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日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第八話「後北条氏最初の城」

 どうでもいいことなんですが、「さいしょ」と打つと「税所」が第一候補として出しゃばってきます。何か嫌だ……。入力した覚えなんかないんですが。

 さて、伊豆旅行日記の続きです。
 修善寺の観光を終えたむっつりバスターズは、その足で北上、伊豆長岡の辺りまで戻ってきました。目的地は、そのままもう少しだけ北に行ったところにある韮山。個人的には、今回の旅行で是非とも行ってみたかった場所の一つです。
 私は「箱根の坂(司馬遼太郎)」を読んで以来、戦国時代に関東を治めていた後北条氏に関心を持つようになりまして。
 この韮山というのは、その後北条氏の初代・北条早雲こと伊勢新九郎が戦国大名へと飛躍して以降、死ぬまで本拠地としていた場所なのです。もっとも、後北条氏が滅ぼされ、江戸時代が始まる頃になると城は廃城になったと言われています。そのため現在残っているのは跡地のみ。後北条氏好きでなければあんまり面白くない場所かもしれませんね。

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[韮山の城池]
 韮山城の側にある城池。昔は湿地帯だったと伝わっているので、もっとこういう池や沼が沢山あったのでしょう。ちなみに、この近くには源頼朝が配流されたということで有名な蛭ヶ小島があります。時間的な問題で行くことは出来ませんでしたが。……伊豆地方は石橋山古戦場とか堀越御所跡とか、まだまだ行ってみたい場所が沢山残っています。そのうちまた足を運んでみたいものですが。

 ということで早速、旅行三度目の山登りを実地。
「何か山ばっかり登ってる気がするなあ」とは江頭の談。申し訳ない。多分それは十中八九私のせいだ。

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[早雲が創建したとされる韮山の熊野神社]
 山に入ってほどなく見つけた熊野神社。祀られているのはイザナミ。創建者は北条早雲で、一五〇〇年に建てられたらしいです。
 しかし、なぜイザナミを祀ろうとしたのかがちょいと気になりますね。イザナミはイザナギと共に国産みをした神。「新たな国を作る」という気概からこれを選んだ、というようにも考えられますが、それ以外にもイザナミは「黄泉の神」という側面もあるので、別の意図があったのかもしれません。
 早雲は伊豆・駿河に下向する前は京にいたというのが現在有力視されている説です。当時の京は応仁の乱の影響もあって荒廃、餓死者も多く出たと言います。……さて、そういう背景はこの熊野神社創建に関わっていたのかどうか。

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[かつては早雲も行き来したであろう道]
 さて、話が脇道に逸れました。
 これは韮山城の一風景。何か特別なものがあるわけではありませんが、古来ここで何が行われたのか、ということを想像すると楽しくなります。
 韮山城は早雲没後も伊豆支配の重要拠点とされ、豊臣秀吉の北条氏包囲網を前にしながら勇戦したと伝わっています。

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[山上から見下ろす韮山の風景]
 広がる田園風景。
 ここが多分一番高いところだったのかな? やや時間を気にしながらの観光だったので、その辺り確実なことは言えませんけど。
 ここで各々いろいろ叫んでました。何言ったかは結構うろ覚えなので割愛。

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[箱根の坂を越えて]
 その後、山を降りたバスターズは箱根の天嶮を越えて、箱根湯本駅の方へ。二日目の宿に向かうためです。
 このとき車内はほぼ全員が力尽きてダウン。やはり三度もの山登りはしんどかったのか……。運転してたゴリも若干静かだったので、「こいつ寝るんじゃないだろうな」と内心不安だったのは秘密です。


 箱根湯本を訪れたバスターズ!
 二日目の夜、そのとき起きた予想外の問題とは!?
 次回「グロッキーなのは誰だ?」

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第七話「鎌倉幕府創設の陰」

 さて、さくさく進めていきます伊豆旅行日記。
 西伊豆の海を後にしたむっつりバスターズは、そこから車で修善寺へ。
 観光名所だけあって、かなり賑わっていました。駐車場に困るぐらいに。けちっていたら止める場所なくて行ったり来たりしてしまいましたよ。あれは八割方渋った私のせいですが(ぇ。

