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ローマ人の物語/ガルバ、オトー、ヴィテリウス

 今回は、アウグストゥスの家系(ユリウス・クラウディウス朝)がネロの死によって終わりを迎えた後のローマの話。
 具体的な年を述べると紀元六九年(正確には六八年も少し含む)。この一年の間にローマ皇帝が三人も殺されたのだから、物騒な時代と評したくもなります。アウグストゥスの目指した『血統による皇帝』は、当人の資質が良いとは限らないという欠点がありましたが、血統という制約がなくなると実力者たちが俺だ俺だと皇帝の座を賭けて争うことになる、と。
 しかし、血統主義が薄れて実力主義の時代になった、とばかりは言い難い気もします。なぜなら、ここで皇帝になった三人が、どれもこれも皇帝として十分な力量を持っていなかったから。
 この話を読み終えての個人的な人物評。
 まず、ネロの後を継いだガルバ。ネロと同じくらい空気読めてません。加えて、その資質は凡人。変革期にこういう人が台頭すると却って事態がややこしくなる、という典型かと。最後はオトーによってあっさり暗殺。殺されるその瞬間、彼はその理由を理解できていたんでしょうか……?
 そんなガルバを暗殺して皇帝になったオトー。まず暗殺という手段が褒められたものではありません。気持は分からなくもないけど。あとは前線経験のなさでしょうかね。どちらかと言えば文人タイプだったのかも。
 で、オトーと同時期に皇帝の座を狙って決起したヴィテリウス。この話を読んだだけの印象で言うならば、ネロよりこいつの方がよほど酷いと言わざるを得ません。塩野さんはネロを「やるべきこともやるが、それを余計な行為で台無しにする」と評したのに対し、ヴィテリウスに対しては「やるべきことをやらず、やるべきではないことばかりした」と評しているのですから。
 しかし、この三人も問題ですが、その下で働く兵たちも問題あり、と言えます。勝者が敗者に対して残酷になるのはまあ、分かります。良いとは言いませんが。しかし同じ国民同士が争う内乱でこれが起きると、国内で憎悪が増大し続けるという悪循環が生まれてしまうという……。まあヴィテリウスの統率力のなさも関係あるんでしょうけど。それを考えると、カエサルやアウグストゥスは内乱というのをよく捌いた方だな、と思えてきます。
 最後のローマ市民の態度に関しては、タキトゥスと塩野さんで見方が変わっていましたが、私はどちらにも納得しました。大衆というのは、掴みがたく恐ろしいものですねぇ……。

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