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日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第12話「銀閣童児」

 さて、今回は前置きなし。
 阿呆な死闘を終えた一行「チーム・ジャミ」は、宿を離れてその足で銀閣寺へ。先に言ってしまいますが、私は今回の京都旅行の中で一番行って良かったと思ったのは、この銀閣寺なのです。
 まあ建設されるまでの経緯はちょっとあれですが(生活苦しい民衆から臨時の税巻きあげて建てました。昔も今も変わらないのか)、後世の我々はその点関係ありません(酷)。庭園や銀閣の規模は金閣寺と比べるとややこじんまりとしていますし、見た目も地味。しかし、その頃から「わび・さび」の精神が発展しつつあったことを考えると、この地味さが味わい深いものに見えてくるのです。個人的には、そういう場所の方が落ち着けるし好みなんですよねえ……。逆に、秀吉の黄金茶室とかはちょっと駄目かもしれません。

 ちなみに、当初は銀閣寺に向かう前に食事をする予定でした。
 が、なぜかこの日に限ってどこも定休日
 目星をつけていたところからそうでないところまで、この日は何軒もの「定休日」を目にしました。絶望したぁっ!

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[こちらが銀閣寺でございます]

 こういうノリの良さが出てくる程度には回復した我ら一行。
 ちなみに写真の右上をよく見てもらえると分かるんですが、寺の出入り口付近に小学生の集団が来ています。……そう、こんな朝早くから、子供たちによる銀閣寺見学が行われていたのですッ!
 団体さんの観光に遭遇すると、まったく進めなくなって後々のタイムスケジュールに影響が出る!
 そう確信した緑Pはただ一言、こう言い放ちました。
緑「次のコーナーで抜くしかないッ……!


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[朝の陽光に包まれる武家屋敷]

 こうして出入り口付近のカーブで無事団体さんを抜き去った我ら一行。
 狭い通路を抜けると、そこに待っていたのは武家屋敷と大きな木でした。
 写真だと魅力が今一つ伝わらないかもしれないですけど、ここの風景は朝の日差しもあって本当に綺麗でした。本当、こんなところに住めた義政は贅沢ものってもんです。
 そこを抜けると、そこにはすぐ側に銀閣が!
 シャッターチャンスかと思いきや、団体さんと再びぶち当たることになったので、ここでの撮影は断念。不思議な砂場などを撮影しつつ、国宝とされている東求堂へ。

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[東求堂。後ろの消火器がなければ時代劇にそのまま使えそう]

 義政の書斎などもあった東求堂。国宝指定されるだけあって、本当に時代を感じさせる雰囲気、というものが滲み出ています。
 この写真はどうにかこうにか良い角度はないものか、と苦慮して撮った一枚。でも消化器が……。

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[銀閣を俯瞰する]

 後方から迫りくる子供たちから逃れつつ、やや急ぎ足になる我ら大学生三人。途中にも様々なものを撮ったのですが、日記の仕様上、一回の投稿で掲載出来るのが五枚までなので、割愛させて頂きます。時間があればもっとゆっくり回りたかったですね。

 で、先ほど至近距離から銀閣を撮るのに失敗したので、高所から撮影。
 町や庭園も一度に写って、個人的にはなかなかお気に入りの一枚になりました。
 現在銀閣は工事中だったのですが、この角度からだとそれも見せません。ある意味ベストポジション?

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[庭園の道を行く二人]

 今回の旅行で、私は被写体に許可を得ず適当にパシャパシャ撮ってました。……あれ、もしかしてこれ盗撮になるのか?
 まあ自然体も良いよね、ということで銀閣寺内の道を行く友人二人。
 こういう光景を、またいつか見たいものです。


 その後、お土産屋で香木売ってるのを見て「すげえ、初めて見た!」と喜ぶ似非歴史好きがおりましたとさ。
 結局それは買わず、栞買いました。香木なんてセレブじゃなきゃ無理ですよ。

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第11話「うまなみにゃーぶ」

 えーと。
 実はこの日記、最後まで書いておきながら、エラーが起きて全部消えてしまいまして。今、かなり気力減退しております。
 なので、今回は会話形式、勢いだけでお送りしたいと思います。

日暮「あー、しんど。さて、明日もあるしそろそろ寝るか」
緑「そうだな……さすがに疲れた。もう休もう」
ピーター「ああ、ではお休みだ」

(数分後……)

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[うまおとこA があらわれた!]

