ユグドラシル聖戦記

軍師ショウ外伝
その魂、不滅なり(後編)
 ショウがケルト団の軍師となって数日が経った。
 軍師という称号を与えられたことがプラスになったのか、ショウは少しずつ村民たちと積極的に触れ合うようになっていった。以前は、話しかけられたら恐る恐る答える、という程度だったのである。
「よし、それじゃ今度はあっちの方に行ってみよう」
「おーっ!」
 今、ショウは村の周囲を検分していた。要するに見回りなのだが、難しい言葉を使いたがるショウは、これを頑なに検分と言い張っている。
 一緒にいるのは、ショウと同年代の子供たちだった。ケルト団の軍師ということで、ここ数日、一気にショウは子供たちのリーダーになっていた。ショウ自身はあまり乗り気ではないのだが、周囲が勧めてくるので、なし崩し的にそうなっているのだ。
「あ、皆そっちに行っちゃ駄目だって。あまり村から離れ過ぎると危ないから……って押さないで、わわっ」
 こんな調子なので、リーダーと言っても威厳はない。それでも、ダイス以外の人とも打ち解けてきたのは、大きな変化だった。
「おやおや、皆元気だねえ。頑張っといで」
 村の人々も、そんな子供たちを温かく見守っていた。時々果物を分けてくれる人もいる。
 そんな風に村の周辺を歩いていると、生活区画からはやや離れたところに出た。少し丘を上ったところにある、開けた場所である。
「……お墓?」
 そこにはたくさんの墓が並んでいた。どれも粗末なものだ。ショウが見たことのある墓とは比べようもない。
「うん。ここは墓地なんだよ」
 一緒にいた子供の一人が教えてくれた。
「……それにしても、多いな」
 ケルト村の規模を考えると、墓の数は多過ぎた。全部合わせれば、村民の倍以上の数になるのではないか。
「それだけ人が死んでるってことさ」
 と、後方から声が聞こえてきた。振り返ると、そこには花束を抱えたダイス、それにシオンとユーリがいた。
 ダイスの姿を見つけるやいなや、子供たちはすぐに彼の元に駈け出した。子供たちからの人望も厚いらしい。そのことが少し悔しかった。
「三人とも、どうしたの?」
「最近顔出してなかったんで、久々の墓参りでもしようかと思ってよ」
「私たちはその付き添い」
「そうなんだ」
 せっかくなので、ショウたちもダイスの付き添いをすることにした。
「ダイウスの墓参り?」
「そんなとこだ。あの爺の墓参りをすることになるとは、夢にも思わなかったけどな」
 ダイウスの墓は、他の墓と同じで質素なものだった。少し真新しいのが特徴的ではある。
 ダイスが黙祷すると、先ほどまで騒がしくしていた子供たちも一斉に押し黙る。ショウも一緒になって、見知らぬ退役騎士に祈りを捧げた。
 ショウの面倒をみるはずだった男。プリウスとは旧知の仲であり、その信頼も厚かったという。結局会うことは叶わなかったが、立派な人物だということは、ひしひしと感じている。
「それにしても、ここは墓の数が多いわね」
 ユーリがさり気なく疑問を口にした。
「ん、あー、そういう風に見えるか」
「それだけ亡くなった人が多いってこと?」
 失礼かとも思ったが、ショウは思い切って聞いてみた。ケルト村はカルディナ領内にある。そこで多くの人が亡くなったとすれば、それはショウにとっても無関係なことではない。
 ダイスは腕組みをしながら歩き出した。
「まあ、一つはこの村が貧乏だってのがある。ここにある墓の三割くらいは、満足に物を食えずに亡くなった人だ。と言っても、十何年か前の飢饉のせいってのが大きいんだがな」
「十三年前の大飢饉ですわね」
 シオンが捕捉した。ショウはまだ生まれていなかったので話にしか聞いたことはないが、その年、グランビア全土で飢饉が猛威をふるったらしい。裕福な貴族層は経済面で打撃を受けたが、寒村などでは餓死者が大量に出たらしい。
「あれは不作が招いた事態だ。カルディナ公は上手くやってくれた方だと思うぜ」
 ショウの立場を気遣ってか、ダイスはそう言ってくれた。
「しかし、その大飢饉の影響は根強く残ってな。農作に限界を感じて賊になる連中が、大量に出たんだよ」
「賊?」
「ああ。例えば、連日この村を狙ってる連中とかな」
 それを聞いて、ショウの足が止まった。ダイスたちはそのまま歩いて行ってしまうので、慌てて追いかける。
「そ、そうなの?」
「ああ。だって、理由もなく賊なんてもんが発生するわけないだろ。普通の手段で食っていけない奴が、仕方なく賊になるんだよ」
