ。暑苦しいことを除けばほとんど完璧超人に思えてくる。
「まあ、ショウじゃね。最近うちの方で聞く噂も、良い内容のものはほとんどないわよ」
「ユーリまで。……いや、分かってるけどさ」
 一時的にしろ、城を追い出された時点で、不肖の息子であることは明白だった。
「身分なんかで人の心まで支配出来るわけじゃねえ。一兵士でも尊敬される奴は尊敬されるし、王様でも駄目な奴なら周囲の心は掴めない。表面上は敬意を払うだろうが、そんなのはまやかしよ。目の前で腰低くしてる奴が、内心じゃ軽蔑してる、なんて珍しいことでもない。そりゃお前だって分かってるんじゃないか?」
「……まあね」
 ショウは馬鹿にされ続けてきた。馬鹿にしてきたのは、だいたいが自分よりも身分の低い者たちだった。ショウを前にすれば恭しい態度を取るが、いないところでは悪口ばかり言っている。それは、嫌というほど分かっていた。
「まあ辛気臭くなるなよ。せっかく美人のねーちゃんたちが来てくれたんだ、もっと盛り上がろうぜ!」
「あら、美人だなんて」
「いやいや、あんたらはかなり奇麗だと思うぜ? な、ショウもそう思うだろ」
「う、うん……」
 歯切れが悪くなったのは、無理をして言っているからではない。近頃、ショウはシオンのことを意識するようになっていたのだ。以前から尊敬はしていたが、その感情が最近別のものになってきているような気がするのである。それが何かは、まだ子供のショウには分からなかったのだが。
「ところで、えっと……ダイスさんでしたっけ」
「おう、村の自警団『ケルト団』の団長ダイス様とは俺のことよ」
「ダイスさん。この子、こちらに来てからどうでしたか? その辺りのこと、ちょっと聞きたいんですけど……」
「うわ、ちょっ……」
「おお、そうだな」
 ショウが止める暇もなかった。
 シオンの問いかけに対し、ダイスはこの村に来てからのショウの様子を面白おかしく語り出す。八割がたは人に聞かせたくない類の内容だった。
 村に来て早々迷子になって泣き出したこと、山の中で虫に襲われ逃げ出したこと、勘違いから村の子供たちに変なあだ名をつけられたこと————。
 ユーリが途中で何度も吹き出し、シオンも最後の方では笑いを堪え切れなくなる始末。
 ……ああ、殺して。
 遠い目をしながら、ショウは誰にともなく願うのだった。