日暮「うひいぃぃぃっ!?」
うまおとこ「ブルルンッ、ブルルンッ!」
ピーター「こ、こいつは……俺たちを襲おうとしているッ!」
日暮「待てピーター……俺は、俺たちはこういうことをする奴に心当たりがあるんじゃあないのか」
ピーター「……はっ、まさか!」
日暮「そうだ。……何をやっている、緑ッ!」
うまおとこ「私緑じゃないよ、ただの馬だよ」
日暮「ところで緑、何ヅラつけてんだよ」
うまおとこ「これヅラじゃないよパーティグッズ馬頭だよー!」
ピーター「ところで緑、その馬なんだよ」
うまおとこ「……。これ馬じゃないよ、ただの馬頭だよー!」

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[クロ社長を人質にするうまおとこ]

うまおとこ「これでもう手出しは出来まい!」
日暮・ピーター「知るかー!」

(ボッコボコ中)

日暮「ってぎゃああ、何か俺の頭に馬があああ!」

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[もう何が何やら]

ピーター「とりあえず周りに迷惑かけない程度に乱闘するぜ!」
緑「とりあえず死にそうだけどテンション上げるぜ!」
日暮「とりあえず日記のネタにするために暴れまくるぜ!」

 そんなこんなで、夜が明けた。

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[猫:駄目だこいつら、早くなんとかしないと……]

日暮「お、猫だ。にゃんこじゃにゃんこじゃああ!」
猫「なー(うるせえなあ……)」
緑「おお、可愛いなあ。猫いいなあ、猫いいなあ」

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[猫:いいからさっさと行けよ]

 そんなこんなで、休んだのか休んでないのか微妙な状態で、一行は再び旅立つのであった……。

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第10話「日暮れの京」

 何か本屋に行ったらハンター×ハンターが出てたので購読。結構内容忘れてたのでちょいと前回までを見直しながら。面白いことは面白いんですが、段々記憶が薄れていきますねえ……。あとユピーキモイです。何の魔獣なんだコイツ。
 それから遅まきながらフルメタの新刊とBBBSの新刊も購入。フルメタも一気に読みました。ネタバレになるので多くは語りませんが、クライマックス間近ということでいろいろと衝撃的な展開が。早く続きが読みたいものです。


 ちなみに今日の京都旅行日記は写真なしで送りたいと思います。
 というのも、この辺りではあまり写真撮らなかったんですよねえ。宿の部屋とか少し撮ったぐらいですが、それを掲載するのも微妙なので。

 北野天満宮を後にしたチーム『南天騎士団』は、バスに乗って宿近くに。銀閣寺近くの宿で、哲学の道からちょこちょこと歩いて移動。
 その日の夕食と翌日の朝食の店がどこにあるかを確認してから、ゆっくりとした足取りで宿に。
 ところがぎっちょん、見つかりません
 地図を見る限りでは、宿は住宅地の中。しかし、視界に入ってくる建物と言えば、いくつかの例外を除いて民家ばかり。看板も何も見当たりません。
 就職活動してるときも何度かあったんですが、住所を頼りに探そうとすると、何丁目という辺りまでは辿り着いても番地の辺りで迷ってしまうのですよ(少なくとも私は)。おまけに、そういうときに限って住所が書いてあるプレートがなかなか見当たらない
 例えるなら、そうですねえ……ロンダルキアへの洞窟や迷いの森で延々と迷うような感覚でしょうか。あるいは、マップのないメガテンとかを思い浮かべるといいかもしれません。

 そんなわけで、一日の疲労も相まって次第に無口かつ不機嫌になる我々。特に計画者である緑は責任を感じていたらしく、懸命にあちこちを歩き回っていました。
 そして、とうとう日も暮れそうになって来た頃。

緑「俺……ちょっと見てくるよ。二人は休んでてくれ」
ピーター「緑、それは無茶だ。俺たちも一緒に……」
日暮「あ、じゃあ休ませてもらうわ。ついでに何か飲み物買ってきて」
ピーター「てめえの血は何色だっ!」
日暮「あべしっ!」
ピーター「って、こんなことしてるうちに緑が泣きながら夕暮れの地平線目がけて走りに行ってしまったァー!」

 なんてやり取りはありませんでしたが、緑がダッシュで見つけてきてくれたのは事実です。ありがとう緑、君のことは忘れない……!(死んでません)

 ちなみに宿は、何度か通った場所にありました。
 看板が背景と一体化しているカメレオン仕様だったので気付かなかったみたいです。
 勘弁してください!


 疲れながら宿に到着した我々は、用意された部屋に着くなりダウン。
 特に緑の疲労は著しく、そのまま本当に寝てしまいました。ピーターもかなり疲れていたのか、ぼーっとするのみ。
 なぜか半端に気力が余ってた私は、ひたすら一人ブラックジャックをやってました。切り方の問題なのか、三回連続でスリーカードを引くというくだらない快挙を達成。……ブラックジャックじゃ意味ありません!