「なんでさ。きちんと、こつこつ働けばいいのに。人の物を奪うなんて、駄目じゃないか」
「……まあ、理屈ではな。けど、それは難しいことなんだよ。特に零から始めるのは、本当に難しいんだ」
 意外にも、ダイスは賊たちに同情するような態度を見せた。普段は啖呵を切って彼らを追い返しているというのに。賊を切ったことも、一度や二度ではない。
「ここにある墓の半分くらいは、そういう賊たちの墓なんだよ」
「え?」
 これは本当に予想外だった。
「だって、賊は敵でしょ? なんでそんな奴らの墓なんて……」
「ショウ、人生なんざ賭けごとと同じよ。何をするにも成功と失敗の可能性がある」
 振り返り、仁王立ちをしてダイスは言った。何事かと一同が止まる。
「生まれた瞬間からそいつは始まってる。どんな家に生まれるか。それがもう賭けだ。どんなに努力しても失敗するときは失敗する。そいつぁもうどうしようもない」
「それは、まあ、分かるけど……」
「んじゃ一つ質問だ。すげぇ貧乏な家に生まれて、すげぇ頑張ったけど、何をやっても上手くいかねえ。とうとうその日の糧も得られなくなって、仕方なく盗人になった。そういう奴が、どれくらいこの大陸にいる」
「……」
 分からない。そんなもの、分かるはずがない。しかし、少なくないことは薄々分かる。
「そういう奴を、悪くないとは思わねえ。どんな理由があろうとも、自分の物を盗まれたら嫌だしな。俺だって、村を守るために連中を何人も斬った。だがな」
 と、ダイスは自分の胸を指し示した。
「それでも、相手が人間だってことを忘れちゃならねえ。生きようと懸命だってことを忘れちゃならねえ。人生って賭けの敗者だろうと、それだけでそいつの魂否定しちゃならねえ。だから、俺たちは敵だろうとなんだろうと墓を作る。そいつが生きたことを忘れないためにだ」
 ダイスの言うことは、理解出来るようで理解出来なかった。どんな理由があろうとも、敵は敵だ。そんな相手のために墓を作ってやったところで、一体何になるというのだろう。死ねば敵も味方も関係ない、ということなのだろうか。
「それって、自己満足なんじゃないの……?」
 怒られることを承知で言ってみる。ダイスはそれを鼻で笑い飛ばした。
「そんなの当たり前だろ」

 翌日の早朝。ショウはまだ眠りについている時間のこと。
 不意に、シオンが目を覚ました。
 彼女とユーリはダイスの家の別室に寝泊まりをしていた。その部屋の窓からは、ケルト村の穏やかな朝の風景が見える。遠くに何人かの村人たちの姿も見えた。こんな時間から農業をしているらしい。
「あら?」
 家の裏庭にあたる部分では、ダイスが剣の稽古をしているようだった。二本の刀を規則正しく振っている。あれが彼の型なのだろうか。
 気になったシオンは、裏庭に向かってみた。
「よう、嬢ちゃんか」
 シオンの姿を確認することなく、ダイスはそう言い当てた。
「おはようございます。こんな時間から稽古ですか?」
「まあな。こいつは日課だ。やらないと一日の調子が狂っちまう」
 ダイスの実力は並の剣士の域を逸している。シオンは何人かの高名な剣士を知っているが、彼らと比べても遜色ない腕前の持ち主だ。その実力を裏付けているのは、この毎日の鍛錬なのだろう。
「一つ、お聞きしてもいいですか?」
「なんだい。変な質問じゃなけりゃ、答えるけど」
「昨日のお墓、ダイウスさんと一緒に眠っていたのは……どなたですか?」
 シオンが問いかけると、ダイスの腕が一瞬止まった。またすぐに動き出すが、先ほどまでと比べると、動作が鈍くなっている。
「興味本位で聞いてしまってすみません。でも、気になったもので」
 ショウや子供たちは気づかなかったみたいだが、墓にはダイウス以外に二人の人物の名前が刻まれていた。古ぼけてしまって、文字は薄くなっていたのだが。
「俺の弟、それとカミさんだ」
 ダイスの表情は、シオンからは見えない。
「ぶっちゃけ、俺は爺の本当の孫じゃねえんだ。爺が山賊討伐したとき、俺と弟とカミさんを拾ったんだよ。俺たちは、本当は山賊の子なのさ」
 それからダイウスは、カルディナ公国で騎士の務めを果たしながら、三人を育てることにした。周囲からは変わり者と評されたが、プリウスを始めとする一部の人々は理解を示してくれたらしい。
