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日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第八話「後北条氏最初の城」

 どうでもいいことなんですが、「さいしょ」と打つと「税所」が第一候補として出しゃばってきます。何か嫌だ……。入力した覚えなんかないんですが。

 さて、伊豆旅行日記の続きです。
 修善寺の観光を終えたむっつりバスターズは、その足で北上、伊豆長岡の辺りまで戻ってきました。目的地は、そのままもう少しだけ北に行ったところにある韮山。個人的には、今回の旅行で是非とも行ってみたかった場所の一つです。
 私は「箱根の坂(司馬遼太郎)」を読んで以来、戦国時代に関東を治めていた後北条氏に関心を持つようになりまして。
 この韮山というのは、その後北条氏の初代・北条早雲こと伊勢新九郎が戦国大名へと飛躍して以降、死ぬまで本拠地としていた場所なのです。もっとも、後北条氏が滅ぼされ、江戸時代が始まる頃になると城は廃城になったと言われています。そのため現在残っているのは跡地のみ。後北条氏好きでなければあんまり面白くない場所かもしれませんね。

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[韮山の城池]
 韮山城の側にある城池。昔は湿地帯だったと伝わっているので、もっとこういう池や沼が沢山あったのでしょう。ちなみに、この近くには源頼朝が配流されたということで有名な蛭ヶ小島があります。時間的な問題で行くことは出来ませんでしたが。……伊豆地方は石橋山古戦場とか堀越御所跡とか、まだまだ行ってみたい場所が沢山残っています。そのうちまた足を運んでみたいものですが。

 ということで早速、旅行三度目の山登りを実地。
「何か山ばっかり登ってる気がするなあ」とは江頭の談。申し訳ない。多分それは十中八九私のせいだ。

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[早雲が創建したとされる韮山の熊野神社]
 山に入ってほどなく見つけた熊野神社。祀られているのはイザナミ。創建者は北条早雲で、一五〇〇年に建てられたらしいです。
 しかし、なぜイザナミを祀ろうとしたのかがちょいと気になりますね。イザナミはイザナギと共に国産みをした神。「新たな国を作る」という気概からこれを選んだ、というようにも考えられますが、それ以外にもイザナミは「黄泉の神」という側面もあるので、別の意図があったのかもしれません。
 早雲は伊豆・駿河に下向する前は京にいたというのが現在有力視されている説です。当時の京は応仁の乱の影響もあって荒廃、餓死者も多く出たと言います。……さて、そういう背景はこの熊野神社創建に関わっていたのかどうか。

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[かつては早雲も行き来したであろう道]
 さて、話が脇道に逸れました。
 これは韮山城の一風景。何か特別なものがあるわけではありませんが、古来ここで何が行われたのか、ということを想像すると楽しくなります。
 韮山城は早雲没後も伊豆支配の重要拠点とされ、豊臣秀吉の北条氏包囲網を前にしながら勇戦したと伝わっています。

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[山上から見下ろす韮山の風景]
 広がる田園風景。
 ここが多分一番高いところだったのかな? やや時間を気にしながらの観光だったので、その辺り確実なことは言えませんけど。
 ここで各々いろいろ叫んでました。何言ったかは結構うろ覚えなので割愛。

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[箱根の坂を越えて]
 その後、山を降りたバスターズは箱根の天嶮を越えて、箱根湯本駅の方へ。二日目の宿に向かうためです。
 このとき車内はほぼ全員が力尽きてダウン。やはり三度もの山登りはしんどかったのか……。運転してたゴリも若干静かだったので、「こいつ寝るんじゃないだろうな」と内心不安だったのは秘密です。


 箱根湯本を訪れたバスターズ!
 二日目の夜、そのとき起きた予想外の問題とは!?
 次回「グロッキーなのは誰だ?」