記事一覧

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第6話「狩野家の人々」

 さて、前回は回覧者の方々にとって謎だらけの身内ネタになってしまいました。今回はその点を反省し、分かりやすい内容にしていきたいと思います。

 神泉苑を後にしたチーム「嘆きの子ら」は二条城へ。
 日本史上、大小の差はあれど、様々な出来事があった城。城と言えば、東京の江戸城、大阪の大阪城、京の二条城という印象があります(小田原城、姫路城や熊本城などもありますが、その辺りに触れるときりがなくなるので割愛)。
 今日の我々に影響した出来事と言えば、やはり大政奉還が行われたという点でしょうか。背後関係をちょっと調べてみると、実行した徳川慶喜がどういう人間だったのか分かって面白いですよ。慶喜は幕末関係ではあまり人気なさそうな印象ですが、好き嫌いを度外視して見ると面白い人ではあります。実際身近にいたら凄く疲れそうですけど。

ファイル 75-1.jpg
[二条城へ突入開始!]

ファイル 75-2.jpg
[幕末無双、徹底抗戦を唱える兵に見つからぬよう、こっそり逃げろ!]

 ……。
 すいません、やり過ぎました

 気を取り直して、我々は順番通りに進んで二の丸御殿へ。入る直前、横にあった庭をちょっと見ましたが、どのみち後々通る道だったので無駄足でした。ちなみに庭を見たいと駄々こねたのは私です
 まあ、そんなことをしつつも二の丸御殿内へ。中は撮影禁止なので、残念ながら写真で様子をお見せすることは出来ません。残念……。
 中に入ると、無双ゲージマックスの緑Dが「うぐいす張り」の知識を披露。歩くと床が鳴る構造になっているのだそうです。私は似非歴史好きなので、恥ずかしながらこのときまで知りませんでした。城の構造とかも面白そうではあるのですが、「実物見ないとよく分からない」→「見に行く時間と金がない」ということでなかなか……。

 ちなみに、中にある屏風などの紹介欄にはほぼ「狩野」という姓が書かれていました。「かのう」と読むそうで、職業画家一族だったのだとか。天才を一人生み出すよりも、技術を高めることで日本の絵画史に大きな影響を与え続けた一族だったそうです。
 絵画系にも疎い私は、このこともあまり知りませんでした。恥ずかしい限りですが、逆に考えるとこの旅行でいろいろ学べたということにもなります。やはり、実際に訪れてみると多くの発見があって楽しいですね。
 ちなみに、本丸までは入れませんでした。

ファイル 75-3.jpg
[二条城庭園の図]

 建物も良いのですが、私はどちらかというと庭園の景観の方が好きだったりします。こちらの方が、より私の中の「和」のイメージと合致するんですよ。建物だけではなく、庭や堀など、全てを含めて「城」だと改めて感じました。
 残念なことに、やや地面はぬかるんでましたけどね。前日辺りに雨でも降ってたんでしょうか。

ファイル 75-4.jpg
[二条城・天守閣跡から見る風景]

 天守は江戸時代に落雷で焼失して以来建造されていません。
 今残っているのは、その跡地だけ。それでも、そこからの眺めは壮観でした。東京ではお目にかかれませんからね、こんな風景。
 遠目に見える山や町の遠景、こういうのがたまらなく好きな性質なんですよ。昔、団地の五階に住んでた頃もすぐ裏が林でして。遠くには何十階建てだかのタワーが、木々の間から見えたんですよ。夜間になるとそれが光ってたりしたのが、今でも印象深く残っています。今の家はすぐ近くに馬鹿でかいマンションがあるので、そういう眺めがないのが不満です。

 とまあ話は逸れましたが、二条城を十分に満喫した我々は、とりあえず昼食に向かうことに。最近緑がイタリア料理にはまっているので、京風イタリアンを味わおうということに。
 トニオさんみたいな人がいることを微妙に期待しつつ、一行はレストランへ!

ファイル 75-5.jpg
[たまには白も良いでしょう]