ユグドラシル聖戦記

聖騎士ショウ外伝
ウイングロード演劇団
 ——————————/ヘンゼルとグレーテル

 それは、イナルナたちが十二歳になるかならないかという頃のことだった。
「演劇?」
 子供たちに勉強を教え終えたときのことだった。自前の教科書を手に部屋へ戻ろうとしていたショウを、イナルナたちが引き留めたのである。
「うん。演劇! ショウ、やったことある?」
「士官学校の出し物で手伝いをしたことならありますよ」
 ショウは士官学校に通っていた際、文化系の部の助っ人をよくしていた。その一環として、演劇部の手伝いをしたこともある。
「それ、私もやってみたいの!」
「演劇を、ですか」
「うん。これ見て、これ見て」
 イナルナはショウの前に、一枚の紙を広げて見せた。そこには、近くの村で行われる祭りのことが書かれていた。毎年の秋に行われるささやかな祭りで、近隣の人々は有志で出し物をする。
「なるほど。祭りの出し物として、皆は演劇をやりたいわけですね」
「うん。村の人たちにはいつもお世話になってるから、恩返しにもなると思うの!」
「ふむ、そういうことなら……ええ、構いませんよ」
「やったー!」
 子供たちは大はしゃぎ。ショウは苦笑を洩らす。
 この辺りはアリスト王国の中でも特に辺境である。帝国の目もあまり届かないから、イナルナたちのことを感づかれる心配はあまりしなくてもいいだろう。
「ただし、私は裏方に専念しますよ。イナルナ様たちは帝国にほとんど顔を知られてないから良いですけど、私は顔を出すと危険ですから」
「はーい」
 元気よく返事をする子供たち。昔は自分もこんなだったなあ、などと思いながら、ショウは教卓に戻った。
「それでは、祭りまであまり時間もありません。演劇で何をするか、あと役とかも決めてしまいましょう。まず、希望がある場合は言ってください」
「俺桃太郎がいい!」
「私は銀河鉄道の夜!」
「なにやら恐ろしく世界観にマッチしない提案が出ましたが、却下させていただきます」
「えー!」
 子供たちからはブーイングの嵐。世界観などは大人の事情なのだ。子供には分からないのである。
「ショウ様、ヘンゼルとグレーテルはどうでしょうか」
「おお、そこはかとなく普通だけど、なかなか良い提案だよアールマティ」
「普通って言わないでください」
「それでは、皆、賛成なら拍手でお願いします」
 アールマティの突っ込みをスルーして、ショウは採決を求める。ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。どうやら、満場一致で決まりのようだ。
「それから役ですけど、ヘンゼルとグレーテルはオグマ様とイナルナ様でどうでしょう」
 兄妹だから、この中では一番「あの、俺ジュリアス・シーザーやりたいです」
「グレイス、子供なのになんでそんな提案が出るんですか。却下」適役だろう。これも、満場一致で決まりとなった。
「それじゃあ、残りの役。まず、二人を捨てる父親と母親をやりたい人」
 誰も手を挙げなかった。
 それはそうだろう。嫌われ役を進んでやりたがる子供は、そうはいない。
「だってねぇ」
「なんか、嫌だよなぁ」
 子供たちはぼそぼそと言い合う。
「ふむ、それなら設定を少し変えましょうか」
「ショウ、そんなこと出来るの?」
「出来ますとも。これでも私、演劇部や文芸部の手伝いでシナリオ担当をしたこともあるんですよ」
 自慢げに言うショウに、子供たちは「おー」と感嘆の声を上げる。
「それで、どんな風にするんだ?」
「ふふ、それはですね————」
 ショウが語り出し、子供たちはじっと聞き入る。
 そんな調子で準備は進んでいくのだった。

 やがて、当日。
 演劇の舞台は村の広場に作られたもので、観客席にはそれなりの数の人がいた。
 最後尾にはショウ、そしてルカが座っている。
「今日はどんな演劇になるんでしょうね」
 修道院にいることが多いルカは、今回のことをあまり詳しく教えてはいない。
「皆頑張りましたからね。良い出来になっていると思いますよ」
 そんなことを言っているうちに、開幕の時間になった。