 満期を迎えて除隊した後、ダイウスはプリウスに勧められてケルト村に引っ越すことにした。カルディナの首都では三人がどんな扱いを受けるか分からなかったからだという。
「ケルト村自体、時代を遡れば山賊の集まりだったらしくてな」
 聖戦士の時代、食うに困って山賊に成り果てた集団がいた。彼らはケルト団と名乗っていたという。
 カルディナ公国を治めるバルドは、彼らを討伐するよりも、援助をすることで国内を栄えさせる道を選んだ。暴れまわっていた山賊を強大な軍事力で打ち破り、忠誠を誓わせた後、当面必要とされる資金を渡していったという。
 そうした経緯もあって、ケルト村は他の村と違う空気を持ち合わせていた。
 例えどんな生まれの者だろうと、前科があろうと構わない。村の一員となって懸命に生きようとする者ならば、誰だって迎え入れる、という方針を取るようになったのである。
 敵の墓まで作るのも、そうした方針の一環に過ぎない。
「弟はちょうどショウと同じくらいの年に、病気でぽっくり逝っちまった。カミさんは、去年賊に殺されたよ。正直、あんときほど賊を憎いと思ったことはない。仇も取った。徹底的にな」
 しかし、そこでダイスは見てしまった。
 飢えに苦しみ、傷だらけになりながらも、我が子を必死に守らんとする仇の姿を。
 許せたわけではない。しかし、その仇を討ったとき、ダイスの胸には凄まじい後悔の念が生じた。
「人生ってのは本当に理不尽な賭けみたいなもんよ。頑張れば報われる、なんてこたぁない。どこかで絶対運が絡んでくる。……どんなに頑張っても、どうにもならないことばっかりだ。今のショウは、その理不尽が嫌になってるんだろう」
「……でも、いつかはそれに向き合わなければなりませんわ」
「そして乗り越えて行かなきゃならない。————己が見たくないと思うことをも見据えられる、そんな強さを持って」
 ダイスは、そこで「五百」と言って素振りを終えた。
「この村も、暮らしてる奴らも、昔はショウみたいに弱かった。けど、今は強くなった。だから、プリウス公はこの村にあいつを寄越したんだろう。強くなって欲しい、そう願って」
 ケルト村は、賭けに負け続けた人でも温かく受け入れてくれる。そして、どんな困難にも屈せず、皆で力強く生きていく強さを持っている。
 それは、本当に掛け替えのないものなのだ。
「そして、貴方を選んだのですね」
「俺は爺の代理よ。あいつの教育係なんざ、本当は荷が重い」
「けど、貴方じゃ役者不足だと思ったなら、プリウス公は他の人に変えたと思いますわ」
「だと良いんだがね。ま、あんたほどの人の言葉だ。素直に受け取っておくことにしよう」
 言って、ダイスは刀を鞘に納めた。
「さて、飯の支度でもするか。嬢ちゃんは二人を起こして————」
 そこで、ぐらりとダイスの身体が揺れる。
「ダイスさん?」
 慌てて膝をついた彼に、シオンが不安そうに声をかける。
「いや……なんでも、ねえ」
「なんでもないようには見えません」
 シオンが彼の元に駆け寄るよりも早く、ダイスの身体は地面に崩れ落ちた。突然のことに、シオンも慌ててしまう。
「だ、ダイスさんっ!? しっかりして、ダイスさんっ!」
 シオンの声が聞こえたのだろう。ダイスの家の窓から、ショウやユーリが顔を出した。二人も即座に異常を察したのか、すぐさま飛び出してくる。
「ダイスっ!? シオン様、これは……」
「酷い熱ね……とりあえず、早く医者を呼ばないと……!」
「ダイスっ! しっかりしてよ、ダイスっ!」
 ショウの呼びかけにも、ダイスは答えなかった。

「過労じゃな」
 村唯一の医者は、大きく息を吐き出した。深刻な病ではないらしい。そのことに、ショウは安堵した。
「じゃが、無理をしてはいかん。しばらくは安静にしておることじゃ」
「あんだと……」
 顔を真っ青にしながら、ダイスは呻いた。意識は先ほどから戻っている。
「ケルト団は、どうすんだよ……」
「それは俺に任せておけ。団長代理ぐらいなら俺でも出来る」
 そう言って胸を叩いたのはレットールだった。ダイスほどではないが、彼もかなりの実力を持っている。山賊相手に引けは取らない。
「けどよ……」
「休めるときにしっかり休む。体調管理も大事なことだぞ、団長殿」
 がっはっは、と笑いながらダイスの肩を叩き、レットールは出て行った。渋々承知するダイスに薬を渡すと、医者も戻っていく。
 後に残ったのは、ショウたちだけだった。
「まったく、心配かけないでよね」