 その後、ある程度回復したのを見計らって、今度は夕食を食べに京料理屋へ。ここでは湯葉を食べるのが目的。その後、そのまま風呂に向かう予定だったので「荷物は最小限にしよう」とカメラを宿に置いてきたことが悔やまれます。
 ちなみに湯葉はとても美味しかったです。麻婆豆腐に近いかな……?
 一緒に食べた鉄火丼もブラボー! おそらく、一日歩いて良い具合に疲れていたのも、美味しく感じられた理由の一つだと思います。

 そして、その足で「銀閣寺湯」へ。
 名前の通り銀閣寺近くの御風呂屋さんです。
緑「時間ギリギリまで入ってようぜ!」
日暮「おっ、いいねえ」
 というやり取りがあったにも関わらず、即効で上がりました。
 これまでは「ガンガンいこうぜ!」だったのが「いのちをだいじに!」に変えたわけです。なにしろ旅行は翌日と翌々日、解散する日も含めれば更に一日あるわけですから。ここで無茶は出来ません。ついでに、その次の日は研修も入ってましたからね……。
 まあ元々風呂が短いというのもあるんですけどね。長風呂出来ないんですよ。
 と、なんだかんだ理由をつけつつ人の期待を裏切る日暮。私の「やったるぜ!」はアテにならないので注意が必要です。

 その後、帰りに夜食を買ったりしつつ宿に帰宅。
 風呂に入ったとは言え、三人とも疲労困憊。あとはもうゆっくり休もう……と思っていた矢先。
 予想だにしなかった悲劇が、起きてしまったのです……。

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第9話「雷神・菅原オルランドゥ」

 今日はスパイダーマン(1)を見ました。のび太君が『矢』に貫かれてスタンド能力に目覚め、悪の親玉ジャイアンの父を倒すというお話ですね?(違います)
 冗談はさておき、アクション面はさすがに迫力ありますねえ。アクション映画として普通に面白かったです。王道作品。個人的には、スパイダーマン自身がもっと追い詰められたら、より面白かったかな、と。グリーンゴブリンと最初から一対一だったら、結構楽に勝ててたんじゃないかなあ……あ、でも眠りガスとか喰らったらまずいか。
 関係ありませんが、主人公の名前がピーターだったので、今回の京都旅行日記はピーターと緑特集でいきたいと思います。


 さて、金閣寺を離れたチーム『チキン・オブ・ハート』は、そのまま徒歩で北野天満宮へ。学問の神として有名な菅原道真が祀られている天神さん、その中でも代表的な場所の一つです(多分大宰府の天満宮と双璧をなす)。
 私たちはもうすぐ学生終える身なので意味ないじゃん、とか言われそうですが、社会に出てからも学ぶことは腐るほどあるはずなので、しっかりとお参りをしていくことに。

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[北野天満宮]

 出入り口付近。
 割と町中にあったというか、賑やかな印象。
 ちなみに金閣寺からここに至るまで徒歩。この日は移動費に関してはかなり得をしましたが、足の方はボロッボロです。そのため、この辺りになると疲れから、それぞれの本音素の部分がよく表れてくるように。

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[クールな横顔ピーターとラッパー状態の緑]

 証拠1。
 疲れてくると物静かになり、そっと笑うことが多くなるピーター。一方、疲れれば疲れるほど「テンション上がってきたあぁぁ!」となる緑。実にバランスが取れています
 ちなみに日暮はいてもいなくても良い無個性キャラなので、バランスの良さに影響はありません。普通って言うな。

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[カメラ目線のピーターと牛に抱擁する緑]

 証拠その2。
 あまりカメラに写らないレアキャラ・ピーターですが、実際「はいチーズ」と呼びかけるとしっかりカメラ目線になってくれます。某太乙の如く
 緑は呼びかけに応じると、即座に牛に頬ずり。相変わらずネタ精神にあふれてるなあ、とか思ってたら、しばらくの間写真の体勢のまま動きませんでした。もしかしたら、このとき既に彼は限界だったのかもしれません……(伏線)。

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[仲良くお参りするピーターと緑]

 本殿にてお参りする二人。私は後ろでひたすらカメラマン
 なんでこんなに写真撮影に夢中になっていたのかと言えば、この日記で使うため
 今にして思えば、もう少し純粋に楽しめば良かったような気もします。

 その後、自分の道を歩み始める緑が絵馬を書くことに。
 内輪ネタになるので詳しくは書けませんが、彼は絵が上手いのですよ。
 その技術を生かして、良い絵馬が出来上がりました。著作権違反になるうえに、写真として持ってないので掲載出来ないのが悔やまれます。
 その画力を少し分けて欲しいくらいですよ!(本音)

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[仕掛け人・藤枝梅安梅園(?)]