『昔々、世界中は飢饉によって、甚大な被害を受けていました。大陸を治めていた王侯貴族たちは伝染病に倒れ、秩序を失った市民たちは争いを繰り返し、山は死骸で満ち、川は血の色に染まったのでした。
 そんなとき、田舎の片隅でひっそりと暮らす四人の家族がおりました。一家は人間嫌いということもあって森の奥深くに住んでいたため、虚しい争いの犠牲にならずに済んだのです。しかし、食糧不足はここでも問題になりました』
 おんぼろ小屋の中で、父親と母親が顔を突き合わせていた。深刻な表情をしている。
「ハトソル母さん、どうしようか。このままではあの子たちを養っていくことが出来ない」
「そうね、ブレイス父さん。あの子たちの食糧を確保するため、私たちは自害して幽霊になった。それでも、食糧は尽きてしまったわね」
「私たちの分の負担さえなければ、と思ったんだがなあ。……そういえば、森の自縛霊から興味深い話を聞いたのだが」
「何かしら? 非現実的な話だったら一刀両断するわよ?」
「うむ。実はおかしの家なる福祉施設があるらしくてな。子供たちを引き取ってはおかしを与えてくれるそうなのだ」
「あら、子供限定なのかしら。大人は駄目なのかしら」
「福祉施設は専門性を求められる。児童保護施設の職員は児童専門で、大人の取り扱いには慣れていないのだろう」
「まあ、それ以前に私たちは死んじゃってるけどね」
「うむ。おかげで飢え死にする心配もなくなったな」
 はっはっは、と夫婦は笑い合う。
「では、とりあえずヘンゼルとグレーテルをそこに預けるとしようか」
「そうね。私たちはどうしましょう」
「心配なので後ろで見守っていようか」
 そこに、子供二人がやって来た。眠そうに眼をこすりながら、女の子が両親に尋ねる。
「パパ、ママ、どうしたの?」
「おお、ヘンゼル、グレーテル。実は二人を、おかしの家なる福祉施設に預けようと思ったのだ」
「この家にはもう食糧もないしね。大丈夫よ、パパとママはいつも背後で見守っているから」
「そっか。それじゃ私たち、おかしの家に行って来るね!」
 そこで舞台が暗転。なぜか顔のついた木が二つ立っており、鳥の鳴き声を真似している。
「ホーホー、ご一同さん、この辺りは迷いやすい。小石を落として目印にするといいよ!」
「親切にありがとう、人面樹Aさん」
「あの、一応俺ら樹に止まってる鳥って設定なんですけど……。しかもBいないのにAって」
 突っ込みを入れる樹を通り過ぎて、一家はとうとうおかしの家に辿り着いた。見た目は普通の家と変わりない。おかしで出来ているなんてことはない。
「たのもーっ!」
「はいはい」
 ヘンゼル少年が勢いよくドアを叩くと、中からはオールマティ施設長が出てきた。
「こんにちは。ここに何の御用ですか?」
「トリック&トリート! おかしを食べさせろ、でなきゃいたずらするぜ!」
「ああ、おかしを希望の方ですか。では、どうぞお入りください」
 施設長に招かれて中に入ると、そこにはおかしが沢山置かれていた。
「これ、全部食っていいのか!?」
「駄目ですよ。食べ過ぎると糖尿病になりますよ?」
「いいんだよ俺は短く太く生きるから。っていうか甘いもの定期的に取らないといらっと来るんだよ」
「それでも駄目です。全部食べるの禁止です」
 両手でバツ印を作る施設長。彼女はそのままかまどの前に腰をおろした。
「なんだよ、いいじゃんか。食わせろよー!」
「私も食べたい食べたい!」
「あんまり言うこと聞かないと監禁しますよ」
「やれるもんならやってみろー!」
 舞台暗転。
 ヘンゼルとグレーテルは狭い部屋の中に閉じ込められていた。
「本当にやるとは、とんでもない施設長だぜ」
「おかし食べたかったなぁ」
 そのとき、外側から扉が開け放たれた。そこには、身体をぐったりとさせた施設長が立っている。
「あれ、どうしたんだよ?」
「助けに来たぞ、子供たち!」
 と、施設長の背後から父親が現れた。
「親父、どうしたんだ!?」
「うむ。背後にいたから二人のピンチもすぐに分かったのだ。それで、この施設長を母さんが乗っ取ったのだよ」
「そういうことよ……私はハトホル母さんよ……」
 憑依されているという設定からか、やたら不気味な声を上げる施設長。
「今のうちにここから逃げよう」
「でも、私おかし食べたい……」
「そうだぜ親父、あんなおんぼろ小屋に戻るよりは、ここで暮らした方が良いぜ!」
「おお、そうだな。どうだい母さん」
「……そう……ね。……賛成、よ……」
「うむ。素晴らしい家族愛だ。はっはっは」
「はっはっは」
「あははは」
「……は……はは」
 四人はそれぞれ肩を抱き合って笑い合う。父さんは霊体だから触れないだろ、という問題はスルーされた。
『こうして安住の地を得た一家四人は、以前と同じように幸せな日々を送ることになったのでした。めでたし、めでたし』
 そこで、舞台は幕を閉じた。