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[修善寺にやって参りました]
 ともあれ、伊豆の観光名所の一つである修善寺にやって参りました。
 ここは源範頼、源頼家などが幽閉されて最期を迎えた地。鎌倉幕府創建の裏では結構血生臭いことや悲惨なことがありましたが、この寺はその象徴の一つかもしれません。
 現在は明るい宿場町なんですが、私はそういう前知識を持って来てしまったので、当時のことをあれこれと考えたりしてしまいました。範頼は義経と比べてより悲惨な気がするのは私だけでしょうかねえ……。まあ口は災いのもとということでしょうか。
 鎌倉創成期の主役でありながら、源氏の人々は皆どこかしら不幸というか気の毒な印象があります。頼朝も含めて。

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[桜と緑と]
 桜は勿論好きなんですが、緑の葉も最近良いよなぁ、と思うようになってきました。草の香りとか結構好きなんですよ。季節を感じられる、というのが一番の理由ですかね。

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[なぜか獅子に乗ってる義経]
 で、山に登って義経像を発見。
 ……義経か、これ?
 別に美形が出てくるのを想像してたわけではありませんが、何かイメージと違います。そりゃ実物見たわけじゃないので何とも言えませんが……なんだろう、このもやもやとした気持ちは。
 そして下にいる獅子は一体何なのか……未だに謎です。

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[一枚は出しておきたい風景写真]
 気を取り直して修善寺周りの風景写真を一枚。まあほとんど町並みは写ってませんけど。
 人物写真も良いですけど、旅をするからには風景写真が欠かせない、などと偉そうに考えるようになりました。行った場所のことをよく思い出せるから、ですかね。

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[独鈷の湯……の辺り]
 最後はこちら。弘法大使・空海の逸話が伝わる伊豆最初の温泉でございます。この写真は、正確に言うならその近くを撮ったものですけど。温泉自体は小さいもので、足をつけることができる程度。他の人も足をつけてたりしたので、さすがに撮影はちょいとしにくかったのです。
 これは修善寺のすぐ手前。修善寺ともども、空海が創建に関わっていたんだとか。平安時代の最初期。……古いですねえ。

 そんなわけでむっつりバスターズ、二度目の山登りを終えて、急ぎ足ながら修善寺の観光を終了!
 次回、『二度あることは三度ある!』。
 多分明日辺りに更新!

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第六話「駿河に向かう海を見る」

 さて、久々になる伊豆旅行記。そろそろ記憶が淡いものになりつつあります。忘れないうちに書かなければっ。


 一日目、三島大社を見て宿に泊まったむっつりバスターズ。
 翌日はどこから回ろうかという話になり、まずは西伊豆の海から見に行くことに。
 宿からほど近い場所にあったので、三十分と経たずに海へ到着。特にそこは名所というわけではありませんでしたが、海の水は澄んでいて綺麗でした。ゴミとかがちらほらと見え隠れはしていましたが……。

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[向かいに浮かぶ小島]

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[港の風景]

 一時間くらいは、この港の辺りでぶらぶらしてました。
 木と石で野球もどきを始めるGUCCIとゴリとか、波打ち際に降りて石投げに興じる江頭とゴッドとか。って石投げてばっかじゃねーか!
 ちなみに私は投げた石がゴリに直撃しました。……あれ、一番性質悪くない?

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[むっつり爽やかメンバーズ]

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[むっつり明後日メンバーズ]

 この間本人にも言ったんですが、この面子だとゴリがいない方が映えるんですよねえ。私とゴリがむっつりバスターズのビジュアルレベルを落としている要因なので、なんともはや。まあ私は写るよりも撮る方が楽しいのでいいんですが。……本当ですよ?
 ちなみに写真掲載に関しては相変わらず無許可です。
 訴えられる日も近いかもしれません。

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[早雲とかはこの海から討ち入りしたのだろうか]
 この旅行とはまったく関係ありませんが、最初の戦国大名と言われる北条早雲は駿河から海を利用して伊豆に攻め入ったと言われています(伊豆討ち入り。東国戦国時代の幕開けとも言える出来事)。
 つまり、ここから日本の戦国時代が本格的に始まった、とも言える海なわけです(個人的に応仁の乱は、戦国時代が始まるきっかけではあっても、戦国時代の幕開けというように考えられないんですよねぇ)。
 人のいるところに歴史あり、というところですかね。

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第五話「ゆうべはおたのしみでしたね」

 実際はちっとも楽しんでなかったけどな!>昨夜
 というわけで、どうにかこうにか挽回してきました。大抵の問題って終わってみると虚しいですねぇ……。解けた瞬間は超嬉しかったけど。