 最後は北野天満宮名物の梅園。
 正確な時期はよく知りませんが、平安時代より前(多分中国とかの影響が強かった飛鳥・奈良の頃)の日本では、梅を見ることで「花見」と称していたそうな。花見の花が桜になったのは、平安以降なんだそうな。
 そんなわけで、古式の花見でもしよう……かと思いましたが、既に梅園は受付終了。仕方なく、近くの梅の木を撮影した次第でございます。
 四時に終了ですから、結構惜しかった……とは言え、写真を見ていただければ分かるように、まだまだ梅は満開ではありませんでした。
 満開の風景はどんなものだったんでしょうねえ。ちょうど、これを書いてる今頃が満開の頃なのでしょうか。

 小さな花を心に残しつつ、一行は北野天満宮を後に。
 いよいよ観光一日目は終了。今晩泊まるペンションへと出発です!

 これが悲劇の始まりだとは、このとき誰も思っていなかったのでした……(伏線)。

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第8話「金閣寺の御酉様」

 今日はダイ・ハード2を見ました。
 面白くはあったんだけど……1と比べるとスリルが足りなかったですかね。1は結構「追い詰められている感」がありましたが、今回は割と普通のアクションものといったところ。やらかした犯罪の規模は段違いですし、決着のつけ方はかなり過激なものでしたが(笑)。


 さて、京都旅行日記、ようやく一日目の午後に入りました。
 今回は金閣寺編!
 室町幕府三代将軍、足利義満が建造させた、有名なお寺でございます。本来の名は鹿苑寺。焼失事件でも有名ですね(残念なことではありますが)。
 広々としており景観も素晴らしく、写真のシャッターを何回押してしまったことか。この日記では、そのうち五枚を紹介したいと思います。

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[いざ金閣寺へ!]

 ちなみに、この日記をこれまで見てきた方なら気付いているかもしれませんが、私の撮る写真には緑がやたらと写っています。これは、彼が大抵先頭を歩いているからです。ピーターは私が写真を撮るときは横にいたりすることが多いので、意外と写ってないんですよ。
 私は景色とかをやたら撮っていたので、いつも最後尾でした。殿ポジションだと何故か落ち着く、というのもありますけど。

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[舎利殿を背景に]

 これとは別に、舎利殿だけを写したのもありますが、そういうのはネットでも探せば出てくると思うので、今回は人物つきの方を掲載。
 どっちも良い笑顔してるんですが、微妙な影のせいで少し不気味です

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[ちょっと違う角度から]

 捻くれ日暮の性格が分かる一枚。よく見かける角度からの撮影だけでは面白くないということで、微妙な位置から撮った舎利殿。
 でも、こういう「庭と建造物の一体感」が表れる光景というのは、個人的に好きだったりします。

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[庭園の美しさは室町時代が随一なのでは?]

 日本の庭園の特徴は池にあるんじゃないかと、この旅行で思うようになりました。逆に欧米の方は花とかの印象。

 こういった場所を含め、のんびりと中を散策。
 途中、三人でくじ引き勝負なんぞをしたりもしましたが、確か全員揃って吉という微妙な結果に終わりました。

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[出入り口付近の休憩所にて。ふと空を見上げて撮った一枚]

 金閣寺関係ないじゃん、と言われそうな一枚。
 しかし、こういうさり気ない写真を見た方が、案外そのときの気分というのを思い出せたりするもんです。


 あ。
 満足し過ぎて、特にネタというネタが出せませんでした

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第7話「イタリア料理を食べに行こう」

 数日遅れの報告になりますが、無事に卒業出来ることが確定した日暮です。あとは卒業式に行くだけ。合間があるので消化試合みたいな感覚です。でも、考えてみれば十六年にも及ぶ学生生活のピリオドなんですよねぇ……。もうすぐ社会人か。

 さて、二条城を後にしたチーム「S学無双・妄想伝」は、昼食を取りにイタリア料理店へ。
 様々な通りを歩きながら、室町通りへ。ついでながら、通りにはそれぞれ由来を記した看板(?)が設置されていました。観光地っぽさが前面に出てて、歴史を感じるうえではちょいと微妙な感じもします。いやまあいろいろ分かるのは嬉しいんですが。複雑です。

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[イタリアンに乾杯]

 で、お店に着いた我々はスタッフ一同に迎え入れられて指定の席へ。
 なんというか、従業員の方々の動き方がいかにも手慣れているというか、プロっぽい。他のお客さんたちも皆落ち着いているので、馬鹿になってる私は戸惑ってしまいますね。
 なにせ、この三人の間では不浄王と呼ばれているくらいですから!
 清浄な場所にいると弱体化してしまうのですよ!