 演目:ヘンゼルとグレーテル
 キャスト
 ヘンゼル:オズマ
 グレーテル:イナンナ
 父さん:ブレイス
 母さん:ハトソル
 施設長:オールマティ
 樹A:ロバルト
 ナレーション:ジンヤ
 スタッフ
 大道具、小道具、脚本:シュウ

「何ですか、これ」
 舞台が終わった途端、ルカはショウを半眼で見据えた。
「名前のことですか? ほら、本名出すとまずいから、一応偽名にしたんですよ」
「そうじゃなくて……どこから突っ込めばいいのか」
 ルカは頭を抱えて唸る。そんな彼女を見ながら、ショウは小首を傾げるのだった。



 ——————————/白雪姫

 一年経った。
「今年は昨年の反省を生かしたいと思います」
 またもや演劇をやることになったウイングロードのメンバー。あまりの駄目っぷりを見かねたルカも、今年は監修として参加している。脚本が相変わらずショウなのは、他にやりたがる人がいなかったからだった。
「去年の反省って何だっけ?」
 イナルナが首を傾げる。
「まあ、悪役の重要性ですね。悪役を悪役じゃなくしてしまったので、物語が不自然になってしまいました。よって、今年の悪役は徹底的に悪くなってもらいます」
「それはいいけど……」
「仕方ないか」
 去年ほど不満の声は上がらなかった。それを確認して、ショウは黒板を見た。
「演目は白雪姫になったので、問題はキャストになります」
「白雪姫はイナルナでいいんじゃね?」
 オグマの提案に一同は頷く。問題は他の役回りだった。
「で、最後に登場する王子様ですが」
 毒りんごを食べて眠りに落ちる白雪姫を、キスで目覚めさせるという役どころである。
「王子と言えば、ここではオグマ様なわけですが……キスがありますからねえ」
 挨拶程度のキスならともかく、劇中でキスが持つ意味は大きい。そこはかとなくまずいんじゃないかと思ったのは、ショウやルカといった大人たちである。
「……そうですね、では王子様の件はユウキ様でも呼んで頼むとしましょうか」
「えー、ユウキかよ」
「不満言わないでくださいオグマ様。大人の世界には様々な規制というものが存在するのです。まあ、あれこれと言い訳すればどうにかなるというケースも多いのですが」
「たまにショウの言うことが分からなくなるぜ……」
「大人になれば分かりますよ」
 伊達眼鏡をキラリを光らせ、ショウは自嘲の笑みを浮かべた。汚れを知った大人が純真無垢な子供を前にすると、こんな表情になるのだろう。
「それからイナルナ様の白雪姫に嫉妬する王妃ですが……ハトホルとアールマティ、どうする?」
 女子の方に尋ねるも、二人は「えー」と不服そうだった。悪役の必要性を説いたところで、嫌なものは嫌なのである。
「仕方ありませんね……それではルカ、お願いします」
「って、私ですかっ!?」
「ええ。貴方なら私より顔も知られてないでしょうし、化粧次第ではどうにでもなるでしょう」
「し、しかし……イナルナ様を苛める役ですか」
 イナルナの母であるシオンに忠誠を誓ったルカである。劇中とは言え、その子を苛めるのは心が痛むのだろう。
 そんなルカの胸中を知ってか知らずか、イナルナはひょこひょことルカの前に行って、その手を握った。
「ルカ、お願い」
「うっ……」
「ルカがやってくれると、私も嬉しいな」
「……わ、分かりました」
「では決まりですね。ルカ、お願いしますよ」
 黒板に『王妃:ルサールカ』と書きこむショウ。
「あとは、まあ七人の小人……と言いたいところですが、人数が問題ですね」
 イナルナ、ルカを除けば、ここにいるのはオグマ・ハトホル・アールマティ・グレイス・ロベルト・シンヤの六人である。一人足りなかった。
「六人の小人というのも何かすっきりしませんし、あと一人をどこからか調達する必要がありますね」
「トラキアからユウキ以外にも誰か来てもらえばいいんじゃない? ルティとか」
「エールティ様ですか、なるほど。では二人に来てもらうという方向でいいですね?」
 子供たちは元気よく「はーい」と返答。ショウは満足げに頷くと、ルカの肩を叩いた。
「それでは私はトラキアに行きますので、大道具と小道具は任せましたよ、ルカ」
「……え?」
「脚本は戻る頃には完成させておきますのでご心配なく。それではっ」
「ちょ、それじゃ私が監修する意味ないじゃないですか! 待ってくださいよショウ様!」
 ルカの叫びも虚しく、ショウは颯爽と支度をしてトラキアに向かうのだった。