「面目ねえ……。お前にこんな情けない姿を見せることになるとはな」
「そうだよ。いつも偉そうにしてるくせに」
 そう言った途端、ショウの脳天に拳骨が落ちた。ユーリかと思って振り返ると、意外にも拳骨の主はシオンだった。
「し、シオン様?」
「ショウ。そういう風に言っては駄目よ」
「でも……」
 突然怒り出したシオンに、ショウは困惑した。軽口を叩いただけなのに、なぜ拳骨をお見舞いされるのか。
 そんなショウを家の外に引っ張り出して、シオンは言った。
「考えてみなさい、ショウ。なんでダイスさんが倒れたのか」
「過労でしょ?」
「なんで、過労になったと思う?」
「なんでって……」
 そこまで言われて、ショウも気づいた。
 ショウのせいに決まっている。
 ダイスはしっかり者だ。体調管理くらい出来るだろう。
 そんな彼が無理をしていたとすれば、ショウのことくらいしか思い浮かばない。
「ダイスさんは、きっとショウのために一生懸命やってくれたのよ。それを貴方が馬鹿にしては駄目」
「……」
 考えてみれば、おかしな点もある。
 本来、ショウの面倒を見るのはダイウスのはずだった。しかし彼が急死したため、その孫であるダイスが代わりを務めることになったのだ。
 つまり、ダイウスが亡くなったのはつい最近のことである。ダイスがケルト団を継いだのはダイウスの死後だから、それもつい最近のことのはずだ。
 もしかしたら、ダイスは祖父の代わりを務めるために、出来る限り、祖父に近づこうとしていたのかもしれない。
 家族が亡くなったばかりで辛いはずなのに、見も知らぬ情けない公子のために、ダイスは出来る限りのことをしてくれていた。
 そう思うと、先ほどの言葉も含めて、申し訳なさが溢れ出て来る。
「僕、謝らなくちゃ……!」
 部屋に戻る。
 しかし、既にダイスは眠りについていた。看病をしていたユーリが、起こすなと視線で語りかけてくる。
「また、ダイスさんが起きたときに謝りましょう」
 シオンはそう言ってくれたが、ショウは頭を振った。謝ればいいというものではない、という思いがある。しかし、どうすればいいのか分からない。
「僕、ちょっと出てきます」
 その場に居づらいこともあって、ショウはダイスの家を飛び出した。

 しばらく歩いたところで、小さな女の子が座り込んでいるところに出くわした。
 ……どうしたんだろう。
 気分が滅入っていたので逃げようかと思った。しかし、なぜか身体は勝手に動いていた。
「どうしたの?」
「……」
 女の子は黙っていた。見ると、膝に擦り剥いた跡がある。
「痛いの?」
 ショウの問いかけに、女の子はふるふると頭を振る。それでも、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「……仕方ないな」
 くるりと周囲を見渡す。ちょうど近くに、知っている薬草があった。適当に潰して擦り傷に塗ると効果のあるものだ。
 それを引っこ抜いて、手で強引にぐしゃぐしゃに潰し、それを女の子の膝に塗る。
「……っ」
「痛いだろうけど、我慢して」
 どうにか宥めながら、薬草を塗り終える。きちんと潰したわけではないので、かなり見栄えの悪い出来になってしまった。
 ……こんなんでも効果あるのかな。
 女の子はまだ涙目だった。それでも、不満を口にすることなく耐えている。
 このまま立ち去るのも何か悪い気がしたので、ショウはその子と並んで座りこんでいた。
「君、親と一緒じゃないの?」
 怪我をした子供を放っておく親が、この村にいるとは思えない。別行動でもしているのだろうか。
 そう思って軽い気持ちで尋ねたのだが、女の子は頭を振って答えた。
「私、パパもママもいない……昔、死んじゃった」
「……そっか。ごめん」
 嫌な気分になる。先ほどに続いて、また失言だった。自分がどうしようもなく駄目な奴なんじゃないかと思えてくる。
「どうしたの、軍師のお兄ちゃん」
 ショウが落ち込んでいるのに気付いたのだろう。女の子が、気遣うような表情を向けてきた。
「いや……この村の人は皆強いなって。それに比べて、僕は全然駄目だ」
「そんなことないよ。こうして、怪我治してくれたもん」
「励ましてくれて、ありがと」
 それでも自己嫌悪の念は消えない。軍師と呼ばれるようになって少し舞い上がっていたが、結局、以前の自分と何も変わっていない。そのことを痛感する。
「何か、嫌なことでもあったの?」