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[前菜]

 で、上品な店の雰囲気にたがわず、注文したものが順番に。
 イタリアというと「このジョルノ・ジョバーナには夢があるッ!」とか「世界でもっとも愛されもっとも憎まれたハゲ」とかの印象しかないので、料理内容はさっぱりでございます。
 どれも美味しかったですけどね。
 その辺り考えると、結構自分が食べてる料理の名前とか知らないなぁ、私……。

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[極太スパゲティ]

 太っ!
 フォークで食べるには結構なコツが必要。
 食感も普通のスパゲティとは異なり、私の戸惑いゲージはいよいよマックスへ。
 どうしようどうしようかと思い食べた私の一言。
「ンまあああアアァい!」

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[太スパと普通のスパ]

 手前がピーター、奥が本多緑の頼んだスパゲティ。それぞれ三人で回して、結局全部のスパを食べました。どれも素晴らしい味でしたが、個人的には本多緑の頼んだスパが一番好みでした。野菜系が好きなのですよ。麺の部分はどれも美味しかったので、優劣つけがたかったです。

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[最後はデザート]

 実はフルーツ系が総じて苦手な私。かろうじてリンゴが平気な程度。
 アイスとか飲み物になってればある程度は大丈夫なんですけどね。果汁が入っていると微妙に嫌。
 とまあ私の好き嫌いは別にして、スパによって口中に広がったこってり感が、このシャーベットで綺麗に洗われたというところでしょうか。
 これまでは徒歩での移動が多く、結構足が疲れてたんですが、料理も合わせて、ここで十分回復出来た気がします。たまにはこういうイタリアンも良いものですね。

 さて、次はーー新たな山場。
 金閣寺でございます!

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第6話「狩野家の人々」

 さて、前回は回覧者の方々にとって謎だらけの身内ネタになってしまいました。今回はその点を反省し、分かりやすい内容にしていきたいと思います。

 神泉苑を後にしたチーム「嘆きの子ら」は二条城へ。
 日本史上、大小の差はあれど、様々な出来事があった城。城と言えば、東京の江戸城、大阪の大阪城、京の二条城という印象があります(小田原城、姫路城や熊本城などもありますが、その辺りに触れるときりがなくなるので割愛)。
 今日の我々に影響した出来事と言えば、やはり大政奉還が行われたという点でしょうか。背後関係をちょっと調べてみると、実行した徳川慶喜がどういう人間だったのか分かって面白いですよ。慶喜は幕末関係ではあまり人気なさそうな印象ですが、好き嫌いを度外視して見ると面白い人ではあります。実際身近にいたら凄く疲れそうですけど。

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[二条城へ突入開始!]

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[幕末無双、徹底抗戦を唱える兵に見つからぬよう、こっそり逃げろ!]

 ……。
 すいません、やり過ぎました

 気を取り直して、我々は順番通りに進んで二の丸御殿へ。入る直前、横にあった庭をちょっと見ましたが、どのみち後々通る道だったので無駄足でした。ちなみに庭を見たいと駄々こねたのは私です
 まあ、そんなことをしつつも二の丸御殿内へ。中は撮影禁止なので、残念ながら写真で様子をお見せすることは出来ません。残念……。
 中に入ると、無双ゲージマックスの緑Dが「うぐいす張り」の知識を披露。歩くと床が鳴る構造になっているのだそうです。私は似非歴史好きなので、恥ずかしながらこのときまで知りませんでした。城の構造とかも面白そうではあるのですが、「実物見ないとよく分からない」→「見に行く時間と金がない」ということでなかなか……。

 ちなみに、中にある屏風などの紹介欄にはほぼ「狩野」という姓が書かれていました。「かのう」と読むそうで、職業画家一族だったのだとか。天才を一人生み出すよりも、技術を高めることで日本の絵画史に大きな影響を与え続けた一族だったそうです。
 絵画系にも疎い私は、このこともあまり知りませんでした。恥ずかしい限りですが、逆に考えるとこの旅行でいろいろ学べたということにもなります。やはり、実際に訪れてみると多くの発見があって楽しいですね。
 ちなみに、本丸までは入れませんでした。

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[二条城庭園の図]

 建物も良いのですが、私はどちらかというと庭園の景観の方が好きだったりします。こちらの方が、より私の中の「和」のイメージと合致するんですよ。建物だけではなく、庭や堀など、全てを含めて「城」だと改めて感じました。
 残念なことに、やや地面はぬかるんでましたけどね。前日辺りに雨でも降ってたんでしょうか。

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[二条城・天守閣跡から見る風景]

 天守は江戸時代に落雷で焼失して以来建造されていません。
 今残っているのは、その跡地だけ。それでも、そこからの眺めは壮観でした。東京ではお目にかかれませんからね、こんな風景。
 遠目に見える山や町の遠景、こういうのがたまらなく好きな性質なんですよ。昔、団地の五階に住んでた頃もすぐ裏が林でして。遠くには何十階建てだかのタワーが、木々の間から見えたんですよ。夜間になるとそれが光ってたりしたのが、今でも印象深く残っています。今の家はすぐ近くに馬鹿でかいマンションがあるので、そういう眺めがないのが不満です。

 とまあ話は逸れましたが、二条城を十分に満喫した我々は、とりあえず昼食に向かうことに。最近緑がイタリア料理にはまっているので、京風イタリアンを味わおうということに。
 トニオさんみたいな人がいることを微妙に期待しつつ、一行はレストランへ!