 そして、当日。
「今年の脚本には自信があるんですよ」
 胸を張るショウ。昨年のあれがあってどうしてここまで自信が持てるのか、謎である。
 一方のルカは、力仕事で疲れていた。目立つことはないが、大道具・小道具作りはとても大変なのだ。
「しかし、よく王族二人を連れて来れましたね。ユーリ様を説得出来たんですか?」
「んー、まあなんとか。骨が折れましたけどね」
 ショウは昔からユーリに頭が上がらない。シオンが優しい姉だとすれば、ユーリは厳しい姉のような人だったのだ。どちらも、彼を見守ってくれていたという点では変わらないのだが。
「さ、そろそろ行ってきてくださいルカ。皆の活躍、見守っていますよ」
「……では、行って来ます」
 不服そうな表情で舞台裏に向かうルカ。それを見送りながら、ショウは伊達眼鏡をきらりと光らせた。
「ま、いろいろ条件つきですが……それは後々解決していくとしましょうか」
 ショウの呟きと共に、開幕の合図。
 ウイングロード演劇団、第二幕の始まりである。

『昔々、白雪姫というとても美しいお姫様がいました。そして、彼女の母親である王妃様も、とても美しい女性でした。特に王妃様は自分が世界で一番美しいと信じておりました。ある意味痛々しいですね。おっと失礼。
 そんな王妃様ですから、当然白雪姫のことが気に入りません。自分が一番と言いつつ、真実を告げる鏡に、白雪姫と自分のどちらが美しいかを尋ねました。ああ、これも人間の性か————』
 舞台の上には鏡と王妃。王妃は心底うんざりした様子で、気だるそうに鏡に問う。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰ですか」
『白雪姫です』
「本当?」
『本当です』
「嘘じゃない?」
『嘘じゃありません』
「真実なんて人の数だけあると思わない?」
『真実はいつも一つ!』
 そこまで聞くと、王妃は鏡に布きれを被せた。本当は派手に叩き割る予定だったのだが、もったいないということでこういう形になったのだ。元貴族だろうと、貧乏生活が続けばこんなもんである。
「これで真実は闇の中。でも、白雪姫は許せないわね……」
 やたらと声が低くて、下手に癇癪起こされるよりも怖かった。おまけにそこで舞台が暗転するもんだから、客席まで静まり返る。
『さて、王妃はいろいろと策を練って白雪姫を森に追放することに成功します。このままではホームレスになってしまう白雪姫。そんなとき、彼女の元に救いの手が差し伸べられます』
「困ったわ、このままでは路頭に迷ってしまうわ……」
 おろおろしながら白雪姫が登場する。彼女が右往左往していると、突如爆発が起き、煙幕の中から七人の人影が躍り出てきた。
「クールでいなせな小人のリーダー、オズマレッドここに参上!」
「熱血馬鹿の抑えは一流、ルティブルー参上!」
「森のくまさんとワルツを踊る、ハトソルグリーン参上!」
「あの日の思い出忘れない、オールマティピンク参上!」
「細かい雑務は俺に任せろ、ブレイスグレー参上!」
「ピーターパン症候群を撒き散らせ、ロバルトメタル参上だぜ!」
「敵か味方か、決めるところは決めてみせる、ジンヤブラック参上……っ!」
 全員が名乗りを終えると、もう一度爆音が生じた。なぜか七人揃って決めポーズまでしている。このポーズが一番大変だったとはオグマの談。
「よう白雪姫、困ってるようだな。なんだったら、俺たちの家に来ないか?」
「すいませんレッドさん、私、知らない人についていったら駄目だと言われているの」
「そ、そうか。意外としっかりした教育を受けてるんだな……」
『良い子の皆も、知らない人についていっては駄目ですよ』
 なぜか入るナレーション。それを無視して舞台上の演技は続く。
「けど、うちは宿屋だぜ。お金くれれば泊める、それがルールだ。これなら怪しくないだろ」
「そうですね。それじゃお願いします」
 あっさりとついていく白雪姫。それはいいのかと観客の誰かが突っ込みを入れた。
 舞台は再び変わって小人の家。
『ここで白雪姫は小人たちと力を合わせて暮らすようになりました。自給自足の生活に戸惑う白雪姫。レッドとブルーの確執、小人たちを襲う森のくまさんとの死闘。それらを経て白雪姫はたくましく成長したのでした』
「————おのれ、白雪姫。絶対許さないわ……」
 ここで現れたのは、あの王妃だった。彼女はぶかぶかのローブを身にまとい、バスケットを片手に小人の家に向かう。