「……まあね。他の誰かが悪いわけじゃない。全部、自分のせいなんだけど」
「そういうときはね、元気出せって、団長言ってたよ」
 団長とはダイスのことだろう。彼なら確かに、ショウの背中を叩きながらそう言って励ましてくれそうだ。
「あのね。自分が嫌でどうしようもない気持ちになる。そんなときは、もっと悪いことを考えるといいんだって」
「……もっと悪いこと?」
 ダイスらしくない言葉だ。上を見ろ、前を見ろ。そんな風に言いそうな気がするのだが。
「それで、どうしようもなく悪いことが起きてね、そのとき、自分がどうなるのか、って考えるの」
「どうなるか?」
「うん。そうするとね、頑張らなきゃって気になるんだって。どんな辛いことがあっても」
 そういえば、村に来たばかりの頃、似たようなことを言われた記憶がある。
 あの頃は、村にもダイスにも馴染むことが出来ず、ただ家の片隅で震えていただけだった。そんなショウの首根っこを掴み、ダイスはこう言い放った。
『今が最悪だと思ってるなら、もっと最悪な自分を想像してみろ。どうせ、とか思ってられないぐらい最悪で最低な自分を想像しろ! そしたら、どうにかしなきゃって気持ちが湧いてくる。人間ってのはな、どんなどん底に叩き落とされようと、そこから這い上がる力を持ってるんだよ。それは誰の心にもある強さだ』
 その言葉に促されるような形で、ショウは最初の一歩を踏み出した。あのときも、自分が最低で最悪な人間だと思っていたものだ。
 それでも、前に進むことは出来た。
「頑張らなきゃ、か」
 頑張ると言うことも、頑張れと言うことも簡単だ。しかし、本当に頑張るための力を得るのは難しい。
 そのとき、指笛の音が聞こえてきた。咄嗟に女の子がしがみついてくる。
 賊の襲来である。
「くそっ、連日御苦労様だよ……!」
 腐っている場合ではない。今日はダイスが戦えないのだ。直接戦力になるわけではないが、ショウも軍師として出来ることをしなければならない。
「一人は危険だ、僕と一緒に来て!」

 女の子の手を引っ張って、ショウは村の中心へ向かっていった。途中でレットールを発見する。
「おう坊主か! 連中また来たみたいだぜ」
「うん。僕、どうすればいい!?」
「今回は相手も数が多い。女子供を村長の家の方に集めてくれ!」
「分かった!」
 まずは連れている女の子を村長宅に預ける。それから、村中のお年寄りや子供を優先して村長宅に送って行く。
「ショウ、大丈夫!?」
 シオンとユーリも途中で駆けつけてくる。しかし、そこにダイスの姿はない。
「シオン様、ダイスはっ?」
「それが……気づいたら姿が見えなくなって」
 本当は心配するべきなのだろう。それでも、ショウはなぜか笑ってしまった。
「なんだ、無茶しやがって。ダイスらしいよ、まったく」
 誰に励まされることもなく、無茶をやっては結果を見せる。本当に、ダイスらしい。
「避難は終わったの?」
「はい。村人たちは村長宅に。警備担当のケルト団員十人が守ってます」
「それなら守備は安心ね」
「ええ。けど、迎撃側の方は……」
 言いかけて、ショウは近くにあった大きな木を見つけた。以前、ダイスに登ってみせろと要求されたことがある。そのときは、そんなの出来ないと言って逃げた。
「……シオン様、ユーリ。中に入って、皆をお願いします」
 脳裏に閃くものがあった。ショウは意を決して、木によじ登り始める。木は相当の高さだ。下を見たら気絶してしまいそうである。
「見えたっ」
 勢いに任せて登り切る。そこからは村の周囲が一望出来た。
 遠くにレットールたちが戦っている姿が見えた。賊たちの数は多いが、互角に渡り合っている。
 そして————教会の方からこちらに向かってくる少数の賊も見えた。そちらの方には誰もいない。
「皆、教会の方に数人来てる! ここは僕が見てるから、行ってきて!」
 他に敵の姿は見えない。問題なのは教会方面の敵だけだ。そう判断して、ショウは指示を出した。村長宅を守っていた男たちの半数が、それに従ってくれた。各々の武器を手に教会へと向かう。
 なるべく下を見ないようにしながら降りる。
「ぐああっ!」
 ショウが地面に辿り着くのとほぼ同時だった。誰かの悲鳴が聞こえてくる。
「どうしたんですかっ!?」
 悲鳴の聞こえた方に駆け寄る。そこには人相の悪い男が数人、棍棒を持って立っていた。足元には警備をしていた村人が倒れている。
 ……しまった!
