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日暮の旅行記・伊豆下田/ペリーと下田その2

 犬走島という、現在は下田市内から橋でつながれた小島があり、その近くまでやって来たときの船内アナウンスが妙におかしかったのを、一月近く経った今でも覚えています。
「あの何の変哲もない島のところで、ペリーは錨を降ろした」
 このアナウンスを考えた人にとっては、下田という土地とペリーという歴史とを結びつけることが第一であり、犬走島はその煽りを喰らったような感じがして、ちょっと気の毒でもあり、またおかしくもありました。
 しかし逆に考えてみると、その変哲もない島にまで名前があるというのも不思議な感じがします。
 この島は現代人の視点から捉える限り、本当に何の変哲もなく、そういう意味でこのアナウンスは現代的です。しかし島に名前が与えられた時代はそうではなく、例えば島に何かしらの神性を感じていた、というようなこともあり得たのではないでしょうか。
 そう考えると、上記のアナウンスは時代の移り変わりを短いながらも表しきっているようであり、なんとなく名文のような感じがしてきます。

 天気予報では翌日以降、雨が降る可能性が高くなるということなので、船を下りた後は山へ行きました。下田駅前にあるロープウェイで登ることが出来る山で、名を寝姿山と言います。
 名前の由来は「夫人の寝ている姿に似ている」とのことですが、どの角度から見ても私にはそのように見えず、寝姿山のマップを見ることで、ようやくそれらしき形として捉えることが出来ました。私の感性がよほど鈍いのか、もしくは昔の人と今の人間との感性の差なのか、どちらなのでしょう。
 花に彩られた階段を歩いて行くと、左に逸れる道があり、その先を進んで見ると黒船見張所というものがありました。
 見張所と言っても大したことはなく、数人が入れるかどうかという程度の小屋でした。傍にはベンチと大砲があり、ベンチでは理知的な印象のある西欧人らしき青年が本を読んでいました。
 ベンチと大砲の向いている先には、下田港があり、ここからはそれを一望することが出来ます。ただ、あまり開かれた場所ではないため、やや窮屈な感じがします。そして振り返ると、即席で作られたかのような小屋が一つ。当時の光景を想像すると、いかに江戸幕府が外国に対し小心であったか、ということが伺えるような気もします。
 ちなみに、私は最初、設置されている大砲は、異変があったときに鳴らすものとばかり思っていました。が、実際はアメリカの艦隊に積まれていたものを後から置いただけらしく、すると見張所の人というのは、何のためにここに置かれていたのだろう、という疑問も出てきます。