 ドアをノックする音に気付いて出てきた白雪姫は、変装をした王妃を見て小首を傾げた。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
「いえ……私はただの薬売りですよ。どうでしょう、このリンゴ。血液さらさらになりますよ」
「血液さらさら!? それじゃあ、是非くださいな!」
『王妃の巧みな言葉によって、白雪姫はリンゴを買わされてしまいました。それが毒リンゴとも知らずに……』
 小人たちは仕事に出ている。白雪姫は一人、家でリンゴと向き合っていた。
「うう、美味しそう。でも皆が帰ってくるまで待たなきゃ駄目だよね……」
『それでも、視線はリンゴに釘づけです。実は白雪姫、リンゴが大好物なのでした。こういうところを王妃はきっちり覚えていたのです』
「うーん、ちょっとだけならいいよね……?」
 周りに誰もいないことを確認し、白雪姫はリンゴを手に取って食べてしまった。すぐさま「うっ」と呻き声をあげて、倒れてしまう。
 そこにタイミングよく小人たちが帰ってくる。
「おう、ただいまー! ってあれ、白雪姫が倒れてるっ!?」
「ほ、本当だ! どうしようどうしよう!」
『パニックに陥る小人たち。しかし、何をやっても白雪姫が目を覚ますことはありませんでした』
 舞台が暗転。次いで出てきたのは、棺に入れられた白雪姫と、その周りを囲む小人たちの姿だった。小人たちは皆しょぼくれている。
「白雪姫……あなたとの思い出、忘れません」
「美人薄命とは言うが、こりゃねえよ……」
『悲しみに沈む小人たち。そこに、とある国の王子様が通りかかりました』
 と、そこで槍を持った王子が現れた。ひどく緊張しているのか、動きがぎくしゃくとしている。
「お、おお。そこに眠っているのは、か、可愛い奴だな」
「……王子、台詞違ってるぞ」
 小人レッドが不機嫌そうに突っ込みを入れる。だが、王子には聞こえていないようだった。レッドを無視して、白雪姫の元に向かう。
「う、美しい。えーと……」
「お兄様、いいからキスしちゃってください」
「気軽に言うな!」
「でも、そうしないと話が進みませんわ」
 ブルーに促され、王子はゆっくりと白雪姫に顔を近づけていく。王子もそうだが、心なしか白雪姫の顔もほんのり赤くなっていた。
 二人の唇が——迫る。
「ちょおおっと待ったぁっ!」
 と、そこでなぜかレッドが王子に蹴りを入れた。突然のことだったので、王子はこれをまともに喰らってしまう。
 他の小人たちは「あちゃあ」と困り顔。観客たちは茫然としている。
「い、いってぇな! 何しやがるこの馬鹿レッド!」
「うるせえ! お前に白雪姫はやれねえな。こいつが欲しくば俺を倒していけ!」
「なんだそりゃ、訳分からんぞ!?」
『意外な展開になって参りました。どうやらレッド、白雪姫のお父さんになりきってしまったようです。お前にうちの娘はやれん、と王子の前に立ちはだかります!』
「てめえ、人がわざわざ遠路はるばる手伝いに来てやったのに、何しやがる!」
「遠路はるばるキスしに来たんだろうが、このすけべ野郎!」
「お前に言われたくないんだよすけべ大魔王が!」
 レッドと王子の乱闘を、他の小人たちは成す術もなく見守るばかり。
 二人の戦いは劇中のものとは思えない迫力があった。というか、どう見ても本気である。
「もう、二人ともやめてっ!」
 と、二人を制止したのは死んでいたはずの白雪姫だった。この二人の喧嘩は彼女でないと止められないのである。
『おっと、二人の喧嘩がうるさすぎて白雪姫が蘇ったようです。これはこれでハッピーエンドなのかもしれません』
 舞台上では、レッドと王子の争いが激しさを増しつつあった。それを必死に止めようと、白雪姫と他の小人たちが頑張っている。
『果たしてレッドと王子の戦いはどうなるのか! 蘇った白雪姫の胸中にはどんな想いがあるのか! 王妃はそもそもどうなったのか! いろいろ気になるところではありますが、今回はここまでとさせていただきます。ウイングロード演劇団の次回作にご期待ください————』

 演目:白雪姫
 キャスト
 白雪姫:イナンナ
 小人レッド:オズマ
 小人ブルー:ルティ
 小人グリーン:ハトソル
 小人ピンク:オールマティ
 小人グレー:ブレイス
 小人メタル:ロバルト
 小人ブラック:ジンヤ
 王妃:ルカ
 王子:コウキ
 ナレーション:シュウ
 スタッフ
 監修、大道具、小道具:ルカ
 脚本:シュウ