 建物の陰にでも隠れながら接近していたのだろう。見落していた。
 残っていた警備は全員やられてしまっている。賊たちは、村長宅の中へ押し入ろうとしていた。
「っ……」
 怖い。
 それでも、あの中には村の皆がいる。
 自分を心配してここまで来てくれた、シオンやユーリもいる。
 ……こんなとき、ダイスならどうする?
 決まっている。二刀を手にして相手を全員叩きのめす。
 しかし、ショウにそんな力はない。
 ————だったらどうする。何もしないのは男じゃねえぞ、兄弟。
 そんな声が、聞こえた気がした。
「……おい、お前ら!」
 無闇に敵に立ち向かうのは、勇気とは言わない。それも、先日の叱責で身にしみている。ならば、自分に出来ることを見つけろ。そして、それを実行しろ。
 ……それが勇気だ!
 ショウの呼びかけに、賊たちがこちらを向いた。
「なんだ、小僧」
「俺たちの邪魔しようってのか?」
「違う」
 ショウは自分の胸を叩いた。精一杯不敵な笑みを浮かべて叫ぶ。
「いいかお前ら、よく聞きやがれ! カルディナ公国のクソ公子、ショウ=エリル=フィン=カルディア様とは俺のことだ!」
 突然の宣言に、賊たちの顔色が変わった。疑わしく思われる前に、ショウは続けた。
「こんな村襲うなんてちまちまするより、俺を人質に取った方がいいんじゃないのか!? 唯一の跡取りだぞ、いくらでも身代金請求出来るぞ!」
 賊たちの顔色が変わった。
 ……狙い通り!
 これだけ連日攻めてくるということは、それだけ相手に余裕がないということだ。そういうとき、大きな利益をちらつかせられれば、嫌でも反応するのが人というものである。
 賊は疑うことよりも、ショウを捕えることを優先した。村長宅には目もくれず、一斉にこちらへ飛びかかってくる。
「……ひぃ!」
 格好をつけてもやはり怖い。男たちの手を掻い潜るようにして、一目散に逃げ出す。
 だが、成人男性と子供では運動能力の差は歴然としている。ほんの数秒もしないうちに、ショウは捕まってしまった。
「おい、どうするよコイツ」
「本物にしろ偽物にしろ、使えばいいだろ。とりあえずは、村人への人質としてだ」
「……その手があったか」
 失念していた。自分がこうして捕えられていては、村人たちは抵抗出来なくなる。
「くそっ……結局僕は足を引っ張ってばかりなのか……? 何も役に立てないままなのかよっ……!」
 悔しさが言葉となって溢れ出る。
 自分に出来る精一杯をしたはずなのに、何も成果を出せない。本当に、これでは役立たずだ。
 だが。
「————馬鹿野郎」
 どこからともなく、その声は聞こえてきた。
「出来ることを精一杯やったなら、胸を張っていればいい」
 なんだなんだ、と賊たちがざわめきだす。
「何もしないでそれを非難する奴の言うことなんか無視しちまえ」
 誰かが、おい、と言った。
「失敗を恐れるな。成功も失敗も全部抱えて、人生って賭けに挑み続ける! それが男の生き様だ!」
 賊たちが、そしてショウがその男の姿を見つける。
「だから誇れよショウ。今のお前は————最高にカッコイイ男だ!」
 その男は——ダイスは、村長宅に通じる道に立っていた。
「おらおらおらおら、連日御苦労様だなてめーら! だが、俺様が……このダイス様がいる限り、ケルト団には手出しさせねえ!」
 ダイスは駆け出す。ショウを捕まえていた男が慌ててこちらに刃を向けてくる。早速人質にするつもりなのだろう。
 しかし、遅かった。ダイスの剣はそれよりも速く動き、ショウを捕らえていた男を倒した。気づけば、ダイスに抱えられている。
「安心しろ、殺しちゃいねえ。だが、容赦はしねえぞ……俺の弟分に手ぇ出したんだからな!」
 ショウの身体を放り投げて、ダイスは賊たちに斬りかかっていった。その強さは、病人のものとも思えない。
 鬼神の如き強さで、次々と敵を倒していく。
 最後の一人を倒すまで、一分もかからなかった。

 ダイスはショウに背中を向けたまま、肩で息をしながら立っていた。遠くからは、レットールたちの歓声が聞こえてくる。
「……どうやら、あいつらも勝ったみたいだな」
「うん。やっぱり、皆は凄いよ」
「当たり前だ。ケルト団は絶対無敵よ。……もちろん、お前も含めてな」
 表情は見えない。それでも、ダイスはいつものように笑っている。そんな気がした。
「……なあ、ショウ」
「何?」
「お前、強くなったよ」
 ダイスは、心底誇らしげに言った。ショウはそれに頭を振る。