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[たまには白も良いでしょう]

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第5話「卍爺の赤い橋」

 最近本読んでないんじゃない、と突っ込まれそうな日暮です。
 いや、読んではいるんですがなかなか長くて。「韃靼疾風録」。
 ちなみに「この国のかたち」は最後まで読みました。日本語についてあれこれと考えさせられる内容でした。


 さて、菅原道真をお参りした我々チーム「蛤旅団」は、次なる標的を出世稲荷神社にロックオン。京・出世というキーワードからも想像がつくように、某猿の人(別名禿鼠)所縁の神社です。

 向かう途中、子供好きのピーターが幼稚園を見て心を癒したり、後で行く予定の二条城を横切りながら皆疲れで少しずつ無口になったり人もいないのになぜか揺れてるブランコがある公園で休んだりしました。
 公園で休みつつ、確かピーター辺りがクロ社長の尻尾を使った新技術を開発。段々尻尾がユルユルになっていくクロ社長を鳴かせつつ、いよいよ我々は出世稲荷神社へ。

 えー、正直な感想。

 小さっ!
 しかも、お守り買おうとしたのに誰もいません
 私たちの他にも参拝に訪れた方々がいらっしゃいましたが、皆お守りが買えずしょんぼり撤退。……いやはや、残念です。まあ旅にトラブルはつきものということでしょうか。

 とりあえず記念撮影だけ済ませて、退散。

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[どどんぱを喰らえい!]

 で、とりあえず二条城の方に行こうということになったのですが、その途中、出世稲荷神社を離れてすぐのところに「町内安全」の神様を祀ったものが置かれていました(記憶が曖昧なので、ちょっと違うかもしれません)。そこに書かれていたのは卍の印。
 これが空想王緑Pの心に火をつけてしまいました
 彼は多芸な男でして、声真似をよくやるのです。
 そして、それを活かして時折シュールなキャラクターを生み出します。
 例えば、昔彼の家に遊びに行ったときは、「鬼爺」という恐怖の殺戮爺様がいました。逃げ惑う嘆きの子(CV保志総一郎っぽい感じ)を追いかけて、得物で殺戮するというおっそろしいキャラクターです。ギャグ漫画の法則のようなもので「嘆きの子」は何度でも蘇りますが、その度に鬼爺は彼を「捕まえた♪」と言って殺戮するのだとか。
 書いてて何ですが、書面だとさっぱりかもしれません。まあ要するにノリで珍妙なキャラクターを生み出す能力を緑Pが持っている、ということです。

 で、ここで生まれたのが卍爺(まんじい)。なぜかいきなり死にかけていて、「嘆きの子」に後を託すという謎の爺さん。
 緑Pは、しばらくの間その卍爺と嘆きの子のやり取りをひたすら演じ続けていました。
 旅行に来ると皆テンションおかしくなるんですよ!
 ちなみに、旅行最終日辺りまで緑Pはこの寸劇を何度となく披露してくれました。演じる度に卍爺のドラマは広がっていったのですが、そこまでいくと旅行の本筋と関係なくなるので省きます


 まあ回覧者にはさっぱりであろうこの逸話はここまでにして、次に辿り着いたのは神泉苑。あの源義経と静御前が出会ったという伝承がある場所です。
 平安、幕末、奈良、戦国と来て今度は鎌倉……いやまあ正確には平安末期と言うべきでしょう。が、ともあれちょいと歩いただけでこれだけ様々な歴史に触れられるのは京都の良いところですね。

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[素敵な一時を、ご一緒しませんか? だが断る]

 ちなみに、ここに立ち寄ったのは予定より大分早めに移動していたから。世界を縮め過ぎてしまったので、時間潰しに、ということですね。

 ちなみに、さっき平安末期と書きましたが、神泉苑が造られたのはもっと前の時代のようです。空海がこの地で雨を降らせたという伝承があるそうな。いろいろやってますね弘法大使さん。

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[赤い橋を記念撮影。橋そのものを含めて、風景全体が綺麗です]

 そこでお祈りなどを済ませて、いよいよ二条城へ。
 江戸時代に大きな役割を果たした、歴史上でも大きな存在感を示す城。
 そこでチーム「蛤旅団」は何を見るのか……。

 そして、今回の日記に散りばめられたネタは、どの程度理解されるのかッ!?