 ——————————/ブレーメンの音楽隊

 また一年経った。
「今回は思いきったアレンジをしてみたんです」
「いつものことじゃないですか」
 自信満々で脚本を手にするショウと、それに突っ込みを入れるルカ。この時期のお約束になりつつある光景だった。
「でも音楽隊って、あの子たち楽器使えましたっけ」
「そこは私が教えていく予定です。文化部の鬼と呼ばれた実力、まだまだ健在ですから」
 ちなみに、今イナルナたちの隠れ家にはいくつかの楽器が置かれていた。音質にこだわるショウが各地で集めてきた逸品揃いである。闘技場で適当に稼いだのを資金源としたらしい。
「はい、それでは皆、キャストを決めていきましょう。この話に登場する人物はこんな感じになっています」
 そう言ってショウは黒板を指した。そこにはキャスト一覧が書かれている。
 ロバ、イヌ、ネコ、ニワトリ、サル、キツネ、泥棒たち。
「……なんか原作にない動物混じってないか?」
「四人で音楽隊ってのも寂しいでしょう。それに今年もユウキ様たちが参加してくださいますから、ある程度増やした方がいいんですよ」
「わあ、今年も来てくれるんだ、ユウキ」
「来なくていいんだよ、ったく」
 相変わらずユウキに対する態度が極端な二人だった。オグマに恋人でも出来ればましになるのかな、などと思ってショウは苦笑する。
「はい、それでは普通に決めても面白くないので、今回は他薦限定でキャスト決めを行いましょう」
「なっ、いきなり何言うんですかショウ様! 俺、変なのやらされたくないっすよ!」
「ロベルト。何事もマンネリ化しないようにしなければ、面白みがなくなってしまうんだよ。だから、時折趣向を凝らしてみるのは必要なことなんだ」
「いや、こんなとこで趣向凝らさなくてもいいじゃないっすか!」
「ちなみに動物たちはそれぞれ特徴的な口癖を持つって設定があるから」
「うおおお、何かすっげぇ怖いんですけど!?」
 頭を抱えるロベルト。それを見て、にやりと笑ったオグマが手を上げる。
「ショウ、俺、ロベルトはサルが似合ってると思うぜ!」
「ちょっ、酷いですよオグマ様! せめてネコとか!」
「きしょいわ!」
 そんな二人のやり取りを見ながら、ショウは子供たちに尋ねた。
「えー、ではロベルト以外の皆。オグマ様の提案に意見はありますか?」
「ありません」
「いいと思います」
「……ひでぇや皆」
 サルの下にロベルトという名前が記される。
「ちなみにサルは語尾に『キキーッ!』と必ずつけること」
「サルっぽいけど凄い恥ずかしい気がする……」
 そんなこんなで決められていくキャスト陣。ここで子供たちの愛憎渦巻く激しい攻防があったのだが、それは省略。まともに書いていたら確実にだれるからである。

 さて、またまた当日。
 観客たちは、半ば変なもの見たさで集まっているようなものだった。過去二年間を顧みれば当然のことではある。
 しかし、ショウはそんなことを気にもせず、自信満々の面持ちでメガホンを持っていた。なぜか『監督』と書かれた腕章まで身に付けている。
「それで、今年のコンセプトは何なの?」
 尋ねるのはキイナ。所用があって、偶然近くまで来ていたらしい。ウイングロード演劇団については、風の噂で聞いているらしい。
「キャラクター特化型音楽ファンタジー、とでも言っておきましょう」
「……凄い胡散臭さが感じ取れるんだけど」
「そんなこと言ってると後悔しますよ、今年はいろいろと工夫を凝らしてるんですから」
 そうして話している間に、開幕の時間がやって来た。