「駄目だよ、僕は何も変わってない。ダイスがいなかったら、どうにもならなかった」
「まあ、俺が来たのは運が良かったな。運が悪ければ、事態は悪化してたかもしれねえ」
 だがよ、とダイスは言う。
「俺の言う強さってのは、成果を出すことじゃあねえ。どんな困難にぶちあたろうと、何度負けようと、先に進む意思を持ち続けることだ。何かを成そうとする意思だ。それが、男の魂ってやつだ。それが、強さってやつなんだよ。……こいつは励ましの言葉なんかじゃねえぞ? 本当にカッコイイ男ってのは、負けてもカッコイイもんなんだよ」
 そう言って——ダイスは倒れた。
「ダイス……!?」
 慌ててショウが駆け寄る。異変を察したのか、村長宅からも何人かが出てきた。
 ダイスの熱は更に悪化していた。それに、腹部からは血が滲み出ていた。さっきは余裕がなかったから見落していたのだ。
「ここに来る途中、ちとドジっちまってな……」
「喋っちゃ駄目だ。ユーリ、回復出来ないの!?」
「杖持ってきてないから、ここだと無理よ!」
 誰かが医者を呼びに行った。そうしている間にも、ダイスの身体からは力が抜けていく。
「こりゃ、運が悪かったか。どうやら俺も、ここまでのようだ……」
「そんなの嫌だよ、ダイス! もっといろいろ教えてよ! 僕は、まだダイスから教えてもらいたいこと、たくさんあるんだ!」
 駄々っ子のように、ショウはダイスの身体を揺さぶった。
「……ったく、仕方のねえ野郎だ。んじゃあ、最後に一つ……教えてやるよ」
 ショウの胸に、ダイスの拳があてられる。
「俺が死んでも、魂は死なない。俺と関わった全ての奴の中に……俺の魂は残る。……俺だけじゃない、誰の魂も同じだ」
「死ぬなんて言わないでよ、ダイスっ!」
「……だから、死なないって。俺の、魂は」
 弱々しい力で、胸を叩かれる。
「お前にも、俺の魂をくれてやる。……どうだ、心強いだろ。これさえ忘れなきゃ、お前はいつか強くなる」
「い、嫌だよ。僕はダイスみたいになりたかったんだ。……こんなところで死なれたら、僕は何を目指せばいいんだよっ!」
「馬鹿野郎」
 静かに目を閉じながら、ダイスはいつものように笑った。
「————お前が目指すのは俺じゃねえ。お前は、"今より強いお前"を目指せば、良い……」
 ダイスの目が、完全に閉じた。その身体から、力が失われる。
「……ダイス?」
 ショウがいくら揺さぶっても反応はない。笑って目を閉じたまま、動かない。
「ショウ」
 後からシオンにそっと抱き締められても、ショウはダイスの身体を揺さぶり続けた。
「起きてよ。……いつもの悪ふざけでしょ?」
「ショウ……」
「嘘だよ。絶対無敵のケルト団だろ? ダイスはその団長だろ!? それが、こんなあっさりくたばるもんか!」
「ショウっ……!」
「離してよ! こんなの、こんなの嘘だ! 起きてよ、起きてよっ! ねえ、ダイス。ダイスってば……!」
 それでも。
 ショウが何度叫ぼうとも、ダイスが目覚めることはなかった。



 ——————————/さよならの先に

 それから、しばらくして。
 事態を知ったプリウスは、ショウやシオンたちに迎えを出した。ケルト村での生活は、終りを迎えることになったのだ。
 迎えが来る日の朝、ショウは村の外れにある倉庫に出向いた。そこには、先の戦いで捕えられた賊たちがいる。
「なんだ小僧、俺たちを殺しに来たか」
 リーダー格の男が言った。落ち着いている。既に諦めていると言うべきか。ダイスの一件は既に知っているらしい。
 しかし、ショウは男の言葉を否定する。
「お前たちはカルディナ領内にある村や町に、一定人数ごとに送る。指定された都市から無断で出ることは禁ずるが、その中で生活するのであれば、国は支援を惜しまない」
「……どういうことだ? お前、俺たちが憎いんじゃないのか」
「憎いに決まってるだろ」
 ショウは男を睨みつける。その瞳には、誤魔化しきれないほどの憎悪が宿っている。
「それでも、僕は公子だ。公子として、民の生活を守り、豊かにする義務がある。お前たちを救うことは国益になる」
「……随分とご立派だな」
「お前こそ、さっきから随分と突っかかってくるな。僕が憎いのか、単に死にたいだけか?」
 ショウと男の視線がぶつかり合う。
 先に折れたのは、ショウの方だった。視線をそらし、賊たちに背を向ける。
「……本音を言えば、今すぐお前を死刑台に送ってやりたいよ」
「なら、なぜそうしない」