 さて、伊豆旅行日記の続き。
 七福神ツアーから戻りつつ、GUCCIからくしゃみに関する講釈を聞いていたりした夕暮れ時。戻るとそこには、豪華な夕食が。
 まさに旅館の料理、といった内容。普通におかわり三杯くらい食べるゴリやGucciを見て「お前らどんだけ食うんだ……」とか突っ込んでいたら夕食時も終了。
 その後温泉も堪能。露天風呂は貸し切り状態。いい年こいて水かけあいをしてはしゃいでおりました。まあそれだけではなく、見える風景もしっかり楽しんできましたがね。夜の竹と月は良いものです。


 そして、無駄に体力が有り余っていたバスターズはカードゲーム大戦に突入。初期のUNOでは主に私が快勝、後半の大貧民では立場が逆転。私は長期にわたり大貧民の地位にありました。
 大貧民では「へぁー」となっていた江頭が、大貧民では異常な強さを発揮。2とかジョーカーとかすぺ3とかまで独占するってどんな運の強さだ……!

 そんなこんなで一日目は終了。
 はたして翌日以降はどうなってしまうのか……!?

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第四話「回りきれない七福神」

 なんだかんだで休日も勉強してました。うーん、休日を休日らしく過ごせるようになるのはまだまだ先か。ダイ・ハードとスパイダーマン、どっちも最新作まだ見てないことに気づいた今日この頃です。


 適当なあらすじ
 三島大社を後にしたむっつりバスターズは、宿に向かって走り続けたのであった!

 ということで、無事旅館に到着したむっつりバスターズ。なかなか風情が感じられる宿で、庭なんかも着いてて部屋も割と広々としてます。六人部屋で予約したから当然と言えば当然か。

 到着して宿の説明を聞いたむっつりバスターズ。まだ夕食までに時間があるので、適当に周囲を散歩することに。宿の人が教えてくれた「七福神ツアー」をしに行きました。

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[宿の近くにあった坂道から山登り開始!]
 そんなに大きなものではありませんけどね>山
 というか山と明記されていたわけではないので、実は丘だったりするのかもしれませんが、とりあえず山っぽい感じでしたので山ということにしておきます。
 階段を上って行くと、やがて広い場所に。そこには、七福神とは別物と思われる仏像が。山の中腹の広場、といったところでしょうか。何か石垣の址っぽいものもあったような気がします。元々は何だったんでしょう。

 そこから更に、少しだけ登ったことろに、ありました。
 毘沙門天です。

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[毘沙門天像]
 毘沙門天というと、最近ではガクト上杉が思い浮かびます。いろいろと強烈なキャラクターだった。
 東寺で見た像比べると、やや簡素な造形になっていて愛嬌が感じられますね。あちらは重厚かつ重々しかっった、という印象があります。

 そこを更に登って行くと、次第に道は曖昧なものへ。おまけに前日か前々日かに雨が降った影響か、地面がぬかるんでて割と危険そうな状態でした。柵ないのにズルッと滑りましたからね、何度か。

 ただ、登った甲斐はありました。登りきったところにあった展望台らしきところから見る景色は、まさに絶景。おまけに私が好きな夕暮れ時ということもあって、内心「オクレ兄さん!」と叫びだしかねないほど狂喜してましたよ!(危ない人だ)

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[暮れゆく伊豆長岡の町並]

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[陽は沈み、そのうちまた昇る]
 ちなみに、登りきってしばらくしたところで気付いたことが一つ。
 七福神像は東西に分かれていて、西から東、あるいは東から西の順に行くのがセオリーだったっぽいのですが、我々はそのど真ん中辺りを南から北上してきたらしいのです。全部周りには一番不適切な開始地点。
「ま、いいか」
 そうそう何もかも思い通りにはいきません。夕食までの時間も限られているので、我々は適当に数か所だけを見て回ることにしました。

 ちなみに、その後も山中をいろいろ歩きながら、それぞれの近況を話し合ったり。
 就職したり院に行ったりと、皆それぞれの道を頑張っているようです。馬鹿なことばかりやってた昔を思うと、もう皆が大人になってる、という実感が湧いてきません。……多分この面子が揃うと皆童心に帰るからかなぁ。

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[キュクレ……大黒天]
 最後に、清水寺で緑やピーターからキュクレイン(というか私)っぽいと言われた大黒様。こちらのバージョンはものっそい穏やかですね。……というか清水寺の大黒様は何であんなあくの強そうな面構えだったんだろう。

