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日暮の旅行記・伊豆下田/ペリーと下田その1

 下田駅を降りると、開けたバスターミナルに、南国風観光地といった感じの町並みが出迎えてくれます。もっとも、そのすぐ近くには険しい山々が連なっていて、少々不似合いな印象が拭いきれません。
 旅行を予定していた日程は、予報によると天候が下り気味で、幸い到着直後は晴れ間だったので、まずは船に乗ることにしました。船の名前は黒船サスケハナ号。ペリー艦隊の船の一つで、ペンシルバニア州の川の名前が由来になっているのだそうです。日本語にしか聞こえない響きなのですが、これは何かの偶然なのかと思ってしまいます。
 その遊覧船に向かう途上には、松陰の小径と呼ばれる道があります。無論これは幕末の長州藩志士の、形としては先駆者になった吉田松陰のことです。彼には並外れた探究心と行動力があり、国が開国するか否かで頭を抱える時勢の中、脇目も振らずにアメリカに向かおうと考えます。今は観光地らしく舗装されていますが、当時は暗く深い木々の間から、波の音が断続的に聞こえてくるような道だったのではないでしょうか。その音を聞きながら、松陰はまだ見ぬアメリカの地をどのような場所だと捉えていたのでしょう。

 さて、遊覧船に乗り込むと、カモメが元気に飛んでいる様が確認出来ました。追加料金を払うことで餌やりも出来たらしいのですが、私はそういうことには興味がなく、ただぼんやりと船上からの風景を満喫していました。
 ペリーがこの下田に訪れたのは、二度目の来航のときであり、しかも彼の目的である日本の開国及び日米和親条約はほぼ成った状況でした。正直なところ、ここを訪れた際の彼は感慨も何もなく、ただ使命を達成し得ることによる安堵や満足感があったに違いない、というのが私の推測です。あるいは、任務を果たす寸前だからと気を引き締め直して挑んだ可能性もありますが、どうしてもこの景色に特別な何かを感じていたようには思えません。