『————時は○○○○年、己が大望を胸に秘めた六匹の動物が、荒野へと旅立とうとしていた』
 どこからともなく、風の吹く音。やがて舞台の幕が開くと、そこにはカウボーイハットをかぶったロバがいた。
「俺の名はオズマ。あてもなく荒野をさすらう風来坊だ、うまうー」
 その手には、武器ではなくハーモニカーが握られていた。
「これが俺の相棒。こいつと共に、俺は荒野を生き抜くのさ、うまうー」
 ロバは一人歩き続ける。しばらく進むと、そこにはバイオリンを背負ったイヌが座り込んでいた。
「……ちょっと待ちなだワン」
 ロバが通り過ぎようとしたところを、イヌが呼びとめる。
「なんだ、イヌっころに用はねえぜ、うまうー」
「そう言うな。あんた、みたところ楽器が出来るみたいじゃないかだワン」
「そういうお前も、大層な代物を背負ってるじゃねえか、うまうー。まるでお前の人生を象徴しているような、見事なバイオリンだぜ、うまうー」
「まあな、俺はこいつに命を預けているようなもんさだワン。どうだ、俺と一緒に音楽隊を作らないかだワン」
「いいだろう。旅は道連れ世は情け。お前、名はなんという、うまうー」
「俺の名はコウキだ。よろしく頼むだワン」
 こうして一匹だったロバは、二匹になって旅をすることになった。
 またしばらく進んでいくと、今度は酒場らしきところに辿り着いた。
「少し休んでいくか。荒野を流離うロバにだって、休みは必要だぜ、うまうー」
「そうだな、イヌも時にはロックを頂戴したくなるものだワン」
 二人は揃って酒場の中に足を踏み入れる。そこには、美しいネコの吟遊詩人がいた。
「ようこそ、旅の御方。渇いた心に笛の音はいかがにゃん」
「……」
「どうしたんだよ、コウキ。まさか見惚れてるんじゃないだろうな、うまうー」
「そ、そんなわけあるか。だが、笛の音か。是非聞かせてもらいたい」
「ちゃんと語尾をつけろよ、うまうー」
 二匹が腰を下ろすと、ネコによる独演会が始まる。その笛の音は透き通るような美しさを持っていた。演奏が終わった途端、客席から拍手が流れたほどである。
「素晴らしい、ワンダホー、ファンタスティックだ、うまうー!」
「君も是非俺たちの音楽隊に入ってくれないかだワン」
「喜んでお供しますにゃん。私も、ここで一生を終えたいとは思ってなかったにゃん。私はイナンナ、よろしくお願い致しますにゃん」
「……可愛いな」
「演技を忘れるなよ、うまうー」
 こうして二匹から三匹になった音楽隊。酒場を離れて更に進むと、一人屋根の上でたそがれるニワトリに出くわした。
「……楽しそうな御一行ですな、コケーッ!」
「そういうお前は随分と辛気臭い面構えじゃねえか、うまうー」
「何か悩みがあるなら相談に乗るにゃん。遠慮なく言って欲しいにゃん」
「私はもう駄目なのです、コケーッ!」
 ニワトリは語り始めた。
 自分はかつて、朝を知らせることで名を馳せた伝説のニワトリ、チキン・オブ・チキンと呼ばれていたということ。
 しかし、そんな彼の人生も、ある出来事を境目に崩れていくことになる。
 最初は、弟の失踪だった。次いで兄も、そして妹も行方不明になった。
「私は必死で探しました。探して探して探しぬいた先で私は、見てしまったのです、コケーッ!」
「何をだワン」
「……人間どもに食い殺される、私の兄弟たちの姿をです、コケーッ!」
 それから先はよく覚えていないという。
 ただ、無我夢中で戦った。復讐の鬼になった。他の何もいらないから、人間どもを根絶やしにさせてくれ、と神に祈ることもあった。
 気づけば、辺りは死屍累々。屍の中には、まだ幼い人間の子供の姿もあった。
 そのときになって初めて気付いたのだ。自分のしてしまったことの意味を。その罪の大きさを。
「こうして、チキン・オブ・チキンの伝説は幕を閉じたのです。それ以降私は鬱状態。何をしても溜息ばかりで、生きる気力さえも失いつつあるのです、コケーッ!」
「語尾だけはやたらと元気あるにゃん……」
 ネコの突っ込みはスルーして、ロバが一歩前に出る。
「お前、それでいいのか、うまうー」
「え? コケーッ!」
「犯した罪の重さに押しつぶされて、ただ無気力に死んでいくのか、うまうー。男なら、自分が生きた証を残したいと思うもんじゃないのか、うまうー」
「…………そうかもしれないですね、コケーッ!」
「お前、楽器は出来るのか? うまうー」
「ティンパニーなら出来ます、コケーッ!」
「ならお前も来いよ、俺たちと一緒に荒野の果てを目指そうぜ、うまうー」
「……はい、よろしくお願いします。私はブレイス。今は、ただそれだけのニワトリです、コケーッ!」
 こうして三匹が四匹になり、五匹目のロバルトサル(トロンボーン)、六匹目のルティギツネ(指揮)を加えた一行は、荒野を西へ西へと進んでいく。省略したのは仕様です。