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第三話「遥か昔の逢瀬の地」

 今日もJAVAの勉強。そして大神。
 いや、息抜きも大事ですよね?
 現在赤カブトを倒したところ。はじめて戦闘でゲームオーバーになりかけた……。倒し方分からないからって適当に攻撃すべきじゃないな、このゲーム。八犬士のおかげで無事でしたが。
 しかし、大神の音楽はどれも出来が素晴らしいですねえ。サントラ買おうかな。それだけの価値はありそう。

 さて、いよいよ三島大社本殿にやって来たむっつりバスターズ(3/5)。さすがに有名どころ、時期も時期なだけに、割合賑わってました。

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[三島大社本殿]

 早速我々の方もお参り。「5円がないなら1円を投げればいいじゃない」などと言おうとしたところ、どちらもなかったので10円を投げることに。みみっちいことに変わりはないなぁ。
「さらば諭吉ぃっ!」とかやれるようになりたいもんだ、とか思ってたら横でゴリがその台詞を言いやがりました。違うだろ、お前はキャラ的に筋肉だろ……! 俺もキャラ違うとは思うけど!(分かる人にしか分からないネタです)

 その後、いろいろと茶目っ気のある馬鹿な写真を撮ったり、本殿の脇にあった見目神社や若宮神社などを見て回ったりしながら、のんびりと中を散歩。
 源頼朝が平家打倒のために参拝したという、一種執念深さが感じ取れるエピソードがあるこの神社ですが、そんなことを感じさせない和やかさがありましたね。桜が満開だったせいかもしれないですけど。


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[頼朝と政子の腰掛け石]

 参拝理由は平家打倒という物騒なもの。やって来たのは、どっちもいろいろときつそうな印象のある頼朝と政子。その二人が腰掛けたと伝わる石でございます。
 しかし、ここでの会話は他愛ない男女のものだったんじゃないかな、などと思ったりもします。頼朝や政子に限らず、当時の武士たちは、敵に対しては厳しく容赦しない代わりに、心通わせた仲間は本当に大切にしたんじゃないかな、という印象があります(頼朝は義経や範頼を死なせてますが、それはいろいろと込み入った話になりそうなので割愛)。

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[何か見栄えの良かった離れの社]

 特に理由はないですが、離れにある建物って何か心惹かれてしまうんですよねえ。何でだろう。
 ちなみにこの辺りには鯉や亀などがいました。なぜかGUCCIが亀に夢中になってたのを記憶しております。まあ普段はあまり見ないですしねぇ……。

 その後、鹿を見に行っていたというゴッド、江頭と合流。時間さえあれば私も見たかったのですが、そろそろ宿に行かないとまずい時間帯に。
 初日は伊豆長岡近くに宿を予約していたので、そちらまで車でGO!

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[伊豆の車窓から]

 というわけで三島大社でした。
 なお、この写真は(多分)韮山辺りで撮ったものです。特別なものはありませんが、こういう風景を見ると心が洗われるような気がします。普段どんだけ汚れてるんだろう……。

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第二話「三島大社の桜道」

 今日も今日とて研修研修。予習復習やっていかないとついていくのが大変そうです。気合い入れていかんと。

 さてさて、足並み揃わぬも、どうにかこうにか東名高速から沼津経由で三島市までやって来たバスターズ。驚くべきことに、デニーズで飯を食い終えた頃、既に時刻は三時近かったのであった……!

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[バスターズ後姿(日暮除く)]
 個人情報守秘義務により(またか)顔まではお見せできません。きちんとした許可も取ってないので、どれが誰かまでは申し上げることが出来ません。許可取れたら言うかもしれませんが。
 しかし、見事なまでに格好までバラバラ。ここまで統一感がないと、短所を通り越して一種の長所に見えてきます。

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[三島大社前の桜]
 ちなみにこのときは桜の満開期。今もまだ残ってますが、少しずつ散り始めてきてますね。今日も帰って来るとき、夜桜が散っていく様を目にすることが出来ました。
 私は無常観が好きなので散り桜が好きなのですが、満開の桜もとても良いものです。短い期間しか見られない、ってのもありますが、何か形容しがたい魅力があるんですよねえ、桜。

 三島大社に入った我々は、誰が指示したわけでもなく勝手に行動開始。毎回書くとしつこくなるので、この表現はこのぐらいにしておきます。毎回むっつりバスターズはこんな感じなのでね!