 ——————————/ケルト団

 ケルト村の住民は、大半が農業を生業としている。ただし、他所へ売りに出す余裕はほとんどない。寒村にはよくある、自給自足中心の生活だった。
「そんなわけで普段は俺がこうして巡回を行う。けど、何か起きれば全員で対応する」
「つまり、村人全員が自警団の団員ということなんですね」
「ま、そういうこった。自警だしな。自分たちの身は自分たちで守るってことさ」
 今、ショウたちは巡回の途中だった。今日はシオンとユーリも一緒である。
「おうダイス、今日はえらいべっぴんさんが一緒だな。両手に花とは羨ましいね」
「ようレットール、相変わらずアホ面だな。このお嬢ちゃんたちは客人だ。案内の途中だからとっととあっち行け」
「へいへい。お、坊主。今日もちっこいなあ。んじゃ、またな」
 そう言って、鍬を持った大柄な男は去っていった。ショウは毎日顔を合わせている。
「今のはレットール。俺に次ぐ副団長ってとこだな。ごっつい顔して、美人と評判だった村長の娘を嫁にしやがったラッキーマンだ」
「……そういえば、ダイスさんって若いのに団長なんですよね?」
 見た目だけなら、今すれ違ったリールの方が団長らしかった。なぜダイスが団長なのか、シオンは疑問に思ったのだろう。
「元々は俺の爺さんが団長だったんだよ。爺さん、アリスト出身で、何か事情があってこっちに来たらしいんだがな。この村が気に入ったらしくて、自警団を結成しやがった。俺はその後を継いだって形だな」
「よく周囲が認めたわね」
 ユーリが当然の疑問を口にする。自警団の団長となれば実力主義で選ばれるのが当然だった。ダイスがそのまま新団長になることに、誰も異論を挟まなかったのか。
「認めなかった奴もいたぜ。それがさっきのレットールだ」
「その割には、随分と親しそうだったけど」
「認めさせたからな、俺様の実力を。木刀持って一対一の決闘よ。そこで俺はあいつに完勝して、晴れて団長就任というわけだ」
 ダイスは胸を張って笑った。
 そのエピソードは、ショウも聞いたことがある。そのことについてレットールに尋ねると、「あの野郎マジ外道」という答えが返ってきた。
「いいよなあ、そういう風に強いとさ。誰からも認められて」
 ショウがぼやくと、ダイスがその頭をがしっと掴む。
「馬鹿野郎、強いだけで人が認めてくれるかよ。俺が腕だけで団長になったと思ってんなら、それは誤解ってもんだぜ」
「違うの?」
「違うわよ、ショウ」
 と、シオンが諭すように言う。
「強さだけでは、誰もついてきてくれないわ。それは覚えておかないと駄目よ」
「分かりました」
「……お前、俺に対しては文句ばっかのくせに、この嬢ちゃんに対しては素直だよな」
 ダイスは呆れ顔で手を離した。
「僕は強くなりたい。そう言ってるのに、ダイス、全然戦い方教えてくれないじゃない」
 早速ダイスに向かって文句を言うショウ。それにダイスは肩を竦めてみせた。
「お前にゃまだ早いよ。反射神経とか鍛えるならともかく、筋力鍛えるのは十代半ば頃が一番良い。ってか、それ以前にお前は性根を叩き直さなきゃどうにもならん」
「なんだよ、性根性根って。そんなに性根が大事なのかよ……」
「当たり前だ。強くなるためには鍛錬の継続こそが第一。今のお前じゃ『ちっとも強くなんないじゃん』とか言って、三日で稽古やめるのがオチだ」
 そう断言されると、ショウとしては何も言えなくなる。自分でも、そうなりそうな気さえしてきた。
 と、そのとき、遠くの方で指笛の音が聞こえた。
 指笛の音は賊の襲来を告げる合図である。ところどころから、村の男たちが動きだしていく。
「おいおい、昨日の今日でまた来るかよ。連中も必死だな……それじゃショウ、お客人。俺はちょいと出てくるから、家に戻っててくれ」
 ダイスも軽快な足取りで駈け出していく。
「シオン様、僕もちょっと行って来ます」
「え、ちょっとショウっ!?」
 シオンの声を背に、ショウは走り出した。無論、戦いに加わるつもりはない。こっそり様子を見に行くだけだ。
 戦いは村外れで行われていた。そこから少し離れた建物の陰から、ショウはダイスたちの戦闘を覗き見る。
 相変わらずダイス一人が飛びぬけている。彼の祖父ダイウスも相当の実力だったというが、ダイスを見ていると、それも納得出来る。
 しかし、今日はいつもと少し違うような気がした。
「……?」
 何と言われるとよく分からないのだが、些細な違和感がある。
「いつもより、敵の数が少ない……?」
 確信を持てるほどではない。せいぜい、三十の敵が二十五になったときに感じる程度の違和感だ。
「でも、昨日負けたばっかなのに、より少ない人数で来るもんかな……」
 嫌な予感がする。
「おう、坊主どうした?」
 そこに、レットールたちがやって来た。現場から離れていたので、到着が遅れていたのだろう。
「あ、あの……」
 自分の抱いた違和感を説明しようとして、言葉が詰まる。確信も何もないことを言ったところで、どうしようもないのではないか。
 それに、言ったところで相手にしてもらえるかどうか分からない。むしろ、信じてもらえない可能性の方が高そうだった。
「……」
 視線が下を向く。開きかけていた口も閉じてしまった。
 そのとき、そっとショウの肩に手を置く人がいた。
「どうかしたの?」
「……シオン様」
 そこにはシオンとユーリがいた。いつものような優しい表情ではなく、毅然とした面持ちでいる。
「ショウ。何か言いたいことがあるなら、きちんと言葉にしないと。そうしないと、何も伝わらないわよ」
「……」
 それでも黙っているショウの肩を、シオンが軽く叩く。そこで、ようやくショウの口が開いた。
「あの、賊の数が少ないんです」
「少ない、ってどういうことだ?」
「昨日やられたばかりなのに、それより少ない人数で攻めてくるなんて変だと思うんです。あれは、誘導か何かだったりするんじゃないかな……と、思う……んですけど」
 最後の方は声が小さくなってしまった。それでも、レットールは馬鹿にしたりせず、きちんと聞いてくれた。
「しかし、少ないって何で分かるんだ?」
「ぼ、僕、ずっと皆が戦ってるところ……見てたから」
 それを聞いて、レットールたちは笑いだした。思わず身を縮こまらせたショウの肩を勢いよく叩く。
「なんだなんだ、ダイスの陰に隠れてるだけかと思えば、割とわんぱくじゃないか坊主! いつも見てたのか」
「う、うん」
「ならお前の話、信じるとしよう」
「え……?」
 レットールの言葉に、ショウは目を丸くした。信じてもらえるとは思ってなかったのだ。
「し、信じてくれるの?」
「ああ。団員の意見は尊重する。馬鹿になんかしたりするもんか」
「団員って、僕も?」
 ダイスの側にいただけで、ショウはケルト団に入った覚えはない。
「何言ってる、ケルト村は全員がケルト団の団員だぞ。坊主だって、今はここの住民だろ。だったら団員だ。——俺たちの仲間さ」
 レットールだけではなく、他の人たちも頷いてみせた。
 ……仲間。
 そう言ってもらえたことに、なぜか目頭が熱くなった。
「ダイスの爺さんが決めたケルト団にはいくつか規則があってな。それ、知ってるか?」
「う、ううん。聞いたことない」
「なら一つ教えてやろう。————仲間のことを信じろ、だ!」
 がしがしと、レットールは乱暴にショウの頭を撫でまわす。不思議と、それが不快ではなかった。
「おっしゃ、それじゃあっちの連中はダイスに任せるぞ! 俺たちは手薄なとこがないか見て回るんだ!」
「おうっ!」
 威勢良く声を上げて、男たちは走って行く。
 その背中を見送るショウに、シオンが微笑みかけた。
「よかったわね。信じてもらえて」
「……はい」