「お前らだって、仲間を沢山亡くしたんだろ。家族がいる奴だっているんだろ。……それでやり直す気があるなら、そんな奴は死なせられない」
 その声は震えていた。悔しさによるものか、それとも悲しみによるものか。
「僕はお前たちを絶対許さない。でも、カルディナ公子はお前たちを許す」
 それだけを言い残して、ショウは倉庫を後にした。

 見送りは村人全員によって行われた。
 ショウたちの正体を知った後も、村人たちは、驚きはしたものの、以前と同じように接し続けてくれた。
「レットール。新団長として、頑張って」
「ああ。軍師殿……いや、公子様も元気でな」
「いいよ、軍師で。この村では、僕はケルト団軍師だ。それ以上でもそれ以下でもない」
 ショウは自ら手を出した。レットールもそれに応じる。握手は、とても長く感じられた。
「あやつのとこには、顔を出さんでいいのかのぅ」
 村長が気遣うように言った。ショウはそれを笑い飛ばす。本当はまだ悲しい。それでも、周りの皆が、そしてダイスのくれた魂が、ショウの心を元気づけてくれた。
「いいんだ」
 遠くに見える丘の墓地。その中に作られた、真新しく立派な墓標。
 そこにダイスの魂は残り続ける。そこからケルト村を見守っていく。
 そして、ショウの胸の中にもその魂は残っている。その意味は、まだよく分からない。それでも、心強さは感じている。
 今のショウはまだまだ未熟だ。走る方法を教えられたばかりで、まだスタートもしていない。大変なのはこれからだろう。それをいくつも乗り越えて、ダイスと肩を並べられるようになりたい。
 そのときになったら、この村にもう一度来たい。
「それじゃ、皆。本当に……ありがとう」
 村人たちが手を振ってくれた。馬車に乗り込みながら、ショウも振り返す。
 馬車が出た。
 少しずつ、ケルト村が遠ざかって行く。
 それを見つめるショウの横顔を見て、シオンは優しげな笑みを浮かべた。
「ショウ」
「はい?」
「なんだか、少し大きくなったみたい」
 ショウは少しはにかみ、視線を外に戻した。
 最初は嫌で嫌で仕方がなかった村。そして、ソリが合わなかった一人の男。
 彼らとの思い出がつまったその場所を、ショウは、いつまでも見つめ続けた。



 ——————————/お茶会の後

「あいつに、そんなことがあったなんてなぁ……」
 シオンから話を聞き終えて、テンルウやコウヘイは肩を下げた。
 普段のショウからは想像も出来ない、重い話だった。
「悲しい話ですけど……でも、あの出来事があったからこそ、今のショウがいるのだと思いますわ」
 もしダイスと出会ってなければ、今頃どんな風になっていたか分からない。
「でも、少しあいつの違和感ってのが分かった気はするな」
「と言うと?」
 コウヘイの問いに、テンルウは小首を傾げながら言った。
「あいつ、すげぇ頑張るんだよ。稽古とか、勉強とか、見ててびっくりするくらい。そのくせ他の奴より全然弱いから、才能ないのかと思ってたけど」
「それは、スタートするのが他の人よりも遅かったからですわ」
 テンルウの言葉を、シオンが補足する。コウヘイは「なるほど」と納得したように呟いた。
「それに、人間そう簡単に変われるものでもないですしね。士官学校に入ってからも、ショウは今一つみたいだったし」
 ユーリの手厳しい評価は、全くその通りとしか言いようがない。
「でも、遅れは少しずつ取り戻してきている。それだけ頑張ってるということでしょう」
 そう言って、シオンはテンルウに微笑みかけた。
「テンルウ様のおかげかもしれませんわね?」
「え、俺?」
「ええ。男の子は、誰かの背中を追いかけて成長するものと聞いたことがありますから。ショウにとってそれは、かつてはダイスさんであり、今はテンルウ様なのだと思いますわ」
 シオンにそう言われて、若干得意顔になるテンルウ。そんな二人を見ながら、コウヘイはぼそりとユーリに呟いた。
「むしろ、あいつの原動力は王女なんじゃないか……?」
「両方なんじゃない? その辺り、ショウも複雑なものよね……っと、来たみたいよ」
 ショウが駆け足でやって来る。もうお茶が冷めたとユーリが言って、それをシオンがフォローする。テンルウはショウの肩を叩きながら「ま、存分に俺の背中でも追いかけろ」などと言っている。そんな四人を、コウヘイはぼーっと眺めていた。
 それは、お茶会の後の平凡な風景。
 ショウ=エリル=フィン=カルディアが、まだまだ半人前だった頃のことである。