『荒野の果てを目指す音楽隊。彼らは長い長い旅を乗り越え、荒野の果てまで辿り着いたのでした』
 音楽隊の前に広がるのは暗黒の森。そこを抜けることさえ出来れば、音楽の聖都と呼ばれる地に辿り着けるという。
「やっと、ここまで来たか。本当に長かったぜ、うまうー」
「旅を始めたのがつい最近のことのように思えるぜ。実際は、もう何十年も前なのによだワン」
「いろいろあったにゃん。……けど、ここさえ越えられれば私たちは救われるのにゃん」
 一行は、決意を胸に森へと足を踏み入れる。しかし、森に入った途端、サルが悲鳴をあげて倒れた。
「ど、どうしたサル、コケーッ!」
「う、だ、誰かに撃たれたらしい……皆、すまねえ、俺はここでリタイアみたいだ……キキー」
「サルウウゥゥゥゥゥ!」
 仲間の死に絶叫する音楽隊。
 そんな彼らの前に、黒衣をまといし者たちが姿を現した。
「我が名はオールマティ。そして隣にいるのは我が朋友ハトソル、そして我が母ルカ。……大人しく引き返すがよい。この先に足を踏み入れることは許されぬ」
「貴様、よくもサルをッ! 絶対に許さん、コケーッ!」
 ニワトリが飛びかかるも、オールマティはその攻撃をなんなく避けた。さらに、再度飛びかかろうとしたニワトリの腹に拳を突き入れる。
「がはぁっ……!」
「弱い、弱すぎるな動物どもよ」
「く、くそ……コケッ」
 ニワトリも息絶える。他の四匹は、間合いを保ちながらオールマティを睨みつけた。
「てめえ、一体何者だワン!」
「世界に名を轟かせし暗黒旅団、その参謀だ」
「あ、暗黒旅団っ!? コンコン」
「知っているのかルティ、うまうー」
「昔聞いたことがあるわ……しなかった犯罪は何一つないという恐るべき泥棒たちですわ、コンコン」
「なんでそんな奴らがこんなところに……だワン」
「ふふふ、貴方たちに答える必要はありませんわ」
 と、ハトソルが剣をすらりと抜き放つ。
「なぜなら、ここで貴方たちは死ぬのですから——!」
 ハトソルの剣はまっすぐに、ネコ目がけて振り下ろされる。
 それを、すんでのところでイヌとロバが防いだ。
「ネコ、キツネ。ここは俺たちが食いとめるだワン」
「お前たちは聖都を目指せ、うまうー」
「で、でも。二人を置いてなんて……にゃん」
 ネコは躊躇いを見せる。その間にも、黒衣たちの攻撃は激しさを増していく。
「いいから行けっ! 俺たちが目指した聖都は、このすぐ先にあるんだ、うまうううぅぅ!」
「夢を叶えるんだ。俺たちの夢をな、だワン!」
 猛攻を防ぎながら、ロバとイヌが叫ぶ。
「ネコさん、行こう、コンコン」
「……分かった。でも、絶対来てね! 待ってるからにゃん!」
 戦いを繰り広げる者たちの脇を、ネコとキツネが俯きながら走り抜ける。
 後に残されたロバとイヌに、黒衣たちは嘲笑を向ける。
「馬鹿な奴だ。仲間のために、その命を投げ出すというのか?」
 それを、ロバは笑い飛ばす。
「はっ、当たり前だろうが。こいつと一緒というのが気に食わないがな、うまうー」
「誰かのために命をかける。ある者はそれを自己満足と言い、ある者はそれを勇気と言う。笑いたければ笑うがいい。だが、その瞬間に俺はお前らの喉を噛みちぎってやるだワン」
「面白い。ならばかかってこい、存分に相手をしてやろう——」
 黒衣たちが構える。
 ロバとイヌも、それぞれの拳を前に構える。
「行くぜ、うまうー」
「ああ、だワン」
 両者が一斉に動き出し————激突するという瞬間、舞台は暗転した。

『そして、十年後——』
 舞台は変わって、丘の上。遠目に賑やかな聖都の風景が見える。
「今日もいい天気だにゃん……」
「この景色、皆で眺めたかったですわ、コンコン」
 ネコとキツネの前には四つの墓。そこには、中に眠る者たちが愛用していた楽器が並べられていた。
 その場所で、ネコは笛を吹き、キツネは指揮棒を振るう。
『たった二人の演奏会。それでも、彼女たちが奏でる音楽は人々の心に深くしみわたり、やがてブレーメンの音楽隊と呼ばれるようになるのであった————』

 演目:ブレーメンの音楽隊
 キャスト
 ロバ:オズマ
 イヌ:コウキ
 ネコ:イナンナ
 ニワトリ:ブレイス
 サル:ロバルト
 キツネ:ルティ
 黒衣A:オールマティ
 黒衣B:ハトソル
 黒衣C:ルカ
 ナレーション:ジンヤ
 スタッフ
 監修:ルカ
 監督、脚本、大道具、小道具:シュウ

 全てが終わった後、観客席にて。
「……で、どの辺りが工夫?」
「語尾とか」
「音楽隊なのに、ほとんど演奏がなかったのは?」
「男子が揃って楽器使えるようにならなかったんで、脚本修正しました」
「……あと一つ、言っていい?」
「なんでしょう」
「これ、もうブレーメンじゃないわよね」
 キイナの突っ込みに、ショウはあさっての方向を見たのだった。

 それ以降、ウイングロード演劇団がどうなったのかは、よく分かっていない。