 とりあえずゴリとGUCCIが側にいたので、一緒に本殿の方に向かうことに。しかし、こういう場所に来ると野生の本能が出てきたのか、突如駆け出し始めたゴリ(煽ったのは確か私)。

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[走るー走るー、ゴリだけー]
 って後姿約一名言っちゃったよ!
 まあいいか。きっとゴリなら承知してくれるだろう……。

 それから、本殿に行くまでの道のり。これは良い具合に桜で彩られておりました。壮観ですねえ、というわけで一枚激写。

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[桜道]
 屋台や参拝客、そしてこの桜によって当日の神社は大賑わいでした。


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[そしていよいよ本殿へ]
 というところで今日はおしまい。
 疲れてるのか、あまり文章がすらすら出てきませんでしたねえ。まずいまずい。頭の上手な使い方を考えなくては。

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/第一話「足並み揃わぬむっつりバスターズ」

 研修初日。かなりのハイペースでちょっと大変です。土日もなるべく勉強に時間当てた方がいいかな。
 どこかで日程調整して、「あたまとれるあたま画展」(うちのリンク→イラスト参照)の管理人こと江頭の絵を見に行きたいところ。
 4月6日~20日、上野東京都美術館で開催される日本版画協会・第76回版画展で、見事入選、展覧されるらしいですからね。ちくしょう、入選とは羨ましい奴だ……!


 さて、今日は素面なので旅行日記でも。


 開始前からトラブルだらけのむっつり旅行。「本当まとまりねえな」と思いながらも、どうにか旅行当日。ゴリと江頭が運転する車に、まず私が合流。
日暮「他の奴らは?」
ゴリ「ゴッドは鶴川の方に出向いてるからそこで拾う。……GUCCIは、どうなんだろうなあ」
 事前の情報によると、GUCCIは親戚の引っ越しを手伝ってから旅行に行く、とのこと。予定時刻まで間に合えばいいのだが……。
 そんな心配を抱き始めた頃、ゴリの携帯にGUCCIからの連絡が。
ゴリ「ふんふん。なるほど。……ああ、分かった」
日暮「……GUCCIは何だって?」
ゴリ「手伝ってくれってさ」
 冗談なのか本気なのか分からないのが怖い。
 そんなつもりもなければ時間もない俺たちは、どうにかGUCCIを急かしながら移動。だが結局俺たちも予定時刻をオーバー。足並み揃わないにしても程があるだろう……。

 そんなこんなで、どうにかゴッドやGUCCIを拾って東名高速に出発。車内で流れていたのは「ハレハレ愉快」だの「もってけセーラー服」だの「たすけてえーりん」だの、完全にオタク系。特に意味もなくハイテンションになる俺たちと、一人冷静というか苦笑いを浮かべるGUCCI。付き合いきれないと思ったのか、以後彼は車での移動中の八割を寝て過ごすことに。素のテンションであの空間にいるのは辛かっただろうからな……。


 とまあ、むっつりバスターズの駄目な点ばかりが目立った旅立ちの日の午前。拘束を抜けて沼津に着いた頃、既に時刻は十三時半過ぎ。
 気を取り直しつつ向かった先は、かの有名な三島大社であった……!

日暮の旅行日記・伊豆&箱根2008/プロローグ「俺たちで、もう一度修学旅行に行こう」

 昨日と今日はビジネスマナー研修でした。明後日の入社式に備えて、いろいろと準備をしなければ。マスクマンとして定着した自分のキャラをどうにか改善したいところ。さっさと夏になればいいと思うよ。