 それから程なく、ショウの読みが当たっていたことが証明された。
 賊たちはダイスたちを引きつけている間に、老齢の村長宅を襲撃しようとしていたのだ。それを、駆けつけたレットールたちが未然に防いだのである。
 ショウたちはその間、ずっとダイスの家で待っていた。三人が事の顛末を知ったのは、ダイスが帰宅してからのことである。
「大手柄だぜ、ショウ」
 しかし、言葉とは裏腹に、ダイスは不機嫌そうだった。彼がショウに対して呆れ顔を浮かべるのはいつものことだが、こういう表情は珍しい。
「……ダイス、怒ってる?」
「まあな。お前、勝手に俺たちの戦いを覗き見てたそうじゃねえか。レットールや他の連中は何も知らないから呑気に褒めてたが、本当のことを知ったらおったまげてたと思うぞ」
「な、なんで?」
「お前、公爵家の跡取りだろうが。何かあったらどうする」
 と、ダイスはらしくないことを言った。身分など気にしない、というのが彼の考え方ではなかったのか。
 そうした困惑が顔に出ていたのだろう。ダイスは説明した。
「俺個人としちゃ、お前が公子だろうが王子だろうがどうでもいい。けど、社会ってのはそうじゃない。お前に何かあったら、この村全体が責任を取らされるって可能性もあったんだぞ」
「あ……」
 そんなこと、すっかり失念していた。深く考えもせず、興味本位で戦いを見物していたのだ。
「万が一ってのはあるもんだ。隠れてるお前に敵が気づいたらどうする、あっさり殺されるかもしれないんだぞ」
「うぅ……」
「自分の立場、それと周囲の立場も考えて動け。お前は将来責任ある地位につくんだろ。だったら、きちんとその辺りも考えろ」
 ダイスは、本当に怒っていた。そのことがよく伝わってくる。
「ごめんなさい……」
 深々と頭を下げる。しかし、ダイスは何も言ってはくれなかった。
 シオンやユーリも、どう取りなそうか悩んでいるようだった。
 そのまま、沈黙が続く。
「……オーケイ。十分反省してるようだし、俺の言いたいこと、ちゃんと分かったみたいだしな」
 沈黙を破ったのはダイスだった。ショウが恐る恐る面を上げると、そこにはいつもと変わらぬ彼の顔があった。
「お前のいいところは、文句は多いが泣きはしないこと、それから臆病だけど誠実なことだな。人の話を真剣に受け止める。そういうとこは好きだぜ」
 そう言って、ダイスは立ち上がった。両手を広げて、にやりと笑みを浮かべる。
「おっしゃ、それじゃ行こうかショウに嬢ちゃんたち」
「どこにですか?」
 シオンの問いに、ダイスはショウを指さしながら答えた。
「こいつのためのパーティさ!」