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第4話「蛤の傷跡」

 またまた京都旅行とは関係ありませんでしたが、今日はダイ・ハードを見ました。最新の4.0じゃなくて初代のやつですね。
 24の後に見ると、非常にすっきりまとまっていて面白かったです。映画だから短時間でまとめなきゃどうにもならないんですけどね。
 主人公のジョンは、何かその辺りの兄ちゃんっぽい口調で親近感が持てます。危ない刑事のタカみたいなイメージかなぁ。個人的に一押しはアーガイルですけどね。リムジンの運転手。ああいう小憎らしくて愛嬌あって美味しいとこ持っていく奴は卑怯だと思います(良い意味で)。


 さて、京都旅行の続きです。
 正直、そろそろ連載とかも書かないとなぁ、と思ってはいるんですが、これとか別件であまり手が回っていなかったりします。新生活に向けての準備もいろいろとありますのでね!

 さて、早速ですが我々「チーム・ぷいにゅ」は梨木神社を離れ、護王神社に向かい始めていました。ちょうどその間に蛤御門があるというので、是非とも見ておこうと思っていた矢先。

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[清水谷の椋(むく)]

 こんな木が視界に飛び込んできたではありませんか。
 某センチメンタリズムな乙女座のフラッグ・ファイターの話をしながら、この写真の手前にある看板を見ると、さり気なく気になる一文が。
『来島又兵衛がこの辺りで討死したと伝わっている』
 こいつはびっくりです。似非歴史好きの私でも知っている有名人・長州の特攻中年来島さんのことが書かれているではありませんか(分からない人は検索してみましょう)。
 何気ないところにも伝承あり。
 京は本当に深いところですねぇ……。


 そうしていよいよ蛤御門に到着した三人。早速記念撮影をしようとしたところ、仲間二人に異変が

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[蛤御門で霊と戦う緑とピーター]

 ……どうしたんでしょう。この場に残る長州藩士の無念を見てしまったのでしょうか
 とまあ怒られそうな冗談は置いておいて、蛤御門と言えば「禁門の変」でございますよ。幕末好きなら名前ぐらいはまず知っているであろう大事件。その舞台にやって来たわけです。……どきどきするなぁ(危ない人か)。
 簡単に説明すると、幕末において大きな存在感を示したのは薩摩・長州・土佐・会津などの藩なのです。このうち長州は、吉田松陰の死後から尊王攘夷の急先鋒として京都で活発に活動。これを危惧した会津や薩摩によって、京都から締め出されてしまったのです。
 これに加えて、会津藩お抱えの新撰組が池田屋で長州藩士含む尊王攘夷の志士を斬るなどの事態が相次ぎ、とうとう長州藩の急先鋒、来島又兵衛や久坂玄瑞が耐えきれなくなって京都に武力介入を試みたのでした。
 と、これが禁門の変または蛤御門の変と呼ばれる事件なわけです。
 この一件で長州は惨敗したうえに、御所に攻撃を仕掛けたという名目で朝敵にされる始末。幕府も本腰入れて長州討伐を試み、長州藩内でも幕府に従った方がいいんじゃない? という人々が主導権を握るようになったわけです。下手すりゃここで明治維新終わってた可能性もありますね。何らかの形で薩摩がそれを実現してたかもしれませんが。
 るろ剣読んでた人には、この辺りで剣心と巴が一緒に暮らし始めたと言っとけば分かりやすいかもしれません

 で、歴史的意義もそうですが実際の戦闘も結構過激だったようで。
 長州は来島又兵衛・久坂玄瑞といった有力な人物が討ち死にしてますし、京の町も結構な被害を受けたそうな。

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[蛤御門の傷跡]

 で、この写真は当時の銃弾の名残り。
 写真にはこれしか映ってませんが、実際はもっとたくさんあります。冗談抜きで、多くの人(大半は長州藩士)がここで命を落としたんでしょうねぇ……。

 ちなみに「蛤御門」という名称の由来は、江戸期にあった大火の際、それまで閉じていたこの門が開かれたことによるそうな。焼けて開く蛤に例えた、ということですね。こういうのも含めて、昔の人のネーミングセンスは面白みがあると思うのは私だけでしょうかね? 一見すると凄く難しい古典の話なども、訳してみると割としょうもないこと書いてたりしますし。

 そんなわけで、個人的に興奮した蛤御門はここまで。
 続いて、京都御苑を後にして護王神社へ。

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[護王神社]