 そんなこんなで現在ちょっと酔ってますが(最近飲む機会増えたな)、せっかくなので伊豆旅行の日記でも書き始めようと思います。
 今度の面子は中学・高校時代の友人たち五人。誰もが相当濃いキャラで、昔は私一人がツッコミをやっていたような気がします。今は私含めて全員がボケになりましたが
 リーダー格というべき者もいない集団なので意思決定が遅い&いい加減なのが玉に瑕。逆に考えると、気楽な集団でもあります。チーム名はむっつりバスターズとでも名付けておきましょう。
 構成員は以下の通り。呼称は昔のあだ名だったり他の面で関係あったりするものです。
 ゴリ:あだ名そのままっぽい外見とは裏腹に、ガラスの肩と心を持つ野球馬鹿にして愛の伝道師(深く考えたら負け)。三国志でいう張飛。某ゲームでいう筋肉。この旅行の言いだしっぺ。
 ゴッド:むっつりバスターズ唯一のイケメン。テンションと理想が半端ない。深く物事を考えたり紳士的だったりするがよく遅刻する。ゴリによって愛の道に目覚めた。
 江頭:むしろ動き方はゾンビっぽかった中二の夏。当サイトからリンクしている「あたまとれるあたま画展」の管理人。昔は結構アダルティだったが最近は落ち着いてきた。
 すけさん:適当なあだ名が思い浮かばなかった一人。あるにはあるけど、結構酷いものしか思い浮かばなかった。バスターズの中では日暮ともっとも長い付き合いになる(小学一年の頃から)。
 GUCCI:バスターズ屈指の知力を誇る帰国子女。妙な人徳持ってて、まるで劉邦とか劉備のよう。ただし油断してると形のない強烈なアッパーを叩き込んでくる。

 はじまりは昨年の飲み会。
ゴリ「そうだ。……俺たちで、もう一度修学旅行に行こう!」
 高校のときの卒業旅行には参加出来なかったので、日暮は一も二もなく賛同。他の面々もどんどん賛同していった。
 ところが、それからいつまで経っても旅行の話は出てこない。
 痺れを切らした江頭が「ゴリに一言物申す!」とミクシィで発言したことで、二月の終わり頃にようやく話が再開した。
 ところが、蓋を開けてみれば全員の都合がまるで噛み合わず、あれよあれよと行けそうな日が減っていく始末。そこをゴリ・江頭・日暮の三人がどうにかこうにか打ち合わせし、ようやく二十六~二十八日に行けることになった、というのが三月の半ば頃。
 そして出発の二日前、諸事情によりすけさんの不参加が決定。寸前まであれよあれよと問題発生。何度、こんなんで大丈夫なのかと真剣に危惧したことか。
 それでも旅行当日、待ち合わせ場所には予定通りレンタカーと、それを運転する江頭、ゴリの姿が。
ゴリ「よし。……卒業旅行の始まりだ!」
 波乱の幕開けを切った第二次卒業旅行。はたして、どうなることか。
 それはまた、次回以降。

「奥の細道」最北の地

 昨日、伊豆・箱根・小田原を回って戻ってきました。
 いろいろとトラブルもありましたが、学生最後の旅行を楽しむことが出来ました。韮山城跡や小田原城も見て回れましたし。京都同様、またいつか行ってみたいと思える場所になりましたね。今度は天城や下田、熱海城も見たいかも。

 というわけで第二次卒業旅行日記……と行きたいところですが、まだ写真関係が整理されてないので、先に今月半ば頃に戻った秋田の風景写真なんぞを。基本的に散歩中適当に撮影したものです。

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[赤い鳥居がいくつも]
 田舎道をぶらぶらしてたら突如目に入って来たこの鳥居。
 あまり見かけることのないものだったので早速一枚。
 しかし社自体は閉ざされていたので、何の神社だったのかは今一つ分からず。

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[とびのくずれ]
 ……という名の、うちの田舎の近くにある数少ない名所(?)。
 海沿いの丘から撮った日本海の一風景。どうでもいいことですが、昔よりも随分と汚くなってて少し寂しくなりました。


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[鹿島太神宮]
 ……と書かれていた神社。茨城にある鹿島神宮の分社かとも思いましたが、「秋葉大権現」とも書かれており、さてさてどういうわけか、と疑問が残った場所です。ウィキペディアで調べてみるといろいろ興味深い点が出てきましたが、実際のところはどうなんだろう……。
 ちなみに、すぐ傍には日露戦争に従軍したであろう人々の名前が彫られた石碑もありました。


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[近所の神社]
 祖母の家のすぐ近くにある神社。ここから町名物(と言いつつ、二十年近く私はその存在に気付かなかったのだが)の三十三観音巡りに。と言っても時間があまりなかったので(正午までには祖母宅に戻る必要があった)、山一つ分回った程度に留めておきました。今度行ったときは全部回ってみましょうかね。


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[観音湖]
 ……と呼ばれる湖。よく調べたわけではないので確証はありませんが、多分上で述べた三十三観音が名前の元になったんでしょう。適当に散歩するときにちょうどいい程度の広さです。


 というわけで秋田の一風景でした。