 パーティ会場は村長宅だった。そこに、所狭しと村人たちが集まっている。
「よー、諸君。今日の主役を連れて来たぜ!」
 ダイスの後に続いて入ると、全員の視線がこちらに向けられてきた。思わずショウはシオンの後ろに隠れてしまう。
「何びびってんだよ。ほら、お前はここだ!」
 と、大きなテーブルの主賓席に座らせられる。どういうことか分からずきょとんとしていると、村長が教えてくれた。
「坊や、今日はあんたのおかげで助けられたよ。危うく大変なことになるとこじゃった。このパーティは、その御礼じゃよ」
「で、でも……いいんですか?」
「何、気にするな。こいつら、理由さえあれば集まって飲むのが好きな連中じゃからの」
 そう言う村長も既にいくらか飲んでいるらしい。ほのかに酒の匂いが漂っている。
「それはちっと違うぜ爺。今回の目的は、御礼だけじゃねえ」
 酒瓶片手にダイスが大声で言う。その言葉に、騒然としていた会場が鎮まった。
「それじゃ、何のための馬鹿騒ぎよ」
 ユーリが尋ねる。他の村民たちも同様に頷いていた。
 それに対し、ダイスはショウにヘッドロックをかけながら答えた。
「こいつを、ケルト団の"軍師"に任命する! その祝杯が目的よ!」
「聞いてないよっ!?」
 誰よりも早く、ショウが突っ込みを入れる。
 しかし、ダイスはそれを笑い飛ばした。
「なんだよ、嫌なのか? 軍師職なんて、ケルト団に今までなかったんだぜ。ケルト団初代軍師、男ならこういう響きに憧れるもんだろうが」
 それに応じるかのように、村民たちが歓声を上げ始める。
「軍師か、カッコイイじゃねえか!」
「でも俺たち軍じゃねえぜ、団だぜ。この場合団師っていうのか?」
「男がそんな細かいこと気にすんなよ。ちっこい軍師様の誕生祝いだ、盛り上がろうぜ!」
 各々が勝手に盛り上がっていく。それを見ながら、ショウは小声で言った。
「あのさ、ダイス。僕、一応公子なんだけど……」
「なんだよお前、まだそんなこと言ってるのか? 最初からなるって分かってた公子の肩書きと、ケルト団軍師の称号、どっちに価値があると思うよ」
「それは————」
 言いかけて、ショウは戸惑った。
 今までの自分なら、迷わず前者を選んでいただろう。しかし、今考えて出てきた答えは、そうではなかった。
 しかし、それを素直に言うのも何か負けたようで悔しい。
「……まあ、いいけどね」
「なんだよ、濁しやがって。ケルト団の方がいいんだろ。ほら、素直に言っちまえよ。ほれほれ」
「っていうか酒臭いよダイス、離れてよっ!」
 そんな二人を、少し離れたところから見守るシオンとユーリ。
「……騒々しい人たちですね、シオン様」
「そうね。でも活気があっていいじゃない。それに……」
 ダイスを相手に悪戦苦闘するショウを見て、シオンは微笑んだ。
「この村から、あの子はとても大切なことを学んでいるみたいだし、ね」



 登場人物紹介

 ダイス/ソードマスター
 ケルト村の自警団『ケルト団』の二代目団長。初代団長である祖父ダイウスから独特な剣術を仕込まれ、二刀流の使い手となる。
 無駄に暑苦しく、またさっぱりした性格。礼儀作法は全く教わらなかったが、無教養というわけではない。
 剣術の他にも家事全般や農作業を得意としており、若くして村民から頼られる兄貴分でもある。
 ショウの対極に位置するキャラなので最初は『ダイ』にしようと考えていたのだが、某大冒険の主人公と被るので一文字足してこうなった。

 レットール/マシーナリー
 ケルト村ではダイスに次ぐ戦闘力の持ち主。村長の娘を嫁にしており、年齢も四十代半ばということで、ケルト団以外の活動では彼が村の中心となっている。
 お世辞にも美形とは言えないが、筋骨隆々としたたくましい身体と愛嬌のある表情の持ち主。
 名./ォ繝シ繝ャ繝ヨ縺九i縲ゅム繧、繧ケ縺ィ譚・縺溘縺ァ谺。縺ッ繝ォ繝シ繝ャ繝ヨ縺九という安直な発想である。