 この神社は和気清麻呂とその姉・和気広虫を祀っており、清麻呂の難事を救ったという逸話から猪の像が置かれています。お守りなども猪マークがあちこちに。
 清麻呂は奈良時代の有名なエピソード、道鏡事件の当事者の一人。この事件に関しては、何分古い時代だけにいろいろな見方があるようで、さほど詳しくない私が語れるような分野じゃございません。
 私が言えるのは、我々の間で「広虫お兄さん」という言葉が定着してしまったことぐらいです。……いや、当時の人の名前って男女の区別がつきにくいというかね。広虫という名前で女性がどうしても浮かんでこなかったのですよ!(酷い)
 まあ小野妹子というもいましたしねえ。今の感覚で捉えていてはいけないという良い見本ですな。

 ちなみに私はここで両親への土産用に腰と足の御守りを購入。
 自分用にも買っておけば良かったかなぁ、と旅行から帰宅した後に後悔

 その後は二条城の方まで徒歩で移動することに。

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[菅原院天満宮、初湯の井]

 予定にはありませんでしたが、歩き道の途中で発見して立ち寄ったのがここ。あの学問の神様・菅原道真公の初湯の伝承があるんだそうな。
 道真とは関係ありませんが、私が卒論で足利尊氏のことを調べていた際も、「上杉荘には尊氏産湯の井戸がある」という記述を目にした記憶があります。産湯伝承というのがあったんでしょうかね。何か不思議な感じがします。

 ちなみに、写真右下の時刻を見てもらえば分かると思いますが……。
 まだ、一日目の午前十時にもなってません!

日暮の旅行日記・京都&大阪2008/第3話「御所の近くの厠にて」

 京都旅行とは関係ありませんが、24シーズン6を見終えました。
 感想を要約すると「ブキャナン生還おめでとう」「ジャック父最後まで微妙」「ある意味ラスボスはヘラー長官」「さよならマイロ」。
 とりあえず、シーズン5に続いて襲撃されちまったCTUはもう駄目だと思います。いくら何でも警備ざる過ぎじゃないか……?

 というわけで京都旅行の続きでございます。
 今更ながら……。
 このペースでいつ終わるのか、まったく分かりません!

 まだ一日目の午前中すら終わってません。
 どんだけ長期連載をするつもりなのかっ……?

 京都御所に向かって躍進する一行三人。思ったより長いです
 歩いている最中、私の脳内では信長の野望で使われてそうな曲が流れてました。ちなみに京都駅着いた直後はドラクエ3のフィールドテーマが。旅行に来るとテンションおかしくなりますねえ。

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[京都御所前]

 意外と長い道のりの先に待ち構えていた御所の門。
 さすがに結構大きいですねえ。中には当然ながら入れませんが。

 ちなみに、現在の御所は平安時代の頃のものとは別物(焼失したらしいです)。南北朝時代に「後醍醐天皇が大内裏を再建しようとした」というエピソードもありますしねえ。
 今の京都御所は、南北朝時代の北朝方(持明院統)の光厳天皇から使われているものだそうな。建物自体も何度か再建されているそうで。

 ちょっと話が逸れました。
 上の写真では門の大きさが分かりにくいので、比較対象つきのも掲載しときます。

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[京都御所・ピーターと緑つき]

 さて、入れない門の前に居続けても仕方がないので、早速御苑内にある梨木神社へ。
 途中にあったトイレでなかったり出せなかったり放出したりといろいろ大変でしたが、それはスルーしときましょう。本気で語ると、これまで積み上げてきた私のイメージが崩れるいろいろ汚い話になるんでね!

 さて、梨木神社は幕末期の公家、三条実万・実美親子を祀っている神社です。
 幕末期に興味ある方には「明治維新後の太政大臣」「七卿落ち」と言えば、なんとなく思い出してもらえるであろうあの三条さんです。

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[梨木神社・鳥居前]

 司馬さんの作品を読んでいると妙にへたれてる印象しかない三条実美ですが、明治維新に欠かせない人物だったというのは確か。
 御所近くの静かな場所で祀られるのは、彼にとっても本望だったのではないかと勝手に思ったり。
 と、今ちょっと触れましたが、ここの雰囲気は先日述べた厳島神社と比べると、より静かでやや広い、といったところ。厳島神社が池に囲まれているという特徴があったのに対し、こちらは木々に囲まれている印象でした。

 ちなみに、そこの水は「染井の水」と呼ばれる京都三名水の一つ。
 当然我々も飲んでまいりました!

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[……にやり]

 目をお見せできないのが残念な一枚でございます。
 いや、振り返りざまに不意打ち仕掛けたんですが、まさに「見ぃたぁなぁ」な出来になったので。
 目を隠しても、これはこれで結構怖いですが。

 さて、水を飲み終えた後お賽銭をして、そろそろ京都御苑ともお別れ。
 最後は蛤御門でございます!